〜愛と正義の平和支援会 ゲート〜
翌朝、造成砂漠を抜ける頃になると、進路と並行するように一本の巨大な陸橋が伸びているのが車窓から見えた。“会会陸橋”と呼ばれるその大橋は、ダクラシフ商工会から愛と正義の平和支援会までを繋ぐ唯一の直通道路になっており、まだ朝の6時だと言うのに片側6車線には車が蟻の群れのように犇めいている。
高さ最大50mにもなる会会大橋の先には川が交差するように流れており、その周辺にはプレハブやほったて小屋、無数のテントが密集している。
愛と正義の平和支援会から追放された犯罪者や不法入国者。ダクラシフ商工会から亡命してきた者。その他の国からやってきた流浪者。高額で不法入国を手引きするブローカー。商人。医者。仲裁屋。行き場のない者が身を寄せ合い、人が人を呼び、営みが営みを呼び、それはやがて集落となった。ここは居場所を失った者達の居場所。
「あれが”ゲート“だ」
浮遊魔工馬車を運転するジャハルが、車両を丘の陰に停めてリビングの仲間にスピーカーで伝える。
「平和な国が強気に来ないのをいいことに、不法入国を企む者達が国境の川に陣取っている。この先はあれを越えなければならない。車は置いて行った方がいいだろうな」
それを聞いてデクスが声を張り上げる。
「おい待て!! 車置いてくだと!? こんな所置いたら盗まれるに決まってんだろ!! ふざけんな!!」
「もとより我々は身分を隠して行くんだ。こんな高級車で行くわけにはいかない」
「じゃーデクスを置いていけ! これ乗って帰る!!」
「ラルバに言え」
ラルバはすぐさまデクスの肩を抱いてせせら笑う。
「まあまあ、帰ったらイチルギがいっぱい小遣いくれるから我慢しようよ」
「全額か? 非課税でか?」
「さあ? でもカザンとやり合うハメになったんだから、どんだけ貰っても貰いすぎってことはないよねぇ。ねーイっちゃん!」
話をふられ、イチルギは頭を抱えて唸る。
「デクスに良くしてあげたいのは確かだけど……他の子達に文句言われそう……。どうしようかしら……」
「あのパジラッカとかいう巨乳チビは騒ぎそうだね」
「他のみんなもそうだけど、ラドリーもお金の話は厳しいのよね……。私がこの車定価で買い取ったら国の方から叱られそうだし……」
「総帥復帰したら?」
「そんなポンポンなれるわけないでしょ……」
「大変だねぇ」
暢気にマンゴープリンを食べるラルバの胸倉を掴んでデクスが揺さ振る。
「テメーのせいだろうが! テメーがなんとかしろ!」
「おっぱい触んなえっち! 人に金ねだるな!」
「ダクラシフ商工会じゃあヘレンケルに何兆も用意させてただろ! デクスにも回せ! 補填しろ!」
「本人に言いなさーい」
2人が言い争っているのを尻目に、ナハルがハザクラに問いかける。
「……だが、実際活動資金が心許ないのも事実だな。ヘレンケルから余分に貰っておけばよかったものを……。人道主義自己防衛軍から援助はもらえないのか?」
「これ以上は厳しいな……。ただでさえ他国の支援にラルバの尻拭い、他部隊の遠征費、今は録音機のシステム解読もか……。寧ろこっちがヒトシズク・レストランとピガット遺跡に支援してもらっているくらいだ。実際は金と言うより人と物が足りない」
「どこも火の車か……。せめて一時でも纏まった金があれば……」
そう言ってナハルが品定めするように魔工車の中を見回すと、デクスが「ふざけんな!」と叫んだ。
「売らねーからな! 売っても全部デクスのだっ!!」
「まあ、売っても大した金にならないだろう。外装はボロボロだし、二階はレシャロワークが改造しているし」
「だークソッ!!」
「別にどうだっていいでしょ」
今更起きてきたバリアが、眠そうな目で2人の間を横切って行く。
「バリア。お前がよくたって周りは良くない――――」
「そうじゃなくて」
ナハルの言葉を遮って、徐にラルバの方に目線を向ける。するとラルバはニカっと笑って喉を鳴らした。
「ケッケッケッケ。無ければ奪う! 我ら愛と正義の
「続けるのだ! じゃないわよっ!!」
イチルギのチョップがラルバの頭蓋にひびを入れる。
「なーんで叩くの!!」
「言ったって聞かないからよっ!! 叩いても聞かないだろうけどっ!!」
「はあもうやんなっちゃう。口より先に手を出す政治家とか、国民が聞いたら何て言うんだろうね。ヘイ国民代表デクス君!」
「別に」
「非国民め」
額から流れる血をデクスに擦りつけつつ、再び楽しそうに笑って見せる。
「とかなんとか言いつつ、イっちゃんてば殴るくらいしかしないのよね」
イチルギは少し言いあぐねてからそっぽを向く。
「私はアンタが我儘言ってるのしか知らない。やってることは聞いてないし見てない」
「文句しか言わないなら同意と一緒! この世が平和に近づくことを喜ぼうぜい!」
〜愛と正義の平和支援会 ゲート 検問所〜
難民のキャンプが乱立する間隙を、トマは肩で風を切ってずんずんと進んでいく。そのすぐ後ろをピリ、ラデック、ゾウラ、カガチの4人が早歩きで追いかける。
「トマ君速いよっ! 1人で行かないでっ!」
「早く済ませて戻らねば。麻婆カレーが待っています」
「ご飯は逃げないよっ!」
「ラデックさん! あっちで貝のスープ配ってますよ!」
「おお、食料渡したら貰えるだろうか」
「ちょっと護衛! 勝手にどっか行かないでっ!」
人の群れを掻き分け、なんとか検問所まで辿り着いた4人。トマが身分証とヘレンケルの書いた通行証明書を提出するが、衛兵の女は静かに首を左右に振る。すると、トマはそれ以上何もせず会釈だけして戻ってきた。
「どうだった?」
「……」
ラデックの問いかけに、トマは黙って首を振る。
「何故だ? ヘレンケル皇太子直々の通行願いだろう?」
「……」
「ああ、またフリーズしている……。ピリ、どうして通れないんだ?」
「さあ……ヘレンケルさんがそんな偉くないからじゃないですか?」
「皇太子じゃダメなのか……。やっぱハピネスに何とかしてもらうのが――――」
「ラデックさん。ゾウラさんは?」
「え?」
ピリに言われ、ラデックは辺りを見回す。ゾウラがいない。が、カガチは真後ろにいる。
「……カガチ、ゾウラは?」
「………………」
「……………………ゾウラは?」
「それじゃあテリア、先に向こうで待っててね」
「良い子にしてるんだぞ」
「あっ、嫌っ、待って、お母さんっ、お父さんっ」
少女は必死に、離れて行く両親の手を握り込んだ。それを、制服姿の若い男が優しく引き剥がす。
「お父さんとお母さんはお仕事があるからね。ほら、テリアちゃんはこっち」
「嫌っ! 嫌っ! 助けて! お母さんっ! お父さんっ!」
泣き喚く少女を、両親は最後に優しく抱きしめる。
「ごめんね、テリア。お母さんたちも、すぐにそっち行くからね」
「少しの間、我慢しててくれよ。それじゃあ、お願いします」
「お任せください。お二人も、お気をつけて」
「やだ! やだ!! 行かないでっ!!!」
両親の寂しそうな笑顔。もう2度と会えないのではないかという予感がしていた。男の手が、無遠慮に少女の腕を強く握った。
少女が連れて行かれたのは簡素なプレハブ。しかしその中には地下に続く通路が隠されており、その先は川縁に続いている。駅のホームのようなコンクリート造りの広い空間には、何人もの子供が身を寄せ合って震えている。少女は端に座るように指示され、木の柱に背を預け膝を抱えて座り込んだ。
「こんにちは!」
隣にいた長髪の子供が、明るく声をかけてくる。輝くような桃色の瞳に、濡れているかのように滑らかな黒髪。年は自分より相当上だろうが、あどけない笑顔には親しみと幼さが見える。不幸のどん底にいた少女は、その美しさに少し照らされたような気がした。
「……こ、こんにちは」
「私ゾウラって言います! あなたは?」
「テ、テリア……」
「テリアさん! 良いお名前ですね! どこから来たんですか?」
「ヒ、ヒトシズク・レストラン……から……」
「えっ! すっごく遠いですね! どうしてここへ?」
「お父さんが、こっちにお仕事あるからって……お母さんと、みんなで……でも、入れなくって……それで、帰れなくなって……」
「お仕事? ……就労ビザで愛と正義の平和支援会に行くには、ダクラシフ商工会から会会大橋を通らないと入れなかったはずです。どうしてこちらへ?」
ゾウラの純粋で無遠慮な疑問を聞いて、少女は悲しみを堪えきれずに声を上げて泣き始めた。
愛と正義の平和支援会の就労ビザは、他のビザよりも圧倒的に取得が容易である。何故なら、そもそも就労ビザは会会大橋の先でしか使えず、会会大橋を通るにはダクラシフ商工会
平和な国の就労ビザが取れたと言って、家や口座を保護するという名目で貸借し、社員や家族をゲートに送り込み、帰国を不可能にして資産を奪う。各国に存在する悪質な詐欺である。
そして、今もまだ詐欺の餌食にかかっている。
ゲートを通れず途方にくれていた一家に声をかけてきたのは、1人の元衛兵を名乗る支援団体の女性。子供だけなら救えると、一家に提案をした。
まず支援団体が子供を愛と正義の平和支援会に難民として不法入国させる。不法入国は重罪だが、15歳以下ならば教育施設に送られた後手続きを終えれば永住権を獲得できる。両親にはその間支援団体を通じて労働をしてもらい、その報酬の一部を子供に送る事ができる。子供が永住権を獲得できれば、両親も平和な国に呼び入れることができると。
当然、そんなうまい話などあるわけない。両親は死ぬまで奴隷として働かされ、その間に子供はどこか遠くへ売られて行く。手垢のついた小説の一節と同じように。
だが、この家族にもう正常な判断などできるはずもなかった。
少女は気が付いていた。平和な国に住みたい人など大勢いる。貧乏な自分達が入れるわけない。それでも信じたかった。恐らく、両親も同じ気持ちだったろう。だが折角掴んだチャンスを、つまらない猜疑心で無駄にしたくない。もし本当だったら。もし嘘じゃなかったら。一度断ったら、一生消えない後悔が付いて回るだろう。そのせいで、見え見えの嘘に縋るしかなくなってしまった。瞼に浮かんだ未来の自分を慰めるために。両親は抗いきれなかった。少女は止めることができなかった。
少女の
「……騙されちゃったんですね」
ゾウラは周りを見渡す。泣き喚く子供達、もう涙も枯れた子供達。そして、俯きながら見ないフリで苦しみを堪える職員の大人達。ここへ子供を連れてきた者達もまた、詐欺師の毒牙にかけられた被害者。
ゲートには2種類の人間しかいない。騙される者と、騙すしかない者。弱者を貪り食う詐欺師は、ゲートには立ち入らない。
「皆さん悪い人じゃないみたいですね……。どうしますか? バリアさん」
同じく捕らえられていたバリアは、閉じていた目を半分だけ開けた。
「……どうもしない。迎えの船が来たら起こして」