シドの国   作:×90

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307話 キャンディ・ボックス

〜愛と正義の平和支援会 ゲート 給水所〜

 

「まさか坊っちゃま回収するついでに拷問の手伝いさせられるとは、夢にも思いませんでしたよ」

 

 いつでも朗らかな笑顔を崩さないピスカリテが、若干眉を顰めてラルバに文句を告げる。

 

「しゃーないじゃん。ピリちゃんやりたくないって言うんだもん」

「ヤに決まってるでしょ!! 馬鹿じゃないの!!」

「転移の異能とか拷問の為にあるような能力だと思うんだけどなぁ……」

 

 元気いっぱいに拒絶するピリに、大鍋をかき混ぜながら口を尖らせるラルバ。そして視線を麻婆カレーを頬張るトマの方に向ける。トマのために用意された麻婆カレーの大鍋は、困窮する難民達にも配給されちょっとした祭り騒ぎになっていた。

 

「アレの後によくご飯食べられるね。倫理観ぶっ壊れちゃった?」

「むぐむぐ……母から、どんな時でも食える時は食えと教えられています。飢えは我々から知恵と理を奪うと。おかわりを下さい」

「はいはい……」

 

 と、そこへまた別の集団がやってくる。噂を聞きつけたのか、少量のスパイスと野菜を手に頭を下げてきた。

 

「……これ、私はいつまで闇鍋カレーを作ってればいいの?」

 

 仕方なく食材を受け取り、無造作に鍋に放り入れてから味見と調整を数度繰り返す。最初は鶏肉と豆腐と数種の野菜のみだった麻婆カレーは、牛、豚、羊、ラクダ、魚、虫など、ありとあらゆるタンパク源が放り込まれた闇カレーとなってしまった。臭みを消すために野菜から雑草から木の皮までが、細かく粉砕されて脂に浮いている。

 

 大きな芋虫が乗っかった闇カレーを目の前の女に差し出すと、女は何度も頭を下げてお礼を言い、大事そうに芋虫を頭から齧り出した。

 

「……飽きた。ピリちゃん後お願いね」

「ええっ!! 無茶言わないで!! 料理なんかレシピあるのしかしたことないのに!!」

「大丈夫大丈夫。カレー粉と酒は全てを解決するから。美味しくなくなってきたら入れ続けてれば何とかなるよ。毒にだけ気をつけて」

「どうやって!?」

 

 有無を言わさずお玉を握らせると、ラルバは鍋から大きな肉の塊を摘み食いして背を向けた。

 

「うーん、結構な薬味。まあ殆ど生薬煮込みみたいなもんだしな。トマちゃんはこのまま帰るの?」

「はい。ご馳走様でした」

「はいどうも。代金は今度のし付けて返してね」

「ご馳走様でした」

「ピスカリテさん助けてー!!」

 

 闇カレーを貰いにきた行列を捌けずにピリが悲鳴を上げる。それを背で聞きながら、ラルバは待機していたラデックの元へ戻る。

 

「おかえり」

「ただいまー。あの3人じゃやっぱ正式な入国は無理そうね。川泳ごっか」

「不法入国はまずいんじゃないのか。……いつものことか」

「そーそー。いつものこといつものこと」

 

〜愛と正義の平和支援会 ゲート 国際平和調整支援センター〜

 

「ダメに決まってるでしょ!!」

「あいてっ!」

 

 イチルギがラルバの角を殴って圧し折る。ラルバと共に戻ってきたキャンディ・ボックスのメンバーは、あの拷問殺人鬼が殴られたことで再び震え上がる。

 

「じゃあどうしろってのさ!! 悪魔郷皇太子もダメ、世界ギルド元総帥もダメ、人道主義自己防衛軍なんかもっとダメ! 開けてくれないならこじ開けるか忍び込むしかないでしょー?」

「だからその方法を今考えてるとこ! もう少ししたら爆弾牧場の方で作った書類が送られてくるから――――」

「そんなの待ってらんない!」

 

 2人が言い争いをしてるのを見て、キャンディ・ボックスのリーダー“ビット”がラデックの方に笑いかける。

 

「アンタんとこのボス、随分愉快な人だな。大変そうだ」

「ああ、すごく大変だ。ビットの権限で入れてもらえないか?」

「あー……それやると平和な国から目ぇつけられるんだよなぁ……。ただでさえ今回シノギ潰されてんのに、これ以上食い扶持減らすのもなー……」

「人道主義自己防衛軍が今人員募集中だぞ。キャンディ・ボックスの腕なら歓迎されるんじゃないのか」

「馬鹿言うなよ。誰があんなワーカホリック集団に混ざりたいって言うんだ」

「ワーカホリック集団……? 普通に元気に働いているように見えるが……」

「アンタ見たことないのか? あの連中、バルコス艦隊がゲロ吐きながら登るような山も鼻歌歌いながら超えるんだぞ。しかもバルコス艦隊よりずっと速くな。愛国心と親切心からカロリーを摂取できる変態軍団だ」

「ひ、酷い言いようだ……」

 

 ラデックがハザクラの方を見ると、ハザクラもジャハルも聞こえないフリで目を逸らした。

 

「……じゃ、じゃあ、それこそダクラシフ商工会はどうだ? 今はちょっとした大事件で人を募集してるぞ」

「今あそこ人主義いるじゃん。オマケに三本腕連合軍と悪魔郷がド突き合ってるんだろ? こっちが解体されてバラ売りされちまうよ」

「……そ、う。だな」

 

 意見を全否定され、ラデックは俯いて分かりやすく落ち込む。

 

「シャロ坊ほどじゃないけど、ウチは遊び好きの連中が多い。今まで通り自由にフリーターやってるのが性に合うんだよ。なあ皆?」

 

 ビットの意見に、キャンディ・ボックスは皆ウンウンと頷く。中でもレシャロワークは首が捥げる程に激しく頷く。

 

「就労日が休日より増えたら、何のために生きているのか分かりませんからねぇ。新作ゲームプレイ合宿も早いとこ再開しないとぉ。鎧核4にダドスト、スパスレ2と、積みゲーが山積み詰まってますからねぇ」

 

 他のメンバーも一旦拷問観覧での恐怖を忘れ、暢気さに便乗して遊びの予定を語り始める。

 

「読刊堂のクーポン切れないうちに新刊買いに行きたいな」

「たこパしようたこパ」

「クラブ行きたーい。ライブ行きたーい。てか楽器メンテしてなーい!」

「映画見に行こうよー。アニメでもドラマでもさー」

「円盤制覇の続きやろうぜー。もうテリックシーズン2の内容忘れそう」

 

 突然、ラデックが声にならない奇声を上げる。

 

「えっ、えっ、えっ」

「ど、どうした?」

「テ、テリックの円盤があるのか!? シーズン2の!? シーズン1もあるのか!? 3も!?」

「怖い怖い怖い」

 

 ラデックはそのままキャンディ・ボックスの1人の両肩を掴む。

 

「げ、劇場版は!? 最終回スペシャルは!?」

「なになになになに? 近い近い近い近い」

「複製は!? あったら売ってくれ!! 言い値で買う!!」

 

 突如として暴走し始めたラデックを見て、ビットがボソリと呟く。

 

「お前……もしかして、……“イッキュー”か……?」

「む? イッキュー?」

 

 そして、今度はビットがラデックの両肩を掴む。

 

「ああ〜〜〜〜っ!! 思い出したぁ!! やっぱ“イッキュー”だ!!」

「え? は? え? ナニ、ダレ?」

「うわぁ〜!! マジかマジかマジか!!」

 

 全く理解できずにオロオロしているラデックを、ビットは満面の笑みで抱き締める。

 

「なっつ〜!! お前“19号”だろ!? 俺だよ!! “サンパチ”!! 昔、研究所の保育施設で一緒だったろ!!」

「さんぱち……? あ!!!」

 

 そして、大声をあげて指を差し合う。

 

「サンパチって!! ああ!! “38号”!!」

「そ〜うそうそうそう!!」

 

 急に賑やかになった2人に、ラルバとイチルギ、遠巻きに見ていたデクスやゾウラ達も何事かと目を向ける。

 

「お前テリック死ぬほど観てたもんな〜! 変わんね〜な〜オイ!」

「そう言うサンパチ……いや、今はビットか。そっちは……何か、こう、大人になったな。……デカくなった。同い年くらいだと思っていたが……」

 

 見たところ、ビットの年齢は30代半ば程度。ラデックよりも少し年上のように感じられる。

 

「そりゃあ研究所出てから大分経ってるからなぁ〜! あ、その辺言っちゃってもいい感じか! 最初っから説明するわ!」

 

 そうしてビットは全員に向けて身の上話を始めた。

 

 使奴研究所に備わっていた保育施設で生まれ育った仲間たち、それがキャンディ・ボックスである。彼らは使奴研究所の職員として教育される予定であったが、彼らは別である。能力が満たない、思想が極端、その他職員として適性を持たないと判断され、早々に時間壁による隔離所行きとなった。

 

 時間壁による隔離実験と並行して、人権を持たない健康な生身の人間として保存されることになった彼等は、突如起こった大戦争により悲惨な結末を回避し、200年近い時を超えて使奴研究所から解放されることとなった。

 

「それを、ホウゴウさんが見つけて保護してくれたんだよな。それが15年くらい? 前かな。ほら、診堂クリニックの院長さん。知ってる?」

「ああ、前に会った。釁神社(ちぬるじんじゃ)にも行ったぞ」

「お、話が早い! そんで最初はバイトやら何やらやらせてもらって、ヒスイさんとかコハクさんに鍛えられるうちに、シュガルバのおっさんと会って笑顔の国直下の部隊になったんだよな」

「キャンディ・ボックスと言うのは? 由来はあるのか?」

「隔離部屋の名前だよ。ほら、注射した後ってお菓子もらえたじゃん? あそこキャンディ・ボックスって呼んでたの、覚えてない?」

「え!? 俺それ知らない……」

「あー、ラデックが出た後のことだったか……」

「俺の方は注射しないと娯楽部屋立ち入り禁止だったからな……。そっちはお菓子貰えたのか……いいなー……」

 

 ラデックは仲間が見ているのも気にせず、旧友との思い出話に花を咲かし続ける。

 

「てかほら、皆も覚えてない? イッキューのこと。いっつも映像室にいたじゃん」

 

 ビットがキャンディ・ボックスの仲間に話題を振るが、彼らは顔を見合わせて首を捻る。

 

「いや……」

「あー……あー……?」

「知らない」

「ほら! 一番奥のソファんとこいっつも居たの! 覚えてない? ちょっとボケーっとしててさ!」

「うーん……まあ、なん……と……なく?」

「いたっけ……」

「覚えてない」

「いたって! ほら、デザート取りに来るの遅くて、1人でべそかいてたの!」

「ビット……もういい……もういい……」

 

 段々情けない話を掘り返され、ラデックは堪らずビットを制止する。

 

「イッキュー……じゃなくて、ラデックはどうよ! ほら、他に覚えてるやついない? ロクは? インゴは? ヨンヨンは!?」

「いや、俺も覚えてない……。ビットくらいしか話さなかったから……」

「ほら、それこそシャロ坊は!? ハチゴーだよこいつ!」

「いや……ハチゴーも……ハチゴー……? ハチゴー!?」

 

 ラデックは驚愕してレシャロワークの方を見る。

 

「な、何。何ですか」

「お、お前、は、ハチゴーか……!?」

「そう……でしたけど……」

 

 ラデックの奥底から、忘れかけていた記憶が鮮明に浮かび上がる。

 

「そうか!! ハチゴーか!! でっかくなったなぁ!! あははははは!!」

「え、何ですか。きもいきもいきもい。怖いですってラデックさん」

 

 突然大笑いして抱っこしてきたラデックに、レシャロワークは強い困惑と恐怖を覚える。

 

「あんなちっちゃかったのに! そうかそうか! こんなに大きくなったか!」

「そうだよなぁ! ラデックが最後に見たレシャロワークはこーんな小さかったもんな!」

「そうだそうそう! みかん一粒食べるのにすごい時間がかかってな!」

「覚えてる覚えてる! 寝る前まで一生懸命しゃぶってたっけか!」

「離してぇ。下ろしてぇ」

 

 今まで見たことない喜びようのラデックに、ラルバが肩を組んで顔を寄せてくる。

 

「なになに? ラデックのお友達? お友達なら助けてくれるよね!」

「この人ってラデックの嫁さん? すっげえ美人じゃん! いい人捕まえたなぁ!」

 

 ビットが笑って褒めると、ラデックは急に真顔になってレシャロワークを下ろす。

 

「いや、捕まってるのは俺だ。逆らったら殺される」

「……鬼嫁なのか?」

「ちょっとぉ! 変なこと言わないで!」

 

 ラルバはビットにずいっと顔を寄せて歯を見せて笑う。

 

「友達だったら言うこと聞けるよねぇ? 私らの入国手続き、やってちょーだいな?」

「……もしかして、俺も逆らったら殺されるのか?」

「まさか! 事故死はするかもだけど」

 

 無言で近づいてきたイチルギがラルバの脳天に踵落としを喰らわせる。頸椎を砕かれたラルバはその場に倒れ込み、うつ伏せのまま元気に叫ぶ。

 

「ほぉらイチルギさんが怒ってるよ! こうなりたくなかったら、分かるよねぇ〜!?」

 

 イチルギが続けてラルバの脊椎を踏み砕く。ビットはラルバとラデックを交互に見て呟く。

 

「……ラデック、俺どうしたらいいんだ?」

「逆らわないことを勧める。イチルギでもこいつは止められない」

 

 ラルバが脊椎と頸椎が砕けたまま立ち上がる。

 

「止まらないよ〜」

「お前の嫁さん、背骨折れても動くのな」

 

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