シドの国   作:×90

321 / 326
320話 国王バガラスタ

〜愛と正義の平和支援会 南河地方 バガラスタ王宮前 (ハピネス、バリア、ラプー、ハザクラサイド)〜

 

「あ〜ん! 捕まっちゃった!」

 

 地面に押し伏せられたハピネスはあざとく喘いで見せる。青筋を立てた門番が反魔法を展開し、もう1人の門番が拘束魔法の陣を起動させる。門前にいたバリア、ハザクラ、ラプーの3人は、地面から生えてきた鎖の触手に絡み取られてその場に縫い付けられる。

 

「3名確保!! 治機隊(ちきたい)に応援を!!」

 

 ハピネスの上にのしかかっていた門番が、ハピネスのこめかみに警杖を突きつける。

 

「大人しくしていろ。動けば撃――――」

「いや、大人しくするのはお前のほうだ」

 

 ハピネスの妙に落ち着いた声に、門番は思わず息を呑む。

 

「私は“先導の審神者(さにわ)”、ハピネス・レッセンベルクだ。今すぐそこを退け無礼者」

 

 怒りの熱が、一瞬で冷め凍りつく。

 

「ククク……。さて、この国は自国の国家侵略罪と、我が国の要人詐称罪。どちらを優先するのかな?」

 

 笑顔の七人衆や先導の審神者を騙ることは、死よりも重い重罪。そして、要人詐称罪の容疑者は笑顔の七人衆以外の者が罰することは禁じられている。

 

 つまりは、笑顔の七人衆や先導の審神者の名を語れば、権利者に連行されるまでの間は誰も逆らえなくなるということである。勿論、そんなことをする命知らずは存在するはずもないのだが。

 

「我が国ながら、とんでもない法律を作ったもんだ。悪用のしがいがある」

 

 門番は(おのの)きながら拘束を解く。様子を見ていた別の兵隊が大慌てで王宮の中に駆けていく。ハピネスは横目でそれを眺めながら、楽しそうに大声で笑う。

 

「さぁさ童共!! 先導の審神者様はご立腹であるぞ!! 速やかに持て成し平伏し給え!! 逆らう者には笑福の罰が下されるぞ!!」

 

 そう高らかに叫び歩みを一歩進める。正面に立ちはだかる門の前で、門番の方をチラリと見やる。すると、門番は堪らず施錠魔法を解除し門を開放した。微かな金属音が悲鳴のように響き、堅牢な魔導合金の門が開いた。

 

 優雅に先陣を切るハピネスの後ろで、ハザクラが聞こえるように舌打ちを鳴らした。

 

 

 

「さて、君らはここで待機だ」

 

 王宮の奥にある扉の前で、ハピネスは唐突に言い放った。

 

「……1人でいいのか?」

 

 ハザクラが思わず口をつくが、ハピネスはニヤリと怪しく笑いかける。

 

「必要になったら呼ぶさ」

 

 そう言って彼女は、単身扉を開けて中に入って行ってしまう。

 

「……バリア先生は、何か言われているんですか?」

「んー……」

 

 ハザクラの問いかけに、バリアは小さく唸ってからチラとラプーの方を見る。

 

「特に。ただ……」

 

 少し言い淀んでから、目玉だけでハザクラを見る。

 

「多分重要なのは、こっちじゃないと思う」

 

 

 

 扉を進んだ先の廊下。その更に先。立ちはだかるはずの兵隊達は皆、彫像のように固まって動かない。その様子を、ハピネスは満足そうに眺めながら歩みを進める。

 

「嬉しいね。面倒がない方を選んでくれたんだ」

 

 開きっぱなしになっている扉を潜ると、中には椅子に座るバガラスタ国王とシャドが待ち構えていた。

 

「やあやあ初めまして。……初めましてで合ってるかな? シャドは久しぶり。退職おめでとう」

「どうも」

 

 シャドは読みかけの推理小説から視線を外すことなく乾いた返事を返す。だが、意外にもバガラスタ国王の態度もあっさりとしたものだった。

 

「久しぶりだな、ハピネス・レッセンベルク。……と言っても、最後に会ったのはお前が赤ん坊の頃だが」

「じゃあ覚えてるわけないか。初めましてだね」

 

 ハピネスは入口側の椅子に腰掛け、ニコニコとしながら問いかける。

 

「さて、単刀直入に言おう。国を丸ごと明け渡せ。さもなくば捏ねて混ぜてハンバーグにして食べちゃうぞ」

「…………」

「…………そんな悩む?」

「いや、想像より遥かに低俗な脅し文句で面食らっていただけだ」

「あ、そ」

 

 バガラスタは怒りもせず、笑いもせず、無味乾燥に言葉を続ける。

 

「お前らこそ出て行け。平和の邪魔だ」

「君らがそこを退けば平和になるよ」

「はぁ……これ以上は時間の無駄だな。おい! コイツを連れて行け!」

 

 バガラスタが声を張り上げると、待機していた兵隊が恐る恐るではあるがハピネスを包囲する。

 

「え、ちょ、マジ? 先導の審神者(さにわ)に手をあげるの? 正気?」

 

 そう言われると、兵隊は互いに顔を見合わせてたじろぐ。

 

「やっぱやめた方がいいよ。私らだって鬼じゃない。本当はこんな乱暴したくないんだよ。本当に」

「嘘つけ。さんざ他の国を侵略しておいて……」

「本当さ。私の望みが通るなら、一切の危害を加えないと誓ったっていい。ああ誓うとも」

「じゃあ一切の危害を加えずに出ていけ」

「勿論! 望みを聞いてくれるならね?」

「望みは?」

「お前の死」

「話にならないな」

 

 バガラスタは呆れて深く溜息をつき、頭を抱えて天井を眺める。

 

 しかし、ハピネスは怪訝(けげん)そうに眉を(ひそ)め、少し困惑して目玉をギョロギョロと泳がせた。

 

「ん? んん〜? え、あ〜……はい?」

 

 勝手に理解と混乱を繰り返し、やがてポンと手を打った。

 

「あ、勘違い。失敬」

「失敬は今更だろ」

「ハザクラく〜ん! こっちおいで〜!」

 

 ハピネスが呼ぶと、少し早歩きでハザクラ達が駆けつけた。

 

「ごめん! めっちゃ読み違えた!」

「……そうか」

 

 ハピネスは近くにいた兵隊達の肩を鎧越しにバンバンと叩いて「ごめんね!」と元気に謝罪をした。

 

「ぶっちゃけると、私は録音機の正体を知っているんだ」

「なんっ……!?」

 

 ハピネスの発言にハザクラは目を白黒させて驚くが、バガラスタとシャドは何も言わずに気にする素振りも見せない。

 

「もう隠しててもいいことないし、全部言うね? いいよね? ……あ、そっか。ラルバ引っ込んだからもう何してもいいんだった」

 

 シャドは推理小説を読み終え、別の本を取りに部屋を出て行った。

 

 

 

「録音機の前に、バガラスタの正体から言おうか。奴はシャドが見つけてきた使奴研究員、バガラスタ・モットード上級職員だ」

「……やはり、使奴研究員だったか」

 

 ハピネスとハザクラの会話を、バガラスタは邪魔することなく黙って聞いている。

 

「バガラスタは手始めに、使奴研究所で燃料扱いになっていた使奴を従えた。その時に使ったのがハザクラ君の異能録音だと思う。だが、普通の録音では効力は弱く、また時間が経てば機能しなくなってしまう。恐らくは普通の録音機では異能の力の源が保持できないんだろうな」

「それは俺も確認済みだ。リアルタイムの放送や電話ならまだしも、声を録音した場合には録音媒体に関係なく劣化が激しい。実際、ダクラシフ商工会から押収した俺の声入り録音機の効力は殆ど切れていた」

「そこでバガラスタが……いや、多分シャドかな? が考案したのが、この“複合異能録音機”だ」

 

 そう言ってハピネスは、魔袋(またい)から一つの小さな機械の箱を取り出す。それは、ダクラシフ商工会から押収した録音機と全くの同型のものだった。

 

「バガラスタの配下にいる使奴に複製の異能者がいた。どうやら、異能によって作られた物品なら他の異能も劣化させずに保持できるらしい」

「……氷で作った容器に入れた水は温くならない……みたいな話か?」

「さあ? 原理はどうでもいい。そして、これには更に改良が施されている」

 

 ハピネスが録音機のボタンを押すが、ハザクラ達の耳には一切の音声が聞こえてこない。

 

「ねえハザクラ君。実は君どえらいむっつりスケベでエロいこと考えないように自己暗示かけてるってマジ?」

「そんなわけないだろう」

「ベル総統から話聞いたよ」

「知らない」

「顔赤いよ?」

「赤くない」

「いいじゃん教えてよ」

「断る。……いい加減殴るぞ」

「ほら、これすごくない?」

 

 ハピネスは笑顔で録音機のボタンをカチカチと押す。

 

「加えられている異能は2つ。”不覚“の異能によって、録った音声を認識できなくしている。そしてもう1つは”詰問“の異能。質問に対して、受け答えと思考を強制させる異能だ。だから君は私のお下劣な質問攻めにも、無視することなく答弁する他なかった」

「……もっとマシな確かめ方はなかったのか?」

「太陽蜘蛛の連中が配下に置かれたのも、元々この国に住んでいた使奴達やアビスが配下に置かれたのも、このせいだろうね。録音機は起動させつつ、口頭で全く関係ない質問をして、肯定の返事を引き出せればいい。どうせ多少怪しまれたって、不覚の異能のせいで違和感も認識できないんだ」

 

 ハザクラがバガラスタの反応を窺うが、彼は全く意に介さず話が終わるのを静かに待っている。

 

「私はてっきり、バガラスタが私をこの録音機で支配してくるものだとばっかり思っていた。だから敢えて使いたくなるような場面に誘導してみたんだが……見ての通りピンピンしている。こんな美女を前にして支配してこないなんて、どうやらシモの世話は間に合っているらしい」

 

 ハピネスは「よっこいせ」と立ち上がり、ハザクラの視界から外れる。ハザクラの視界にはバガラスタだけが残る。

 

「そも、私が今回バガラスタ暗殺を企てたのは、向こうもこっちを殺すつもりだと考えていたからだ。ラルバがあっさり手を引いたのもこの辺が理由だろうね」

 

 ハザクラは改めてバガラスタに目を向ける。バガラスタが「やっとか」と呟き崩していた姿勢を戻す。

 

「お初にお目にかかる。洗脳のメインギア。私は、第一使奴研究所で人事と異能調査部を担当していた。今は愛と正義の平和支援会国王。バガラスタ・サルファドットだ」

「……人道主義自己防衛軍、ヒダネ総指揮官。ハザクラだ」

「さて、随分と前置きが長かったが……。今、こうして君の平和的に対話ができていることを、大変喜ばしく思うよ」

 

 バガラスタはやはり笑いもせず、かと言って怒りや悲しみも見せず、極めて無機質に言葉を続ける。

 

「君達は世界平和の実現のために旅をしている。政治が腐敗していると判断すれば滅ぼし、機能していると判断すれば膿だけを取り除く。やり方は決して褒められたものではないが……やるべき価値のある侵略だったと認識している」

 

 肯定されるものとは思っておらず、ハザクラは少し気圧されながら答える。

 

「この国の惨状は理解した。使奴を支配し、強引に王座を簒奪(さんだつ)し、犯罪者を闇に葬り、罪なき難民をゲートの外に追い出し見殺しにする。俺はこれを、腐敗した政治と判断する」

「それは誤った判断だ。ハザクラ」

 

 バガラスタは決して見下すことなく、真正面から答える。

 

「王座は奪ったのではない。国民が私を支持した。国は長年続くサルファドット家に対する忠誠など、とうに枯れきっていたのだよ。それとも、私が世論を操作したとでも言うのか? 犯罪者の処分も、片っ端から見境なくというわけではない。それこそ、君が信頼している使奴の機能によって更生の余地を判断している。反省しない馬鹿を刑務所に入れるのは税金の無駄だ。そして、この平和で美しい国を守るために、不法移民を入れぬように締め出している。出生制限は君の国でもやっているだろう? 資源がないのに国民を増やせば不幸になる者が増える。第一、文句なら彼等不法移民の祖国に言うべきだろう。何故我々が他の国の瑕疵(かし)の面倒を見なくてはならない?」

 

 理路整然と紡がれる言葉に、ハザクラは少し迷いが生まれた。彼の言葉に賛同したわけではない。だが、ハザクラは未だ政治の経験はなく、バガラスタに言葉を返すには立場が要ると判断した。蚊帳の外から文句を言うのは容易く、()してや他国の事情に結末を見てから正論を刺すなど以ての外。

 

 そして何より、彼から悪意が感じられない。

 

「……バガラスタ。あなたが王を目指した理由は、何だ……?」

 

 シャドという願望器を手にして、使奴の軍勢を従え、世界の支配者とも呼べる力を手にした彼から、醜い欲望が一欠片も見えてこない。

 

「理由……? 何故そんなことを聞く?」

 

 ハピネスがしていた勘違い。ラルバが手を引いた理由。そして、ハザクラが今動けない訳。それは、至極単純なものだった。

 

「世界をよくしたかった。……以外に、あるのか?」

 

 彼は、悪人ではない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。