〜愛と正義の平和支援会 南河地方 バガラスタ王宮前 (ハピネス、バリア、ラプー、ハザクラサイド)〜
「世界の惨状を見て、誰でも考えたことはあるだろう。どうして政治家たちは彼等を見捨てるんだろう、私だったら助けてあげるのに、と。戦争があれば止めたい。被災地があれば支援したい。貧しい国があれば援助したい。傲慢な国には抗いたい。誰しも思い描いたはずだ」
バガラスタの独白は、少し偏りのある意見だった。しかし偽りはなかった。
「だが、自分にはそんな力はない。私もだ。知恵もなければ金もない。精々、女に絡んでいる暴漢に食ってかかるのが関の山。とても世界など変えられたものではない」
富、名声、栄誉。それらは基本的に目的ではなく結果で、手段を選ぶための資源でしかない。彼はそのことをよく分かっていた。
「使奴の研究は素晴らしいものだった。世界中の叡智を束ね、無尽蔵のエネルギーを持つ魔導人形に搭載する。世界で最も優秀な演算機だ! まあ、作られた目的は下劣なものだったが……完成品は立派なものだった。これがあれば、近いうちに世界平和は実現される。……
シャドが推理小説の下巻を手に戻ってきたところで、バガラスタは彼女に手を向け指し示す。
「
興奮気味に拳を握り、
「ずっと思っていたんだ! アメノカマダレ帝国も! リファア共和同盟も! ガノ連邦も民主王国も!! あんな奴らがいたんじゃ世界平和なんか実現できない!! 法整備はほったらかし!! 金のある似非活動家の言うことばかり聞いて!! 資源国へのご機嫌取りに、奴隷代わりの移民受け入れ!! 差別と貧富は激化するばかり!! あんなのが先進国だと!? 文明国だと!? 笑わせるな!!」
我を忘れかけているバガラスタに、ハザクラが水を差すように尋ねる。
「その鬱憤が、この国の設計思想か?」
バガラスタの目が更に光り輝く。
「ああそうだ!! 技術革新に法が遅れを取ってはならない!! 悪意ある権力者は黙らせなければならない!! 他国の言いなりになってはならない!! 自国の民を最優先に考えなければならない!! 格差は埋めなければならない!! それが先進国だ!! 世界を牽引する文明国だ!!」
「……素晴らしい思想だ。だが、……それがゲートで死にゆく難民を見捨てる理由だと言うならば、軽蔑の念を抱かずにはいられないな」
「一度。過去に一度だけ受け入れたことがある。私が即位したばかりのことだ」
バガラスタは天井を仰いだまま語る。
「私とて、目と鼻の先で未来ある若者が死ぬのは気分が悪い。難民保護は、王に即位して最初に手をつけた政策のうちの一つだ。難民の受け入れと、それに係る労働法や滞在基準の再考。……多様性を尊重した、文化の豊かな国になるはずだった……」
「……失敗したのか?」
「ああ。犯罪率は著しく上昇した。規則や文化の違いが
「……ジャージト家襲撃事件か」
ジャージト家。オカリ・ジャージトを当主とする、愛と正義の平和支援会の名家。国刀、断将ブレイドモアの拠り所。
「その直後には、生存者である孫娘イース・ジャージトの誘拐事件が発生。それから程なくして、妹のフィースと断将ブレイドモアも姿を消した……。酷く後悔をしたよ。移民なんか受け入れなければ、こんなことにはならなかった」
見当違いな
「後悔すべきは難民受け入れじゃない。法整備と棲み分けの不備だ」
「はっ、言うだけなら簡単だな。それがどれだけ大変だと思う? 移民で増えた生産性を遥かに上回るコストがかかる!! そんなことをするくらいなら最初から受け入れてなどいない!!」
「……使奴の知恵を借りれば、可能性は見出せたはずだ」
「使ったさ。使ってこのザマだ。やはり、全世界の人間が平和に暮らすなんてのは無理なのかもな」
言葉の節々から滲み出る違和感。そして、
「バガラスタ、問いたいことがひとつ、それから要望がひとつある」
「何だね?」
「……クラウン総帥の話では、貴方はクラウンの母親、ヒューコー・サルファドットを軟禁し王座を
「奪ったのではない。国民が、堕落した王よりも私を支持しただけのこと。法に触れることは何もしていない」
「何の罪もない王家を使奴の軍勢を用いて襲撃し、不当に貶めた」
「それは言い過ぎだ。ヒューコーは尊厳なんてつまらぬことで
「……
「暴禁法の失態は確かに私の
「クラウンはそうは認識していなかった」
「心のケアまで私に求めるな。ましてや、政治家ならば自分で自分を律するべきだ」
「そうか……」
「それで、要望というのは?」
言ったところで、恐らく意味はないのだろう。
「使奴を解放してほしい。貴方の従える、使奴達を全員」
だが、言わずにはいられなかった。
「……断るが、そも解放とは何だ? 何のために?」
「彼女達を自由にしろと言っている」
「自由って……。道具に自由も何もあるものか。強いて言うなら、機能通りに使ってやるのが道具の幸せと言うものだろう」
「彼女達は道具じゃない」
「……はあ、そうか。何となく思っていたが、もしや君は……」
そして悟った。戦争とは、こうして生まれるのだろう。
「使奴を人間だと思っているのか?」
燃えるような背の熱さに、今だけは戦いを肯定してしまいたくなる。
「君にも使奴と同等レベルの知識が刷り込まれているなら分かるだろう。あれは魔法生物だ。人間じゃない。あー、魔法生物が生物かと言う議論に今決着をつけるつもりはないが、仮に生物だとしよう。だが、自我はない。人間を模倣するプログラムがそう見せているだけだ」
「彼女達は、泣きもするし笑いもする。俺たちと同じだ」
「だから、そう見せているだけだと言っているだろう。人工知能に心はない! 全て魔導上のアルゴリズムでしかないんだ! 無意味な擬人化で感傷的になるのはよせ!」
概ね、バガラスタの言っていることは正しいのだろう。
「使奴には異能を使う者もいる。異能は人間にしか芽生えない」
「正確には、高度な意識の発生に伴い発症する、だ! だから脳の未熟な赤ん坊や、特定の障害を持って生まれた者は異能を発症しないし、訓練を受けた動物が異能を発症したケースは極稀だが存在する。鳥や犬は人間か? 逆に、赤ん坊や障害者は人間じゃないのか!?」
「鳥や犬とは違い、使奴は明確に意思の疎通ができ、我々人間よりも高度な知能を持っている。同じく感情や、心も!」
「持っているのは知能だけだ! 奴らの脳波を見たことないだろ! 人間とは似ても似つかん別物だぞ!」
「それが何故心の否定に繋がる!」
「感情論でモノを言う奴が何を言っている! 存在を主張するなら、まずその根拠を示せ! 否定しきれないなら事実だなんて、陰謀論者と何も変わりはしない!!」
ハザクラ自身も気付いている。バガラスタは間違ってはいない。心では否定したくとも、客観的な事実は全て奴の方が上で、自分の意見は
「ハザクラ……。君は何かを意見するには、まだ若過ぎる。年の話じゃない、経験の話だ。魔導学も、機械工学も、コンピューター科学も、知識としてはあるだろうが、それを血肉にできていない。だから、願望と事実の区別がついていないんだ」
バガラスタはハザクラの肩にポンと手を置く。
「私は戦争がしたいわけじゃない。君と対話をしたくないわけでもない。だが、冷静でない君と今のような不毛な争いをするのはニ度と御免だ。君は聡明なはずだ」
彼の声に偽りは感じられない。彼は、心の底から自分のことを信用している。
「今日のところは帰りなさい。また、冷静になってから対話をしよう。そうだ、来週にでも世界ギルドに加盟する意思を公表しよう。今すぐ人道主義自己防衛軍や境界の門と仲良くしろというのは無理な話だが、君という橋渡し役がいれば、平和な世界のために少しずつでも歩み寄れるかもしれない」
だからこそ、無理なのかもしれない。彼の目が濁っていない以上、曇りをとることはできない。使奴を認めさせることはできない。
「いつでも対話の門戸は開いている。暴力ではなく、言葉で解決をしよう。我々にはそれを成せるだけの知性があるはずだ」
ハザクラは黙ったまま
〜愛と正義の平和支援会 南河地方 ビットの自宅 (ハピネス、バリア、ラプー、ハザクラサイド)〜
拠点にしているビットの自宅まで戻ってくると、ハザクラは糸の切られた操り人形のように力無くソファへ腰掛けた。
「バリア先生……俺は、どうすればよかったんでしょうか」
縋るような呟きに、バリアは素っ気なく答える。
「別に、どうとでも。ハザクラのしたいことを、したいようにすればいい」
「……俺は、使奴の皆を解放してあげたい。でも、それはつまり、バガラスタと争うことになる。……解放までに、きっと大勢の人が巻き添えを食らう」
「じゃあ、諦める?」
「諦められない。諦められません……が……バガラスタも、決して悪人ではなかった……。ただ、俺とは少し、思想が違うだけで……」
「ハザクラ」
バリアは真っ直ぐにハザクラを見つめる。
「ハザクラが夢を諦めたって、変えたって、私は軽蔑しないよ。期待してないんじゃなくて、ハザクラには幸福でいて欲しいって願ってるだけ」
「先生……」
「でも、ハザクラは使奴を人として扱いたいって言ってくれた」
バリアの目尻が少し下がり、ほんの僅かだけ微笑みを浮かべる。
「私は嬉しかったよ。だから、自分を信じて欲しい。これは、私の
バリアはすぐに背を向け、部屋を出ていってしまう。
「……ハピネス」
名前を呼ばれると、終始黙っていた彼女は「やっとか」と笑顔を向けてくる。
「手を貸してくれ」
「
「ああ」
ハザクラは再び前を向く。もう、俯くことはない。
「もう迷わない。国を獲るぞ」
〜愛と正義の平和支援会 南河地方 バガラスタ王宮〜
夕食を摂っていたバガラスタの元に、シャドがやってきて告げる。
「ハザクラが敵対を始めたぞ」
バガラスタは深く溜息をつき、口元を拭う。
「そうか……。仕方ない。残念だが……潰せ」
「わかった」
翌日、明朝。愛と正義の平和支援会全域の政府施設に、手配書が張り出された。
懸賞金は、ひとり1000万刻。
対象者は、ハザクラ・バルキュリアス。他14名。