シドの国   作:×90

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310話 シャド

〜愛と正義の平和支援会 西河地方 麗市町海水浴場 (ラデック、バリア、レシャロワークサイド)〜

 

「大人3枚と子供1枚」

「お前馬鹿なの?」

 

 受付で入場券を買うラデックに、ビットが眉を八の字にして罵倒する。

 

「遊んでる場合じゃないって自分で言ってたじゃんか」

「別に遊びに来たわけじゃないぞ」

「はぁ?」

 

 海水浴場に入ると、ラデックは海岸の一角を目指して歩いていく。賑やかなメインビーチから少し離れた岩陰には、岩礁を削って作られた墓標が建てられていた。

 

「ここで、ジャージト夫妻が亡くなられたそうだ」

 

 ラデックは持ってきた花を手向け、手を合わせる。午後の日差しが照りつける中でも、赤銅色(しゃくどういろ)の墓標は光を嫌うかのように黒ずんでいる。

 

 等悔山(ひとくいやま)刑務所で出会った、断将ブレイドモアの雇い主であり、フィース・ジャージト刑務所長の、そしてあまちゅ屋経理担当イース・ジャージトの両親。(かつ)て暴徒に襲われ、その命を賭して3人を逃した。

 

「この国に来たら、まずここに来たかったんだ。(ほとぼ)りが冷めればケイリ達も来るだろうが、それまで誰も来る人がいないんじゃないかと思ってな」

 

 バリアも同じように手を合わせると、レシャロワークも一旦ゲーム機を小脇に抱えて手を合わせる。ビットも慌てて手を合わせ、それからラデックを見る。

 

「彼らの死は無駄じゃなかった。……いや、無駄な死があるってことじゃないんだが、少なくとも、彼らのお陰でケイリ達はもう一度笑い合うことができたんだ」

「ラデック……」

「俺から知らせることじゃないとは思うが、こういうのは早い方がいいだろ。……別に死後の世界があるとは思っていないが、何と言うか、まあ、礼儀みたいなものだ」

「そうか……」

 

 そして、ビットは軽蔑するように吐き捨てる。

 

「じゃあその格好で来るべきじゃなかったな」

「む」

 

 海パン一丁に、膨らませた浮き輪と水鉄砲を両脇に抱え、頭にはシュノーケルまでつけている。入場券を買う前に売店で買い漁った装備を全て身に付けた彼は、夏休みに入ったばかりの子供より気合が入っている。

 

「仮に遊びに行くとしても、墓参り行ってからで良かっただろ」

「俺の私服は使奴研究所にいた連中の遺品だからな。死体から剥ぎ取った服で墓参りに来るのは無礼だろ」

「少なくとも海パン一丁よりはマシだよ」

「さて、用事は済んだ。海だーっ!!!」

 

 ラデックは勢いよく駆け出し浮き輪ごと海に飛び込む。そして数mほど進んだ所で、離岸流に巻き込まれて沖へと流されていった。小さくなっていくラデックを見送りながら、ビットは不安そうにバリアに尋ねる。

 

「……助けに行ったほうがいいか?」

「行きたければ」

「流石に友達が溺れ死ぬのを見てる訳にもなー……」

「ラデックは溺れたくらいじゃ死なない。行方不明にはなるかもだけど」

「うーん……?」

 

 ラデックは豆粒ほどの大きさになるまで流されていき、途中で異変に気がついたのか浮き輪の上で慌て始めた。

 

 それを、横から暴走気味に走ってきた水上バイクが踏み潰した。

 

「あ! ラデック死んだ!」

「アレくらいじゃ死なないよ」

「俺の友達知らないうちに化け物になっちゃったの?」

 

 

 

 水上バイクは暫く遊覧した後、溺死体になりかけたラデックを回収して海岸に戻ってきた。操縦者は全く悪びれる様子もなく、ラデックの片足を引きずって満面の笑みで近づいてくる。

 

「あー面白かった! 最高!」

「おかえり、ラルバ」

 

 バリアは素っ気なく轢き逃げ犯(ラルバ)を出迎える。しかし、ビットは目を見開き驚愕する。ビットだけでなく、ゲームに夢中になっていたレシャロワークもボタンから手を離して驚いている。それは、操縦者がラルバだったからでも、際どいビキニを着ていたからでもない。

 

 2人の視線は、水上バイクの同乗者に注がれていた。

 

「初めて乗ったが、存外楽しいな」

 

 愛と正義の平和支援会所属。笑顔の七人衆。霊皇ボルカニク。

 

「“シャド”ちゃん! 次バナナボートやろ!」

「水上バイクの後にか? 下位互換だろう」

「じゃあ乗らない? 乗ろうよ」

「分かった」

 

 つい昨日ハザクラ達を投獄したボルカニクは、巨体に見合わぬ花柄フリルのビキニを風に靡かせラルバの後ろをついて行く。ビットとレシャロワークは口をポカンと開けたまま顔を見合わせ、同時にバリアの方を見る。しかし、バリアは眉間に皺を寄せるばかりで何を言うこともなかった。

 

 

 

〜愛と正義の平和支援会 西河地方 麗市町海水浴場 レストラン“クリスタル・カーテン”〜

 

「で、何でボルカニクと一緒にいるんだ?」

 

 気絶から覚めたラデックが、訝しげにラルバを睨む。ラルバは上機嫌で骨付き肉を齧りつつ答える。

 

「朝4時くらいだったかなー。悪者探しで街ブラついてたらバッタリ会っちゃって。そっから喫茶店で駄弁って、海行くけど来る? って言ったら行くって言うからさ。水着買って、ついでにダーツやって、遊園地行ってきた。面白かった!」

「それはよかった。で、何でボルカニクと一緒にいるんだ?」

「今言ったけど……」

「じゃあ質問を変える。何で俺を轢いた?」

「その時運転してたの”シャド”ちゃんだよ」

 

 当のボルカニクは行儀良くナイフとフォークでチキンレッグを裂き黙々と食べ進めている。

 

「“シャド”ちゃんお水取って」

 

 ラルバの要求にボルカニクは無言で従い水を注ぐ。

 

「その“シャド”ってのは何だ」

「そっちが本名だ」

 

 ラデックの問いに、ラルバではなくボルカニクの方が答える。

 

「ボルカニクは世代を誤認させるための偽名。私の本当の名前は“シャド”だ」

「……そうか。こんな人目につくところで言ってしまっていいのか?」

「ラルバに教えてもらった人払いの術をかけている。これ便利だな」

「……そうなのか? ラルバ」

「神の庭で作ったやつの改良版ね。発動してるのはシャドの方だから私は魔力減ってないよ」

「そうか……」

 

 浮かんできた疑問を解決していたらキリがないと改め、当初の疑問に戻る。

 

「シャド、どうしてラルバに着いて来たんだ?」

「誘われたから」

 

 単純明快で意味不明な返事に、ラデックは一度バリアの方を見る。そして引っ叩かれ激痛に悶えてから再びシャドの方を向く。

 

「今朝出会ったと言っていたが、ラルバを探しに来たのか?」

「いや、パンを買いに行く途中だった」

「パン……? 何故?」

「食べるため」

「…………お前がか?」

「そうだ」

「………………朝4時に?」

「ラルバと行った喫茶店のパンは自家製で、焼き立てが特に美味い。だから開店と同時に行くんだ」

「ウマかった! ラデックも行くといいよ!」

 

 全て聞いた上で何一つ理解できなかったため、ラデックは仕方なく話を変えた。

 

「何故ハザクラ達を襲った?」

「襲ってはない。通報しただけだ」

「……質問が悪かったな。では何故今俺たちを通報しない?」

「してほしいのか?」

「いや、そう言うわけではない」

「冗談だ」

 

 一切表情を変えることのないシャドに、ラデックは終始調子を崩される。

 

「お前達を通報しない理由だが、割に合わないからだ」

「割に合わない?」

「ラルバも、あのカガチとか言うやつも、拘束されたら暴れるだろう」

「……そうかも」

「不法入国よりも暴れられた時の被害が大きそうだと思った。だから警察は呼んでいない」

「賢……明……だな?」

「ハザクラ達は行政機関相手に暴れたりはしないと思ったからな。バリアが離れるのを待ってから通報した。そいつも暴れそうだから」

 

 ラデックがバリアの方を向き再び引っ叩かれる。

 

「ぐっ……! こ、この後、ハザクラ達をどうするつもりだ?」

「さあ? 私は知らない」

「……政府はお前が取り仕切ってるんじゃないのか?」

「仕切っている部分もあるが……今回は全て警察に任せている。特に言うこともないしな」

「……質問を変える。この後ハザクラ達はどうなる?」

「手続きに則って強制送還。まあ、実際そううまくは行かないだろうな」

 

 運ばれて来た追加注文のサラダを、シャドが人数分に取り分ける。

 

「強制送還しようにも、人道主義自己防衛軍も世界ギルドも、狼の群れも受け入れるはずがない。だがこのまま入国管理局に閉じ込めていくわけにも行かないからな。キャンディ・ボックスの誰かに保釈金でも積ませれば、警察は厄介ごとを片付けたいがために条件を飲むだろう」

 

 シャドが取り分けたサラダを、ラデックは遠慮がちに受け取る。

 

「パスポート偽造は製造国の……世界ギルドの領分だしな。こっちはお前らが起こした物事の被害請求をするだけだ」

「……そ、そうか……。因みに、俺がラルバやカガチから離れたら……逮捕するのか?」

「お前は暴れそうだからしない。するとしたらボブラ・ブランハットだ」

「そう……か。ボブラは勘弁してやってくれないか?」

「私以外の者が通報することもあるぞ」

「あ、そっか……」

「質問は終わりか?」

「……水上バイク俺を轢いたと言うのは本当か?」

「本当だ」

「どうして?」

「存外楽しくてな。夢中で見てなかった」

「そう……」

 

 これ以上何を聞けばいいのか分からなくなったラデックの代わりに、今度はバリアがシャドに尋ねる。

 

「貴方の目的は何?」

「ナハルにも同じことを聞かれたな。今の所は特にない」

「何故貴方はこの国に従っているの?」

「秘密だ」

「国王バガラスタか他の人間に隷属化を受けているの? それとも貴方の趣味?」

「隷属化を受けているかについてはノーコメントだが、(おおよ)そ趣味だ」

「何故笑顔による文明保安教会でラルバの襲撃を受けた時に反撃しなかったの?」

「あの集団は面白くないからずっと辞めたかったんだ。そこに丁度よくラルバが来てくれたから、職場に爆弾を落としてもらった。アイツら話が合わない」

「ブランハット帝国で子供を攫っていた理由は? あそこで何をしていたの?」

「それは秘密」

「異能はある?」

「当然ある。使奴は必ず異能を発症するぞ」

「何の異能?」

「秘密」

「貴方の仲間はどこに何人いるの?」

「仲間というか、友達ならコマコがいる。時々第一使奴研究所に会いに行ってる。あとジーニャか。こっちは友達と言うより知り合いだな。それ以外は秘密」

「ジーニャ? それは誰? どこにいるの?」

「どこの誰かは秘密」

「そう」

 

 矢継ぎ早にシャドを質問攻めにすると、バリアは「おしまい」と言って席を立つ。

 

「おい、今度は私の質問に答えろ」

「今度ね。ご馳走様」

 

 シャドが呼び止めるも、バリアは素っ気なく突き放してレストランを出て行った。

 

「……マイペースな使奴だな。不羈(ふき)の異能者らしい」

 

 シャドの悪態にラルバがへらへらと笑う。

 

「嫌われてんねーシャドちゃん。なんかした?」

「嫉妬だろうか。私がラルバと遊び回っていたのが羨ましかったに違いない」

「……今更だけど、シャドちゃん結構マヌケキャラだね。意外」

「失礼な」

 

 少しムスっとした様子でシャドが席を立つとラルバが呼び止める。

 

「あれ、どこ行くの?」

「仕事だ。今日は夕方から会合がある」

「え〜サボっちゃえよ。映画行こうよ映画」

「映画にも行きたいが、仕事優先だ」

「残念。じゃ、続きは国王暗殺の舞台で」

「脅しに留めておいてくれ。殺すぞ」

 

 シャドは背を向けて立ち去る。そして一度だけ振り向いて尋ねる。

 

「ところで、コマコの話は聞かなくていいのか?」

 

 その問いに答える者はなく、ラルバはラデック達と食事を続けていた。シャドは鼻で溜息をつき、そのままレストランを後にした。

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