A出版勤務のI・Jさんは、当時の出来事をこう語った。
「最初は幻覚魔法でも喰らってんのかと思ったよ。私はそん時国会議事堂の4階にいてさ、ホールの吹き抜けから下を覗いてたんだよ。そしたら、2階の廊下を全裸の大女が顰めっ面で走り抜けてったんだよ。しかも私以外の奴はだーれも気にしない。私以外見えてないって感じだった。たまーにあるんだよな。観測の異能が変なモノ拾っちまうこと。ケッタイなモン見ちまったなーと思ってその日は帰って寝たんだけどよ。次の日になったらまだいるんだよ。あの全裸の大女。何だか気分が悪くなってきたから会議はパスしてその辺散歩してたらよ、急に呼び出し喰らって、大至急平和な国に行ってこいって……。ありゃきっと疫病神の類だな。触らぬものにも祟りがあるなんて聞いてねーよ」
時は数日前、セレスタ誘拐直後まで遡る。
〜愛と正義の平和支援会 地下闘技場 封鎖された選手控室 (ラルバ、ハピネス、カガチサイド)〜
「さぁて!! 役者は揃った!! 愉快で楽しい国家侵略、はーじまーるよー!! 拍手!!」
「いぇーい!! 先導の審神者様かっこいー!! ヒュー!!」
ノリノリで踊るハピネスに、拍手で讃えるラルバ。部屋の隅で動かないカガチ。それらを、呼び出された彼女らは渋い顔で見つめている。
サルファドット私軍総帥、クラウン・サルファドット。百機夜構総長、ピンクリーク。太陽蜘蛛所属、ヴァナヘイド。太陽蜘蛛所属、タルパグラコ。太陽蜘蛛所属、ヌフレ。
誰一人として乗り気ではないが、ハピネスは構わずにクラウンを指差す。
「まず総帥!! 君は〜、取り敢えず待機で。準備ができたら暴れていいよ!」
「はい」
「次に太陽蜘蛛の2人! 君らも取り敢えず待機。赤ん坊はいらないからボブラにでも預けてきな」
「カス」
「嫌な予感〜」
ラルバが少し不満そうに手を挙げる。
「審神者様〜。ラルバちゃん何かお仕事ないの〜?」
「手配書でっち上げて刷っておいて。30人分くらい」
「うわ地味」
「偽造できたら、バガラスタが私らの手配書ばら撒く時に一緒に張り出されるように紛れ込ませておいて」
「ひとりで!? 大変〜! めんどくさ〜い!」
ラルバは子供のように喚き散らかしながらも、ハピネスのメモ書きを受け取って部屋を出て行った。
「最後に総長!!」
ハピネスはビシッとピンクリークを指差す。
「君には大役を命じる!!」
「はぁ」
「ダクラシフ商工会までおつかい!! 全裸で!!」
そう満面の笑みで告げると、ピンクリークは唇を鼻に近づけて睨み上げる。
「……シスターから、ムカついたら殴っていいって言われてんだが」
「あれ? 詳しく言った方がいい? いいならいいけど」
ピンクリークは数秒周囲を
「っはぁ〜〜〜〜!! くそっ!!」
そして、八つ当たりと言わんばかりにハピネスの脳天に拳骨を喰らわせた。
「ンぃっ」
「お前に隠し事するくらいなら自分で言う」
百機夜構総長、ピンクリーク。異能、“覗き見”。
己の分身のような思念体を生み出し操作する、生産系の異能。ただしハピネスの覗き見とは違い、物体への干渉が可能。そのため空を飛んだり物体をすり抜けたりはできないが、本体と合わせて常に2対1の戦況を作ることができ、ダメージを受けない肉壁としても活用ができる。大昔には“
「分かりやすく言うなら、目に見えない分身を操る能力だ」
ピンクリークの目の前にあったコップが1人でに浮かび上がり、そのままクラウンの方に運ばれていく。クラウンが恐る恐るコップを受け取ると、今度は隣にあった菓子が浮かんでピンクリークの口に吸い込まれて行った。
ハピネスはうつ伏せに倒れたまま楽しそうに笑う。
「うけけけけけ。下手に通信魔法やら電波やら使ったら、バガラスタの従えてる使奴に傍受されちゃうからね。やっぱ口伝が1番! ダクラシフ商工会までひとっ走り頼むよ〜」
「……想像すりゃわかると思うが、1人で2人の体を操るっつーのは結構シンドイ。況してやオレのはハピネスの覗き見と違って物に触れちまうからな」
「え? 断るの? 私の頼みを? 先導の審神者様の勅命を?」
「面白そうなことなら聞いてやってもいいが、これはシンプルにクソ疲れるからな。そこまでしてやる義理はねーよ」
「……この異能のこと、ティスタウィンクに言っちゃおうかな〜。きっと喜ぶだろうな〜こんな便利な異能」
「このっ…………!! くそっ……………………!! ボケっ…………!!」
ピンクリークが全身の毛を逆立ててわなわなと震える。
「……………… こんな異能の使い方滅多にしねーから、どっかフラフラ歩いてくってなら
ピンクリークは菓子を飲み下し、鋭い目つきでクラウンとヴァナヘイドの2人を睨みつけた。
「っつーワケで、お前ら今から出番来るまでオレの世話係な。取り敢えず、世界ギルドのスパイ2人は買い出し。クラウンは肩を揉め」
「げっ」
「カス」
「取り敢えず……?」
作戦決行から1日目。
「ねーまだ?」
「まだだっつってんだろ!! ダクラシフ商工会まで何キロあると思ってんだ!!」
「私ならひとっ飛びなのに……」
「じゃあお前行け!!」
「私が行っても意味ないよ」
暇そうにソファに凭れ掛かるハピネスに、巨大なビーズクッションに寝転がるピンクリークが罵声を飛ばす。その足をクラウンがマッサージをしつつ、タルパグラコが肩を揉んでいる。
「おいマッサージ! 弱くなってんぞ! 気合い入れて揉めよ!」
「ひぃっ……ひぃっ……」
「疲れた〜! ヴァナヘイド代わって〜!」
「うんち」
「あーまた渋滞ハマった!! 今日の会会陸橋バカ混みじゃねーか!?」
「世間は4連休だからね」
「クソっ!!」
「ひぃっ……ひぃっ……」
「指痛いよ〜」
作戦決行から2日目。
「ねーまだー!?」
「うるせーまだだよ!! 何で
「どっかのバカが金をばら撒いたからだね」
「死ねっ!! この人混みの中誰にもぶつからずに歩けるワケねーだろ!! クラウン!! 炒飯おかわり!!」
「タルパグラコ! 炒飯のおかわりだって!」
「また買いに行くの!? 一回で全部言ってよ〜!」
「じゃああなた食べさせる係代わって!!」
「てか次ヴァナヘイド行ってよ!!」
「ゲボキショ〜」
作戦決行から3日目。
「ティスタウィンクがいねぇ!! アイツどこ行った!?」
「分かってると思うけど、その辺の人に聞かないでね。どっから使奴連中にバレるか分かんないよ」
「ヘレンケルもいねーし!! ザルバスもいねーし!! あー人が多い!!」
「早くしてね〜」
「あーうるせー!!」
作戦決行から4日目。
「――――って感じでティスタウィンクに伝えて」
「……戦力が薄くなるからブレイドモアは残せとさ」
「別にいいけど、本人来たがるんじゃない? 止めてみなって伝えてよ」
「…………交渉決裂だとさ。あ、こいつ目ぇ閉じやがった」
「分身から声出せないの? 気合いでさ」
「魔法と声は仕組み的に無理。分身で会話すんなら筆談じゃねーと。それか背中に文字でも書いてみるか?」
「いいや。ヘレンケルの方当たって」
「うおっ、離れた瞬間起きやがった。……条件変えるって」
「こいつ本当に勘だけはいいな……」
作戦決行から5日目。
「まあ、こんなもんかな? うん! おっけー!」
ハピネスが満足そうに手を打つと、寝転がっていたピンクリークは勢いよく飛び起きて大きく伸びをした。
「っ〜だああああああ!! 疲れた!! もう2度とやんねーぞ!!」
「まだ終わってないよ。このまま待機で」
「あぁ!? 殺すぞ!!」
「イゥッ」
ピンクリークはハピネスの腹部に蹴りを入れる。クラウンとタルパグラコは互いに顔を見合わせ、力無く床に倒れ込んだ。
「っは〜終わった〜……」
「温泉行きたい温泉温泉温泉〜っ!!」
5日間ピンクリークの世話で扱き使われていた2人は、深い溜息と共に目を閉じた。しかし、気絶していたハピネスがぬるりと立ち上がり、薄気味悪い笑い声を上げる。
「うけけけけけ。なぁに終わった気でいるんだい。漸くここがスタートラインだよ」
それから、今にも眠りそうになっているクラウンの髪を掴み激しく揺さぶる。
「おい総帥。出番だぞ」
「少し寝させて……」
目を閉じかけているクラウンに台本を押し付ける。
「国民総出の大喧嘩祭を企画した。音頭はお前が取れ」
「大喧嘩祭……?」
「国民を焚きつけ先導し、喧嘩の面白さを思い出させてやるんだ。平和な暴動で、王宮の警備を削ぎ落としてしまえ」
「……いいじゃん……!」
クラウンの眠そうな目に炎が灯り、奪い取るように台本を受け取る。
「さて、グラタンコロッケ」
「タルパグラコです」
「お前は“バイトの送迎”だ。ヴァナヘイドはラルバの手伝い」
「寝させて〜……」
「あほあほあほ〜」
「くっくっくっく……。私はラルバみたいに強欲じゃないからね。獲物は分け合わないと」
そして話は現在に戻る。ハピネスの策略により、愛と正義の平和支援会は空前絶後のお祭り騒ぎとなった。ラルバの偽造手配書に、クラウン総帥の煽動。ハザクラによる使奴軍にかけられた無理往生の解除によって、バガラスタ政権は打ち倒された。
しかし、それでも抗い続ける使奴達がいた。複製の異能者メンキ、詰問の異能者ユラユラの他にも、ハザクラやイチルギ達復興派を快く思わない使奴達は、再び手に入れた自由でハザクラ達に刃を向けていた。
バガラスタ王宮のモニター室から、ハピネスが虚空に向かって呼びかける。
「さーて、現場のピンクリークさーん?」
「おうハピネスこのメクラ野郎!! テメェ後で絶対ぶん殴るからな!!」
ピンクリークが青筋を立てて怒鳴り散らす。覗き見の異能でハピネス達に追従していた彼女は、爆発した怒りに我を忘れて激昂する。
「うるさっ! ピンクリークさん静かにしてよ!」
「あぁ!? これが静かにしていられるか!!」
怒りに我を忘れかけているピンクリークに、太陽蜘蛛タルパグラコが苦言を呈する。
2人がいるのは、愛と正義の平和支援会。上空1000m。タルパグラコが操る、ヘリコプターの中。
「指示まだ〜?」
「うっせー待ってろ!! ええと……あークソ読み方がわからねぇ!!」
ハピネスがピンクリークに命じたのは、制圧したモニター室から使奴のバガラスタが従えていた使奴の位置を把握し、タルパグラコに教える伝達役。ハザクラの命令解除後に訪れるであろう使奴の叛逆を予期して、バガラスタが使奴に仕込んでいる電波航法システムを利用し位置を特定するというもの。
「北がこっちか……? ってーと……つかこれどの使奴が敵かわからねーじゃねーか!!」
「まだ〜?」
「うーるせー!! 静かにしてろ!! 取り敢えずあっちだあっち!!」
「あっちじゃなくて方角で言ってよ〜」
「あっちっつったらあっちだよ!!」
〜愛と正義の平和支援会 南河地方 バガラスタ王宮 虚構拡張内部 (ハザクラ、バリア、ハピネス、ラプーサイド)〜
「じゃあ地図は出してあげたから、総長後よろしくね」
ハピネスがコントロールパネルから手を離すと、ハザクラが不安そうに尋ねる。
「タルパグラコがピンクリークといるのか……? よく言うことを聞いてくれたな……」
「ふふん。交渉事で私の右に出る人間はいないよ」
「だが……彼らじゃ力不足じゃないか? 敵対してる使奴は数十は下らない。ハピネスは使奴にも詳しくないんだろう?」
「安心したまえ。何と言ったって、そこは私の考えた策じゃないからな」
「じゃあ、誰が? ラルバか?」
「いいや」
ハピネスはしたり顔で笑う。
「ダクラシフ商工会さ」
「……なぜここで、ダクラシフ商工会の名前が?」
「奴らが私らにしようとしたことを、そのまま返してやるんだよ」
〜愛と正義の平和支援会 上空1000m ヘリコプター内部〜
「んうぅ……うるさい……」
ピンクリークの座っている席の隣で、アイマスクをした人物が苦しそうに身を捩る。
「いい加減起きとけよ。お前に全部かかってるらしいからよ」
「うぅぅ……気持ち悪い……吐きそう……」
「ゼッテー吐くなよ。吐いたら出したモン全部口に戻してやるからな」
「うぅぅぅ……」
ダクラシフ商工会国刀、“