〜愛と正義の平和支援会 南河地方 そよかぜ町 (ハザクラ、ジャハル、シスター、ナハルサイド)〜
「俺とジャハルは入国がバレるとマズい。シスターとナハルは離れておいた方がいいぞ」
ハザクラが忠告するが、シスターは静かに首を左右に振る。
「だからこそ、記憶の異能者は近くに置いておきたいでしょう? それに、使奴が近くにいた方が安全ですよ」
「……では、言葉に甘えさせてもらおう」
記憶の異能も、使奴も、それぞれ2人のコンプレックスの部分。それを利用できるよう提供されたことで、ハザクラは
「俯くな、ハザクラ」
ナハルの言葉にハザクラは顔を上げる。
「頃合いを見て私達は降りる。……必要とあればまた手を貸そう。世界を救う気はないが、友人を助けるくらいどうってことない」
「……ああ。ありがとう」
そうして漸く、ジャハルが心配そうにこちらを見ているのに気が付いた。ハザクラはまた少し別の反省をしてから、背負っていた荷物をジャハルに渡す。
「持ってもらってもいいか?」
「勿論だ」
なるべく人目を避け裏通りに出る。ナハルの隠蔽魔法で顔や姿を見えづらくしているものの、勘のいい者に注視されれば違和感に気付かれるレベルの低位魔法。そうでなくとも、いつ霊皇ボルカニクに見つかるか分からない。
昼間の路地は表通りに比べれば閑散としているが、それでも通行人は常に視界に入る程度には多い。使奴による隠蔽と記憶の異能者による補助があると分かっていても、薄らと手に汗が滲む。2人の助けがあって良かったと心の底から思いながら、ハザクラは北の方を指差す。
「ボブラが宿を取っておいてくれたようだ」
ハザクラの耳元から鳩の形の痣が飛び立ち消滅する。
「はあ、彼がいてくれてよかった」
ジャハルが小さく溜息をつくと、ナハルも渋い顔で頷く。
「イチルギも動けないとなると、マトモに言うことを聞いて動いてくれる人間はボブラとラプーだけだからな。いや、ラデックも宿の予約くらいはできるか?」
「どうだろうか。最近信用がない」
「私は前からない」
予約されている宿に到着すると、入り口でボブラとバリアが待っていた。
「お、来たかハザクラ。こんなとこでよかったか?」
「ああ。申し分ない」
何の変哲もない安宿だが、受付にはアルバイトの青年が雑誌を読み耽っているのみ。客足も
「一度にあんまり大人数取ると怪しいからよ。ハザクラ達と、オレ、カガチ、ゾウラの7人がこの宿。イチルギ、ラプー、デクスは隣町で取るってよ。ハピネスとバリアはラルバ達と勝手にどっか取るとさ」
「そうか、ありがとう」
「じゃ、オレとバリアはカガチとゾウラ探してくるぜ。また勝手にどっか行っちまいやがった」
「……すまないな。任せる」
4人は受付で鍵を受け取ると二手に分かれた。シスターとナハルは2人部屋に入り、荷物を置いて軽く辺りを調べる。
「検索魔法は……反応しませんね」
「残留波導も問題ありません。魔術的な細工はないでしょう」
「盗聴器とか……大丈夫ですかね」
「電波は問題ありませんが……まあ、そのへんは狼王堂放送局に任せましょう」
そこへ、準備を済ませたハザクラとジャハルがやってくる。
「罠に関してはバリア先生が先に調べてくれていたそうだ」
「建物も従業員も問題ないそうだぞ」
「そうですか。じゃあ、とりあえずは――――」
安心。そう言いかけてシスターは言葉を止める。その意味を察して、ハザクラも思案に目を伏せる。
「録音機に対処しなければな」
彼らの脳裏に浮かぶのは、ヒトシズク・レストランにいた使奴、アビスのこと。ハザクラ達はピガット遺跡でしか会っていないが、事の顛末は聞いている。
彼女はゼルドームに支配され隷属状態にあったが、その支配方法をゼルドームに教えたのが、他でもない愛と正義の平和支援会国王バガラスタ。ハザクラの異能を録音した機械で、アビスを隷属させた。
「……ピガット遺跡では聞くことができなかったが、アビスは何故命令に抗えなかったんだろうか」
ブランハット帝国にいたアンドロイド達は、同じくハザクラ録音した声で使奴を攻撃した。しかし、命令を聞いたのはバリアのみ。時間壁によって隔離されていた彼女は、製造時にハザクラの命令を聞いてから日が浅かったため抵抗ができなかった。
だが、アビスはそうではない。大戦争の最中に目覚め、ゼムドールの支配下に置かれるまでハザクラの命令を耳にしたことはなかった。異能を脱する条件は満たしていた筈である。
「承諾を強制させるような異能との併用……。いや、それなら音声が聞こえたらすぐに逃げればいい。無音の異能で音声を聞こえなくして、会話で承諾だけさせる……。いや、使奴が人間の悪意を見抜けないとは思えないな」
「ハザクラさんの方から保護しておくことは……できないんでしたっけ……」
「ああ。念のため命令の承諾は任意としてあるが、アビス曰く“隷属時に俺の声は聞いていない”そうだ。それどころか、実際に体の不自由を覚えるまで“自分が隷属させられたという自覚”すらなかったと。これからも対策は考えていくが、使奴が感知できない方法となると対応は難しいだろう」
と、その時。ナハルが全身の毛を逆立てて窓の外を睨んだ。
「……ナハル? どうかしましたか……?」
不安そうにシスターが尋ねる。
「今……嫌な視線を感じました……」
ハザクラが窓を開け外を覗く。しかし、窓から見える昼過ぎの路地には何の変哲もない。通行人も特に怪しい動きはしておらず、不審なものは見当たらない。
「視線か……。使奴か?」
ナハルも窓の外に顔を出して見回す。
「いや、使奴ならば私の感知範囲外から探ってくるだろう。ましてや、今は盗聴器や魔術罠を警戒していた最中。人間だって避けるタイミングだ。覗くにしたってもう少し時間を置くだろう」
「確かに、使奴ならもっと上手くやりそうだ」
一度窓を閉め、念のため防魔加工のカーテンを閉めて暫し閉口する。
半ば独り言のようにハザクラが声を漏らした。
「見られているということだけを意識させるのが目的か……或いは、アビスのように意図的に悪手を選んだのか……」
「そのどちらでもない」
反論と共に部屋の扉が開き、1人の人物が入ってくる。
「散歩中に偶然お前らを見かけたから、まっすぐ表に回ってきただけだ」
愛と正義の平和支援会所属。笑顔の七人衆。霊皇ボルカニク。
「ボルカニク……!!!」
ナハルと同じ巨躯に、ラルバと同じ悪魔のような角を生やした、紫色の瞳を持つ使奴。ボルカニクが4人の前に現れた。ハザクラとナハルはシスターとジャハルを庇うように前に出て臨戦態勢を構える。
ボルカニクは攻撃してくるでも、問答してくるでもなく、無言のまま棒立ちをしている。
ハザクラ達はまだ、ボルカニクの行動原理を知らない。だが、そのボルカニクの手綱を引いているバガラスタの狙いは、十中八九ハザクラだろうと推測している。洗脳のメインギアで、録音機を無効化できる存在。使奴を従えているバガラスタにとっては、真っ先に消し去りたい対抗勢力。
ナハルは摺足で僅かに前進し、ハザクラよりも数ミリ前に出た。もしボルカニクがハザクラを襲おうとするなら、肉壁になってでも逃さなければならない。バリアと別れた今、使奴は自分一人。ナハルの頬を汗が伝った。
「……ゲートから入ってきたのか?」
ボルカニクが淡白に問いかける。ナハルは、決して集中を弛ませずに答える。無視するよりも、今は少しでもボルカニクの思考を知りたい。
「そうだ」
「徒歩か?」
「いや、車両だ」
「車両……確か、ヘンテコな高級魔工車に乗っていたな。あれで来たのか?」
「いいや、別のだ」
「そうか。あの魔工車、幾らしたんだ? 機能的には4000万刻くらいだと思っているが、特注となると倍以上はしそうだが――――」
「目的は何だ」
他愛もない世間話に逸れてきた所で、ナハルが威圧するように言い放つ。
「目的? 雑談に目的なんかないぞ」
「違う。私達に接触してきた目的だ」
「ああ、そっちか」
ボルカニクは睨むでもなく嘲笑うでもなく、一切感情のない無表情のまま暫く沈黙した。
「目的……まあ、そうだな。今のところは……」
無気力に言い淀んだあと、ふと部屋の外に顔を向けた。それが油断なのか、意図的な隙なのか、計りかねているうちに視線を戻した。
「入管法違反で逮捕する。さっき警察を呼んだ」
「はっ?」
そう言って、ボルカニクは後ろ向きに歩いて部屋の外に出る。同時に武装した警官が大勢入ってくる。
「動くな!」
「大人しくしろ!」
予想外の対応にナハルはハザクラの方を見る。しかし、ハザクラもジャハルも一般人に抵抗するわけにもいかず、況してや圧倒的に自分達に非がある行いのため逃走を選べず、そうしているうちに警官らに取り押さえられてしまう。
ボルカニクは部屋の外で加勢する様子もなく淡々と指示を出す。
「使奴の方は反撃の異能者だ。拘束の際は攻撃しないよう気を付けろ。白髪で白い方は記憶操作、白髪で黒い方は負荷交換、赤い髪のは無理往生だ。それぞれ接触と問答に注意しろ」
それだけ言うと、ハザクラ達には目もくれずに立ち去ってしまう。
「あっ! おい! ちょっと待てっ!」
「お前っ! 抵抗するなっ!」
ナハルは後を追いかけようにも、警官らに反撃をするわけにもいかず取り押さえられてしまった。
〜愛と正義の平和支援会 南河地方 旧都町 旧都入国管理局 収容所〜
「全く想定していなかった……」
独居房の中で、ハザクラは酷く落ち込んで溜息をつく。隣の収容房に入れられているジャハルが、どうにか慰めようと励ます。
「ま、まあ、あの場で即戦闘とかにならなくてよかったじゃないか! なあナハル!」
「それは、そうだが……」
「それにほら! 法に則ってくれるなら幾らでもやりようはある! それにハピネスもいるし! 笑顔の国と揉めるのは向こうだって避けたいはずだ!」
ガチャン! と、外への扉が開いて新たな不法入国者が連行されてくる。
「私が何だって?」
そこにいたのは、ハピネス、イチルギ、ラプー、デクスの4人だった。
「……イチルギ?」
「…………何よジャハル、そんなに見て。面白い?」
「面白くはない……」
頼れる仲間がされるがままに収容房に詰め込まれていく。ジャハルが抗議しようと唾を飲んだ所で、先に警官の方が口を開いた。
「……あの、こういうの末端の私が言うのも憚られるんですが……。皆さん、どうして不法入国なんかを……?」
「えっ」
ジャハルは言葉に詰まり、ナハルは唇を噛み、ハザクラは聞こえないくらい小さな声で「申し訳ない」と呟いた。
「ボルカニク様の指示なので収容していますが、普通こういうのってもっとなんかこう……丁重な扱いというか、少なくとも偽装難民とかと同じ場所に入っていただくものじゃないと思うんですけど……」
デクスは「知るか」と言い、シスターは「ごめんなさい」と頭を下げる。
「つまりですね、その……扱いに困ってしまうので、国の人は国同士でもっと上手いことその辺やっていただけませんか……? 今警察パニックですよ……?」
イチルギは天を仰いで大きく息を吸い、腰を90度に曲げて力強く謝罪した。
「誠に申し訳ございません……!」
「私に謝られましても……」
〜愛と正義の平和支援会 南河地方 そよかぜ町 カラオケ“ビッグチャンバー” (ラデック、レシャロワーク、バリアサイド)〜
「ハザクラ達が逮捕された!?」
「うん」
深夜2時のカラオケ店で、ラデックはバリアの報告に目を丸くさせた。
「な、どうして!?」
「不法入国」
「ああ……」
バリアはビットの隣に腰掛け、マラカスを両手に持ってシャカシャカと無造作に振る。その暢気な姿にビットは思わず尋ねる。
「バリアちゃんは、それ見てて助けてやらなかったのか……?」
「隠れて見てただけだよ」
「何で……?」
「何でって……何で?」
ビットが混乱して返答を中断したので、バリアは続けてラデックに報告する。
「あとイチルギも捕まったよ」
「ええ!?」
「あとラプーとデクスとハピネスも」
「ほっ、ほとんど全員じゃないか!! ボブラとゾウラ達は!?」
「どっか行ってわかんない。ボブラが逮捕されてないってことは、多分逃げ切れてるんじゃないかな」
「お、俺たちも危ないか……。少なくとも遊んでる場合じゃなさそうだな……」
「今更?」
ラデックはカラオケの電源を切ってマイクを置き、手で顔を覆いながらビットに告げる。
「キャンディ・ボックスは正式な入国だろう? レシャロワークと2人で離れていてくれ。俺達と一緒にいると危ない」
「それこそ今更だろ! 手引きしたのはオレらだし、最後まで付き合うよ!」
「ビット……!」
「自分は帰りたいんですけどぉ」
優しさに飢えていたラデックは、目に見えて感動してビットの肩を掴み「怖い」と苦言を呈される。
「そう言えばラデック、ラルバは?」
バリアが尋ねると、ラデックは「ああ」と思い出したかのように言う。
「日付が変わる前からいないぞ。多分どこかで面白いものでも見つけたんだろう」
「ふーん……。ボルカニクに見つからなきゃいいけど」
「ラルバよりも俺たちだ。キャンディ・ボックスの基地とかないのか? ビット」
「あるよ。入国管理局の横に」
「よし、宿を探そう」
パーティー現在位置
ラルバ 行方不明
ラデック、バリア、レシャロワーク カラオケボックス
ゾウラ、カガチ、ボブラ 行方不明
イチルギ、ラプー、ハピネス、ハザクラ、ジャハル、シスター、ナハル、デクス 入国管理局