シドの国   作:×90

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316話 悪い子

316話

 

〜愛と正義の平和支援会 南河地方 鈴風町鈴風空港 (ラルバ、ラデック、バリア、レシャロワーク、ハザクラ、ジャハルサイド)〜

 

 ハザクラは、相手が自身の異能の支配下にあるかどうかを判断することができる。

 

「俺は太陽蜘蛛の連中と会ったことがない。だが、3人とも俺の異能の支配下にあった。アビスと同じく録音機によるものだろう」

 

 ヒトシズク・レストランでも、アビスが録音機によって支配される事件があった。しかしハザクラの異能は通常の録音機では効力を保持できない。だが、ブランハット帝国には異能の効力を保持したままの録音や合成音声を操るアンドロイド達がいた。録音機の出所は分かっている。

 

 それでも、一つの疑問が残る。

 

「だが、奴らはどうやって彼らに返事をさせたんだ?」

 

 太陽蜘蛛のタルパグラコ、ヴァナヘイド、ヌフレ。使奴のアビス。そして、現在愛と正義の平和支援会内部に潜伏している使奴達。彼等は録音機の音声を聞いてなお、怪しげな問いかけに肯定の返事をしていることになる。

 

 使奴は当然として、タルパグラコやヴァナヘイドも決して生半可な者たちではない。イチルギによって育てられた精鋭部隊。軽率な返答の一つでさえ地獄への入り口と心得ている。

 

「俺の異能が効力を発揮するには2つの条件が要る。一つが、俺の声が相手に届いていること。次に、承諾を意味する発言を意識的に行うこと。例えば、了解はベノジェニァ語でモナと言うが、ベノジェニァ語を知らない人間にモナと言わせても異能の支配下には置かれない。彼等は皆、自分の意思で肯定を示しているはずだ」

 

 嘗て天邪終(デンジャラス)闇喰達(アングラーズ)のウォンスカラー相手にハザクラが行った不意打ちとして、歓声を上げる敵陣のど真ん中で命令を呟くという戦法をとったことがある。この時ウォンスカラー達はハザクラの声を認識してはいなかった。しかし、音声としては確実に鼓膜を震わせている。これでも発動条件を十分に満たすことになる。

 

「仮に俺の声が認識できていなかったとしても、受け答えは異能の三法則の例外として有名な条件だ。況してや俺と言う存在も知っているはず。彼等がそれを警戒していないはずがない。俺が思うに――――」

「ハザクラ、ストップ」

 

 バリアが唐突に発言を遮る。それから数秒、ラウンジの奥から1人の女性が行き交う人々に紛れて現れる。色彩のない白い肌と猫科の耳。分かりやすい使奴寄りと思えばそれまでだが、バリアの沈黙が彼女を使奴だと断言している。

 

「……多分、向こうも気付いてるよ。こっちが気付いてることに」

 

 一本角の女性が流し目でこちらを見る。黒い白目に佇む金色の瞳がハザクラを一瞬直視する。

 

 すると、ラルバが使奴に向かって素早く駆け寄って行った。

 

「ラルバ……!? 何やって……!」

 

 ハザクラが呼び止める間もなく駆けて行き、呼び戻す間もなく戻って来た。

 

「録音機については何も知らないってさ。存在も今知ったって」

「ちょ、直接聞いたのか!?」

「うん」

 

 ラルバは暢気にジュースを飲み始める。遠くでこちらを見ている使奴は、ベンチに腰掛けて本を読み始めた。

 

「……俺からすると馬鹿の愚行にしか見えないんだが。なぜ彼女は正直に教えてくれたんだ?」

「教えなきゃ暴れるぞって脅したから」

「…………そうか、命令次第ではそれで充分なのか」

 

 奇行に対して珍しく思慮を巡らせたハザクラに、ラルバはしたり顔で指を立てて見せる。

 

「奴らが受けている命令は大別すると恐らく、秘密の厳守と国家維持の2種類。自身が受けている命令を他に漏らさぬよう、かつ国家の運営に係る諸々を任されている。この、秘密の厳守の部分が相当緩い。何せ、使奴による悪党殲滅を知った私を処理しにこない。相手が自力で秘密に辿り着いた場合は漏洩の対象外なんだろう。証拠を押さえられなきゃセーフってわけだ」

「ラルバがこの場で暴れたら、治安維持業務として対応に当たらなくてはならない……。だが、衆人環視の中で正体を秘匿したままの鎮圧は不可能……。未然に防ぐこと自体が命令の遵守にあたるのか」

「加えて、録音機については奴も知らなかった事実だ。自分が知らなかった秘密は漏らしようがないものな。これも当然不問」

「……行く前に一言教えてくれてもよかったんじゃないのか? 肝が冷えたぞ」

「へっへっへ。意地悪意地悪」

 

 ジュースを飲み終えると、ラルバは満足そうに立ち上がる。

 

「ほいじゃ、ジュースも飲んだし、クラウンちゃんのゲロでも見に行こうかな」

 

 そのままスタスタとラウンジを出て行くラルバ達を見て、ビットは困惑をより強めて追いかけて行く。

 

「あ、あれ? 飛行機乗るんじゃなかったの? チケット買ったんでしょ!?」

「出国履歴残すためのブラフだよ。乗りたきゃ乗れば?」

「金欠じゃなかったの!?」

「世界ギルドにツケたからタダだよ」

「それタダじゃないよ!!」

 

 ハザクラがラルバに尋ねる。

 

「潮時か?」

「うんにゃ。まだ少し足りない」

 

 気味の悪い薄ら笑いを浮かべるラルバは、空港の出口に貼ってあったポスターを一瞥した。

 

「悪い子はみんな殺さなきゃ」

 

 国王バガラスタと、その王妃“ネユシャ・サルファドット”の肖像画が、燦々と降る日差しを受けて神々しく輝いていた。

 

 

 

〜愛と正義の平和支援会 西河地方 “サルファドット私軍本部” 貴賓室 (イチルギ、ラプー、ハピネス、シスター、ナハルサイド)〜

 

「ごめんなさーい! “陛下”はちょーっと今体調悪くってー!」

「こちらこそ、手続きの不備でこんな突然の訪問になってしまい申し訳ありません」

 

 イチルギ達の前に座る豪奢な衣装を身につけた女性は、イチルギの来訪にも全く動じず余裕の笑みを見せる。

 

 “ネユシャ・サルファドット”。王妃であり、総帥クラウンの妹。そして、このサルファドット私軍の副総帥である。

 

「お姉ちゃんも今そっち(世界ギルド)に行っちゃってるしー。なーんで黙って出てくかなー? こんなこと普段はないんですけどねー!」

「それは心配ですね。すみません、私も全ては把握していなくて。何か事情があったのでしょうか」

「さーねー? 戻って来たらお説教しなきゃー」

 

 ネユシャは暢気に茶菓子をつまみ始める。

 

「それで? 陛下に言いたいことってー?」

「はい。長らく我々世界ギルドとは疎遠になっていましたが、昨今情勢を鑑みて、これからは今一度体制を――――」

 

 イチルギが上辺だけの外交を始めるが、ネユシャ王妃は生返事でまともに取り合わない。同席しているハピネス達の存在にもまるで興味を持たず、爪さえ弄り始めてしまう。

 

 暫くすると、貴賓室の扉が控えめにノックをされた。

 

「はーいー? どなたー?」

「し、失礼します……」

 

 扉が開き、1人のサングラスをかけた青年が遠慮がちに顔をのぞかせる。

 

「か、“母様”……。ム、ムカラマツさんが、明後日の会合のことでお話があると……」

「はいはーい。あ! “セレスタ”! ちょっとこっち来なさい!」

「は、はい」

 

 青年はおどおどしながら部屋に入ってくる。彼は屋内だと言うのに真っ黒なサングラスで視界を覆い、その上イチルギ達の方には目を向けようとはしない。ネユシャは青年を自分の隣に座らせ、肩を抱いてイチルギ達に紹介する。

 

「私の息子! “セレスタ”よ! ほら、ご挨拶!」

「セ、セレスタ・サルファドットです……。よろしくお願いします……」

「世界ギルド、境界の門。特別調査員のイチルギです。よろしくお願いします」

「じゃあセレスタ、ムカラマツにはちょっと待ってもらって。すぐ行くから。ごめんなさーいイチルギさん! 折角来てもらって悪いけど、こっちもこっちで忙しいのー! お話はまた今度ねー!」

「いえ、こちらこそお忙しいところ申し訳ございません。また、日を改めて伺わせて頂きます」

 

 

 

 イチルギ達は半ば追い出されるような形で軍本部を後にした。シスターが不安そうに振り返り呟く。

 

「……まるで相手にしてもらえませんでしたね」

「仕方ないわ。不法入国を咎められなかっただけマシよ」

 

 門を出てから暫く街道を歩き人目のつかないところまで来ると、イチルギは思い詰めたような顔で声を漏らした。

 

「……ハピネス」

「貴方が何かに気付いたと言うならば、私はそれを知らない」

 

 イチルギに全てを言わせる前に、ハピネスは被せるように否定をした。

 

「あの子……セレスタ君の……」

「ああ。彼の盲目は生まれつきだ」

 

 室内でも外さない濃い色のサングラス。あれは視界を覆うためのものではなく、眼球を他者に見せないためのもの。

 

「ネユシャはセレスタに王を継がせたいがために隠しているが、あそこまで分かりやすくされては――――」

「違うの」

 

 ハピネスの話を、イチルギは重苦しい声で遮る。

 

「彼は……」

盲聾(もうろう)だ」

 

 言い淀んだイチルギの言葉の続きを、ナハルが言う。シスターが息を飲み、ハピネスは怪訝そうに目を細める。

 

盲聾(もうろう)……? まさか」

 

 目が見えないことを盲目、耳が聞こえないことを(ろう)と呼ぶ。そして、目も耳の両方に障害を抱えている人を盲聾者(もうろうしゃ)と呼ぶ。

 

「軍本部の方、細かい”糸屑のような波導体“が漂っていた。その中心にいたのが彼だ。確か、人道主義自己防衛軍にも、似たようなことをする盲聾軍人がいたな」

「”埃まみれのヌーヴェン“か?」

「波導糸を放出し、それによって振動を捉える。これと同じことをセレスタもやっている」

「今もセレスタの周りを飛んでみてはいるが、糸なんかどこにもないぞ」

「目には見えないだろう。使奴がやっと気がつくような細さだ」

 

 ナハルの言葉に、ハピネスは疑問を止める。唯一事情を察せていないシスターがナハルに問いかける。

 

「私も波導には敏感な方ですが……全く気が付きませんでした。彼は、そんな細さの波導糸をどうやって維持しているんでしょうか?」

「……維持なんか、していませんよ」

 

 ナハルが躊躇いつつも答える。

 

「切れたそばから、張り直しているだけです」

「……っ!? そ、それじゃあ……!!」

 

 シスターは顔を真っ青のして言葉を詰まらせる。

 

 波導糸を鼓膜代わりにし、神経と深くリンクさせて空間を把握する。だが、その糸は目には見えないほど、触っても気付かないほど細く脆い。

 

 鼓膜など、綿棒の先が掠っただけでも激痛が走る。音を拾う神経というのは、それほどに精密で敏感である。そんなものを体外に伸ばし、ましてや蜘蛛の巣のように張り巡らせるなど、正気の沙汰ではない。

 

 人とすれ違えば激痛。扉を開けても激痛。椅子をひいても、何をするにも激痛が走る。恐らく、自分が動くだけでも悍ましい不快感だろう。この地獄の苦しみを耐え抜いて、漸く人並み未満の生活が手に入る。

 

「彼は恐らく文字が読めない。色もわからず、空も見えない。魔力が濃い場所や波導風でも吹いた日には昏倒してしまうでしょう」

「そ、そんな……そんな生活を……十何年も……!?」

「はい……。この方法は、赤ん坊が自力で辿り着けるものではありません。親か教育係が、厳しく教え続けたのでしょう……」

 

 シスターはイチルギの方に目を向ける。悔しさと苦痛に歪んだ目には涙が溜まっている。

 

「どうして……どうしてこんなことを……!! あの子がっ……何したって言うの……!!」

「イチルギさん……」

 

 イチルギは涙を拭いて、顔を見せぬよう数後前に出る。ハピネスがさらに数歩進んで、彼女の顔を覗き込む。

 

「今に天罰が降るさ。セレスタ君の苦しみが、瑣末事に思えるほどの罰がね」

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