シドの国   作:×90

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328話 最初の殺人

〜愛と正義の平和支援会 北海地方 サルファドット私軍北海駐屯地 貴賓室(きひんしつ) (ラデックサイド)〜

 

「何か言ったか? ビット」

「ラデックさ」

 

 ビットは背を向けたまま問いかける。

 

「“ロクシー”のこと、覚えてる?」

 

 調度品を元の場所に戻していたラデックが、ピタリと動きを止める。

 

「……それを聞くってことは、知っているんだな」

「珍しく察しがいいな」

 

 ラデックは片付けを中断し、ソファに腰掛けてタバコに火を灯す。

 

「…………俺は、“ロクシー”と同じ場所に配属されたんだ」

 

 

 

 

〜第二使奴研究所〜

 

「よぉ“イッキュー”!! テメーもここか!!」

「……何だ、ロクシーと相部屋か」

 

 確か、15歳くらいの頃か。ビット……サンパチ達と過ごした保育施設から出た後、配属された先でロクシーと再会したんだ。あまり喋った事のない奴だったが、知り合いが全くいないよりはマシだった。

 

「なあ見てみイッキュー。これ良くね? ピアス!」

「……部品を盗んだのか? 監督に叱られるぞ」

「あーうっせー。お前ダサいな」

 

 ビットはどう思ってたか知らないが、俺にとっては好きな奴じゃなかった。すぐ人を馬鹿にするし、仕事はサボるし、よく手が出る奴だった。

 

「いい加減にしろロクシー。お前のせいで俺まで叱られるだろ」

「は? ウザ。知るかよ」

「…………はぁ」

 

 良いところもあるにはあった。機嫌がいい時は楽しく話せたし、何か分けてくれることもあった。だが機嫌が悪いと目が合うだけで叩かれた。良くも悪くも気分屋なんだ。

 

「おーいイッキュー! チョコいるかー?」

「お、ありがとう。うん、美味い。俺も買いに行こうかな」

「へへ、先週から入った売店のおっさん、トロいから取り放題だぜ」

「……盗んだのか?」

「食ったんだから共犯だろ。また一緒に叱られるか?」

「…………俺が後で払っておく。お前は謝りに行け」

「こんな掃き溜めで正義気取りかよ。キモっ」

 

 嘘も平気でつく。自分の不手際や罪を俺になすりつけることも多かった。研究所の監督者はロクシーの管理を嫌っていたのか、俺に世話役を押し付けるような配置が多かった。

 

「19号、64号、成績低下のため減給とする。また、貸し出し品の等級を一つ下げる」

「へーい」

「ちょっと待ってくれ先生。俺は真面目にやっている」

「口答えするようならペナルティを課すぞ」

「……分かった」

 

 あいつのせいで俺は友達が少なかった。いや、多分俺自身の社交性のなさもあるんだろうが、ロクシーの仲間って括りで扱われることが多かったように思える。俺から誰かに話しかけに行っても、会話は2往復もしないで終わってしまうことが殆どだった。

 

 そのうちまた部署が異動になった。そこでは管理番号19(イッキュー)が2人いたから、あの時から俺は担当している“ラデック(空調)”の名で呼ばれるようになった。

 

 ロクシーとは少しだけ離れることができた。仕事場が近かったせいで顔を合わさないわけじゃなかったんだが、奴と別々の作業に当たれるのはありがたかった。

 

「あ、ラデックさん!」

「” トラ(変圧)”か。仕事は慣れたか?」

「へへ、あんまし」

 

 それに、仲のいい女友達もできた。変圧器(トランス)担当の“トラ”は俺と部署が近くて、終業後もよく一緒に遊んだりしていた。愛想のいい子で、こんな俺にも笑顔で話してくれて、コロコロと表情を変える可愛い子だった。

 

「トラ。これから昼か?」

「そうなんです。一緒に行きましょう!」

「ああ。……今日はどっちを食べるか……」

「え、ラデックさんB配給食べるんですか? あれを!?」

「別にマズいってわけでは……。 あ、虫がダメなのか?」

「ダメダメダメダメ!! え〜っ! 住む世界が違う〜っ!」

「……君といる時はAにしておくよ」

 

 思えば、あの時が研究員時代で1番幸せだったかもしれない。

 

「いいか、1人で魔導路の中は覗くな。何か変だと思ったら俺を呼ぶんだ。サンシかニッパーでもいい。必ず誰かを呼べ」

「はい! ……でも、あれくらい平気ですよ? 落ちませんって!」

「落ちなくても蒸気を吸うと肺が溶けて死ぬぞ」

「え、えっ」

「嘘だ」

「えっ?」

「死なないが死ぬほど苦しい」

「えっ」

「そしてその内死ぬ」

「…………」

「だから、誰かを呼べ。な」

「はい……」

 

 トラはよく俺を頼りにしてくれた。ビットも知っていると思うが、俺は基本話しかけられないか都合よく利用されるかのどっちかだ。だから、好意的に頼られるのは嬉しかった。本当に。本当に嬉しかったんだ。

 

「おいラデック! わりーんだけどさ、このリスト監督に出しといてくんね?」

「む。……おいロクシー、これ数値めちゃくちゃだぞ――――」

「じゃ! よろしくな!」

「あ、おい! ……このまま出したら、怒られるのは俺だろうな……」

 

 俺は少しずつ仕事を覚えるように努めたが、ロクシーは相変わらずだった。何とか誤魔化して来たんだろうが、レベル2研究員の間でも悪評が立って問題になっていったんだ。

 

「ラデックさん、あのー……」

「すまない、用事があるんだ」

「あ、あ……あの、はい……」

「…………? 急ぎか?」

「あっ、えっと、いえ、大丈夫です! はい!」

「……そうか? じゃあ、また後で」

「はい! ………………また後で」

 

 ロクシーに押し付けられた仕事のせいで、トラと遊ぶ時間が削られていった。頭に来てはいたが、あんなのでも同じ保育所の仲間だ。仕方なく面倒を見ることにしていた。

 

「ロクシーの奴……こんなのよく出そうと思ったな。素直に忘れましたって言った方がまだマシだぞ……」

 

 放っておけば良かったんだ。それか、さっさと監督に告発すれば良かった。

 

「ふぅ。何とか終わった……。あれ、明かりがつけっぱなし…………トラか?」

 

 残業の後、仕事場の電気が点いているのに気が付いたんだ。昼間トラに声をかけられたのを思い出して、もしかしたら仕事を手伝って欲しかったのかもって思ったんだ。それで、今も残業してるんじゃないかって。

 

「トラ? いるのか?」

 

 扉には鍵がかかってた。でもおかしいんだ。あそこは非常口にもなってるから、鍵は締めちゃいけない決まりなんだ。

 

 何だか嫌な予感がしたんだ。俺の仕事場から点検口に潜って、天井伝いに部屋に入ったんだ。

 

 俺は、今でも後悔している。

 

「あれ? 鍵かけたのにな」

 

 部屋の奥で、ロクシーが、トラに覆い被さってたんだ。

 

「んー……っ!!! んーっ……!!!」

「へへ、何だよラデック。お前もヤるか?」

 

 俺があの時、トラの話を聞いてやっていれば。

 

「何すんだっ……!!! ラデック!!! おいっ――――」

 

 ロクシーのことなんか、無視していれば。

 

「やめっ――――、あっ」

 

 初めて、人の目の前で異能を使った。

 

「かぱっ」

 

 ロクシーを“丸めて”、魔導路の中に放り込んだ。ガラスの窓から、中に落ちたロクシーの顔がよく見えた。

 

 拷問に魔導路を使うって言うのは、どうやら映画の中だけの話じゃなかったらしい。胡桃(くるみ)みたいな体を必死に暴れさせて、泣き叫んで悶える奴の顔を今でも覚えている。

 

「……トラ、大丈夫か?」

 

 俺の手を、トラは握らなかった。

 

 ロクシーに向けられていた目が、俺に向けられていたんだ。

 

「……悪かった。怖がらせて、しまったな……」

 

 立ち去ろうとしたが、一度だけ振り返った。だが、トラは酷く怯えて後退(あとずさ)った。もう、戻れないと思ったんだ。

 

「すまなかった……」

 

 翌日、俺は魔導路の死体を異能で処理した後、ロクシーが魔導路の様子を見に行ったきり帰ってこないと嘘をついた。監督は俺の話を信じて、ロクシーは事故死ってことになった。

 

 あれから半年後にトラが異動するまで、トラは俺と目を合わせることはなかった。俺も、トラに話しかける勇気はなかった。彼女の笑顔を見ることもなかった。

 

 

 

〜愛と正義の平和支援会 北海地方 サルファドット私軍北海駐屯地 貴賓室 (ラデックサイド)〜

 

「てっきりロクシーの殺害はバレていないと思っていたが、ビットが知っているってことは、どこかに記録があったんだな」

 

 ビットは静かに頷く。

 

「……ホウゴウさんが持ってた使奴研究所の資料に、人員変動に関する項目があった。64-B(ロクシー)を、19-E(ラデック)が殺した疑いがあるって……。ロクシーは素行不良で効率を下げていたから、仮にラデックの仕業だったとしても不問にして、捜査は行われないって……」

「その記録は真実だ。ロクシーは俺が殺した」

 

 ラデックはタバコの吸い殻を仕舞って逆に問いかける。

 

「俺はどうしても奴を許せなかった。……仲間を殺した俺を、恨んでいるか?」

「いいや、別に」

 

 ビットは少しばつが悪そうに笑い、顔を見せまいとラデックの座るソファの後ろにまわる。

 

「オレもロクシーのことはあんま好きじゃなかったよ。アイツ乱暴だしな。正直誰かに恨まれて殺されるんじゃないかってのは予感してたよ。まさかラデックがやるとは思わなかったけどね」

「そうか……。あれ? でも、そうなら何故今ロクシーの話を?」

「んー、ロクシーを知ってる人間が他にいないと思ったからかな。聞いておきたかったんだよ」

 

 振り向こうとしたラデックの首に、ビットがナイフを突き刺す。

 

「お前を殺す前に」

 

 油断。からの反撃。ラデックは首を抑えつつビットに向け手を伸ばす。しかしビットはすぐに距離を取り、ステップを踏む直前に雷魔法でラデックの指先を焼き切った。

 

「がっ……!! な、何故……!! ビット!!」

「安心してよ。キャンディ・ボックスは無関係。敵対してたのはオレだけだよ」

 

 首のナイフを引き抜き、すぐさま傷口を改造し修復する。だが同時にビットの手から3本のナイフが放たれる。ラデックはしゃがんでこれを避けようとするが、透過魔法のかかっていた4本目のナイフが腹部に深く突き刺さる。

 

「うっ――――」

 

 痛みに怯むも、今度は筋力を最大まで強化し正面突破を図る。しかし、ビットから発せられた雷魔法が筋肉を硬直させバランスを崩し転倒する。倒れたラデックに電撃が浴びせられ、視界が極彩色と暗転を交互に見せる。

 

「がっ、がっ」

「生命改造の異能……。触れたら1発アウトって解釈で合ってるよな? でっかいドラゴンになれるなら、髪の毛伸ばしてタッチとかもできそうだよな」

 

 ビットの足元に描かれた魔法陣から背後に電撃が飛び、ラデックが伸ばしていた体毛を焦がして消し炭にする。

 

「触らなきゃいいだけなら何とかなりそう。それとも――――」

 

 ラデックが改造で前腕を伸ばす。常軌を逸した貫手を、ビットは涼しい顔で避けてから再び電撃を浴びせる。

 

「ぐあっ――――!!」

「オレと読み合いで勝負するか? ゲームなら負ける気しないな!」

 

 部屋中に魔法陣が浮かび上がり、ビットの波導に呼応して明滅を繰り返す。

 

「ビット……どうして……!!」

「どうしてって、仕事だからとしか言いようがないな」

「頼む……やめてくれ……!!」

 

 ラデックは指を組み、虚構拡張の予備動作に入る。

 

「お前を殺したくない!!」

 

 ラデックの組んだ指を、ビットが壁にかけられていた薙刀(なぎなた)で切り落とす。

 

「そういうセリフは強くなってから言うんだよ!」

 

 雷を纏った薙刀が、魔法陣から波導を吸い上げギラギラと輝く。

 

「使奴と一緒にいて強くなった気でいるのかも知れないけど、オレだってコハクさんたち使奴と修行して来たんだぜ!」

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