シドの国   作:×90

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317話 常套手段

〜愛と正義の平和支援会 南河地方 バガラスタ王宮〜

 

「はぁ〜つっかれた〜もぉ〜! セレスター? セレスター!」

 

 王妃ネユシャは、王宮に帰ってくるや否や品もなく大声で息子を呼ぶ。

 

「は、はい! 母様!」

「これ、ムカラマツからーお土産ー。クッキーかなんか?」

「あ、ありがとう、ございます」

「それとー、最近試験の点数落ちてるって言ってたわよー。もっと頑張んなさいねー」

「は、はい……」

「……あ、そうだ。陛下は?」

「あ、父様は、今ボルカニク様とお話し中ですので……」

「部屋にいるのね? おっけー」

「あ! あの、後に……された方が……」

 

 萎んでいくセレスタの声を背に、ネユシャは足早に立ち去っていってしまった。

 

「失礼しまーす。陛下ー? ちょっとお話が――――」

 

 ノックの返事を待たずに部屋の扉を開けたネユシャに対し、中にいた国王バガラスタは不機嫌そうに睨み上げた。

 

「後にしろ」

「最近そればっかり〜! あのね? セレスタの成績が伸び悩んでるんだけど、あなた何か――――」

「後にしろ!」

 

 魔法で勢いよく扉が閉められ、拒絶するように施錠される。ネユシャは不貞腐れて肩を(すく)め、苛立ちを隠すために鼻歌を歌いながら自室へと帰っていった。

 

 バガラスタは溜息を溢して椅子にふんぞり返る。一見すると40代程度に見える小柄な男だが、目尻や首の深い皺から相当若作りをしているであろうことが窺える。

 

「全く……何度言えば分かるんだか。話の途中だったな。続けろ」

 

 対面に座るシャドが、最近発売されたばかりの推理小説を読みながら目線も上げずに答える。

 

「マスクド・パゥワの評判は未だ上昇中。現在は試合を組んでいないが、対戦を希望する輩は後を絶たない。ファイターグッズは今や8%がマスクド・パゥワ関連のものだ」

「くっそ……わけの分からないことをしやがって……」

「狙いはクラウン総帥を祭り上げての国民の一斉蜂起。或いは、ピンクリークにクラウンを殺害させる、地下闘技場を破壊する、サルファドット私軍を壊滅させる、いずれかの罪を我々になすりつけるつもりだろう」

「滅茶苦茶だ……。爆薬背負った自爆テロが飯事(ままごと)に見えてくる……」

「爆薬で壊せるのは精々コンクリと人間くらいなものだが、奴等の目的は国民の敵意を我々に向けることだ。幾ら使奴と言えど、一度操られた大衆の意思を覆すのは難しい。奴等の常套手段だ」

「フン。そんなこと分かっている。第一……」

 

 バガラスタは顔に刻まれた皺をより深く寄せ上げて空を睨む。

 

「それは向こうも同じだろう。当初の予定通り実行しろ」

 

 

 

〜愛と正義の平和支援会 地下闘技場 ニシカワ第8訓練場 (ラルバ、シスターサイド)〜

 

「やっほークラウンちゃん! 死んでるー?」

「死んでる」

 

 ラルバが訓練場の扉を勢いよく開けると、気絶しているクラウンの代わりにピンクリークが返事を返した。

 

「あ、殺してる。いーけないんだー」

「素質は悪くねーんだが、今までの癖が抜けてねーな。変な基礎が染み付いてっから、話はそれを剥がしてからだな」

 

 練習用リングの上で泡を吹いて倒れているクラウンを、ラルバが回復魔法を込めた平手打ちで叩き起こす。

 

「がはっ!!」

「おはようグッモーニン! 次はラルバちゃんのスペシャル特訓メニューだよ! お昼寝タイム終わり!」

「がっ……ふーっ……ふーっ……」

「程々にしとけよー。マジで死ぬぞー」

「使奴の前で死ねたら大したもんだよ!」

 

 涙と鼻水と涎でべとべとのクラウンは、無理矢理立ち上がらされスパーを始める。息も絶え絶えだが、それでもラルバの攻撃をなんとか躱し受け流して見せる。

 

「うおー……流石総帥。すげー根性」

 

 そこへ、少し遅れてシスターがやって来た。

 

「お、ドマゾ外科医。元気か」

「やめて下さい。元気ですよ」

 

 ピンクリークが少しずれてベンチを空けると、シスターは会釈して隣に腰掛ける。

 

「あの金髪ツンツンはどうした? アイツぐれーじゃねーとクラウンの治療できねーぞ」

「ラデックさんなら後で来ますよ。私はそれまでの代打です」

「お前何ができんの」

「脱臼くらいは治せますけど……」

「使奴でいいじゃん」

「それ言われると何もできないんですが……」

 

 緊張感のない2人とは対照的に、クラウンが瞬く間にボコボコにされていく。

 

「百機夜構の皆さんはお変わりないですか?」

「いや、どいつもこいつも浮かれまくってる。ダクラシフ商工会襲撃の件で報酬はたんまり出たし、給冥エージェンシーには土足で入れるしで、毎日お祭り騒ぎだ」

「それは……なにより?」

「ところで、お前はこの作戦についてどこまで聞いてんだ?」

「作戦?」

「クラウンを祭り上げてバガラスタ王のヘイト買うって話」

「ああ……。殆ど何も。ラルバさんはいっつも何も言わずにとんでもないことをしでかしますから」

「ウチと大して変わんねーな。どうして頭の良い連中ってのは下の人間に何も言わねーで好き勝手やっちまうんだ」

「……ピンクリークさんは大きな決断をする時、百機夜構の皆さんに情報共有してるんですか?」

「…………あー、確かに。説得するよか決定事項にした方が楽だな。完全に理解した」

 

 クラウンが気絶したタイミングで、ラルバが爽やかな笑顔で近寄ってくる。

 

「今私の噂してた? 面と向かって褒めてくれて良いよ!」

「結構です」

「クラウンあれ生きてるのか?」

「まだ生きてるけどもう少しで死ぬよ。シスターちゃん蘇生頼んだ」

「無茶を言う……」

 

 深い溜息と共にシスターがリングの方へ向かい、空いたベンチにラルバがどっかりと腰をかける。

 

「よっこいショ!」

「静かに座れ」

「おピンクちゃんそのココア一口ちょうだい」

「おピンクちゃん言うな」

 

 アイスココアの入った缶をもらうと、ラルバは一息に全てを飲み干した。

 

「甘っ。糖尿病になるよ」

「余計なお世話だ」

 

 ココアを奪われたピンクリークが煙草を取り出すと、それもラルバに奪われる。仕方なくもう一本取り出して咥え炎魔法で火をつけると、火をつけた方の煙草を奪われ火のついていない方を口に差し込まれた。

 

「……………………チッ」

「おい今舌打ちしたか?」

「した」

「失礼な奴だな。舌引っこ抜いちゃうぞ」

 

 それから2人はシスターが悪戦苦闘しながらクラウンを治療するのを、煙草を吸い終えるまでぼーっと眺めていた。

 

「……自分で治しゃいいのに」

 

 ピンクリークがボソリと呟くと、途端にラルバは不機嫌になって拳骨を喰らわせた。

 

「痛ァッ!!!」

「ヘタクソ! 台無しだよ馬鹿!」

「いってぇ〜……!」

 

 悶えるピンクリークの足元の影から1匹の黒い栗鼠が現れる。1匹、また1匹と這い出てきて、それは無数に集まりやがて人の形となった。

 

「逃げられたな」

 

 黒い影がカガチの声で喋る。

 

「全く……シスターちゃんを見習ってほしいよ。ゾウラも出てきていいよー」

「はい!」

 

 部屋の端にあった清掃用の水道バルブから水が噴き出し、水流が変形してゾウラが現れる。

 

「やめちゃうんですか? 待ち伏せ」

「このポンコツピンクのせいで逃げられたよ。折角人が魔力温存してんのに、「自分で治しゃいいのにぃ〜」とかアホ面で心にも無いこと言うから」

「9割本心だっつーの……!」

「その1割の嘘を警戒されて逃げられたんでしょうが! 嘘つく悪い子は100年砂糖禁止!」

 

 ラルバは盛大に溜息をついて床に寝転がる。1人状況が把握できていないシスターが、治療を中断して戻ってきた。

 

「な、何があったんですか? どうしてカガチさんとゾウラさんが?」

「ラルバさんに言われてきました!」

「さっきまで使奴が3人ほど奇襲の機会を窺っていたが、警戒されて逃げられた」

「え、ええっ!?」

 

 シスターは仰天し、寝転がっているラルバの胸ぐらを揺さぶる。

 

「ちょ、ちょっと! 何で言ってくれないんですか! 危ないじゃないですか!」

「え? 何となく分かってたでしょ?」

「貴方に連れ出されたら大抵碌でも無いことが起こると思って大人しくしていただけです……!!」

「充分充分。まあ無事だったんだし、結果オーライ」

「…………どうして記憶の異能者()に胸ぐら掴まれて喧嘩売れるんです……?」

「反射神経に自信があるから」

 

 怒りに震えるシスターはそっと手を離し背を向ける。丁度シスターの真後ろにいたピンクリークは、想像だにしなかった形相の彼を見て少しの恐怖を覚えた。

 

「……む」

 

 黒い影のままのカガチが、体から数匹の栗鼠を放ちつつ呟く。

 

「ラルバ」

「あーん?」

「ゾウラ様を巻き込むなよ」

 

 それだけ言うと、カガチは再び無数の栗鼠となって姿を消した。それと同時にゾウラも水と同化してバルブの中へと入っていった。

 

「あー……。そう来たか」

 

 何が起きたのかを理解していないシスターとピンクリークは、気怠そうなラルバの呟きに背筋を凍らせる。

 

 次の瞬間、訓練場の扉が蹴破られ、杖を構えた2人の武装警察が侵入してきた。

 

「全員動くな!! “治機隊(ちきたい)”だ!!」

「しゃオラッ」

 

 ラルバが目にも留まらぬ速さで2人の顎を殴り昏倒させる。未だ気絶しているクラウンを担ぎ、訓練場の外に向け高位の音魔法を放つ。

 

「ぎゃっ――――」

 

 外で待機していた兵達が意識を飛ばされるが、更に奥の通路側にいた部隊は何とか防御魔法で身を守り魔法による攻撃を始める。

 

「お前ら走れ!!」

「ふざけんなクソッ」

 

 ラルバに呼ばれ、ピンクリークはシスターを担ぎ急いでラルバの後ろにつく。

 

「変なことに巻き込みやがって!! テメー責任取れよ!!」

「え? プロポーズ?」

「死ね!!」

 

 次から次へと現れる警備隊を薙ぎ倒し外を目指す。道中、地下闘技場の利用客達が軽蔑と怨嗟の目でこちらを睨みつけていた。

 

 

 

〜愛と正義の平和支援会 西河地方 麗市月光発電センター〜

 

「あー疲れた。ピンクちゃんジュース持ってない?」

「っはー……!! っはー……!!」

 

 地上300mの鉄塔の上。長い長い点検用梯子を登った先。先程ピンクリークとラルバが座っていたベンチと同じくらいの大きさしかない足場で、ピンクリークはやっと方からシスターを下ろした。

 

「ちょっ、落ちっ、落ちるっ……!」

「落ちねーよ……。襟持ってるから、もうちょいそっち詰めろ」

「いやいやいやいやいやっ! ひっ。ひっ」

 

 ピンクリークがどっかりと腰をかけたせいで、シスターは尻が半分足場の外にはみ出てしまう。足場のもう半分ではラルバが、親猫が仔猫を運ぶときのようにクラウンの襟を掴んで立っている。クラウンは足場の外に宙吊り状態であるが、気絶しているため大人しくしている。

 

「ぜーっ……はーっ……あー苦し……」

 

 ピンクリークは未だ肩で息をしながら、恨めしそうにラルバを睨み上げる。

 

「おいテメー……。さっき…… 治機隊(ちきたい)の話……ちらっと聞こえたぞ……!」

 

 王立治安維持機動隊、通称“治機隊”。バガラスタ国王が即位して間もなく配備された秘密警察である。その活動は公にされることがなく、愛と正義の平和支援会の治安の良さも相まって半分都市伝説化されている。

 

「“マスクド・パゥワ改め、クラウン・サルファドット率いるテロリストの摘発”……!! 幹部はラルバ・クアッドホッパー……ピンクリーク……!! 何だって俺がテロリストにされてんだ……!! テメー何しやがった!!」

「困ったねぇ」

 

 暢気な声色だが、その表情には笑みも怒りもない。

 

「こんな手を選ぶと思わなかった」

「あぁ!? テメーどうするつもりだよ! このままじゃ俺ぁ三本腕連合軍に居られなく――――」

「どう言うことですか? ラルバさん」

 

 激昂するピンクリークを遮ってシスターが尋ねる。

 

「……バガラスタにとって、クラウンは敵対しちゃいけない相手のはずだ。何せ、自分が指名して総帥の座に置いてる。そんな人間が敵対したとあっては、自身の采配を毀損する。指導者の信頼を損ねる行為だ」

「それ程にラルバさんを脅威に感じたということでは?」

「だから、本来なら首謀者を私にするはずなんだ。クラウンは騙された側に置きたいはず。そうしてくれれば幾らでもやりようはあった。国民は私を知らないし、私のようなぽっと出の悪党に国が脅かされたとあっては国家の信頼が揺らぐ。国家と国王どちらを取ると言われたら、やつは当然自分を大事にすると思った。……でも奴は国家を取った」

 

 ラルバは足場に腰を下ろし、地上を見下ろして考えあぐねる。

 

「正直、国家の信頼を取っておいたところで、奴自身の価値が滅すれば同じことのはずだ。国民は王を疑い、やがて国への信頼もなくす……。私を滅ぼしたところで、失った信頼は帰ってこない。暴禁法施行時の暴動が繰り返されるだけだ。だが今度はストローマンのクラウンも居ない、王妃ネユシャは泥を塗っても毀損されるほど価値がない。暴禁法の時と違って、恨みの矛先の殆どはバガラスタに向く……。再び国民の信頼を稼ぐには世代交代で恨みを希釈しなくてはならない」

 

 地上では治機隊(ちきたい)が包囲網を形成し、浮遊魔法の陣を描き始めている。シスターがボソリと呟く。

 

「……地下闘技場を襲うのが早すぎる気がします。バガラスタにとってあそこは、国民を責める唯一の(きず)です。ラルバさんが首謀者であると知っているなら、国民が蜂起した後攻める口実にすれば……」

「やられたってそう言うことか」

 

 ピンクリークが口を開く。

 

「ラルバがやろうとしてたことを、先にやられちまったってことか。そうだろ?」

「……ああ」

「テメーはダクラシフ商工会ん時も、三本腕連合軍の時も、国民の憎悪を悪党に向けることで凋落(ちょうらく)させてきた。それを、奴は先に国民の意思を俺らに向けることで封じてきた」

 

 治機隊(ちきたい)が街に貼った通達のポスターが、ラルバの目に留まる。そこには、地下闘技場を暴禁法の対象外とし、今まで通りの民間運営にて存続させることを認める旨が書かれている。

 

「集団は一回どっちかに傾くとすぐにはブレねぇ。アイツらの頭ん中じゃあ、もう俺等が悪で王が善で固まっちまった。使奴はこういうのもどうにかできんのか?」

 

 浮遊魔法の陣が完成し、武装した治機隊(ちきたい)が10人で隊列を組んだまま陣ごと上昇を始める。

 

 ラルバはそれを目玉だけで見下ろし、(おもむろ)に空を眺める。そして、少し大きく息を吸った。

 

「あ〜無理っ!! 応じ手なし!! こうさ〜ん!!」

 

 片手で持っていたクラウンをピンクリークの方に投げ捨て、自分は背中から飛び降りた。真下にいた治機隊(ちきたい)を浮遊魔法の陣ごと突き破り、諸共落下していく。

 

「危なっ! 総帥落ちるっ……!」

 

 ピンクリークはクラウンを落とさぬよう必死に持ち上げ自身の横に寝かせる。

 

「降参って何だよ! 捕まれってか!?」

「いやそんなことないけど」

 

 落下したはずのラルバが治機隊(ちきたい)の作った浮遊魔法で再び戻って来た。

 

「プライドがちょっとアレしちゃったからね。この先は裏方に徹しようと思いまして」

「はあ?」

「ちょくちょく危ないな〜とは思ってたけど、まさか本当に負ける日が来るなんてね〜……」

「さっきから何の話してる? バガラスタとずっと勝負してたのか?」

「いやバガラスタは関係ないよ?」

「わけわからん。じゃあ誰に負けたんだよ」

「そりゃあ……」

 

 ラルバはニヤリと笑ってピンクリークを指差す。

 

「お前を地下闘技場に送り込んだ奴にだよ」

「……もっとわけわからん」

 

 シスターは小声でボソリと呟く。

 

「……何でもいいですけど、私達は無事に帰してくださいね」

 

 

 

〜愛と正義の平和支援会 西河地方 麗市珊瑚町 グランドホテル“ニュームーン”〜

 

「あーはっはっはっはっは!!」

 

 ホテル併設のビュッフェレストランの一角で、金髪の女が突然高らかに笑い上げる。

 

「わあびっくりした」

「お許しが出た! 行くぞ子分共!」

「俺も?」

「持って来たばっかなのに」

 

 灰色の眼が怪しく光り前を見据える。

 

「いっつも自分ばっかり狡いぞ! たまには私にもヤらせろ!」

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