〜愛と正義の平和支援会 西河地方 “サルファドット私軍本部” 来賓応接室 (ゾウラ・カガチ・ボブラサイド)〜
「それで、ここにはどういった用件で?」
愛と正義の平和支援会元国刀であり元国王、クラウン・サルファドットは、自ら対応役としてゾウラ達に向かい合った。
座り心地のいい革のソファにちんまちと腰掛けたゾウラは、悪びれる様子もなく溌剌と答える。
「はい! エドガアさんがサルファドット私軍にお知り合いがいると聞いていたので会いに来ました!」
「うん、彼女とは古い付き合いだ。君のことも彼女から聞いている。初めは信じられなかったけどね。……その様子だと、まさか本当に会いにきただけ?」
「……? はい!」
「ははは……。まあ、いいけどね」
ボブラがカガチに小声で尋ねる。
「エドガアっつーのは?」
「ゾウラ様の保護者の1人だ。スヴァルタスフォード自治区で、私と共に警護と教育をしていた」
「お前の仲間か」
「私の仲間はゾウラ様とリーダーだけだ」
「また知らねー名前が出てきたな……。リーダーっつーのは?」
「言う必要はない」
「……そうか」
ゾウラはコーヒーカップに口をつけた後、元気よく尋ねる。
「先ほど口にされていた、“魔神のランプ”って何ですか?」
「……やっと、愚痴が溢せる」
安心したような、観念したような、しかし穏やかな笑みを浮かべる。
「この国の歴史は、我々サルファドット家と、シャド……霊皇ボルカニクとの歴史。欲深い蛮族と、酔狂な魔神の歴史だよ」
200年前、大戦争の後。我々の先祖が作った力の国。そこで最も大きな力を持っていたのが、我がサルファドット家初代当主、モルトラン・サルファドットだ。彼はその偉大なる力で、猛者が犇く愛と正義の平和支援会を統率していた……。
だが、それは表向きの話。彼が国を纏められた理由はただ一つ。シャドという物好きな願望器に魅入られたからに過ぎない。
どこからともなく突然現れたシャドは、モルトランにこう告げた。理想を成す手伝いをしてやる。私を上手く使い、願望を果たしてみせろと。
モルトランはシャドを使役し、数多の戦士達を圧伏した。時に虐殺で、時に調略で。使奴によって齎される政策の数々は、独裁に対する不満を尽く捩じ伏せていった。
私達は、優れた名家の末裔なんかじゃない。シャドという魔神に偶然魅入られただけの蛮族なんだ。それを私の母は強く恥じていた。そして、代々受け継がれてきた魔神のランプを棄てた。シャドの誘いを断ったんだ。
興を削がれたシャドは、新たな玩具を探し始めた。そうして見つけたのがバガラスタだ。バガラスタがシャドと共に政界に現れると、母は血相を変えて応戦を始めた。敵うはずもないのにね。
母は国民に有利な政策をこれでもかと見せびらかし、急いで私を国刀にし国王の座を譲った。世界最年少の国刀であり国王となった私を現人神のように祀りあげ、神性で以ってバガラスタから支持率を奪おうとした。でも、全ては焼石に水だった。
シャドの編み出した政策によって一挙に国民の支持を得たバガラスタは、幼き王である私の身を案じるフリをして擦り寄り、母を人質に取った。母は城に閉じ込められ、私と会うこともできなくなった。それに耐えかねた私の妹が、自身の身柄を差し出す代わりに母を解放するようバガラスタに嘆願したんだ。
だけど、それは妹の策略だった。あの子は、勝ち馬に乗るためにわざと自分を差し出したんだ。あの子の裏切りによってバガラスタは婿養子になり、正式に王位を継承した。
「あの子には少しだけ感謝してるんだ。あの子が裏切らなかったら、私がバガラスタと結婚する羽目になっていたのかも知れないからね。想像するだけでゾッとするよ。まあ、自分の親より歳食った義弟も充分気味悪いか。はは」
遠い目をして語るクラウンはどこか満足そうで、まるで覚悟した自殺志願者の最期のようであった。
「このことは口外無用でお願いね。ま、言ったところで誰も信じないだろうけど」
最後まで黙って話を聞いていたゾウラは、キョトンとした顔で首を傾げた。
「じゃあ、どうしてクラウンさんはここにいるんですか?」
素朴で恐ろしい疑問を躊躇いなく口にしたことで、ボブラが顔を真っ青にする。
「お、おいゾウラ!!」
「どうしてってのは、王位を持ってかれたくせして太々しくも軍の総帥に居座り続けてるのはどうして? ってことかな?」
「はい! 普通なら、何か理由をつけて総帥の座も簒奪されるか、総帥のままでいたとしても実権を分割して支配力を失くされるんじゃないかなと思いました」
ボブラが土下座をしようとしたその時、クラウンは呵呵大笑して膝を叩いた。
「あっはっはっはっは!! いやその通りだよゾウラ! 全く以ってアベコベな話だ!」
一頻り笑ってから、クラウンは極めて穏やかに話し始めた。
「私が総帥の座に就いたのは、バガラスタが即位してからだよ。奴の勅令で、母から引き継がれたものだ」
「…………? じゃあもっと変です! バガラスタさんはどうしてクラウンさんに軍の支配権を? 叛乱されたらどうするんでしょうか?」
「逆だよ。私は総帥だからこそ叛逆ができないんだ」
「どう言うことですか?」
「私は、母が半ば自暴自棄になって据えられた見せかけの王。火も水も分からない子供が王冠を載せられただけ。それからたったの数年でバガラスタに王冠を、王座を奪われた。世間から見れば、お迎えが来たからおままごとを中断させられた子供。遊ぶ時間が終わったら、帰って勉強するのが子供の役目のはずだった。……ところが、バガラスタはまだおままごとを押し付けてきた。総帥と言う役で。母から奪った実権も含めて丸ごと寄越してきたよ」
クラウンは赤い宝石のついた徽章を外し、手遊びに爪で引っ掻いた。母から受け継いだ総帥の証は、何度も爪で擦られたせいか装飾の金属部に傷がついている。
「……世間はこう思っただろう。「バガラスタ王は、お飾りの子供にも役目を下さる寛大なお方だ」と。同時に私軍の者達は思っただろう。「こんな小娘に総帥など務まらない。黙って隅で蹲っててくれないだろうか」と」
指の上で転がしていた徽章を、うっかり足元に落とす。床にぶつかり、甲高い金属音が響く。
「そして、よしんば叛乱が罷り通ったとして。バガラスタを討ち倒し、私が国王に戻れたとして。願望器は、シャドは戻って来ないんだ。残されるのは、使奴の超人的処理能力で回していた仕事の山。それを日常とする国民の期待と疑念。失望されるのは目に見えている。魔神のランプを手放した私達に、できることは何もない。何もすべきじゃないんだよ」
拾い上げた徽章を付け直し、深く息を吐いた。
「それに、バガラスタにも感謝しているんだ。奴がシャドを使ってくれたお陰で、この国は大きく繁栄した。支援政策の見直しで貧困街はなくなり、警察の再編成で犯罪者も大きく減少した。研究機関への助成金分配が改められ、新エネルギーや技術の革新も進んだ。どれも、シャド抜きでは不可能だったんだろうと思う。私の母の見栄による過ちを、バガラスタは取り返してくれたんだ。王座の一つや二つ、くれてやらなきゃ割に合わない」
心からの感謝などではないのだろう。絶望の淵に立たされたからこそ、失望を重ねたからこそ、現実を肯定するしか生きる道がなくなってしまっただけ。見えない拳で殴られ続けた彼女は、いつしか痛みを拒否しなくなった。反抗を許されない敗者の静かな自暴自棄。
「クラウンさんは、それでいいんですか? 王家の誇りをもう一度取り戻したいと思ったりは?」
「私はもういいよ。母からサルファドット家の恥を聞かされて育てられたんだ。王家の人間としての誇りなんかない」
部屋の扉が小さくノックされ、1人の軍人が入ってくる。
「失礼します。総帥、ネユシャ様のヘリが到着しました。準備願います」
「ああ、もうそんな時間ですか。すぐに行きます」
「お早めにお願い致します」
クラウンは席を立って、ゾウラ達に微笑みながら手を振る。
「ごめん、今日はこの辺で。また遊びにおいで。ムカラマツ、客人を外へ送ってあげて下さい」
軍人の案内で、3人は門の前まで戻ってきた。
「では、お気を付けて」
ゾウラがお礼を言おうと振り返るが、返事を聞く前に通用口の扉が閉められた。ボブラは舌打ちをしてゾウラの頭に手を置く。
「無愛想な野郎だな。ったく」
「楽しかったですね! ボブラさん!」
「楽しいわけあるか! とんでもねーこと聞きやがって! 下手すりゃ侮辱罪で檻ん中だぞ!」
「ごめんなさい!」
帰り道を辿りながら、ボブラが独り言のように呟く。
「霊皇ボルカニクが真面目に働いてると思わなかったな。オレはてっきりバガラスタの奴が無理矢理従えてるもんだとばっかり思ってたぜ」
「私もそう思ってました! 悪いことばっかりしてる方かと思っていましたが、良いこともたくさんしているんですね!」
「……だからと言って、ガキの誘拐が帳消しになるわきゃねーけどな……」
「カガチはどう思いますか?」
突然話を振られ、カガチは暫し思案する。
「……ボルカニク、シャドの目的については単なる興味だろうと思っています。ですが、クラウン・サルファドットの母親の意思については疑問があります」
「疑問ですか?」
「母親は、シャドの力によって権力を得ていた先祖を恥じているとのことでした。ですが、それだけの理由で従順な使奴を手放すのは不自然かと」
「昔の愛と正義の平和支援会は使奴差別が強かったと聞きます。お母さんも使奴嫌いだったんじゃないでしょうか?」
「その場合、寧ろシャドを隷属させているかと。今はまだ情報が少ないので何とも言えませんが、母親にはシャドを手放し独立することとは別の狙いがあるのではないかと――――」
カガチは突然言葉を止め、道端の雑木林の方に目を向ける。
「カガチ? どうされました?」
「……いえ、何でもありません」
「…………?」
足を止めるゾウラの手を引き、カガチは足早に通り過ぎようとする。しかし、雑木林から飛び出してきた白い影が前方に立ち塞がる。
「チッ」
「なに逃げようとしてるの。手伝って」
「バリアさん!」
それはバリアだった。雑木林の奥では、怪しく笑うラルバが亡霊のように手招きをしている。
「断る。貴様等だけで勝手にやってろ」
「バリアさん、これから何をされるんですか?」
「クラウンの誘拐。ゾウラも来て」
「はい! カガチ、行きましょう!」
「…………はい」
ゾウラに手を引かれ、カガチは仏頂面で来た道を引き返しはじめた。
残されたボブラは訳が分からずバリアの方を見る。
「ク、クラウンの誘拐……!? なんでまたんなこと……」
「ボブラも来る? 来るなら背負うけど」
「……行かねぇ」
「ラルバが連れて来いって言ってるから連れて行くね」
「じゃ聞くなよ!」