シドの国   作:×90

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305話 一斉摘発

〜愛と正義の平和支援会 ゲート  覗見崎(のぞみさき)大河上流 貨物船“サキマル”〜

 

「チナちゃん悲しいよ。とっても悲しい」

 

 大きなツインテールの少女が、膝を抱えてしゃがみ込んでいる。

 

「どうして言われたことできないの? チナちゃんのこと嫌いなの?」

「ご、ごめんなさい……」

 

 その視線の先には、正座して震える1人の男。少女はレザーソファに腰をかけ、左右に揺れながら問い詰める。

 

「ごめんじゃなくて。皆ちゃんとできてるよ? どうして君だけできないのかを聞いてるの」

 

 “チナ・イシカル”。詐欺組織“ノンボーダーズ”のリーダーであり、暴力団“ウタミ組”の若頭。未成年でありながら、ダクラシフ商工会で賞金首に指定されている。

 

「あ、あ、お、俺が、無能だから、です」

「じゃあなんで努力しないの? 人の役に立とうって気がないんだね。自分さえ良ければそれでいいんだよね。無能ってなに? 無能だったら頑張らなくていいの? 違うよね?」

「は、はい。ちゃ、ちゃんと、やり、やります。ちゃんとします」

「ちゃんとしますって何? 今までちゃんとしてなかったってこと? サボってたってこと?」

「いやっ違っ」

「違くないよね? チナちゃん何か間違ったこと言ってる? チナちゃんが間違ってる? ねえ」

「いや、違っ、く、なくてっ」

「言い訳ばっかり。そんなんだから怒られるんだよ? 言われなきゃ分からない?」

 

 チナに弓の先端で腹を突かれ、男は正座を崩さぬようにしつつも身を捩る。その内で酷く後悔をする。彼のような天涯孤独の身は、泥棒でもしなくてはゲートでは生きていけない。盗んだ相手が悪かった。

 

「君の方から言ってきたんだよ? 仕事を下さいって。弁償できないからって。チナちゃんはそれを聞いてあげて、仕事だけじゃなくお小遣いもあげてるのに、恩を仇で返すんだね」

 

 物を盗むのは辛いことだった。なるべく余裕のありそうな人から盗んで、苦しんでいる人からは盗まなかった。罪に塗れた彼の、せめてもの良心。狂わないための線引きだった。それが、今となっては真逆。苦しみ嘆き悶えている家族から、子供を騙し取り、明日のない親を一生奴隷として使い潰す番人の役。奴隷を管理する奴隷。彼の良心はとっくに限界を迎えていた。

 

「こんな汚いところで、皆可哀想。助けてあげたいなって思わないの? 思わないよね。思わないからチナちゃんの言うこと聞けないんだよね。酷い人だね。泥棒だもんね」

 

 返す言葉もない。言うことを聞かなければ、あの家族はやがて飢えて倒れるだろう。しかしだからと言って許される横暴ではない。

 

「チナちゃんは助けてあげてるの。可哀想な子を、大切にできる人達のところに連れて行ってあげるの。子供をこんな危ない場所に連れてきたバカ親は、一生海の上でチナちゃん達の為に働くの。当たり前だよね」

 

 詭弁だ。そう言い返すだけの頭と力と覚悟が、彼にはない。

 

「チナちゃん何か間違ったこと言ってる? 間違ってたら教えて欲しいな」

 

 説教の最中、船室の扉がノックされる。

 

「カシラ、駅着きます。準備お願いします」

「はーい。じゃあチナちゃんは行くけど、君は反省が終わったら部屋に帰っていいよ」

 

 背後からかけられる声に、彼は吐き気を催した。居座ろうが戻ろうが、どうせ咎められることに変わりはないのだ。

 

 

 船は川縁の横穴に設けられたコンクリート造りの駅に停泊し、子供達を船内に収監する。怯える子供達と、罪悪感から必死に目を逸らす若者達。だがチナだけは優しそうな笑みで、子供達に目線を合わせる。

 

「は〜い皆こっちだよ〜。足元気をつけてね〜。揺れるから、気持ち悪くなったら近くのお兄さんかお姉さんに言うんだよ〜」

 

 だが、子供達は誰1人としてチナの方を見ようとはしなかった。その穏やかな声色の奥には、救いとは真逆の闇が見えていた。

 

「はい全員乗ったね〜。じゃあ、しゅっぱ〜つ!」

 

 チナの合図で船がゆっくりと川上に向けて動き出す。

 

「…………?」

 

 倉庫に押し込められていく子供の中に1人、不安そうに辺りを見回す少女がいた。折角仲良くなった友達が、いつの間にかいなくなっていた。

 

「カシラァ!! 大変です!!」

 

 1人の男が慌てた様子でチナを呼び止める。その間に船は下流に向かう為に旋回を始める。

 

「スズモっちゃん? なぁに?」

錨鎖(びょうさ)を切られました!!」

「切られた? 切られた!? 鎖だよ!?」

 

 船員達が一斉に船首の方を見る。錨を下ろしていた船体側面の穴からは、真っ二つに切り落とされた錨鎖(びょうさ)がブラブラと揺れている。

 

「っ!! 皆!! 魔法で岸に固定!! 早く!!」

「ダメです!! 届きません!!」

 

 更にそこへ別の乗組員が血相を変えて飛んでくる。

 

「電気系統が落ちています!! 操縦不能です!!」

 

 錨を切られて停止は不可能。制御さえ失った船は、大河に流されるがまま旋回を始める。もしそのままの勢いで岸にぶつかれば、転覆の危険性がある。

 

「っ……!! ボート出して!! 船は捨て!!」

「ガキは!?」

「それより書類!! やったのウチってバレたらパパに大目玉だよ!!」

 

 乗組員は大慌てで救命ボートを出し、船外へと脱出する。その騒動を、残された子供達は不安そうに見ることしかできない。

 

「なに……? なに……?」

「船、沈むの……?」

「うわ……わぁぁぁあんっ!! ああああああっ!!」

 

 不安が限界に達し、子供達が大声で泣き始める。それを、隷属させられていた青年達が駆け寄ってきて抱きしめる。

 

「大丈夫、大丈夫だから……!」

 

 命の危機に瀕しながらも、か弱い子供を守りたい。それは決して純粋な正義心ではなく、罪悪感からくる一種の防御反応。詐欺の片棒を担いでしまったことへの贖罪であり懺悔。まもなく訪れるであろう死の恐怖に抗うための目眩し。精一杯美しく取り繕った偽善。

 

 海から戻ってきたゾウラが、甲板の手摺に腰掛けて一息つく。

 

「ふう、敵の皆さん降りましたかね?」

「多分」

 

 船体側面に指を突き立ててぶら下がるバリアが無気力に返事をする。

 

「悪そうな奴がいたら気絶させておいて。あとで回収するから」

「はい!」

 

 岸向かって進む救命ボートが、ゾウラの細工によって次々に転覆していく。それを見計らって、バリアは海に飛びこんだ。

 

「片っ端から殴った方が絶対早いのに……」

 

 文句を言いつつも、バリアは異能を発動させる。川の水の一部が一瞬にして鋼鉄のように固まり、水中に放りだされた悪党をテリーヌのように閉じ込めた。

 

 

 

〜愛と正義の平和支援会 ゲート 仲裁所“ピースフル合名会社”〜

 

「オヤジ、カシラの船が襲われたって連絡が」

「……あ〜? ったくあのチビスケ。何やってんだか……」

 

 事務所の奥の部屋で耳掃除をする男が、手を止めず唸り声を上げる。

 

「若いの連れてガキ回収してこい。それと喧嘩売ってきた奴も探ってこい」

「へい!」

「さて……。グギル、お前も支度しとけ」

「うい〜……」

 

 ソファに腰掛ける全身刺青を入れた男が、エロ本を放り捨てて大欠伸をする。

 

「ふあ〜ぁ……。なあ、おやっさんよ〜。ガキなんかまた集めてくりゃ良くねぇか〜?」

「全部回収するわけでもねえよ。拾うのは“ヒトヨリ”だけだ」

「何だっけ、前も聞いたな、ソレ」

「使奴寄りの血が混じってねぇ、人間寄りのガキだ。ヒトヨリは女でも非力で弱っちい。そう言うのが好きな連中に高く売れるのさ」

「ほ〜ん。他のガキは?」

「さあ? 俺たちがやってんのは、川底浚って砂金を探すようなもんだ。流れてった泥ゴミなんかしらねぇよ」

「え? じゃあよ! 泥ゴミなら俺にくれよ! な!」

 

 刺青の男が鼻の穴を広げて詰め寄ると、男は鼻で軽く笑う。

 

「そういやお前、倒錯してたな。いいぜ別に。男と女、どっちがいい?」

「カワイ〜ならどっちだっていいよ! うひゃ〜ラッキー!! そいじゃちょっくら行ってくるわ!」

「現金なやつだなオイ」

 

 刺青の男が駆け足で部屋を出て行こうとした時、ノックもなしに扉が開かれる。

 

「お?」

「何だテメェ」

「……暴虐グギルに、ウタミ組組長、ウタミ・ニタロウだな」

 

 魔法を放とうとした刺青の男グギルの腕を、ナハルは即座にへし折り床に転がす。

 

「がっ! このデカ女っ……!!」

 

 続け様に背中を踏みつけ肋骨を破壊する。顔を上げると、組長ウタミがこちらに魔法を放つ直前だった。

 

「手ェ頭の後ろにつけろ。お前の雇い主は誰だ」

「……デクス、殺すなよ」

「っ!?」

 

 背後を振り向く間もなく、ウタミは感電して倒れ込む。いつの間にか隣にいた赤髪の男が、嫌悪の表情で睨みつける。

 

「わーってるよ。アイツの言うこと聞くのは癪だが、こういうクズが自尊心たっぷりのままムショ行きになるのはもっと癪だ。世界ギルドにも股裂の刑とかありゃいいのにな」

「イチルギに提案したらどうだ?」

「何度も言ってる。聞くわきゃねーよ」

「確かにな」

 

 

 

〜愛と正義の平和支援会 ゲート 国際平和調整支援センター〜

 

「アポイントメントは受けておりませんが……」

「まあ、してないからね」

 

 警備員を薙ぎ倒して所長室に直行してきたのは、レシャロワーク率いるハピネス・レッセンベルク。レシャロワークは仕事は済んだとばかりに、所長室のソファーに身を預けてゲームに夢中になっている。

 

「お引き取りを」

「そうはいかないんだなぁ」

 

 相対するは、国際平和調整支援センター所長、ミカミドウリ・バリジニア・ゼンベイ。表向きの顔は難民キャンプを統括する顔役だが、裏の顔はウタミ組を始めとする複数の暴力団を纏め上げる“バリジニア一家”のボス。

 

「では、早々にお帰りいただきましょうか」

 

 ゼンベイが指を弾くと、所長室の奥の扉からガタガタと物音が聞こえ始める。

 

「はい、はいはい! ちょい待ち! 待ってね待ってね〜。ちょっ、ちょっ、ちょっ、ちょ〜」

 

 陽気で暢気な返事と共に、シャツのボタンを留めながら1人の男が小走りで出てくる。

 

「彼らを始末しなさい」

「はいはい。えーっと? どこまで暴れていい?」

「なるべく綺麗に」

「そう言うのが一番困るんだよな〜……って……えっ!?」

 

 男はハピネスの方を見て固まる。口をポカンと開けて、震える手で指を差す。

 

「え、え、え、え……?」

「どうしました、ビット?」

「あ、あ、あ、あ」

 

 そして、満面の笑みで笑い出す。

 

「シャロ坊〜!! 久しぶり〜!!」

「んえ?」

 

 レシャロワークが顔を上げる。そこにいたのは、家族以上に見知った仲間だった。

 

「あ!! (あん)ちゃん!!」

「元気してたか〜!? あっはっはっはっは〜!」

 

 診堂クリニック警備隊、キャンディ・ボックス総括、ビット。

 

「さて、所長くん」

 

 唖然としてしているゼンベイに、ハピネスが邪な笑顔で語りかける。

 

「改めまして、先導の審神者、ハピネス・レッセンベルクだ。言いたいことは二つ。一つは、lキャンディ・ボックスは今日限りでバリジニア一家の護衛を外れる。もう一つは君の持つ全ての権利を剥奪する。3秒以内に全裸になって床を舐め給え」

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