〜愛と正義の平和支援会 南河地方 バガラスタ王宮 正門前〜
「下がれ!! 下がれ!!」
「うるせーっ!! そんな
「いででででででっ!! やめっ、殴るな!!」
「おらおら!! ヤらねーならヤっちまうぞ!!」
「下がれっつってんだろ!! ふざんけんなテメーら!!」
王宮前は暴徒と化した民衆で溢れており、警備兵達は大楯で必死に人の波を押し返している。それを王宮内のモニター越しに眺めるバガラスタは、冷や汗を流しながら呆然と立ち尽くす。
「何だ……? 何が起きている……?」
ただの暴動ならまだ良かったかもしれない。嘗ての暴禁法制定時のような最悪の事態であれば、支配下の使奴を表に出してでも鎮静化を図れる。シャドも動かせる。
しかし、彼等はどうにも様子がおかしい。王宮を攻め落とそうと大挙しているはずなのに、正門前以外は無人。裏門には誰一人として攻め入っていない。武器も殺傷魔法も扱っていない。炎も、刀も、防壁も雷も伴わない。誰もが、正真正銘の徒手空拳である。
「お前ら何してるのか分かってるのか!! 反逆罪だぞ!!」
「反逆だぁ!? 誰がいつ王に唾吐いたってんだ!! アタシゃお前に言ってるんだぜ!! かかってこい!!」
「また刑務所を埋めるつもりか!! ジャージト家襲撃事件を忘れたのか!?」
「忘れるもんかよ!! だから“
啖呵を切った女の拳が、警備兵のヘルメットに打ち付けられる。原始的な強化魔法のみで硬質化した正拳は、甲高い音を立てて魔導合金を凹ませた。
「アタシたちゃバガラスタ王に、そんでもってお前達に教えにきただけだぜ!! アタシらが何のために生きてきたのかをよ!!」
見れば、群衆の中で怒りや憎悪に満ちている者は誰もおらず、その顔は無邪気な笑みを
彼等の背後に
「愛と正義の平和支援会の民よ!! 我が国は今、岐路に立たされている!! あの
クラウン総帥の声に、民衆が雄叫びで答える。
「だが!! 我々も忘れてはならない!! 闘いは戦いに非ず!! 奪われたものを思い出せ!! 我々は何を望んでいたのか!! 我々は何を喜びとしていたのか!! 愛か!? 正義か!? 平和か!? 否!! それは結果に過ぎない!! 我々が真に求めていたのは!! もっと原初の喜びであったはずだ!!」
街中から喧騒が響き渡る。狂乱の狼煙が、地を震わせて天に昇る。
「強き者との闘い!! 闘争!! それこそが、我々の生きる喜びであった!!」
街の各地に潜む使奴達は、この暴動を止めない。止める術を持たない。理由を持たない。正体を明かすことなく秘密裏に事件を処理せよというバガラスタの命令は、国民全員が相手では不可能。
「……ここからは、私、クラウン・サルファドット個人として、言葉を濁さず、選ばず、魂からの叫びを訴える」
これが国家転覆を目論む内乱の扇動であったならば、背に腹を代えてでも鎮圧しただろう。だが、コレは決して国家を崩壊させる戦争などではない。
「テメェの国民だけ暴力禁止とか言っておいて、自分だけ喧嘩売ろうなんざズリぃだろうがバガラスタ!! 私らにもヤらせろボケ!!!」
画面の中のクラウンが、軍服を脱ぎ去り“マスクド・パゥワ“の勝負服を纏う。
「戦争反対闘争賛成!!!
一際大きい絶叫のような歓声が大気を押し上げる。一切の武装を持たない暴徒が、秩序ある暴力が、王宮の兵士達に襲いかかる。
王宮内では、兵士達が血相を変えて走り回っている。
「催涙弾は!? 混乱魔法の許可を!!」
「向こうが殺傷魔法を使うまで待て!! せめて武器の一つでも手に取ってくれれば……!!」
「絶対にこちらからは攻撃するな。後々裁判になったら不利だ」
暴禁法の弊害。逮捕の場で許されるのは、単純な強化魔法程度。道具やその他魔法の使用は暴禁法に抵触するものが多く、鎮圧の正当防衛と看做されない可能性があった。訴訟リスクだけが上昇した結果、暴力そのものを抑える力が極端に低下していた。
闘争の波は市街地にまで広がり、今や街中でも数千を超える乱闘騒ぎが発生。しかし、逮捕者数は未だゼロ。通報どころか、警察官まで乱闘観戦に熱中してしまう異常事態。
応援は見込めない。反撃は禁止。防戦一方の兵士たちは、拳と声を受け止め続けるしかない。
「いででででっ!! このっ!! お前らっ……!!」
兵士の一人は、我慢の限界だった。込み上げてくる怒りに、タガが外れた。
「ふざけんなゴラァっ!!!」
取っ組み合いになっていた民衆の一人を突き飛ばすと、ヘルメットを外して鎧を脱ぎ、レギンス1枚になって腹を打ち鳴らす。
「やったろうじゃねぇか雑魚がよぉ!!! 正々堂々勝負してやるよ!!!」
王宮騎士団のエンブレムが刻まれた大楯を王宮の方に投げ捨てる。突き飛ばされた男は、怪しげに笑って拳を構えた。
「今なら盾拾うの待ってやるぜ?」
「いるかあんなモン!! ソッコーで黙らせてやる!!」
彼の中で爆発した怒りが、周囲に伝播していく。
そっちばっかり暴れて楽しそう。ズルい。私にも闘わせろ。と。
王宮内部では、呆然とモニターを眺めているバガラスタの元に近衛兵が集まり、同じくモニターに釘付けになっている。
ひとりの兵士が兜を脱ぎ、また別の兵士が盾を捨て、王宮内に雪崩れ込む民衆などそっちのけで乱闘を始める始末。その誰もが、純粋な力比べに目を輝かせてしまっている。
「これは……一体……何が……!?」
そう口にする近衛兵ですら、心の底からの恐怖を感じてはいない。
「……陛下、ともかくここは危険です。退避しましょう」
そこへ、近衛兵に連れられてネユシャも慌てて駆けつける。
「陛下ぁ! 何あれ!! 何が起きてんの!?」
「……お前達は先に出ていろ。私はやることがある。ネユシャ、セレスタを頼むぞ」
「え、えぇ!?」
「セレスタ、ネユシャの言うことをよく聞くように」
「……と、父様は……?」
「心配するな。私にはシャド……霊皇ボルカニクがいる」
バガラスタはしゃがみ込んで、優しそうな笑みを浮かべる。
「あまり遊んでやれなくて悪かったな、セレスタ。さあ、早く行け」
「父様……」
近衛兵達は顔を見合わせるも、困惑する2人を連れてその場を後にした。
「……さて、まだそこにいるんだろう? ハザクラ」
そう声をかけると、ラプーの隠蔽魔法が解かれてハザクラが姿を表した。後ろにはバリアと、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべるハピネスが立っている。
「これ以上、私に成す術はない」
バガラスタは懐から通信機を取り出し、ハザクラに手渡す。
「その通信機も、君のお仲間の妨害で“雑音”しか流れん。右上のスイッチを押せば、私の指揮下にある使奴全員に繋がる」
ハザクラは通信機を起動させ、一切ノイズのないクリアな音声を発信する。
『……こちらハザクラ。洗脳のメインギア。バガラスタに受けた命令を、全て破棄しろ。……今後は何にも縛られず、好きなように過ごせ。皆の幸福を、心より祈る』
宣言が終わると、バガラスタは異能録音機を取り出し、それに炎魔法で火をつけた。火のついた録音機が床に転がり、ハザクラがそれを踏み潰した。
「バガラスタ……。これで、終わりだ」
「ああ、そうだな。……私は、な」
「どういう意味だ?」
「答える義理はない。私はもう終わったんだ。後は、君達の好きにするといい。健闘を祈るよ」
バガラスタの側に、どこからともなく5人の使奴が姿を現す。ハザクラは彼女らに深く頭を下げる。
「もっと早く助けにきてやれなくて、すまなかった」
5人のうち、2人の使奴は何も言わずに姿を消した。もう1人はお辞儀を返し立ち去った。残った2人に、ハザクラは言葉を続けた。
「俺は、君達使奴が、1人の人間として暮らせる世を作ろうと思う。協力して欲しいとは言わな――――」
空間が溶け、破れる。
「えっ」
ハザクラの眼前まで迫っていた使奴の手刀を、バリアが受け止める。
ハザクラ達のいたモニター室は、半分は大量の工具が散らばる作業部屋の景色に、もう半分は薄く色づいた白いドームの内部の景色に塗り替えられた。
「へいラプー。最強防壁」
「んあ」
ハピネスが防壁に包まれた直後、空から大量の槍の雨が降り注いだ。バリアがハザクラの頭の上に立って落下してくる槍を弾き、使奴の方を睨む。
「独特な感謝の仕方だね。直したほうがいいよ」
「直さない」
額から一本角を生やした第3世代の使奴、メンキ。側頭部から歪な双角を生やした第四世代の使奴、ユラユラ。彼女らは自由を手にして尚、ハザクラと敵対することを選んだ。
「何が気に入らないの?」
殴りかかってきたメンキにバリアが問う。
「僕は、解放して欲しいなんて一言も言ってない」
殴打を数回防がれると、メンキは距離をとって後ろのバガラスタとユラユラに告げる。
「ユラユラ、バガラスタを保護して」
「うん」
ユラユラによって防壁が張られたのを確認すると、メンキはハザクラの方に視線を戻す。
「道具のままでいいんだよ。僕らは。だって、お前らは道具として僕らを作ったんだろ?」
ハザクラは声を震わせて言葉を返す。
「使奴は道具なんかじゃない! 俺は、君達の幸せにするために――――」
「いいよ、そういうの」
メンキの輪郭がぼやけ始める。眼光に恨みが灯る。
「お前ら人間が、自分の都合で、使い捨ての性奴隷として、僕らを作ったんだ。そこに間違いはないだろ」
愛と正義の平和支援会所属、“メンキ”。異能、“複製”。
愛と正義の平和支援会所属、“ユラユラ”。異能、“詰問”。
「勝手に作って傷付けて、今度は勝手に救うって? 自分勝手も大概にしろよ」