〜愛と正義の平和支援会 ゲート 国際平和調整支援センター〜
「俺の名前はビット! キャンディ・ボックスのリーダーだ! よろしく! 後ろのがウチのメンバーだ!」
所長室を占拠したハピネス達に、ビットが元気よく挨拶をする。彼の後ろには数人のメンバーが待機している。部屋の隅では全裸に剥かれたゼンベイ所長が両手に小枝を持って観葉植物の真似を強要されているが、誰一人として気に留める様子はない。
後からやってきたハザクラ達は、状況が飲み込めずに頭を抱える。
「えー……と。取り敢えず……ハピネス、首謀者はラルバだな?」
「そうに決まってるだろう。私がこんな手間のかかることを企てるとでも?」
「ああ、そうだな」
半ば呆れながら眺めていたハザクラに、ビットが近寄ってきて握手を求める。
「アンタ、新聞で見たことあるぜ! 人主義軍の偉い人! よろしく〜!」
「どうも」
手を差し出す気のないハザクラの手を取り、力強く上下に振って見せる。それからビットは隣で不貞腐れているレシャロワークの頭をワシワシと撫で上げる。
「いつまでぶーたれてんだよシャロ坊〜! うりうりうり〜!」
「んみゃーっ!」
遅れてきた他のキャンディ・ボックスのメンバーも、レシャロワークを取り囲んで顔を捏ねたり腕をわちゃわちゃと振り回させたりと遊び出す。
レシャロワークは身を捩って振り払い、地団駄を踏んで声を荒らげる。
「そりゃそうでしょ!! 自分誘拐されてるんすよ!! 何で誰も助けに来ないんですかぁ!!」
キャンディ・ボックスのメンバーの1人がせせら笑うように言う。
「めんごめんご。あの後[[rb:釁神社 > ちぬるじんじゃ]]から心配要らないって聞いてたからさ」
「全然大丈夫じゃないですぅ〜!!」
また別のメンバーが呆れながら指摘する。
「大丈夫だろ。だって、こないだ出たばっかの“鎧核4”めっちゃやり込んでんぢゃん。ランキング1位の“シャロ999”ってシャロだしょ?」
「全っ然!! 全っ然やってない!! あんなスコアほぼチュートリアルでしょぉ!!」
更に別のメンバーも顔を合わせて笑い合う。
「発売直後のゲームでランキング1位取ってる奴助けに行こうって思わないよ」
「な。ケモ牧も同時並行で進めてるくせにな」
「昨日見たけど、鎧核4のスコアまた伸びてたぜ」
「カンストしてない時点で心配してぇぇぇええええ!!」
意味のわからない文句を叫びながらも、それすら可愛がられて揉みくちゃにされていく。どちらかといえば不憫な彼女を一頻り撫で回した後、リーダーのビットがハザクラ達の方に戻ってくる。
「悪い! 話の途中だったな! で、俺らは何すりゃいーの?」
「取り敢えずは、今受けている依頼の詳細の共有。それが反社会的なものであれば即座に放棄。その後、俺達が入国できるよう手伝って欲しい」
ビットは大袈裟に驚いて顔を顰める。
「うぇ〜!? 無茶苦茶言うじゃん! 反社会的だの何だのって、そっちの匙加減じゃない!? それに入国の手引きって! 密入国の方がよっぽど反社だろぉ〜!! ダブスタ〜!!」
「……後ろめたいことが多いのはわかった」
後ろで話を聞いていたキャンディ・ボックスのメンバーも、分かりやすくブーイングを飛ばして抗議してくる。しかし、その中心で好き勝手されていたレシャロワークが勢いよく手を上げて暴露を始める。
「はいはーい! ジャハルさぁん! イチルギさぁん! コイツらウタミ組のケツモチやってますよぉ!!」
「あっ! シャロ! バカっ!」
「あとヤツカミ組とハシバマ組もぉ!!」
「違うんス違うんス違うんス! 訳アリ訳アリ!」
「ハザクラさぁん! 児童誘拐の護衛してたのこの人ですよぉ!」
「おまっ!! ちゃうて!! やってないやってない!! なんも見てないからセーフ!! 実質無関係!!」
次々に告げられていく悪行の数々に、ハザクラもジャハルもイチルギも揃って頭を抱えた。
「……最低限の線引きはしているようだな。本当に最低限だが」
ハザクラは怯えるキャンディ・ボックスの事情聴取を進めていく。
皆、必死に取り繕って言い訳たっぷりに悪行を白状していく。
キャンディ・ボックスの仕事は反社会組織の警護が主だが、その殆どは“元先導の審神者シュガルバ直属の部隊”であることひけらかすのに留め、相手も同等の犯罪組織でない限りは実力行使に出ていない。
当然立派な犯罪行為ではあるが、当人達の認識が「なんかただ突っ立ってるだけで大金が貰える楽なお仕事」程度であるため、刑罰を受け止めるだけの罪悪感を持っていない。現段階での早急な処罰は、いたずらに不満や怒りを煽るだけのものになってしまう。
と、丁度そこへラルバがやってきた。
「やあやあ皆の衆! お勤めご苦労! ワルモンゲットしにきたよー! ……なんか多いね」
珍しく困惑しているラルバに、ハザクラが窶れ顔でレシャロワークの方を指差す。
「ああ……レシャロワークの仲間だそうだ。そうだラルバ。所長を連れて行くついでに、見学だけさせてやってくれないか?」
「見学? あー……別にいいけど。なんでまた」
「彼等はまだ更生の余地がある。他人事でも、地獄を見れば少しは利口になるだろう」
「ふーん、珍しいね。クラぽんが勧善懲悪を推奨するなんて」
ハザクラは恨めしそうにラルバを睨み上げる。
「推奨はしていない。本当はお前が存在しないのが一番いいんだ。念のため言っておくが、くれぐれもやり過ぎるなよ」
「どっちを?」
「キャンディ・ボックスの方」
「よかった〜。人の趣味に指図されたら、癇癪起こしてうっかり全員ナメクジの餌にしちゃうところだったよ」
「お前も一回ナメクジに食われてこい」
ラルバは楽しそうに走り出して、観葉植物と化しているゼンベイ所長を肩に担ぐ。ゼンベイは恐怖と怒りに顔を歪めながらも、一切の反抗は無意味と理解し抵抗はしない。
「お、偉いね。自分の立場がよく分かってる。理解ある悪も嫌いじゃないよ!」
そしてラルバはキャンディ・ボックスに向けて呼びかける。
「さあ皆ついておいで! 楽しい楽しいパーティーゲームを用意してあるよ! 楽しすぎて死んじゃうかも!」
キャンディ・ボックスのメンバーが恨めしそうにレシャロワークの方を睨みながらラルバの後に続いて出て行く。残ったレシャロワークとビットに、ハザクラが問いかける。
「……お前達は行かないのか?」
「自分は“[[rb: 鎧核4 > 予定]]”がありますんでぇ」
「俺は自分がしたこと悪いって分かってるから、大人しく懲役入るよ。シャロ坊は行ってこい」
「なんでぇ」
「皆の溜飲が下がるから」
ビットにゲーム機を取り上げられたレシャロワークは、トボトボと肩を落として出て行った。
意識が戻り、目を開ける。しかし、そこは真っ暗闇で、今自分が目を開いているのか、閉じているのかも曖昧になってくる。
「ここ、どこ?」
最初に声を発したのは、詐欺組織ノンボーダーのリーダー、チナ・イシカルだった。その呟きに、暗闇から声が返ってくる。
「さて、ど〜こだ!? ヒント! 悪い人が行く場所です!」
そして、急に周囲が明るくなる。
「正解は〜!? 地獄で〜っす!!」
目の前には巨大な鏡。そこには自分の姿が映っている。両手足を大の字に縛られており、首には枷が。身動き一つ取れない状態。狭い部屋の中で、スピーカーだけが元気に騒いでいる。
「このっ……!! こんなことして、チナちゃんが誰か知らないの!? パパが知ったら、お前なんかあっという間に水の底だからね!!」
「パパ? パパってだれ?」
「そんなことも知らないんだ!! 馬鹿だね!! チナちゃんのパパは、ウタミ組組長――――」
「どれかわかんないから一回見せるね!」
鏡の上についていたモニターが起動し、映像が映し出されれる。
「あ……嘘……?」
そこに映っているのは、ハシバマ組組長、ハシバマ・バンタロオ。の、生首。
生首、だが、口をパクパクと動かしながら絶望に顔を歪めている。目玉をぎょろぎょろと動かし、必死に何かを訴えているように見える。
「これがパパ? それともこっち?」
映像が切り替わる。次に映し出されたのはハシバマ組の懐刀、チャグインシの生首。憤怒の相に染まりながらも、それは恐怖の裏返しであることがわかる。彼もまた、首から下の組織がなくとも生存しているように見える。
「これ? これは? パパが見えたら教えてね〜」
ヤツカミ組組長。ヤツカミ組の若頭。ウタミ組の構成員。ノンボーダーの役員。見知った顔が、顔だけが、次々に映し出されて行く。
「パパっ……!!!」
「あ、これ?」
ウタミ組組長、ウタミ・ニタロウ。生首のまま、金魚のように口をパクパクと動かし、今にも泣きだしそうな表情でカメラを見つめている。
「え、親子? 似てなくない? あ、パパ活的な? そういう関係? ドン引き〜」
どんな腕の立つヒットマンでも、涼しい顔で返り討ちにしてきた、頼もしくてカッコよくて強い[[rb:組長 > パパ]]。怒るとちょっと怖いけど、[[rb:手下 > ムスメ]]のためなら国境警備隊すら殺してくれた[[rb:組長 > パパ]]。邪魔な組を潰した時には、強奪した奴隷船をプレゼントしてくれた[[rb:組長 > パパ]]。
そんな大好きな[[rb:組長 > パパ]]が、今まで想像もできなかったほど情けない泣き顔を見せている。
「そんじゃあルール説明! まずはこちらをご笑覧あれ!」
再びモニターが切り替わる。そこには、ウタミ組の懐刀、暴虐グギルが映っている。ただし、自分と同じように縛られてはいるが、その両足と片腕は見当たらない。
「もう、もう許してくれ……! お願いだ……!! もう2度とやらない……!! 一生、一生かけて償いますっ……!!」
あのグギルが謝っている。会長の愛人に手を出した時も謝らなかった。その罰として耳を千切られた時も謝らなかった。どんな拷問さえせせら笑っていた暴虐グギルが、みっともなく涙を流して許しを懇願している。
「うんうん、ちゃんと謝れる人間になってきたねぇ。私だったらもう許してあげちゃうけどなー」
グギルは頻りに謝罪を口にし続ける。だが、唐突に赤色灯が点灯すると、グギルは血相を変えて叫び出す。
「あああああああっ!!! もうダメだっ!!! 頼むっ!!! 腕だけはっ!!! 腕だけは残してくれっ!!! 一本でいいっ!!!」
最後の懺悔も虚しく、残った片腕の根本が発光し、けたたましい電子音を合図に切り離される。出血もなく落下した片腕を見て、グギルは顔面の穴という穴から粘液を吹き出して絶叫する。
「ああああああああああっ!!!」
「あーりゃりゃ。ざんねーん! 謝罪、失敗!」
モニターが消灯し、グギルの絶叫が聞こえなくなる。
「君らが主にやってきたのは児童誘拐。親にとって、子供にとって、家族っていうのはかけがえのない存在。体の一部だ。それを奪われるってのは、とっても苦しかっただろうねぇ」
眼前が真っ赤に染まる。部屋の上部に取り付けられた赤色灯が、回転しながら発光している。
「だから、君達にも失ってもらおうと思う」
「え? え? え?」
ゴトン。と、音が響く。足元を見れば、自分の片足が根本から切り離されていた。
「――――――――っ!!!」
「どう? 痛くない? 痛みで気絶されちゃあ面倒だからね。謝罪も投げやりになるだろうし」
スピーカーの声の通り、痛みは一切ない。しかし、その分片足を失ったという現実が鮮明に突きつけられる。
「な、な、な、何でっ、どう、どうし、てっ」
「さあさあ、カメラの向こうの被害者に謝ろうか。反省が伝われば、機械を止めて開放してくれるかも?」
頭の中に大量の言い訳が浮かぶ。恨み言が浮かぶ。罵倒が浮かぶ。そして、思わず口を衝いて叫んだ。
「ごっ、ごめんなさいっ!!! ごめんなさいっ!!!」
自分でも驚いた。怒りよりも、恐怖が先に声になったことに。煩いほどの鼓動が、憤怒ではなく絶望を告げていたことに。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!! 許して下さいっ!!! 許して下さいっ!!!」
頭の中があっという間に絶望で埋まる。死にたくない。助けてほしい。片足のない生活、両足のない未来、さっき見たグギルのような片腕だけの自分、四肢を切り落とされ病院のベッドから動けない余生。悪い妄想だけが、思考の一切を支配する。
「やだやだやだやだやだやだ!!! お願いしますっ!!! お願いしますっ!!! 助けてっ!!! 何でもするからお願いしますっ!!!」
再び、眼前が真っ赤に染まる。
「いやああああああああああああっ!!!」
「ざーんねーん! そんじゃ、あんよにバイバイ言おうか!!」
ゴトン! 体重が軽くなったのを感じるが、もう足元を見る勇気はない。
「お願いしますお願いしますお願いしますっ!!! もう、もうやだっ!!! 何でもします何でもします何でもしますからぁぁぁああああああっ!!!」
彼女は理解した。最初に見た映像を思い出す。生首の状態で金魚のように口をパクパクさせる組長達。あれはきっと、謝罪を口にしていたのだ。恐らくは、四肢だけでは終わらない。声が出せなくなっても、息が吸えなくなっても、この絶望は続くのだ。
「あああああああっ!!! あああああああっ!!! うあああああああっ!!!」
赤色灯が、再び光を放った。
「おーおー元気だこと。どう? 平気? ゲロ吐きそうになったら言ってね」
別室で、ラルバは後ろにいる2人に声をかける。
「いえ、大丈夫です」
「私もー」
滞在の異能者トマ、絶望の異能者ピスカリテ。トマの滞在による現状維持により建物内の死を保留させ、ピスカリテの絶望により思考の自由を剥奪する。ラルバの考え出した拷問装置の案は、当初の企画通りに機能していた。
「説得必要かと思ってたけど、2人ともよくオーケーしてくれたね。理由聞いてもいい?」
「私は坊っちゃまに従ってるだけですので〜。1人だったら確実に断ってましたよ〜」
「やっぱしぃ? で、トマトマちゃんは?」
トマは一切表情を変えることなく、真っ直ぐにモニターの方を睨み続ける。映像の中では、悪党達がカメラに向かって絶えず命乞いを続けている。
「……この映像、本当に被害者家族には見せていないんですよね?」
「え? うん。まあ見せてもいいけど、ぶっちゃけ復讐の快感よりグロキモが勝たない?」
「安心しました」
それから暫く沈黙した後、絞り出すように話し始める。
「昔、平和な国に住んでいた頃。あの時からゲートの誘拐事件は知っていました。痛ましいニュースでした。その度に空想しました。その凶悪犯に、鉄槌を震えたなら、この憤りも少しは癒やされるのではないかと」
「はーん。片棒担がせて言うのもアレだけどさ、実害被ってるわけでもないのに悪党懲らしめて気持ちよくなんの、病気になるからやめた方がいいよ」
「承知の上です。ですが私も、紙面のニュースを他人事と割り切れるほど強くはないんですよ。……私は悪辣でしょうか?」
「まぁ別に……人並みじゃない?」
「ピスカリテ、もし私が戻って来れなくなりそうだと思ったら止めて下さい。殴ってでも」
「……は〜い。でも家の人には内緒ですよぉ。私が沢山怒られますからね〜」
ラルバは満足そうに頷き、部屋の端で立たされていたキャンディ・ボックスの方に顔を向ける。
「さてさて君達! これでわかったかな? 悪いことするとこういう目に遭うよ! 反省できたかな?」
「はぁいっ!!!」
震え上がっていたキャンディ・ボックスの面々は、互いに手を握り合って返事を叫ぶ。
「うんうん。悪い子になったらラルバちゃんが来ちゃうからね。これからは真面目に生きるんだよ」
「はぁい!!!」
「うん良いお返事。つまんな」
そして、唯一モニターから背を向けてしゃがみ込んでいたレシャロワークに近寄る。
「何してんの」
「ストプレ3を没収されたので、脳内で鎧核4をプレイしています。集中してるから話しかけないで」
「……キャンディ・ボックスがみんなこうなのかと思ってたけど、お前が外れ値なだけか」
「あっ、ハイスコア逃したっ」