シドの国   作:×90

320 / 320
319話 庇護欲

〜愛と正義の平和支援会 南河地方 そよかぜ町 カラオケ“ビッグチャンバー” (ラデック、レシャロワーク、シスター、ナハル、デクスサイド)〜

 

「ここのカラオケボックス、大人数なら楽器も貸してくれるんだ」

「で?」

 

 無理矢理連れてこられたデクスが、酷く不機嫌そうに返事をする。ラデック、レシャロワーク、ビットの3人は、各々ギターやらトランペットやらを手にとって好き勝手に演奏を始める。

 

「ビットとレシャロワークは楽器できるか?」

「ギターならできるよ」

「任せてくださいよぉ。ドラムなら“リズムオタク”で死ぬほど鍛えましたよぉ」

「シスターとデクスは?」

「私は……ピアノなら少し……これはシンセサイザーですかね? できるでしょうか……」

「やらねぇ。帰る」

「セレスタは?」

「い、いえ……私も……楽器は……」

 

 おどおどと身を縮こませるセレスタに、ラデックがタンバリンを持たせる。

 

「一定のリズムで叩くだけでいい。俺達が合わせよう。ビット!」

「いいけど、ラデックは何やるの?」

「指揮者」

「……まあいいか。じゃあ――――」

 

 ビットがアコースティックギターで簡単なコードを弾くと、シスターとナハルがシンセサイザーとベースで合わせる。レシャロワークのドラムも加わり、爽やかなスイングビートが響き渡る。

 

「ほら、セレスタ」

「………………」

 

 シャン、シャン、と。遠慮がちにタンバリンが鳴る。不思議と拍が揃う。鼓膜代わりの波導糸が、人の輪郭以外を聴いた。

 

 部屋の隅ではデクスが貧乏ゆすりをしながらブツブツと文句を言っている。

 

「クソっ……。さてはハピネスの野郎、デクスを“子守”にしやがったな。ぶん殴ってやる」

 

 手番(ルール)の異能の感知範囲内ギリギリ。見知らぬ波導の使奴が2人、こちらの様子を窺っている。

 

「デクス」

 

 ベースの演奏を止めてナハルが顔を寄せる。

 

「あー、裏口に1人。受水槽室……? に1人」

反撃の異能者()がいるから手を出してこないのか……? セレスタから離れるわけにはいかなくなったな」

「もうめんどくせぇ。いっそのこと誘拐罪で逮捕されてやろーか。どうせ身分証は偽造だしよ」

「今は治機隊(ちきたい)が動いているから、見つかったらその場で魔殺刑だぞ」

「……クッソ」

「ハピネス殴るなら手を貸してやるから、ことが済むまで我慢しろ」

 

 

 

 それからラデック達はセレスタを連れて海水浴場へと赴いた。

 

「そうか。目が見えないと海の広さが分からないのか。残念だ」

「いえ……別に……」

「だが波の気持ちよさは分かるだろう。シスター、浮き輪借りてきてくれ」

「危ないのでボートにしましょう」

「それじゃあただの揺れる地面じゃないか!」

「あ、あの……お気になさらず……」

 

 

 

 一頻り海で遊んだ後は、ゲームセンターを訪れた。

 

「このレースゲーム、風の工魔とかがついてて楽しいぞ。本当に車を運転している気分になる」

「は、はあ……」

「ハンドルがこれで、こっちがアクセル。こっちがブレーキ。最初はこの丸いステージ――――」

「棚田にしましょぉ!! “モタサイ3”はここに限る!!」

「あっ、おいレシャロワーク! なんでこんなぐねぐねのコースにするんだ!」

「モタサイ3で棚田走らないのは焼肉屋来て肉食べないようなもんですよぉ。セレスタさんレッツゴー!!」

「うわわわわわ。振動がががが」

「いわんこっちゃない」

 

 

 

 様々なゲームして夜中になり、宿泊のため予約していたグランピング施設に向かった。

 

「どうでしたぁ?」

「つ、疲れました……」

 

 セレスタはレシャロワークに勧めらるがまま、皿に盛られ続ける肉を頑張って頬張る。バーベキューグリルからビットが焼けた野菜を皿いっぱいに持ってくる。

 

「肉ばっかじゃダメ! 野菜も食べな!」

「そうですよセレスタさぁん」

「シャロが肉しか盛らないからでしょ! 野菜も取ってあげて!」

「わ、私もうお腹いっぱい……」

「えぇ!? まだエビもホタテもあるのに!? どうして!?」

「お、お水……貰えますか……?」

「はいコーラ」

 

 初めて飲む炭酸に顔を顰めるセレスタ。不意打ちでツボに入ったのか、レシャロワークは奇声を漏らしながら震える塊になった。

 

 それを遠巻きに見ていたラデックは、シスターとナハルに尋ねる。

 

「どうだ? セレスタの障害は治せそうか?」

 

 シスターが不安そうにナハルを見上げると、ナハルは黙って首を左右に振って見せた。

 

「彼の障害は相当深い部分にある。あれを治すというなら、頭部の大部分を切除し作り直すような大手術になる」

 

 シスターが俯いて小さく呟く。

 

「……ですが、ラデックさんが痛みを止めてくれたおかげで、彼も少しは幸福に近づけると思います。ハピネスさんがセレスタさんに何をさせようとしていたのかは知りませんが、これで断る口実ができました。ハピネスさんには私から伝えておきます」

 

 しかし、ラデックはすぐに返事はせず、何度も視線を彷徨わせてから声を絞り出す。

 

「……その大手術と言うのは、使奴(ナハル)でも難しいのか?」

「難しくはあるが、できなくはない。生命改造(お前)がいれば成功率も上がるだろう。だが、問題はそこじゃないんだ」

 

 ナハルは躊躇いつつも真剣に答える。

 

「もう、セレスタが盲聾(もうろう)に慣れてしまっている。平衡感覚が無いままの動き方、波導糸からの振動の処理、空間の捉え方。それらを全て捨てることになる」

「それは……慣れてもらうしか……」

「そして、新しく覚えなくてはならないことが多すぎる。音の反響ではなく、目で物を見る。波導糸ではなく、鼓膜で音を聞く。それらを脳で処理する。平衡感覚も突然芽生えてくる。これらに一度に慣れなくてはいけないんだ」

「それは……俺たちも学んできたことだろう?」

「生まれつきと青年では話が違う。……生まれつき全盲聾(ぜんもうろう)だった人間が、治療で後天的に視聴覚を得た場合に、健常者と同じく生活ができるようになったケースを、使奴()は知らないし、あるとも思えない」

「がん、頑張って、リハビリを続ければ……」

「さて、何十年かかるかな。一生をリハビリで終わらせるつもりか?」

 

 ラデックは動揺を抑えつけて、なんとか落ち着いた口調で反論する。

 

「や、やってみないと分からないだろう。できるなら、一度くらい……。やればできることも、やらなければできないじゃないか」

「その一度で、セレスタは壊れてしまうかもしれないんだぞ」

 

 ナハルが語気を強めて叱責する。

 

「やればできる。やらなければできない。……いい言葉だが、やらせる側が言うのは感心しない。苦労をするのも、努力をするのも、リスクを背負うのもお前じゃ無いんだぞ。ラデック」

 

 ラデックは言葉を失い沈黙する。何かを請うようにシスターを見るが、彼は冷たい目でラデックを見続けている。

 

「ラデックさん。不幸な人を見るのが苦しいのは分かります。ですが、助けたいという気持ちは、庇護欲は、どこまで行ってもエゴなんですよ。幸福を実現できないならば、そのエゴは捨てなければなりません。……人を助けるのには……理由が――――」

 

 シスターはグッと拳を握り、涙を堪えてラデックを睨む。

 

「人を助けるのには、根拠がいるんです。我々医者は、根拠無しに治療をするわけには行きません。根拠なく、人を助けようとしてはいけないんです」

 

 言わせてしまった。本来、彼が口にすべきことではなかった。言わなくていい真実だった。その罪悪感が、ラデックに少しの言い訳を口走らせた。

 

「……それでも俺は…………、人に、手を差し伸べられる人間でありたいんだ……」

 

 2人はもう何も言わなかった。だがそれが肯定ではないことはラデックにも分かった。そして、少なからず軽蔑の念が込められていることも知っていた。

 

 ラデックは、心の内で悲鳴をあげる道徳心の前で、ただ立ち尽くすしかなかった。

 

 

 

 

 セレスタとバーベキューを楽しんでいたレシャロワークが、無遠慮に躊躇なく尋ねる。

 

「目と耳悪いのって、生まれつきですかぁ?」

「え……あ、は、はい……」

 

 セレスタはびっくりして食べるのをやめ、冷や汗をかきながらも答える。しかしレシャロワークは一切顔色を変えず、食事の手を止める様子もない。

 

「あらぁ。それでここまで会話できるようになるのすごいですねぇ。波導糸の使い方はお母さんから教わったんですかぁ?」

「あ、えっと……た、多分……。お、覚えてないけど、ム、ムカラマツさんか、母様か……」

「へぇ〜。でもあれ痛いんでしょぉ? ちょっとやったけど鬼痛かったですよぉ」

 

 セレスタは食べるのをやめ、皿を置いて俯く。

 

「……でも、できないと……た、たた、叩かれる……から……」

「叩かれる?」

「……さい、最初……は……母様に……多分、ずっと……叩かれて……怖くて……」

「…………あー。理解」

 

 セレスタは、どんなに痛くとも波導糸を覚える他なかった。盲聾(もうろう)の子供の教育という難題に、母親のネユシャ・サルファドットは頻繁に癇癪(かんしゃく)を起こし、何度も虐待を行った。セレスタは、恐怖と孤独を混同したまま育った。

 

「分からなくて痛いより……分かってて痛い方が……ずっとマシだったから……」

「頑張りましたねぇ。偉い」

「うん……。いっぱい頑張ったんだ……。だから、だから……早く……母様の役に……立たなきゃ……」

 

 暗闇と無音という不条理の中、やっと手にした僅かな音の世界。そこで知ったのは、母親からの自分への失望。そして僅かな期待。

 

「もっと、頑張らないと……! こんなこと、してる場合じゃ……!!」

 

 立派な後継にならなければいけない。見捨てられてはいけない。役に立たなくてはいけない。他の人よりできないことが多いのなら、誰よりも頑張らなくてはいけない。虐待によって植え付けられた使命感と焦燥が、再びセレスタの中で燃え盛った。

 

「ご、ご飯、ありがとうございました! 帰ります!」

 

 勢いよく立ち上がり、そのまま走り出そうとする。

 

「待ちぃ」

 

 レシャロワークが手を引いて無理矢理座らせる。

 

「あ、あの、離して下さい……!」

「私ら今、セレスタさんを誘拐してるってご存知ぃ?」

「え、あ、あ……」

「因みに自分も誘拐されてるんで二重誘拐。二重誘拐って何?」

 

 置いたばかりの皿に山ほど肉を盛られ、無理矢理口に詰め込まれる。

 

「それからぁ、“こんなこと”って言いましたねぇ?」

「もがもが……」

 

 セレスタが肉を飲み込むのを待たずに更に続けて詰め込む。

 

「それはもしかしてぇ、“モーターサイクラー3”のこと言ってますぅ? それとも“てぇこの達仁”ですかぁ? “リズムオタク”? この世で最も崇高なゲームをこんなことって言いましたぁ?」

「むー! むー!」

 

 様子を見にきたラデック達が、無限の肉を詰め込まれ続けているセレスタを見て仰天し駆け寄ってくる。

 

「な、何してるレシャロワーク!!」

「ラデックさぁん。セレスタさん借りますねぇ」

「借りる!? な、何をするんだ?」

「世界の真実を教えます」

「ビットー! 来てくれー!」

「なになになになに。何の騒ぎ? シャロがなんかした?」

「なんかしそう!」

「なんかしまぁす!」

「むー!」

 

 

 

〜愛と正義の平和支援会 南河地方 バガラスタ王宮前 (ハピネス、バリア、ラプー、ハザクラサイド)〜

 

 セレスタ誘拐から1週間後。

 

「ワクワクしてきたね! まるで夏休みの前日みたいだ!」

「夏休みなんかあったのか?」

「あるわけないだろう。君に合わせて言ったんだよ」

「俺にもなかったが……」

 

 ハザクラがチラリとラプーの方を見る。

 

「小学校にゃ入ったが、夏休み前に辞めちっただ」

「はっはっは! 全員学歴ゼロ人間!」

 

 バガラスタ王宮の門前で、勝手に高笑いをするハピネスにハザクラが呆れ果てている。

 

 そして、目の前にいる2人の門番も呆れ果てている。

 

「なんだ? こいつら……」

「さあ…………!? おい、あの赤髪、人主義の……!!」

 

 門番がハザクラの身分に気がつくと、ハピネスが高笑いをやめて歩み寄る。

 

「えっへん。門を開けてくれるかい?」

「……なんのご用で?」

 

 冷静を装い形式通りの返答をする門番に、ハピネスがニタリと笑い銃を向ける。

 

「国王暗殺!!」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

今ひとたび、英雄たらんことを(作者:blue man)(原作:千年戦争アイギス)

燃え尽き症候群の褪せ人を女神アイギスが王国へ連れていく話です。▼独自解釈および独自展開多数、王子が割と喋るなどにご注意ください。▼


総合評価:7092/評価:9.09/連載:145話/更新日時:2026年07月21日(火) 23:33 小説情報

ボクのヒーローアカデミア くらっしゅ!!(作者:ぺぺぺぺぺぺぺ)(原作:僕のヒーローアカデミア)

超絶チート能力なメスガキがすまっしゅ!!っぽい雰囲気でヒロアカ世界の闇と戦っていく感じの話。オリ主は自分の幸せのために戦うのでヒロアカのテーマとか雰囲気をぶっ壊しまくると思います。特にステインとかかなり愚弄されると思います。なにっ。


総合評価:6288/評価:8.63/連載:63話/更新日時:2026年07月26日(日) 19:30 小説情報

なんちゃってシスターは神を騙る(作者:ココア@レネ)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

突如頭に響いた「助けて欲しい」との声。その声に生返事をしたのが、男の運の尽きだったのだろう。▼気を失い、再び目が覚めたのは見ず知らずの場所だった。▼そこはフェンダリム帝国の辺境に造られた、様々な政策を試す実験都市ホロウスティア。そのスラムにある廃教会の中だった。▼何故か女性の身体となった男は、生き抜くためにクローゼットの中に有った修道服を着る。▼「神は言って…


総合評価:6766/評価:8.58/完結:241話/更新日時:2026年06月30日(火) 06:00 小説情報

強化人間がTSしたら魔法少女が戦う世界でメカ美少女になってました(作者:ユーラ@Yura0628)(オリジナル現代/冒険・バトル)

ミサイルの爆発に巻き込まれた強化人間イーグル1。目覚めた先は、魔法少女が戦う過去の地球だった…!▼自身の体が女性に成っている事に困惑しつつ、元の世界に戻るため、イーグル1は魔法少女として戦う事の対価に、この世界の組織に協力を取り付ける。だが、襲いくる強力な魔獣を相手していく上で、身体的損傷を許さざるを得ない状況に追い込まれ…彼女に救われた魔法少女達は、目から…


総合評価:2053/評価:8.52/連載:37話/更新日時:2026年05月09日(土) 11:11 小説情報

プリミティブ・プライメイツ ~暴君転生~(作者:翠碧緑)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

気が付くと、俺は人間と魔族が争うクソみたいな世界で、赤ん坊として捨てられていた。▼孤児院で育ち、飢えと貧困に耐える日々。▼そんな中、外見の特徴を理由に貴族に拾われる。▼どうやら俺の血には「特別な何か」が混じっているらしい。▼理不尽(暴力)。▼理不尽(陰謀)。▼そして、逃れられない理不尽(因果)。▼それでも、俺は生きることを諦めない。▼「そっちがそう来るなら、…


総合評価:6425/評価:9.17/連載:136話/更新日時:2026年06月28日(日) 20:09 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>