303話 正義は平和で不可解
〜ダクラシフ商工会 造成砂漠〜
200年前の大戦争が終わり、豊かだった森は焦土と化した。奇跡的に爆撃を免れた地域は復興のため手を取り合い、やがて商工会を立ち上げた。使奴の助けもあり人口は爆発的に増え、領土は机にこぼした水のように広がって行った。そのうち使奴によって領土拡大の規制が行われ始めると、焦ったダクラシフ商工会は取り急ぎ土地の確保を行った。森を切り拓き、旧文明の遺物を撤去し、道だけを毛細血管のように張り巡らし、急ピッチで領土を拡大した。
「それで手付かずのまま放置されているのが、この造成砂漠です」
浮遊魔工馬車のリビングから見える景色を見せながら、ピリが解説をしてくれている。ラデックはコーヒーを飲みながらぼんやりと聞いているが、ボブラは酷く険しい顔をして唇を噛んでいる。
「土地の駆け込み需要……ってことか?」
「勿体ないですよね、これだけの土地を放置してるなんて」
窓の外は見渡す限りの荒野。アスファルトを撒いただけの粗雑な道があちこちに伸びているが、幅も角度もバラバラでとても整備されいるとは言い難い。極稀に何らかの施設がポツンと建っていることがあるが、どれも黒煙を噴き上げていたり悪臭を撒き散らしていたりしており近づくことは憚られる。
「建ってるのはみんな工業地帯でも煙たがられるような火薬工場とか、処理場とか、あとプレス工場とか。そんなんばっかで、これじゃあ近くには何も建てられないですよね。道もこんなボコボコだし。いくら土地が安くても誰も買いませんよ。よっぽどじゃなきゃ」
「詳しいな」
「ぎく」
「この辺で事業でもやってたのか?」
「ぎくぎく」
起業時代の赤っ恥を思い出してピリはそそくさと2階に逃げて行ってしまう。ボブラは視線を窓の外に戻し、ぼーっと外を眺める。
コトン、と紅茶が運ばれてくる。顔を上げると、メイド姿のトマが立っていた。トマはラデックの方にも紅茶を出し、続けて茶菓子を置いた。
「……いや、俺はいらねぇ」
「俺もコーヒーがある……お菓子は貰おう」
2人がやんわりと断るが、トマは小さく会釈をしてその場を立ち去ろうとする。
「いや持って帰れ。いらねぇってば」
「お菓子うまい」
近くで本を読んでいたシスターが、やりとりを見兼ねて紅茶を貰い受けた。
「じゃあ私が頂きます……。そうだトマさん。ピノー夫人が、愛と正義の平和支援会については貴方に聞くようにと仰いましたが、今お話し聞かせていただけますか?」
そう尋ねられると、トマは暫くシスターを見つめ返した。
「……トマさん?」
「………………」
「あの……」
「………………」
「えっと……どうされました?」
「………………」
真顔で沈黙を貫くトマにシスターが困惑していると、ナハルがやってきてトマに尋ねる。
「何か言いたくない理由があるのか?」
「………………」
「筆談でもいい。ほら、紙とペンならあるぞ」
「………………」
「………………」
「………………」
睨めっこに疲れたナハルの眉間に、段々と皺が寄っていく。露骨に不機嫌を示すナハルに、シスターが優しく語りかける。
「何か事情があるのかもしれません。そんな顔をしてはいけませんよ、ナハル」
「シスター……いえ、しかし……」
そこへ、厨房からコック帽を被ったラルバがやってくる。
「今日のお昼はトマトたっぷり豚カツカレーだよ! トマ君もいる?」
「頂きます」
「辛さは?」
「甘口で」
ナハルが振り上げた拳をシスターとラデックが必死に押さえ込んだ。
「トマ君は気分がノらないと喋りませんよ」
昼食時、ピリの言葉にナハルは顔中の皺という皺を寄せ上げた。
「コイツ……!!」
「なので話を聞きたいならノせてあげないとダメです」
「くっ……!! このっ……!! だっ……!! がっ……!!」
凡ゆる罵語を口走りそうになる度に必死に堪えるが、トマは涼しい顔でカレーを頬張っている。代わりにレシャロワークが隣でトマに至極どうでもいいことを尋ねる。
「カツカレーってこの世で一番美味いですよねぇ」
「ふぁい」
「ヘッズシリーズやったことありますぅ?」
「存じ上げまふぇん」
「あれの麻婆カレーとかめちゃ美味そうじゃないですかぁ? ラルバさーん、今度作ってぇー」
「むぐ……甘口でお願いします」
「トマちゃん明日帰るんじゃないの?」
「今晩作ってください」
「流石に2連続カレーは避けるよ」
「では朝に」
「2日連続も避けるよ……」
ナハルの時とは打って変わって饒舌に問答を繰り返すトマ。ナハルは聞こえぬよう深い溜息を噛み殺して尋ねる。
「じゃあ私が作ってやる。だから平和な国について知っていることを話せ」
「………………」
「いい加減殴るぞ」
「カレーは甘口ですか?」
「話せばな」
カツカレーを一息に食べ終えると、トマは食後のデザートを所望してから漸く話し始めた。
愛と正義の平和支援会。ダクラシフ商工会の設立と同じくして誕生した共和制共産国家。元は国民全員が武力を持つべきという思想に賛同した者たちの“力の国”であった。やがて突出した才能を持つサルファドット家が王となり君主制を敷くことになったが、軍隊は持たぬまま国民全員が兵隊の役割を担い続けた。
「しかし、30年ほど前に“バガラスタ”という男が突如台頭しました。彼は魔導開発やエネルギーなど様々な政策を次々に立てては成し遂げ、その手腕で国民からの圧倒的な支持を得ました。その結果、20年前にクラウン国王の妹君であるネユシャ王女の婿となり、王位を引き継いで国王となりました」
トマの話を、誰も口を挟むことなく黙って聞いていた。しかしそれは、話が耳を傾けるべき内容だったからではない。
ナハルが口を開く。
「……ハザクラから聞いた以上の情報がないな」
誰も口を開かなかったのは、全員一度聞いた話だったからである。
「私からは以上です」
「え!? これで全部なのか!?」
「はい」
「暮らしていたなら、その、もう少し何かあるだろう! 文化の転換とか、不審的な動きとか!」
「なに分、政治に興味がないもので」
「お前サンキォン家の後継だろ!!」
「はい。困っています」
ナハルは全身から力を抜いて机に突っ伏す。それを慰めるようにラデックが肩をポンと叩く。
「安心しろナハル。俺は全部忘れていたから実のある話だった」
「黙れ。どうせ聞いたって理解してないだろうお前は」
「分かりやすく解説をしてくれ」
「触るな」
ぶっきらぼうに手を振り払われ、ラデックはオヨヨと大袈裟に悲しみながらシスターに泣きつく。
「ナハルまでカガチみたいなことを言うようになってしまった……何とかしてくれシスター」
「ラデックさん、ハピネスさんに似てきましたね。せめて鼻くらい自分でかんでもらえます?」
「鼻ぐらい自分でかめる」
「言わなくていいです」
ボブラが恐る恐る手を挙げる。
「あー……悪いんだが、オレもよく分かってねぇ」
「そうだよなボブラ! 分かんないよな!」
ラデックが興奮気味に詰め寄る。
「だって、共産主義って中央集権が要るだろ? 国民全員が武力を持つって思想と対立しねぇか? 各々が力を得て平等に暮らすならどっちかっつーと社会主義国家になりそうなもんだが……」
「同レベルじゃなかった……」
「いやどう考えたっておかしいだろ。共和制とか言っておきながら国王が生えてきてるしよ。しかもそのバガラスタっつーやつも、優秀ってだけで血族の外から急に国王だぞ? 意味わかんねーだろ」
「優秀なんだからリーダーになるのはおかしくないだろ」
「国王とリーダーは違ぇだろ……!!」
話についていけていないラデックを放置して、ハザクラがボブラに説明をする。
「人道主義自己防衛軍でも、睨んでいたのはそこなんだ。国家体制としては不可解極まりない。だが、奇跡的に上手くいってしまっている。イチルギやベルも、不信感こそ拭えなかったものの違和感の原因を突き止めることはできなかった」
「使奴が寄って集ってか? そんなこたねぇだろ」
「だから疑っているんだ。特に、国刀に“
「ボルカニク……笑顔の七人衆の、“黙りボルカニク”だったか」
「ああ。前国刀の“
「オレの国で……子供らを誘拐してた……!!」
ボブラが拳を握り爪を食い込ませる。
霊皇ボルカニク。崇高で偉大なるブランハット帝国にある第五使奴研究所にて、燃料代わりに幽閉されていた第四世代の使奴。燃料部屋からいつのまにか姿を消していた彼女は、30年前に笑顔の七人衆となって姿を現した。そして平和な国の国刀となり、その傍でブランハット帝国から子供を誘拐していた。そしてラルバと笑顔の国で出会い、他の幹部諸共打ち倒された。しかし当時使奴の特徴を把握していなかったラルバは動かなくなったボルカニクを放置。消息を絶った。
「事情が複雑に絡まり過ぎている。ここからの想像は憶測にしかならないだろう」
ハザクラがジャハルの方を見ると、同意して静かに頷いた。
「ひとまずは“ゲート”を超えなくてはな。ピリとトマの名を使って、どれだけ通用するか……」
「ゲート?」
引っかかる物言いに、ラデックが首を捻る。
「平和な国に押し入ろうとする、