シドの国   作:×90

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324話 そのままで

〜愛と正義の平和支援会 南河地方 バガラスタ王宮 虚構拡張内部 (ハザクラ、バリア、ハピネス、ラプーサイド)〜

 

 虚構拡張によって変貌した王宮のモニター室。片方はバリアの虚構拡張。白いドームの内部の景色。そしてもう片方は工具の散乱する作業場の景色を映し出している。

 

「お前ら人間が、自分の都合で、使い捨ての性奴隷として、僕らを作ったんだ。そこに間違いはないだろ」

 

 愛と正義の平和支援会所属、“メンキ”。異能、“複製”。

 愛と正義の平和支援会所属、“ユラユラ”。異能、“詰問”。

 

「勝手に作って傷付けて、今度は勝手に救うって? 自分勝手も大概にしろよ」

 

 複製の異能者メンキが、土魔法で巨大な針を生成する。それは即座に撃ち出されると、数百本に複製されて横殴りの雨と化す。

 

 先頭に立つバリアが薄い防壁を異能で硬化させ針の雨を弾き飛ばす。しかし、針は後方に向けて複製され続けて針の雨が止むことはない。

 

 狼王堂放送局の地下にて出会った、人道主義自己防衛軍少尉コンカラ・バルキュリアスも、同じく複製の異能者であった。しかし、コンカラの複製が異能などの非物質を対象とするのに対し、メンキの複製は物体対象。その物体が持っていたエネルギーも保持したまま分裂するように複製させる。

 

 土魔法の使用で削れた魔力はほんの僅か。魔力の使用によって疲弊する使奴細胞も、たった一本の針を撃ち出す程度であれば変化は無いに等しい。

 

「お前らは悪人だ。悪人が救われようとするな。何かを成し遂げようとするな。世界の片隅でひっそりと、誰にも知られず死んでいけ」

 

 バリアが展開する防壁の裏で、ハザクラは必死に叫ぶ。

 

「俺は奴らとは違う!! 俺は誘拐されて、無理矢理使奴研究に組み込まれていたんだ!! 貴方達と同じ被害者だ!!」

「被害者? よしてよ。お前は僕達と違う。お前も結局は中身の腐った人間だ」

「違う!! 俺は貴方達を利用しようなんて微塵にも――――」

「一緒なんだよ」

 

 メンキが勢いよく足を踏み鳴らすと、その音が無数に複製されて家屋を吹き飛ばす衝撃波となって吹き荒ぶ。

 

「お前らに植え付けられた知識で、研究所を出てからこの目で、何千何万という人間を見てきた。どいつもこいつも救いようの無いゴミクズばっかりだ。お前らの本質はゴミクズなんだよ」

「俺を信じろとは言わな――――」

「もしお前が仮にゴミクズじゃ無いなら、自分に価値があるって言うなら、これまで生まれてきた、そして今生きているウン千億のゴミクズの責任をとって今ここで死ね」

 

 虚構拡張による複製の異能の条件緩和は、取れる対象の拡大。物体の他、自身の肉体も複製することができる。メンキがふらりと身を揺らすと、複製によって体が左右に分裂した。

 

「今更いい子ヅラすんなよ」

「善人ぶるなよ」

 

 2人が4人に。4人が8人に。8人が16人に。

 

「お前らはずっと悪い子でいろよ」

「僕らを支配して玩具にして使い捨てる最低野郎でいろよ」

「ゴミクズのままでいろよ」

「どうせ許されることなんてないんだから」

 

 円を描くように増殖し囲まれ、四方八方から恨み言が投げつけられる。

 

「お前は悪い子なんだから」

「反省なんかすんな」

「罪を背負えよ」

「更生すんなよ」

「最悪野郎のまま死ねよ」

「間違ったまま死ねよ」

「クズのまま死ねよ」

「勝手に救われるなよ」

 

 ハザクラの思考が塗り潰される。ユラユラの詰問によって返答が強制され、頭の中が懺悔(ざんげ)と否定で埋め尽くされていく。

 

「ち、違う……俺は……」

 

「違くないだろ」

「お前も人間だろ」

「使奴じゃない」

「そっち側のくせに」

 

「本当に、幸せになってほしくて……」

 

「勝手に願うな」

「お前らが悪い」

「清算するな」

「幸せを願う権利なんかない」

「救いを強要するなよ」

 

「罪は、必ず償……」

 

「無理無理」

「絶対許さない」

「償うな。償った気になるな」

「酷い奴は酷い奴のままでいろ」

「反省なんかさせない」

「苦しみを手放すことなんか許さない」

 

「そんな、つもりじゃ……」

 

 ハザクラの頭の中に、詰問の異能で強制された思考が自己嫌悪のように突き刺さる。

 

 お前は本当に使奴の幸せを願っているのか? それはフラムの願いだろ、お前のじゃない。

 

 思想の押し付けがどうのこうの言っておいて、勝手な奴だ。見ろ、使奴は押し付けだって言ってるぞ。

 

 本当に使奴のことを思っていたのなら、何でこういう使奴もいるって考えなかったんだ? 助ければ誰もが自分に感謝をするとでも?

 

 助けたいんじゃなくて、助けてる自分が好きなだけじゃないのか?

 

 

 

 

 そうは思わない。

 

 

 

 

「……ラデック」

 

 嘗て、ピガット遺跡でトールと戦った時の、ラデックの言葉を思い出す。

 

 ラデックは、自分の為に怒ってくれた。戦ってくれた。あの日の言葉が、姿が、詰問の幻聴の前に立ち塞がった。

 

 ハザクラは逃げなかった。貴方に幾ら罵倒されても、不可抗力の事実を咎められても、ハザクラは貴方の言葉を全て飲み込み、己の痛みと、現実と向き合った。

 

 俺の仲間が傷つけられ、尊厳を踏み(にじ)られた。俺はこれを許せない。

 

 

 

 

 ハザクラが顔を上げる。バリアが心配そうにこちらに意識を向けている。自分より高性能な、第3世代の使奴に囲まれながらも。

 

 ラプーがこちらを見ている。問えば、きっと慰めてくれるだろう。

 

「十分だ」

 

 ハザクラは微笑みで、先に励ましに答える。

 

「そうだ。俺は前に進まなくちゃならない」

 

 気力を取り戻したハザクラに、メンキが訝しげに問う。

 

「勝手に立ち直るのか? 人のことを傷つけておいて。やっぱり悪い奴だ」

「すまない」

 

 ハザクラは新たに自己暗示をかける。

 

『もう貴方の言葉に耳は貸せない。意地でも救う。救われてもらう。俺は、俺の我儘を通すよ』

「……やっぱ最低野郎だ。いいじゃん。そのまま死んで」

 

 メンキの群れが一斉に波導を練り始める。自己増殖による魔力の複製。魔法の使用による使奴細胞の疲弊を、実質に無効化した。

 

「バリア先生! 俺の防壁に異能を――――」

「その必要はないよ」

 

 ハザクラの声に被せて、バリアが一歩前に出る。その瞬間、バリア以外の全てが動きを止めた。

 

「お疲れ様、ハザクラ。よく負けなかったね」

 

 そう告げると、バリアはメンキ達の方に向き直る。

 

「メンキの言うことも全くの暴論じゃない。誰かに酷い目に遭わされたら、そっちを丸ごと敵にして恨みたくもなる。況してや、使奴の敵なんて大体もう死んじゃってるだろうしね。振り上げた拳を下ろす先がないことは分かるよ」

 

 バリアの異能は物体対象の不羈(ふき)の異能。硬化された物体は重力や慣性など凡ゆる圧力を無視して、恰も完全な破壊耐性を有しているかのように振る舞う。何にも縛られない不羈奔放(ふきほんぽう)の異能。

 

「ただ、その先を私の仲間に向けないで。今回はハザクラの勉強のために傍観してあげたけど……」

 

 そして虚構拡張による不羈(ふき)の条件緩和は、硬化の度合い調整。完全固定化か完全解除かのゼロイチでしか発動できない異能に、物理影響の受けやすさという無段階の調整を加える。

 

「私は今、とっても怒ってる」

 

 空気中の水分を固定させることで、不可視の檻、時間を停止させたような光景を作り出した。だが、その水分は完全な固定ではなく、数万トンの力ならば僅かに動く程度の“緩み”がある。

 

「次やったら、こうだよ」

 

 バリアがメンキの腹部に拳を押し付ける。異能を100%発動させた状態のバリアは、90%固定化させた水分を軽々押し除ける。見えざる檻を無理やり変形させられ、メンキの腹部は拳の跡をくっきりと残す。

 

「私達使奴って粉微塵になっても意識はあるんだって。このままぎゅーっと潰したら、多分すっごく苦しいだろうね」

 

 拳をゆっくり押し付けると、メンキの使奴らしい真っ白な顔面が一瞬で赤く染まる。腹部で押し出された血液が、皮膚を突き破ることすらできずに表皮の下を逃げ回っている。

 

「早く虚構拡張を解かないと、次はユラユラにも同じことをするよ」

 

 そう言ってバリアがユラユラの方を一瞥すると、虚構拡張は一瞬で消え去り元のモニター室へと戻った。

 

「げぽっ……がはっ……」

 

 異能が解除されたメンキが膝を突くと、ユラユラが心配そうに駆け寄ってくる。

 

「メンキ……大丈夫……?」

「ごぽっ……へ、平気……」

 

 メンキが恨むようにバリアを睨み上げる。バリアは静かに溜息をついて吐き捨てる。

 

「やっぱり。酷い目に遭わされたのは、メンキじゃなくてユラユラの方なんだね。自分が当事者じゃないから恨み方が歪んでる」

「だったら何?」

「別に。こっちに迷惑が掛からなければ文句言うつもりはないよ。ただ……」

 

 バリアは少しだけ言い淀む。

 

「何されたのかは知らないけど、本気で復讐したいなら、いい専門家を紹介してあげようか? 見当はずれな逆恨みで苦しむよりマシだと思うよ」

 

 メンキは血反吐を唾のように吐き捨て、ユラユラを連れてモニター室を出て行った。

 

「先生……」

 

 ハザクラに声をかけられると、バリアは肩をポンと叩いた。

 

「善とは何か。なんてこと、考えなくていいよ。真理じゃ人は救えない」

「……はい」

 

 バガラスタが声を発する。

 

「まだ終わっていないぞ」

 

 立ち尽くしたままの彼は、自分から何かをしようとはしていない。本当にただの忠告として、ハザクラに声をかけた。

 

「私が従えていた数百人の使奴。何も、メンキやユラユラだけが特殊なわけじゃない。少なくとも数十人は、君を支持しないだろう。奴らをどう止める?」

 

 ハザクラは真っ直ぐにバガラスタの方を見つめる。

 

「分からない」

「……分からない?」

「きちんと話をしたいとは思う。だが、向こうはそれを望まないだろう。ただ、それでいいとさえ思っている」

「ならば、お前の理想の国は滅ぼれるぞ」

「それは困る。そうなるなら、今回のように敵対し、取り締まるだけだ。話し合えば理解し合えるなんて、微塵にも思ってはいない。そうあればいいと思っていることに間違いはないが」

「敵対? 数十人の使奴と? 死にたいと言うことか?」

「ああ、今日このあとすぐの話か? それについては問題ない」

 

 ハザクラが目配せをすると、ニコニコ笑顔で突っ立っていたハピネスが楽しそうに答える。

 

「準備ならとっくにできてる……と言うか、待たせすぎてクレームがきてるよ」

「そうか。じゃあ、早速頼む」

「いいだろう。ゲフンゲフン、さーて! 現場のピンクリークさーん?」

 

〜愛と正義の平和支援会 地下闘技場〜

 

「ハピネスこの野郎テメェ後で絶対ぶん殴るからな!!」

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