明朝、愛と正義の平和支援会の至る所に手配書が貼り出された。普段であれば高くとも100万刻程度の逃亡犯しか掲示されない小さな報道板が、急遽増設され大量の手配書を掲示した。
「何だ何だ。また陛下の勅令か?」
「まさか地下闘技場の規制じゃないだろうな」
「そんな! 折角大手を振って観戦に行けるってのに!」
国民達は訝しげに報道板に群がる。そして、手配書を見て目を丸くした。
「こりゃぁ、どういうことだ?」
「わっかんね……」
元から貼られていたのは、数名の逃亡犯と、つい先日追加された新規の叛逆犯。
サルファドット私軍総帥、クラウン・サルファドット。
百機夜構総長、ピンクリーク。
無所属、ラルバ・クアッドホッパー。
いずれも捕まえた場合の賞金は1000万刻。目撃情報だけでも逮捕につながれば100万刻の報奨金が出される、愛と正義の平和支援会では法律上設定できる最高金額。元国王による暴走族を従えてのテロ準備など、国民達は初めは受け入れがたかったが、連日続く報道のせいですっかり日常に組み込まれてしまった。
そんな中でも、異変と言わざるを得ない大量の新規手配。
人道主義自己防衛軍ヒダネ総指揮官、ハザクラ・バルキュリアス。
人道主義自己防衛軍クサリ総指揮官、ジャハル・バルキュリアス。
世界ギルド境界の門特別調査員、イチルギ。
世界ギルド境界の門特別調査員、ヴァナヘイド。
世界ギルド境界の門特別調査員、タルパグラコ。
世界ギルド境界の門特別調査員、デクス。
グリディアン神殿魔導外科医、シスター。
グリディアン神殿魔導外科医、ナハル。
キャンディ・ボックス所属、レシャロワーク。
キャンディ・ボックスリーダー、ビット。
崇高で偉大なるブランハット帝国国王、ボブラ・ブランハット。
他無所属、ラデック、バリア、ラプー、カガチ。
計15名。いずれも、賞金は1000万刻。
「覚えきれね〜」
「このイチルギって……世界ギルドの元総帥じゃね!?」
「ブランハットの国王も入ってる!」
「一体何やったんだ……?」
更に、別の職員が報道板を追加で貼り出し、大量の1000万刻手配書を掲示する。
「うわ、マジかよ」
「何? 戦争とか始まんの……!?」
人道主義自己防衛軍総統、ベル・バルキュリアス。
人道主義自己防衛軍ヒダネ総指揮官代理、オルカイディス・バルキュリアス。
人道主義自己防衛軍ヒグマ総指揮官、アクタベルタ・バルキュリアス。
人道主義自己防衛軍アマグモ総指揮官代理、ザルバス。
人道主義自己防衛軍ゴウヨク総指揮官、マーチ・バルキュリアス。
人道主義自己防衛軍クサリ総指揮官代理、アグリ。
一国の要人、それも、軍隊の国の総指揮官のほぼ全員。1000万刻を貰うどころか、払ってでも敵対したくない相手ばかり。
報道板が追加で設置され、更に手配書が貼り出される。
百機夜構副総長、マルグレット。
ダクラシフ商工会国刀、
あまちゅ屋代表、ピリ・サンキォン。
あまちゅ屋経理部長、イース・ジャージト。
大蛇心会教祖、アファ。
大蛇心会信徒、キールビース。
「ヤクシャルカが指名手配!? 誰が捕まえられんだよ……!」
「キルビスちゃぁぁんっ!? なんで!? なんでキルビスちゃん!?」
「いやそれよりこのブレイドモアって! ウチの元国刀じゃ……!」
「”ジャージト”って、ジャージト家襲撃事件の生き残りの双子だろ!? 生きてたのか!?」
「てかそれで指名手配って……何で!?」
国民の混乱を尻目に、報道板が更に追加される。
狼王堂放送局
狼王堂放送局
狼王堂放送局
狼王堂放送局
狼王堂放送局国王、メギド。
狼王堂放送局国王、ハイア。
「この辺は全然知らねーな。狼王堂放送局って、あの夢の国?」
「国王2人も居るんだ。……王って指名手配していいの?」
「
「……これ、もしかして外国でも似たようなこと起きてんじゃね……?」
世界ギルド境界の門特別調査員、バシルカン。
世界ギルド境界の門特別調査員、ヴェラッド。
診堂クリニック院長、ミドー・ホウゴウ。
ヒトシズク・レストラン国防長官、アビス。
狼の群れ審判長、カース。
狼の群れ群議長、ジルファ。
「ミドーはテレビで見たことあるな」
「アビスって使奴の人? だっけ? 誰が捕まえられんだよ」
「カースとジルファもよ」
「ダメだ、全員わからん」
突如として貼り出された高額の手配書の群れを前に、国民達は互いに顔を見合わせて困惑するしかなかった。
〜愛と正義の平和支援会 南河地方 バガラスタ王宮〜
バガラスタの元へ、シャドがどこからともなく現れて報告をする。
「手配書の掲示が済んだそうだ」
「分かった」
バガラスタは深い溜息と共に項垂れ、恨み言を溢した。
「とても残念だ。同じ世界平和を志す者として、手を取り合い歩めると思っていたのに……。この世から戦争が無くならないわけだ」
そこへ、大慌てでネユシャ王妃が駆け込んでくる。
「ちょ、ちょっと陛下!!」
「全く、騒がしい。後にしろ!」
「あれ! あの手配書何よ! 急にどうしちゃったの!? 意味わかんない!」
「シャド! ネユシャを連れて行け!」
「わかった」
取り乱して顔を真っ赤にしているネユシャを、シャドは何も言わず腕を掴んで強引に引き摺っていく。
「ああちょっと! 離してよ!」
ネユシャは腕を振り払おうとするが当然力では敵わず、姿勢を崩して倒れたまま引っ張られていく。
「痛い痛い痛い! ねぇ陛下! 何も“キールビース”ちゃんまで手配することないじゃない! 新曲楽しみにしてたのに〜っ!!」
背を向けかけていたバガラスタは、血相を変えて振り向く。
「待てシャド!」
シャドがピタリと動きを止める。
「ネユシャ……今、何と言った?」
「いった〜い! も〜! だから、何でキールビースちゃんまで指名手配なんかしたのって! ただのアイドルじゃない!」
バガラスタの頬を、一雫の冷や汗が伝う。そして、懐の通信機を取り出して発作のように叫ぶ。
「使奴群全体に命ずる!! 手配書を全て回収しろ!!」
だが、支配した使奴達に通じるはずの通信機は、”雑音”を発するばかりで一切の応答はない。
「〜〜〜〜っ!!! シャド!! 手配の回収を急げ!!」
「私がか? 目立つし、最速で回収しても半日かかるぞ」
「隠蔽魔法で人目を避けろ!! その上で最速だ!!」
「それじゃあ完了は夜9時ごろになるが、いいか?」
「構わん!! 早く行け!!」
「わかった」
狂ったように叫ぶバガラスタに、ネユシャは恐る恐る問いかける。
「……へ、陛下? どうしたの……?」
「くそっ……!! やられた……!! 私は、キールビースの指名手配なんかしていない!!」
未だ雑音のみを返す通信機が、手の中で力一杯握りしめられている。
「はっはっは!! 憐れ憐れ!!」
そこへ、高らかに笑う声が響く。見れば、ハピネスとハザクラが並んでこちらへ歩いてきていた。
「ハピネス……!! ハザクラ……!!!」
「いやあ無様だねえバガラスタ」
「貴様っ……!! やれ!! ”14号”!!」
瞬く間に表れた使奴の大女を、虚空から現れたバリアが蹴り飛ばしラプーが魔法で封じる。
「あと4人隠れてるだ」
ラプーの放った水魔法が辺りをドーム状に囲むと、バリアがそれを固定して破壊不能の檻を作る。
孤立無援に陥ったバガラスタは、逃げ遅れたネユシャに縋りつかれながら恨めしそうに歯を擦り合わせる。
「これがお前の答えか……!!! ハザクラ……!!!」
「……昨日のあなたの問いに、答えを返そう」
ハザクラは眉一つ動かさずに、まっすぐにバガラスタを見つめる。
「使奴は人間か? その答えは昨日と変わらない。彼女らは人間だ」
「まだそんな子供じみた――――」
「だが、その根拠はない」
発言を遮られたバガラスタが、沈黙で軽蔑を表す。しかし、ハザクラは決して揺れない。
「根拠なんて、いらなかった。使奴が人かどうかではなく、俺が人だと思っていることが重要なんだ。俺がそうしたい。だから、俺は使奴を解放する」
「なんて……なんて浅ましい考えだ……!! それはお前の我儘だろう!!」
「ああ、俺の我儘だ」
「政治をなんだと思っている!! 世界を!! 平和を第一に考えられないやつが人の先頭に立つな!!」
「あなたの言うことは、正しい」
もう、諦めないと決めた。己の願望から目を逸らさないと。
「だが、俺は俺の正しさを優先する。あなたの正しさを否定する」
「まるでガキの戯言だ……!!! 飯事がしたいなら他所でやれ!!」
「民にも、俺の飯事に付き合ってもらう。使奴と手を取り合い、愛し合い、共に歩んでもらう。人種の一つ、シドとして認めてもらう」
「
「それを押し付けと思うかは、俺ではなく民だ」
「屁理屈をっ……!!!」
話が平行線に差し掛かったあたりで、見計らったようにハピネスが前に出る。
「バガラスタ、お前は大きな勘違いをしているな」
「ハピネス・レッセンベルク……!!
「権力者は、国民のため、平和のために働くべきだ……その考えは概ね正しい。と言うより、正しいとされている。だがそれこそ、お前の思想の押し付けに過ぎない」
「何が言いたい。婉曲表現とトンチで
「お前は、正しさを少し信じ過ぎている」
ハピネスは優しく微笑む。
「旧文明には、嘗て大陸の5割を占有した大国があったそうだな。当時の王や国民が思う平和とは、世界中の秩序が一つに統合されること、延いては諸外国を自国に統合することにあったと思う」
「勝手な決めつけで話を壮大にするな」
「いやいや、私だったらそうしただろうなという話だよ。それから戦争や革命が続き、国家が300を超えるころになると平和の意味は大きく変わった。平和とは、世界各国が平等に争いや差別なく対等な関係になることを意味した。逆に、一つの国が世界を支配することは冒涜的な大悪と非難されるようになった」
「当たり前だ。そも前提からおかしい。大国が世界唯一の国家になろうなど、当時からしたって悪だったはずだ」
「そう思うのは君が新しい文明の人間だからだよ。そして、それこそが君の認知の歪みを表している」
ハピネスの指摘がバガラスタを黙らせる。
「世界統合の話は君の時代にも一つの世界平和の形態として議論されていたはずだ。何せ、実現できれば戦争も差別もない世界が出来上がるのだから。学者や思想家は、どんな物事でも分け隔てなく善悪の議論していたはずだよ」
「限度がある。悪人を裁くことの善悪は議論しても、拷問の善悪など問うだけ無駄だ」
「拷問の善悪は問うだけ無駄? 何故そう思う?」
「何故? 真っ当な価値観と倫理観を有していれば疑問など起こるはずもない。どこに拷問を善とする人間がいる?」
「ははは」
茶化すようにハピネスが笑う。
「だから君は王に相応しくないんだよ」
「……何だと?」
「善悪が、価値観が、倫理観が、時代や人によって揺らぐということに理解がない。疑問という行為の尊さを知らないんだ。秘密結社の役員にはもってこいの石頭だね」
「何も知らないくせに、知った口を利くな」
「疑問の欠如。だから勘違いをしたまま変わることができない」
頭に血が上ったバガラスタの口撃が、ハピネスの描いていた筋書きをなぞっていく。
「君は、権力というものを勘違いしている」
ハピネスの合図で、バリアが維持していた水の檻が解除される。しかし、周囲で待機していた使奴4人は、ハピネス達を襲うことなく一瞬で姿を消した。
「権力とは、決して一つの大きな力ではない。民の意思を、一方向に揃える信号を発するだけの弱い力、言わば信号機だ」
遠くから、空砲の音が聞こえる。微かではあるが、四方から民衆の喧騒が聞こえてくる。
「だから、思想なんて大きなものを押し付ければ、権力などという弱い力では向きは揃わない。思想を押し付けたいなら、恐怖なり恥なり、もっと強い力で縛らなければ」
ラプーが光魔法を展開し、ハピネス達の姿を眩ませる。消え行く最中、ハピネスが怪しく微笑み言い残す。
「君に正義があるなら、是非とも見せてくれ給え。正しき心で、民を導いて見せろ。王の器を示せ」
ハピネス達が消え去った直後、遠くから兵士が血相を変えて走ってくる。
「ほっ……報告っ……!!! はっ、叛乱っ……!!! 暴動ですっ……!!!」