シドの国   作:×90

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311話 腐った林檎

〜愛と正義の平和支援会 西河地方 旧都町 麗市珊瑚町 町役場 (ラルバ、ラデック、バリア、レシャロワークサイド)〜

 

「町役場?」

「そ!」

 

 ラルバは町役場の階段を上機嫌に進んで行く。後ろを歩くラデックは、いつものことながら意味がわからず尋ねる。

 

「なんでまた」

「何ででしょう! ビット君!」

 

 突然話を振られたビットは、怪訝な顔をしつつ困ったように言う。

 

「……俺、なんか言ったっけ?」

「言ってないよ。あとでビンタだかんね」

「何で?」

「何でって……ラルバ一家家訓第1899条、オモシロを隠していたやつは泣くまでビンタだから……」

「俺それ知らないしラルバ一家じゃない……」

「2345条、ラルバ一家家訓はラルバ一家以外にも適用される」

「今何条まであるの?」

「2345」

 

 話が逸れたところで、ビットは溜息をつきラルバの前に出て先導する。

 

「まあ、自分で見つけたならいいか。皆もその内俺のせいじゃないって分かってくれるっしょ」

 

 3階のエレベーターまで来ると、下ボタンを長押しして昇降機を呼び出す。

 

「ラルバさん放っておいたらエレベーター壊してでも侵入しそうだし、入り方は教えるね」

「もう昨日壊して入ったよ」

「……下ボタンを3秒以上長押しして、中に入ったら1番大きい階の数字を押す」

「それから非常呼び出しボタン!」

「知ってるなら壊さないでよ!」

「壊したんじゃない、壊れたの」

 

 エレベーターが到着すると、ビットは3階のボタンを押してから非常呼び出しボタンを押下する。エレベーターの扉が開き、階数表示のランプが全階点灯する。

 

「平和ボケした諸君っっっ!!」

 

 突然、レシャロワークが叫ぶ。

 

「思い出せっっっ!! 我らが愛した血の匂いをっっっ!! 正しき義による拳の味をっっっ!!」

 

 エレベーターが開き、地を震わすような歓声が聞こえる。

 

「ここで見たこと聞いたことっ!! 決して浮世に伝えるなっっっ!! ここが我ら戦士の楽園っっっ!! 愛と正義の平和支援会、地下闘技場だっっっ!!」

 

 現れたのは、見渡す限りの広大なスタジアム。その中央に設置されたリングで拳を振るう戦士2人。狂乱の熱気がラデック達の間に吹き荒れる。

 

 ラデックは唖然としながらレシャロワークの方を見る。

 

「……何で叫んだんだ?」

「ここ初見の人には刄旡ごっこするのが礼儀なので」

「……ゲームの話か?」

「漫画の話」

 

 そこへ、酔っ払った老年の男が酒を片手に近づいてくる。

 

「おっ! ビットじゃねぇか! 出んのかい! 出ろよ!」

「モラさんいっつもここいるね。住んでんの?」

「ぎゃーははは! 住めるもんなら住みてぇよ! ツレは? 出んのか? 出ろよ!」

 

 モラと呼ばれた男は上機嫌にの腹を肘で突く。

 

「うお」

「い〜い身体してんなぁ! お! オメェ試合出ろよ! 出場金奢ってやっから! お!」

「試合?」

「お! オメェここ初めてか? 初めてか! お! こっちこい! お!」

「お」

 

 ラデックはモラに腕を引かれ、酒場の方へと連れてかれていった。ビットはやれやれと肩をすくめ、ラルバ達と共にモラの後をついていった。

 

 

 

「あのクソバカ国王がよぉ! 王になってすぐによぉ! 喧嘩禁止とか抜かしやがってよぉ! まーそりゃ荒れたんだわ!」

 

 ラデック達に無理やり酒を飲ませつつ、モラはジョッキ片手に愚痴のような説明を始めた。

 

「喧嘩はダメだろう」

「なーに言ってんだ! 喧嘩もしねぇで飲む酒が旨いワケあるかよ! こちとら殴り合い蹴り合いど突き合いが楽しみで生きてんのによぉ!」

「釣りでもしたらいいのに……」

 

 横からビットが解説を入れる。

 

「俺はその頃を知らないんだけどさ、この国は昔から喧嘩が好きなんだって。皆鍛えるのが好きで、試合も大好き。路上の殴り合いとかしょっちゅうだったらしいし」

「それは……物騒だな」

「じゃれあいだよ。じゃれあい」

「お! お! そーそー! なぁにも殺す気でやりゃあしねぇよ! やっぱよ! こう、本気でぶつかってっとよ! 体がカッカカッカしてよ! い〜気持ちになってくんだこりゃ!」

「パンチドランカー……?」

「ま酒みたいなもんだな! お! うまいこと言うじゃねぇかにいちゃん!」

「皮肉なんだが……」

「それをよぉ! あのバカ国王が禁止にしやがってよぉ! 人も殴れねぇんじゃ外出る意味もねぇってもんだろぉよ! お!」

「俺は断然今の方がいいと思うが……」

 

 嘗て愛と正義の平和支援会では、暴力行為のほとんどは容認される傾向にあった。法律では禁止でも、軽い悪態や侮蔑が許容されるように、喧嘩は少し激しめのコミュニケーションとして認識されており、当事者も野次馬もそれを楽しみにする傾向が強かった。

 

 それが、あるとき国王バガラスタによって制定された暴禁法により厳重に取り締まられることとなった。喧嘩は勿論、格闘技や武術の試合、創作物の表現でさえもが規制対象となった。文化を全否定された国民は反乱を起こし、騒ぎに乗じて暴徒が街に溢れた。そのせいで国内での犯罪率は著しく上昇し、多くの死傷者も出る大事件となった。ジャージト家襲撃事件も、この事件の一端である。

 

 それから暫くは無法地帯のような状態が続いたが、それと同時にこの地下闘技場の建設が進んでいった。有り余る戦闘欲を解放する場所を得た国民達の鬱憤は次第に減っていき、徐々に今の平和な国が出来上がっていった。

 

 熱りが冷めた頃、バガラスタ国王は国民に暴禁法制定の事情説明を行った。暴禁法は前国王のクラウン・サルファドットのによって制定が決定されていたこと、自身の国民性の理解が乏しかったこと、制定が早計だったことを認めた。しかし、かの暴動により多くの反社会的勢力を鎮圧できたこと、それによって現在の平和がより確固たるものになったことで、暴禁法を提案したクラウン・サルファドットの処分を保留し、今の平和な国の安寧を最優先すると宣言した。

 

 

「つまりは、結果オーライだったから犠牲に目を瞑ってくれ……と言うことか?」

「ふざけてる! ふざけてるが、暮らしが良くなったってのも事実だ。これ以上ぎゃーぎゃー言うよりも、済んだことは済んだことって割り切っちまう方が楽だったんだよ。バガラスタは謝ったし、クラウンに今更どうこうして欲しいとも思っちゃいねーしよ」

「……何かを憎むのは疲れるからな」

「だが! 心の底じゃー許しちゃいねーよ! お! そりゃーダクラシフ商工会から来る観光客は増えたけどよ! やっぱこーいう息抜きの場がねぇとよ! お! 金と酒じゃ満たされねぇって! お!」

「だが、そうなるとこの闘技場も法律違反なんじゃないか?」

「だから地下に建ててんのよ! この闘技場だけが俺たちの癒しなんだ! もしこの闘技場が無くされるなんてことがありゃーよ! 次こそ俺たちゃ城燃やしちまうぞ! お! 叛乱だ叛乱!」

 

 ヒートアップし始めた老人に応えるように、周囲の客達もジョッキ片手に「叛乱だ!」と笑い声を上げ始めた。

 

「……まあ、平和ならいいか……」

 

 どんちゃん騒ぎの中ラデックが溢した独り言に、ラルバが怪しく失笑する。

 

「平和がこんな簡単に作れるものか。上辺だけの安寧など、腐った林檎を片っ端から捨てているに過ぎない」

 

 

 

 

〜愛と正義の平和支援会 南河地方 旧都町 旧都入国管理局前〜

 

「……普通に釈放されたな」

 

 収監されて2日目の朝。キャンディ・ボックスが持ってきた保釈金により何の障害もなく手続きが済み、本来はあり得ないはずの不法入国者の無罪放免が(まか)り通った。

 

 入口の方では防衛大臣と総務大臣の2人がイチルギに頭を下げており、イチルギも同じように何度も頭を下げている。大臣らの表情は申し訳なさそうに眉を八の字にしてはいるものの、言葉の節々から「勘弁してくれ」という苦言を必死に押し殺しているのがよくわかる。

 

 それから彼女は使奴らしくもなく額に汗を浮かべて戻ってくる。

 

「……取り敢えず、ラルバ達の事後入国申請もしておいたわ。あーもう嫌」

「大変だったな……」

「大変だった、じゃなくて、大変。ちょっと王宮行ってくるから、そっちはそっちで動いてて」

「あ、ああ……」

「ハピネス! 行くわよ!」

「私は行かな――――うっ」

 

 逃げようとしたハピネスはイチルギに首根っこを掴まれ、呼吸もままならないまま引き摺られていく。

 

「……俺も行くか。ラプーも来てくれるか?

「んあ」

「すまないが、ジャハルはシスター達を頼む」

「あ、ああ。気をつけてな」

 

 ハザクラとラプーを見送り、ジャハルは「さて」と前を向く。そして、そっぽを向いて突っ立っているデクスに尋ねる。

 

「……お前はいいのか? あっちに行かなくて」

「あ? デクスがイチルギの近くにいちゃマズイだろーが」

「そう言えばお前、秘密部隊の人間だったな」

「ケッ」

 

 デクスは背を向けて明後日の方向に歩いていく。

 

「どこに行くんだ?」

「オメーらと一緒にいたんじゃまた犯罪者にさせられそーなんでな。デクスはその辺で暇潰してるぜ」

「暇なら来い。ゾウラを探さなくては」

「あいつなら“軍”に行くっつってたぜ」

「軍? “サルファドット私軍”か? 何をしに?」

「知るか」

 

 ジャハルは離れて行こうとするデクスの腕を掴み反対方向に歩き出す。

 

「離せボケ!!」

「軍なら“剛皇クラウン”がいるし、大丈夫だろう。ラルバと合流しよう」

「デクスは行かねーぞ!」

「ラルバを止めるのにはお前が適任なんだ。一緒に来てくれ」

「行かねーっつってんだろ!」

「そこをなんとか」

「だーっ!! 離せ!!」

 

 ずるずると引きずられていくデクスを、シスターとナハルは傍観しながら呟く。

 

「……異能を使わないあたり、少しは仲間と思ってくれてるんでしょうか」

「いや、一線を越えたら私が動くからでしょう」

「ああ……彼にとっては精一杯の抵抗なんですね……」

 

 

 

〜愛と正義の平和支援会 西河地方 “サルファドット私軍本部” (ゾウラ・カガチ・ボブラサイド)〜

 

 愛と正義の平和支援会に軍隊は存在しない。何故なら、国民全員が兵隊であり軍だからである。そんな中で軍隊など作ろうものなら、国民達の誇りである戦力を毀損することになる。そこで当時の統治者サルファドット家が考えた建前が、「これは私有軍であり、国家を守るものではない」と言うもの。苦しい言い訳ではあったが、国民達は不満を抱きつつもこれを飲んだ。

 

 サルファドット私軍はその内に国民達の有り余った闘争心を合法的に解放できる憩いの場となり、その地位を国民の心の中に確立していった。

 

「っつーのが、ここ! サルファドット私軍てワケさ!」

 

 門番を任されていた女兵士は、久々の外国人の来訪に上機嫌に説明をしてくれた。ゾウラは兵士の昔話に感嘆の声を上げて拍手を送る。

 

「素敵ですね! 意見を押し通すだけじゃなくて、ちゃんと皆さんに受け入れられる場所になったんですね!」

「おれら平和の国民は根っからの戦闘狂だからなぁ〜! 今は御法度だが、パパの時代は路上乱闘なんざ日常茶飯事だったらしいぜ!」

 

 話したがりの兵士に、聞き上手のゾウラ。長々と続く2人のやり取りに、後ろで待機していたボブラがウンザリした様子でカガチに尋ねる。

 

「……いつまでこうしてんだよ。もう30分は話し込んでんぞ」

「無論、ゾウラ様が満足されるまでだ」

「ッスゥー…………。そういや、お前はなんでそんなゾウラに入れ込んでんだ?」

「大切な人だからだ」

「それを何でかって聞いてんだが……。200年生きてきたお前が、高々10歳ちっとの人間に完全服従って意味分からなさすぎるだろ」

「ナハルにも同じことを聞いて言うと思うのか?」

「……いや、あいつらは何となく察しがつくだろ。ナハルの性格もあるしよ……。カガチはその辺想像つかねーっつーか……」

「客人ですか?」

 

 門の中から、1人の女性が姿を現す。すると、門番はギョッとしてすぐさま姿勢を正して敬礼する。

 

「ク、“クラウン閣下”!? いえっ、あ、あのっ」

「下がりなさい」

「は、はいっ!!」

 

 門番は逃げるようにして詰所に駆けていく。やってきた女性は(おもむろ)に振り返り、ゾウラに目を向ける。眠たそうな垂れ目とは正反対に燃えるような真紅の長髪。元愛と正義の平和支援会国刀“剛皇クラウン”は、膝をついてゾウラに目線を合わせた。

 

「……サルファドット私軍、総帥。“クラウン・サルファドット”だ」

「初めまして! こちらはカガチとボブラさん、私は――――」

「ゾウラ・スヴァルタスフォードだね?」

 

 死亡扱いになっているゾウラの名を口にしたクラウンは、慈しむように手の甲でゾウラの頬を撫でる。

 

「……大きくなったね。まさか本当に生きていたとは」

 

 ボブラは驚いてカガチを見るが、カガチはまるで興味なさそうにそっぽを向いている。

 

「カ、カガチは知ってたのか……? 2人が知り合いだって……」

「いいや? スヴァルタスフォード家襲撃以前のことだろう? 知る由もない」

「……なんでそんなボケっとしてられんだ?」

「逆に、何を驚くことがある? 幼き日とは言え知り合いくらいいるだろう」

「そうじゃねーだろ……」

 

 クラウンは(おもむろ)に立ち上がり、カガチの方を訝しげに睨む。

 

「すみませんが、“それ、引っ込めてもらえますか”」

 

 ゾウラもボブラも何のことか分からずにカガチを見る。当の本人は少し驚いた様子で答える。

 

「どこで気がついた?」

「私じゃありません。そういうのに敏感な子がいるもので」

 

 カガチは数秒沈黙した後、肩に1匹の黒い鷲を作り出す。それは今作られたものではなく、辺りに漂う極めて細い糸を巻き取って形が作られていることにボブラもゾウラも気が付くことはなかった。

 

「よろしければ、中へどうぞ」

「ゾウラ様、どうされますか?」

「ぜひ!」

 

 クラウンに案内されるがまま、軍の入り口に向かう3人。建物に向かう石畳の途中で、カガチが小さく呟いた。

 

「気色悪い」

 

 クラウンが足を止める。

 

「“蜘蛛の巣”くらい掃除しろ」

「……気分が優れないようでしたら、お帰りください」

 

 皮肉を間に受けたゾウラがカガチを見上げる。

 

「カガチ? 体調が悪いならホテルに戻っていただいて大丈夫ですよ!」

「いえ、問題ありません。お供します」

「はい! クラウンさん! 大丈夫だそうです!」

 

 クラウンはにこりと微笑み、再び先導する。カガチのあまりに不躾な態度に、少し居た堪れなくなったボブラがクラウンに告げる。

 

「悪いな、こういうヤツなんだよ……。ゾウラにさえ何もしなきゃ危害は加えねーと思うからよ……」

「ははは」

 

 クラウンは、突然乾いた笑い声を上げた。

 

「別に皆さんに何かするつもりはありませんけど、気に入らなければ殺してくれたって構いませんよ」

「……は?」

 

 投げやりに、ぶっきらぼうに、まるで本当に死んでもいいかのように。

 

「平和な国は、バガラスタ国王陛下によって成された。私はお払い箱です」

「い、いや、アンタだって立派な……」

「要らないんですよ」

 

 クラウンがボブラに振り返る。

 

「我々は、魔神のランプを棄ててしまったのです」

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