シドの国   作:×90

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313話 スーパールーキー、マスクド・パゥワ

〜愛と正義の平和支援会 西河地方 “サルファドット私軍本部” 執務室〜

 

 誘導灯だけが淡く照らす廊下を、コーヒーカップ片手にクラウンが歩いて行く。靴音が嫌に響き渡り、不必要に孤独を実感させる。

 

 執務室に戻り、古い音楽をかけながら書類に向かう。誰の呼び出しも受けない今なら、総帥の威厳などまるで気にせず仕事に集中できる。残業が好きなわけではないが、この自由な空間は少しだけ気に入っていた。

 

 ふと、今日妹にもらった菓子があったと思い出す。こういうのは思い出した時に食べておかないと、その内忙しくなって存在すらも忘れてしまう。お腹が減っているわけではないが、今の内に食べてしまおう、と隣の資料室に向かった。

 

 戸棚を開き、書類の手前に置いてある無地の紙袋を手に取り中を覗く。有名店のチョコレート菓子だ。たった一口サイズで1600刻もする高級品。だが、これを妹から貰うのはもう5度目になる。そしてクラウンはあまりチョコレートが好きではない。きっと、召使に買いに行かせたものを中も見ずに渡しているのだろう。それでも会う度に手土産を忘れないのは、まだ家族と思ってくれている証なのだろう。

 

 そんなことを思いながら廊下への扉を開く。

 

「ばあーっ!!!」

「ぎゃーっ!!!」

 

 突然、暗闇から女が飛び出してきた。

 

 恐怖に絶叫するクラウンを、ラルバが廊下の暗闇に引き摺り込んでいく。

 

「なっ、いやっ、ひっ」

「ぐへへへへへへ」

 

 反撃は全て手刀と反魔法ではたき落とされ、そのまま士官用トイレに放り込まれた。

 

「ぐあっ」

 

 頭を打って視界が眩む。痛みを堪えつつ目を開けると、辺りは乳白色のドームが広がっていた。

 

「きょ、虚構拡張……?」

 

 景色に浮かぶ人影に目を向ける。そこには不適な笑みを浮かべる赤角紫髪の女と、後ろに数人の仲間が控えているのが見えた。そして、その内の3人の顔には覚えがあった。

 

「ゾ、ゾウラ……!? カガチに、ボブラも!?」

「さっきぶりです! クラウンさん!」

「…………」

「わ、悪いな……」

「一体何故……!? 何が目的ですか……!?」

 

 混乱するクラウンに、ラルバがずいっと顔を寄せる。

 

「初めましてクラウン総帥!! 私は正義の世直し執行人、ラルバ!」

「……何を企んでるの」

「クラウン総帥! 君には、今から地下闘技場でチャンピオンになってもらうヨ!!」

「本当に何を企んでるの?」

 

 

 

〜愛と正義の平和支援会 西河地方 “サルファドット私軍本部” バリアの虚構拡張内部 (ラルバ、ラデック、バリア、ゾウラ、カガチ、レシャロワーク、ボブラサイド)〜

 

 嘗てクラウンは国民の暴力を禁止する暴禁法を発案し、バガラスタ国王が制定した。そのせいで大規模な暴動が起こり、クラウンは暴禁法の立案者として糾弾されることとなった。バガラスタ国王の采配により結果的には暴禁法が平和な国を保つ一助となったものの、国民の中ではまだ闘争への強い欲求が燻っている。

 

 その闘争欲を消化するために生まれたのが地下闘技場。警察の目を掻い潜って、時には買収して作られた暴の楽園。もしそこに、暴禁法の立案者であり元国王元国刀のクラウンが現れたら、況してや正体を隠した超新星としてチャンピオンの座についたら、闘技場は大混乱に陥るだろう。

 

「名付けて! 超大物(笑)ルーキー大暴れ作戦!!」

「……えーと、ごめんなさい。よく分かりません」

「何でよ」

 

 ラルバの説明を聞いて尚、クラウンは困惑して頭を抱える。

 

 だがそれは後ろで話を聞いていたラデック達も同じで、ビットに関しては理解を半ば放棄している。

 

「なあラデック、ラルバさんていっつもこういう無茶苦茶言う人?」

「まあ、そう」

「大変だな……お前も……」

「大変だ」

 

 クラウンは深い溜息と共に首を振り、諭すように反論する。

 

「ゾウラ達にも言いましたが、私にバガラスタ国王と敵対するつもりはありません。シャドが抜けた穴を私が塞ぐなんて余りにも……」

「そこまで言ってないよ。……お隣ダクラシフ商工会の話は聞いた?」

「はい? ……ええ。政府の悪行が白日の下に晒され、三本腕連合軍と悪魔郷が合同で政府を取り仕切っていると」

「あれ、全部ウチらがやったのよ」

「……何ですって?」

「へっへっへっへっへ」

 

 ラルバは意気揚々とダクラシフ商工会での顛末を語る。等悔山(ひとくいやま)刑務所の襲撃。クインテット・パレスの侵略。キールビースによる国民の煽動、包囲網。政府の悪行は全て出鱈目で、国民の暴動すら仕組まれたものだったと。

 

「大統領のガナタアワシャは今でも元気によろしくやってるよ! まあ、人道主義自己防衛軍の監視付きだけどネ。その内でっち上げ不正選挙で再当選するんじゃない?」

「そんな……ことを、あなた達が?」

 

 クラウンは驚愕の表情でゾウラを見る。ゾウラは満面の笑顔で自信たっぷりに胸を張っている。

 

「……次は、私の番だと?」

「そうそう! ワルモンだったら生きたまま棺桶突っ込んで埋めちゃおうかと思ったけど、善人ぽいからオモチャの兵隊役にしてあげる! 清く正しく生きててエライ!」

「……それはどうも」

 

 今日何度目か分からない溜息がクラウンの口から漏れ出る。

 

「私は総帥の席を追われ、もう政治には携われない。携われても、それは全部貴方達の監視の下に行われる傀儡政権。ってわけね」

「物分かりがいいねえ。ほいじゃ、もう文句はないよね? あっても聞かないけど」

「一個だけ」

「聞かないってば」

 

 彼女は虚な笑みを浮かべる。

 

「出るからには八百長なんてゴメンよ。全部実力で勝つわ」

 

 

 

〜愛と正義の平和支援会 地下闘技場 12番リング〜

 

「ラッシュが止まらない〜!! ロングコング苦しいか!? 何と言う連撃の包囲網!!」

 

 リングの端で、血塗れの女が苦しそうに腕でガードを続けている。しかし、その隙間を縫うように、時には腕目掛けて重い一撃が放たれる。

 

「ぐがっ、ひっ、ひっ」

「おらぁっ!!」

 

 精一杯ガードを上げたところで、渾身のボディブローがヒットする。

 

「あぁっとクリティカルヒット〜!! ロングコング堪らずダウン!! 勝者、謎の新人(ルーキー)“マスクド・パゥワ”だぁーっ!! これで3連勝!! 快進撃が止まらないぞ〜っ!!」

 

 

 

「お疲れちゃん! 3連勝おめ!」

「どうも」

 

 マスクを取ったクラウンが控え室にやってくる。ラルバから水をもらい、汗だくの体を拭きながら鏡の前に立つ。

 

「いい連打! アラフォーとは思えないね!」

「……“変装”のお陰もありそうですね。きっと」

 

 鏡に映るのは、妙に膨らんだ別人の顔。

 

 覆面ファイターとしてリングに上がっても、不測の事態は起こり得る。その時にクラウンとバレるのはまずい。そこで、保険としてラデックの改造による変装もとい整形を施した。マスクを取られてもバレない程度には遠く、いざ正体が判明した時に替え玉を疑われない程度には似ている。言わば、そっくりさん程度の整形。その時についでではあるが、骨格修正や少しのアンチエイジングなどを行っている。

 

「肩凝りが取れたのは嬉しいですね。腰痛も気にならないし……、今後もお願いしていいですか?」

「え、ダメに決まってるでしょ。異能整体とか、数千万は余裕で稼げる技術よ。今回は特別も特別。初回無料ってだけで満足しなきゃ」

「……まあ、そうですね。さて、次の対戦相手は?」

「明後日に“喧嘩屋ギガント”。それ勝ったら来週に“ラブバズーカ”。で、その2日後に“ザ・ボルケーノ”」

「知らない人ですね。じゃあ問題ないでしょう」

 

 不敵な笑みを浮かべてソファに寝転ぶクラウン。

 

「連戦だってのにやる気満々だねぇ総帥ちゃん。戦闘民族の血が騒いじゃった?」

「ふふ、まあ、そうですね」

 

 未だパンチの衝撃で痺れる手を電灯に翳す。

 

「子供の頃から勉強ばかり。遊ぶ暇もなく王座に座らされ、楽しみと言えば時折目にする乱闘騒ぎを遠巻きに眺めるだけでした。戦闘訓練もありましたが、相手は皆格上の大人で、私を傷つけないよう限界まで手加減をしていました。王座を降ろされ総帥になってからも、マトモに私と戦ってくれる人なんかいません。……今回が初めてなんですよ。本気で人に殴られたのは」

 

 怒りと興奮に瞳を揺らす。その怒りは、嘗ての指導者達に向けられている。

 

「よくの、よくも手加減してくれたな。舐めやがって。ふざけやがって……! もう、もう我慢なんかしない……!」

 

 牙を剥き出しにして、爛々と目を光らせる。目に浮かぶのは、まだ見ぬ対戦相手の顔。

 

「全員ぶっ倒してやる……!! 1人残らずっ……!!」

「まあ、やる気があるなら何だっていいや。早よ飯食ってストレッチして寝んさい」

 

〜愛と正義の平和支援会 地下闘技場 スポーツバー“NO FIGHT,NO LIFE.” (ラデック、ゾウラ、カガチ、ボブラサイド)〜

 

 大きな観戦モニターが備えられた、シックなスポーツバー。落ち着きのある水色のランプと黒を基調とした内装に反して、客は大歓声を交えて食い入るようにモニターを見つめている。

 

「っか〜!! ロングコング負けるか〜っ!!」

「マスクド・パゥワ強ぇ〜!! 足運び上手すぎ!」

「儲け儲け! やっぱマスパしか勝たん!」

 

 掛け金の分配をしていた店員がラデック達のところまで来て、数十枚の札を置く。

 

「3倍か。あのロングコングとやらは結構強かったみたいだな。すみません、このガーバーガーってのを2つと……ゾウラは何飲む?」

「この、サマーディライトって言うの下さい!」

「じゃあそれも2つで」

 

 注文を終え店員が下がっていくと、ラデックはポテトフライを摘みながらカガチに問いかける。

 

「“マスクド・パゥワ”、相当やるな。さすが元……国刀(看板選手)ってのは伊達じゃないな」

「伊達だ。国刀(あんなもの)など」

「えっ」

 

 カガチは腕を組んだまま、蔑むようにモニターを睨む。その中では先ほどの試合のハイライトシーンが繰り返し映されている。

 

「実力は精々中の上。地下闘技場(ここ)のレベルが低いせいで多少マシに見えるが、あの程度ならレシャロワークでも勝てるだろう」

「レシャロワークは結構強いと思うんだが……」

「圧倒的な武には程遠い。ここのチャンピオンがどれほどのものか知らないが、あんなのに負けるほどヤワでもないだろう」

「……じゃあ、特訓でもするか?」

「付け焼き刃もいいところだ。それに……」

 

 カガチは流し目で背後を睨む。奥の座席には、目つきの悪い銀髪の女と人の良さそうな黒髪の男が座っている。

 

「っだぁ〜ロングコングのヤロォ簡単に負けやがってヨォ〜。賭けがシラけるじゃねぇか〜!」

「え〜? いい試合だったじゃん! 新人さんの大躍進に期待しようよ!」

「ゴミ〜! クズ〜! ビチグソゲロ〜!」

「ご飯所でそんなこと言わないで!」

 

 銀髪の女は不機嫌そうにうだうだと身を揺らし、それを黒髪の男が宥めつつ叱っている。

 

「……厄介な胴元もいるしな。何処かで邪魔が入るだろう」

「それは……ラルバ的にはいいことなんだろうか」

「ゾウラ様、地上に出ましょう」

「はい!」

 

 カガチが席を立つと、ゾウラも喜んでそれについて行ってしまう。取り残されたラデックとボブラは互いに顔を見合わせる。

 

「……ボブラもなんか食べるか?」

「いらねぇ。ところで、なんであんなリングネームなんだ? マスクド・パゥワて」

「ラルバの趣味だ。微妙にダサい方が勝った時面白いらしい」

「よくまあ総帥さん受け入れたな……あ、拒否権ねぇのか」

「残念ながら、ない」

 

 

 

 

 それから2週間。マスクド・パゥワは勝ちに勝ち続けた。ラルバの指導もあってか苦戦することはなく、ラデックの異能による整体は観客に無尽蔵の体力を錯覚させ、短期間での連戦でも一切パフォーマンスを落とさないその姿は図らずも隠された力(マスクド・パゥワ)を体現した。

 

「マスクド・パゥワ7連勝〜!! 地下闘技場の歴史が塗り替えられてしまうのか〜っ!?」

「観戦チケットの倍率ヤバすぎ! 全然通らねぇ!」

「マスクド・パゥワマスク新発売! 抽選で本人の直筆サイン入りマスクプレゼント!」

 

 観戦席は満員御礼。グッズが公式非公式問わず売り出され、対戦希望者は殺到した。

 

「総帥ちゃん大人気だねぇ〜! バリア! 契約はアホほどぼったくって!」

「分かった」

「手加減してくださいよラルバさん……。後々軍の評判に響くんですから」

「勝ち続けりゃいいのよ! 長い目で見りゃ激安価格に見えるって!」

 

 試合のない日にはファンとの交流、一般人とのサービス試合、握手会にトークイベント。その評判は、地上で仕事漬けになっているイチルギ達の耳にも届いた。

 

「何やってんのあのバカ……!!! ハザクラ、クラウン総帥の日程どうなってる……!?」

「こないだから世界ギルドへの出張になってるな……」

「ぐぎぎぎぎぎっ!! がぎっ!! がががががががっ……!!!」

 

 そうして訪れたチャンピオン戦。一騎当千無敗の超大物新人マスクド・パゥワの対戦希望は快諾され、トントン拍子で試合が組まれた。

 

 試合当日。マスクド・パゥワは抜群のコンディションでリングに上がった。

 

「なんとなんとなんとぉ!!! 光の速さで現れたルーキーが!!! あっという間に全てを蹴散らしてしまったぁーっ!!!」

 

 相見えるは、マスクド・パゥワと同じく連戦連勝無敗のチャンピオン。3ラウンド制の試合は、1ラウンド目の開始数秒で戦闘不能により決着がついた。

 

「強い!! 強すぎる!! 誰も彼女には敵わないのかーっ!!!」

 

 実況者の興奮が、スピーカーを通して会場に響き渡る。

 

「勝者!!! 百機夜構総長!!! ピンクリークぅぅうう!!!」

「イェーイ」

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