〜愛と正義の平和支援会 南河地方 そよかぜ町 カラオケ“ビッグチャンバー” (ラデック、レシャロワーク、シスター、ナハル、デクスサイド)〜
「ここのカラオケボックス、大人数なら楽器も貸してくれるんだ」
「で?」
無理矢理連れてこられたデクスが、酷く不機嫌そうに返事をする。ラデック、レシャロワーク、ビットの3人は、各々ギターやらトランペットやらを手にとって好き勝手に演奏を始める。
「ビットとレシャロワークは楽器できるか?」
「ギターならできるよ」
「任せてくださいよぉ。ドラムなら“リズムオタク”で死ぬほど鍛えましたよぉ」
「シスターとデクスは?」
「私は……ピアノなら少し……これはシンセサイザーですかね? できるでしょうか……」
「やらねぇ。帰る」
「セレスタは?」
「い、いえ……私も……楽器は……」
おどおどと身を縮こませるセレスタに、ラデックがタンバリンを持たせる。
「一定のリズムで叩くだけでいい。俺達が合わせよう。ビット!」
「いいけど、ラデックは何やるの?」
「指揮者」
「……まあいいか。じゃあ――――」
ビットがアコースティックギターで簡単なコードを弾くと、シスターとナハルがシンセサイザーとベースで合わせる。レシャロワークのドラムも加わり、爽やかなスイングビートが響き渡る。
「ほら、セレスタ」
「………………」
シャン、シャン、と。遠慮がちにタンバリンが鳴る。不思議と拍が揃う。鼓膜代わりの波導糸が、人の輪郭以外を聴いた。
部屋の隅ではデクスが貧乏ゆすりをしながらブツブツと文句を言っている。
「クソっ……。さてはハピネスの野郎、デクスを“子守”にしやがったな。ぶん殴ってやる」
「デクス」
ベースの演奏を止めてナハルが顔を寄せる。
「あー、裏口に1人。受水槽室……? に1人」
「
「もうめんどくせぇ。いっそのこと誘拐罪で逮捕されてやろーか。どうせ身分証は偽造だしよ」
「今は
「……クッソ」
「ハピネス殴るなら手を貸してやるから、ことが済むまで我慢しろ」
それからラデック達はセレスタを連れて海水浴場へと赴いた。
「そうか。目が見えないと海の広さが分からないのか。残念だ」
「いえ……別に……」
「だが波の気持ちよさは分かるだろう。シスター、浮き輪借りてきてくれ」
「危ないのでボートにしましょう」
「それじゃあただの揺れる地面じゃないか!」
「あ、あの……お気になさらず……」
一頻り海で遊んだ後は、ゲームセンターを訪れた。
「このレースゲーム、風の工魔とかがついてて楽しいぞ。本当に車を運転している気分になる」
「は、はあ……」
「ハンドルがこれで、こっちがアクセル。こっちがブレーキ。最初はこの丸いステージ――――」
「棚田にしましょぉ!! “モタサイ3”はここに限る!!」
「あっ、おいレシャロワーク! なんでこんなぐねぐねのコースにするんだ!」
「モタサイ3で棚田走らないのは焼肉屋来て肉食べないようなもんですよぉ。セレスタさんレッツゴー!!」
「うわわわわわ。振動がががが」
「いわんこっちゃない」
様々なゲームして夜中になり、宿泊のため予約していたグランピング施設に向かった。
「どうでしたぁ?」
「つ、疲れました……」
セレスタはレシャロワークに勧めらるがまま、皿に盛られ続ける肉を頑張って頬張る。バーベキューグリルからビットが焼けた野菜を皿いっぱいに持ってくる。
「肉ばっかじゃダメ! 野菜も食べな!」
「そうですよセレスタさぁん」
「シャロが肉しか盛らないからでしょ! 野菜も取ってあげて!」
「わ、私もうお腹いっぱい……」
「えぇ!? まだエビもホタテもあるのに!? どうして!?」
「お、お水……貰えますか……?」
「はいコーラ」
初めて飲む炭酸に顔を顰めるセレスタ。不意打ちでツボに入ったのか、レシャロワークは奇声を漏らしながら震える塊になった。
それを遠巻きに見ていたラデックは、シスターとナハルに尋ねる。
「どうだ? セレスタの障害は治せそうか?」
シスターが不安そうにナハルを見上げると、ナハルは黙って首を左右に振って見せた。
「彼の障害は相当深い部分にある。あれを治すというなら、頭部の大部分を切除し作り直すような大手術になる」
シスターが俯いて小さく呟く。
「……ですが、ラデックさんが痛みを止めてくれたおかげで、彼も少しは幸福に近づけると思います。ハピネスさんがセレスタさんに何をさせようとしていたのかは知りませんが、これで断る口実ができました。ハピネスさんには私から伝えておきます」
しかし、ラデックはすぐに返事はせず、何度も視線を彷徨わせてから声を絞り出す。
「……その大手術と言うのは、
「難しくはあるが、できなくはない。
ナハルは躊躇いつつも真剣に答える。
「もう、セレスタが
「それは……慣れてもらうしか……」
「そして、新しく覚えなくてはならないことが多すぎる。音の反響ではなく、目で物を見る。波導糸ではなく、鼓膜で音を聞く。それらを脳で処理する。平衡感覚も突然芽生えてくる。これらに一度に慣れなくてはいけないんだ」
「それは……俺たちも学んできたことだろう?」
「生まれつきと青年では話が違う。……生まれつき
「がん、頑張って、リハビリを続ければ……」
「さて、何十年かかるかな。一生をリハビリで終わらせるつもりか?」
ラデックは動揺を抑えつけて、なんとか落ち着いた口調で反論する。
「や、やってみないと分からないだろう。できるなら、一度くらい……。やればできることも、やらなければできないじゃないか」
「その一度で、セレスタは壊れてしまうかもしれないんだぞ」
ナハルが語気を強めて叱責する。
「やればできる。やらなければできない。……いい言葉だが、やらせる側が言うのは感心しない。苦労をするのも、努力をするのも、リスクを背負うのもお前じゃ無いんだぞ。ラデック」
ラデックは言葉を失い沈黙する。何かを請うようにシスターを見るが、彼は冷たい目でラデックを見続けている。
「ラデックさん。不幸な人を見るのが苦しいのは分かります。ですが、助けたいという気持ちは、庇護欲は、どこまで行ってもエゴなんですよ。幸福を実現できないならば、そのエゴは捨てなければなりません。……人を助けるのには……理由が――――」
シスターはグッと拳を握り、涙を堪えてラデックを睨む。
「人を助けるのには、根拠がいるんです。我々医者は、根拠無しに治療をするわけには行きません。根拠なく、人を助けようとしてはいけないんです」
言わせてしまった。本来、彼が口にすべきことではなかった。言わなくていい真実だった。その罪悪感が、ラデックに少しの言い訳を口走らせた。
「……それでも俺は…………、人に、手を差し伸べられる人間でありたいんだ……」
2人はもう何も言わなかった。だがそれが肯定ではないことはラデックにも分かった。そして、少なからず軽蔑の念が込められていることも知っていた。
ラデックは、心の内で悲鳴をあげる道徳心の前で、ただ立ち尽くすしかなかった。
セレスタとバーベキューを楽しんでいたレシャロワークが、無遠慮に躊躇なく尋ねる。
「目と耳悪いのって、生まれつきですかぁ?」
「え……あ、は、はい……」
セレスタはびっくりして食べるのをやめ、冷や汗をかきながらも答える。しかしレシャロワークは一切顔色を変えず、食事の手を止める様子もない。
「あらぁ。それでここまで会話できるようになるのすごいですねぇ。波導糸の使い方はお母さんから教わったんですかぁ?」
「あ、えっと……た、多分……。お、覚えてないけど、ム、ムカラマツさんか、母様か……」
「へぇ〜。でもあれ痛いんでしょぉ? ちょっとやったけど鬼痛かったですよぉ」
セレスタは食べるのをやめ、皿を置いて俯く。
「……でも、できないと……た、たた、叩かれる……から……」
「叩かれる?」
「……さい、最初……は……母様に……多分、ずっと……叩かれて……怖くて……」
「…………あー。理解」
セレスタは、どんなに痛くとも波導糸を覚える他なかった。
「分からなくて痛いより……分かってて痛い方が……ずっとマシだったから……」
「頑張りましたねぇ。偉い」
「うん……。いっぱい頑張ったんだ……。だから、だから……早く……母様の役に……立たなきゃ……」
暗闇と無音という不条理の中、やっと手にした僅かな音の世界。そこで知ったのは、母親からの自分への失望。そして僅かな期待。
「もっと、頑張らないと……! こんなこと、してる場合じゃ……!!」
立派な後継にならなければいけない。見捨てられてはいけない。役に立たなくてはいけない。他の人よりできないことが多いのなら、誰よりも頑張らなくてはいけない。虐待によって植え付けられた使命感と焦燥が、再びセレスタの中で燃え盛った。
「ご、ご飯、ありがとうございました! 帰ります!」
勢いよく立ち上がり、そのまま走り出そうとする。
「待ちぃ」
レシャロワークが手を引いて無理矢理座らせる。
「あ、あの、離して下さい……!」
「私ら今、セレスタさんを誘拐してるってご存知ぃ?」
「え、あ、あ……」
「因みに自分も誘拐されてるんで二重誘拐。二重誘拐って何?」
置いたばかりの皿に山ほど肉を盛られ、無理矢理口に詰め込まれる。
「それからぁ、“こんなこと”って言いましたねぇ?」
「もがもが……」
セレスタが肉を飲み込むのを待たずに更に続けて詰め込む。
「それはもしかしてぇ、“モーターサイクラー3”のこと言ってますぅ? それとも“てぇこの達仁”ですかぁ? “リズムオタク”? この世で最も崇高なゲームをこんなことって言いましたぁ?」
「むー! むー!」
様子を見にきたラデック達が、無限の肉を詰め込まれ続けているセレスタを見て仰天し駆け寄ってくる。
「な、何してるレシャロワーク!!」
「ラデックさぁん。セレスタさん借りますねぇ」
「借りる!? な、何をするんだ?」
「世界の真実を教えます」
「ビットー! 来てくれー!」
「なになになになに。何の騒ぎ? シャロがなんかした?」
「なんかしそう!」
「なんかしまぁす!」
「むー!」
〜愛と正義の平和支援会 南河地方 バガラスタ王宮前 (ハピネス、バリア、ラプー、ハザクラサイド)〜
セレスタ誘拐から1週間後。
「ワクワクしてきたね! まるで夏休みの前日みたいだ!」
「夏休みなんかあったのか?」
「あるわけないだろう。君に合わせて言ったんだよ」
「俺にもなかったが……」
ハザクラがチラリとラプーの方を見る。
「小学校にゃ入ったが、夏休み前に辞めちっただ」
「はっはっは! 全員学歴ゼロ人間!」
バガラスタ王宮の門前で、勝手に高笑いをするハピネスにハザクラが呆れ果てている。
そして、目の前にいる2人の門番も呆れ果てている。
「なんだ? こいつら……」
「さあ…………!? おい、あの赤髪、人主義の……!!」
門番がハザクラの身分に気がつくと、ハピネスが高笑いをやめて歩み寄る。
「えっへん。門を開けてくれるかい?」
「……なんのご用で?」
冷静を装い形式通りの返答をする門番に、ハピネスがニタリと笑い銃を向ける。
「国王暗殺!!」