〜愛と正義の平和支援会 南河地方 銭湯"
「でゃぁあぁあぁあぁぁ〜……」
ジェットバスで奇声を紡ぐハピネスの元へ、仏頂面のイチルギがやってくる。
「おぉ〜……? 話なら後にしてぇぇぇえぇえぇぇ〜……」
「何分やってんのよ。体痛めるわよ」
「無限に居られるるるるるるるる……」
「はぁ……」
案の定背中の痛みで動けなくなったハピネスを、イチルギが救出して屋外の寝湯に連れて行く。
「だから言ったじゃないの。ただでさえアンタ筋肉ないんだから」
「死ぬ……死ぬ……」
ふと顔を上げると、露天風呂に設置されているテレビからタイムリーなニュースが流れてくる。
「クラウン総帥により、バガラスタ王権に終止符が打たれました。これは国王の交代という意味ではなく、実際の王権停止であるとして、今後愛と正義の平和支援会は王政から軍事政権へと切り替わるのではないかとの懸念が――――」
画面の中ではバガラスタ王宮前のライブ映像が流れており、一般人、警察、王立治安維持機動隊が入り乱れて殴り合う姿が放送される。老若男女関係なく、子供から老人まで、その拳を血に染めている。
しかし、それを不安がる者は誰もいない。まるでスポーツに興じるかのように、心の底からの笑顔を浮かべて雄叫びを上げている。湯船に浸かる人達も、どこか懐かしそうに穏やかな顔でニュースを見届けている。
「……バガラスタはどうしたの?」
「ハザクラ君が塩胡椒して食べたよ」
「録音機は?」
「七味マヨで食べたよ」
「敵対した使奴は?」
「ピガット遺跡に棄てた」
「そう」
イチルギは寝湯から空を見上げて深く深呼吸をする。
「……また謝りに行かなきゃ。ハザクラと……バリアとデクス、あとナハルを借りるわね」
そう言って上体を起こしたイチルギに、ハピネスが灰色の瞳だけを向ける。
「もう行くのかい?」
ハピネスは続けて言う。
「お楽しみはまだまだこれからなのに」
イチルギは振り返らず答える。
「だからよ。アンタらの悪趣味の場にいたら仲間だと思われるじゃない」
「それは残念。ソウルメイトだと思っていたのに」
ハピネスは大欠伸をして、
「さて。頑張りたまえよ、ラデック君」
〜愛と正義の平和支援会 北海地方 サルファドット私軍北海駐屯地 (ラデックサイド)〜
「ようし、頑張るぞ」
「何を?」
駐屯地から少し離れた茂みの中で、ビットは不安そうに尋ねる。
2人がいるのは、街から車で5時間ほど離れた草原のど真ん中。送電線だけが疎に立ち並ぶ先に建設されたサルファドット私軍の駐屯地。金網で区切られた先の広大なアスファルトの敷地には、無機質な白塗りの建物がコピーアンドペーストされたかのように並び立っている。
「ラルバから潜入を命じられている。ビットは来なくてもいいぞ」
「オレ監視役って言ったよね……。お前が変なことしたらイチルギさんにすっげー怒られるんだけど」
「ラルバの方見張ってればいいのに」
「撒かれたよ」
「あ、そう」
ビットは金網の方に目を向ける。駐留している軍人は1人。しかし金網の上には見える範囲でも4台の監視カメラに、雷魔法を帯びた柵。建物の窓には頻繁に人影が見える。
「あそこ抜けんのはムズいんじゃない……? 大人しく見学とか行って入ったほうが――――」
そう言いながら隣を見る。そこにラデックの姿はなく、地面に空いたペットボトルが入る程度の穴に、やたらと細く伸びた人間の足にようなものが吸い込まれていくのが見えた。
「………………えっ!? マジ!? 嘘でしょ!?」
穴からは微かに「先行ってるぞ」とラデックの声が聞こえた。
〜愛と正義の平和支援会 北海地方 サルファドット私軍北海駐屯地 地下一階 魔道具保管庫〜
無人の魔道具保管庫の壁に罅が入る。それから暫くペキペキと静かに亀裂を広げ、やがてぽっかりと穴を開けて肌色の物体がにゅるりと這い出てくる。
「よっこいせ」
床に流れ落ちた肌色の物体は風船を膨らますように大きくなり、すぐに萎んでラデックの形になった。
「うう……首が痛い。できる限り骨の数は変えないほうがいいな……」
ラデックは全裸のまま何度も首を回し違和感に顔を
ラルバがくすねてきたサルファドット私軍の制服に袖を通すと、ラデックはバルコス艦隊での潜入を思い出して苦い顔をした。
「ここでも軍人ごっこをしなくちゃいけないのか……。まあ、あの時よりはマシか」
軍帽を被り、何食わぬ顔で部屋を出る。幸い廊下は無人だったが、登り階段の先からは軍人たちの談笑する声が響いてくる。
「うーん、バレそう。……ま、いいか」
ラデックはそのまま階段を上がっていく。すると、階段を登りきった先の窓際にいた3人の軍人と出会した。
「あ、お疲れ様でーす」
「お疲れ様ですー」
「どうもー」
「お疲れ様です」
当たり前のように挨拶を交わし2階への階段を登る。背後から、軍人たちのお喋りの続きが聞こえる。
「――――でさー、やっと申請通ったからマジ楽しみなんだよねー」
「へー、いいなー。……ところで、さっきの誰?」
「え、知らない。南の人じゃない?」
「いつ来たんだろ」
「てか南ならこっち来なくない? 今アッチ大事件でしょ?」
3人が同時に階段の方を見る。と、その時。
「すんませーん! ちょっといいですかー!?」
「あ、ビット君だ」
小走りで駆けて来たビットに、3人は軽く手を振る。
「ビットちゃんお久ー。ごめん今日偉い人いないんだよ」
「今日は別件ス! ところで、この辺で間抜けな真顔の男を見ませんでした?」
「あー、うん。さっき上行ったよ。あれ誰? ビット君の友達?」
「ちょいと複雑な関係! あんま聞かないで下さい!」
「うわ。この話は全部無かったってことで」
「あざす!」
階段を駆け上がり、3階の廊下でラデックに追いつく。
「ん、早かったな」
「お前めちゃめちゃバレてるじゃないかよ! 下の3人フッツーに怪しんでたぞ!」
「いいじゃないか。バレなかったんだから」
「オレが誤魔化したの!」
「そうか、ありがとう」
「なんっ……!! もうっ……!! ああっ!!」
ビットは頭を抱えて苦しむが、ラデックは特に気にせず先へ進んで行ってしまう。
「ちょいちょいちょい! 変にウロつくとまたバレるぞ!」
「その時は頼んだ」
「おまっ……!」
「ところで、ビットはどうやって入ったんだ?」
「オレは普通に正面から入ったよ。軍にはキャンディ・ボックスの用事でたまに来るし、許可証もあるし」
「そうか。
「西棟の1階。こっちじゃないよ。……地図は見ろよ!」
「地図もらってない。……いやちょっと待て。ごめんもらってた」
「あーもう!」
建物内を歩きながら、ビットは沸騰しかけた頭を冷やすために別の話題をふる。
「で、何の用事で来たんだよ。ラルバさんの命令ってことは碌なことじゃないんだろうけど」
「ムカラマツ副総帥という男の調査だそうだ。ラルバの予想ではここに来ているらしい」
「ムカラマツ? あの人なら本部にいるんじゃない? てか何でムカラマツに? あの人ただの真面目な軍人さんだよ?」
「俺も詳しくは知らないが……。まあ、当初の目的と地続きのことだろう」
「当初の目的って、バガラスタの処刑でしょ? 悪党じゃなかったからやめたとか言ってなかったっけ?」
「バガラスタはオマケだったってことだろうな」
「よし、ビット。何か手掛かりがないか一緒に探してくれ」
「手掛かりって……何?」
「分からない」
「お前行き当たりばったりで行動しすぎじゃない?」
「そうかもしれない」
2人は部屋を物色し続けるが、何のヒントもなく何を探しているのかも分からないので、当然何も見つからない。
「ラデックー。オレ
「大丈夫だ。俺も初めて来た」
「知ってる」
「ところで、
「偉い人専用の応接室みたいなとこ。ムカラマツ副総帥が軍に来るなら、ここに来てるだろうってラルバさんの読みじゃないの?」
「へー」
「お前1人で来てたらどうするつもりだったの?」
「分からない」
「オレ何だかラルバさんが気の毒に思えて来たよ」
それから暫く捜索を続けるが、やがて探し疲れてビットはソファに寝転んだ。
「あーもうやーめた! はーソファふかふか……。ちょっとぐらい寝てもいいかな……」
「俺も疲れた。棚のお菓子少しもらおう」
「減るものはやめようよ」
ラデックはチョコレートの入った缶を手に取り、中から数粒取り出して口に放り込む。
「うまい! ビットも食べてみろ! このチョコすごく美味いぞ! なんか高級な味がする!」
「やめろつったのに。オレはいいよ」
「すごく美味い……。どこで買えるんだこれ……? えーと……」
「お前暢気だなぁ」
「あ! 見ろビット! 蓋の裏にゾウラの伝言が書いてある!」
「お前仲間に何だと思われてんの?」
チョコレートの蓋の裏には、ゾウラの字で暗号が記されていた。
「そうだ、ゾウラも今潜入中だったな。こっちにまで来ていたのか」
「ゾウラって子、頭良いんだね〜……。これ何て書いてあるの?」
「分からない」
「ダメじゃん」
「持って帰ってラルバに見せよう」
触ったものを元通り直しているラデックに、ビットがふと尋ねる。
「今回オレがいたから良かったけど、1人で来てたらどうするつもりだったんだ?」
「多分すごく寂しいだろうな」
「そうじゃなくて! 逮捕されてたよ絶対!」
「まあ、だろうな」
「だろうなって……。確かにラデックの異能なら軍人全員返り討ちにできるか」
ラデックは少しムッとして言い返す。
「流石にそんなことしないぞ。悪いのは俺の方なんだから、その時は大人しく捕まる」
「え、意外。てっきりめちゃめちゃ大暴れするのかと」
「俺のこと何だと思ってるんだ」
「殺人鬼のツレ?」
「ごめん、俺が悪かった」
ラデックはしょんぼりとして片付けを再開する。
ビットはさっきまで眺めていたチョコレート缶の蓋を置いて、小さな声で呟く。
「でも安心したよ。オレの中では、ラデックは昔のまんまだったから」
「俺そんな酷かったか?」
ゾウラの残した暗号は、カガチが教えた旧文明時代の音素文字。1文字が子音や母音のひとつに対応するため、読み方さえ分かれば現在の標準語の音も表すことができる。本来であれば、使奴研究所での教育課程でラデックも習っている字である。
「そりゃ酷かったよ! 今は――――まあ、ちょっと変くらいかな?」
「ちょっと変ではあるのか……」
暗号の内容は――――
「だから、悪いのはオレの方だ」
“ビットは敵”。