シドの国   作:×90

330 / 335
329話 ラデック対ビット

〜愛と正義の平和支援会 北海地方 サルファドット私軍北海駐屯地 (ラデックサイド)〜

 

 訓練で幾度となく聞いた警報が、サルファドット私軍北海駐屯地のスピーカーから放たれる。

 

「な、なんだぁっ!?」

「侵入者!?」

「静かに! 静かにっ!!」

 

 一瞬の混乱を挟み、北海駐屯地全域に向け指示放送がなされる。

 

「きっ、貴賓室にてっ!! キャンディ・ボックスのビットが戦闘中!! 繰り返す!! キャンディ・ボックスが戦闘中!!」

 

 冷静さを取り戻しかけていた軍人達から、一斉に血の気が引く。

 

「総員避難!! キャンディ・ボックスとの遭遇を避け、可能な限り扉を施錠しろ!!」

 

 駐屯地が蜂の巣を突いたような騒ぎに陥る。

 

「何だよビットのやつーっ!! ふざけんなよーっ!!」

「武器庫閉めたよね? 閉めたよね!? 閉めたよね!?」

「はいはい押さない駆け足戻らない〜。そこ! 戻るな!! 殺すぞ!!」

 

 キャンディ・ボックスは、笑顔の七人衆、元先導の審神者シュガルバ直属の部隊。これに危害を加えると言うことは、笑顔の国と敵対すること、延いては戦争の開始を意味する。だが、キャンディ・ボックスは皆自由主義で、この権力を盾に悪行を働きかねない。そこで、愛と正義の平和支援会にはこんな決まり事がある。

 

 “キャンディ・ボックスは笑顔による文明保安教会の指示なく戦闘に及んではならない。また、指示外の行動はいかなる場合においても戦闘には当たらない。“

 

 

 キャンディ・ボックスは勝手に権力を振り翳してはならず、もし暴れている構成員がいた場合は何をしてもお咎めなし。早い話が、普段は一般人と何ら変わらぬ権利しか持たない。という規則。これによってキャンディ・ボックスは笑顔の七人衆直属の部隊という称号を持ちつつも、特別優遇も差別もされず暮らしてこれた。

 

 故に、”キャンディ・ボックスが戦闘中”という文言は妄(みだ)りに使われはしない。この言葉が意味するのは――――

 

 “たとえ不可抗力であろうと、任務中のキャンディ・ボックスを邪魔する者は笑顔の国に対する反抗と看做す。”

 

 

 

「やめろビット!!」

「降参は受け付けてないぜ!」

 

 何とか貴賓室を抜け出したラデックに、ビットの雷魔法が襲いかかる。壁や窓に仕込まれていた魔法陣から電撃が迸(ほとばし)り、まるで生き物のように駆けていく。

 

「ぐっ……!!」

「反魔法は苦手か? 授業真面目に受けないからだよ!」

 

 雷魔法に水魔法を混ぜた複合魔法。光の速さを捨てた代わりに、電気を帯びた水溶液を操り高速で射出することで、高威力かつ持続的なダメージを低コストで放つことができる。

 

 魔法に疎いラデックには、これに水魔法が使われているという発想がない。故に、打ち消すための反魔法の式が思いつかない。

 

 感電による体の硬直を改造で無理やり解除し、

 

「改造の異能って便利だなー。普通防がれなきゃ死ぬ威力なんだけど」

 

 魔法陣の檻を嫌い、ラデックは窓ガラスを割って外に飛び出す。

 

「まあ外行くよね」

 

 飛び出した先は中庭。ラデックの着地とともに、足元のコンクリートに浮かび上がる魔法陣が赤褐色の光を放つ。

 

「ここにも――――っ!?」

「ほいさ」

 

 ビットがラデックの背中に札を貼り付ける。磁力を帯びた波導が全身に纏わりつき、魔法陣が描かれた床に引っ張られて倒れ込んでしまう。雷魔法の磁力による拘束と、持続的な放電。肉体が電流によって熱傷を帯びていく。

 

「改造の異能ってどこまで治せるんだ? 脳みそ焼いたら流石に無理だよな」

「ぐっ……!! がぁっ……!!!」

 

 渾身の力で磁力を脱そうと体を持ち上げるが、ビットが薙刀を振るい腕を切り落とす。だが、硬質化させていた腕は刃を受け止め、流れ出た血が蛇のように畝(うね)りビットに襲いかかる。

 

「うわっ! 欲張った!」

 

 一拍遅れて雷魔法で迎撃し、間一髪のところで血の蛇は消し炭になった。

 

「あーびっくりした。血もいけるのか……」

 

 その隙にラデックは磁力拘束を脱しビットと距離を取る。

 

「……ビット。交渉がしたい」

「オレはしたくないな。欲しいものも無いし」

「何がお前を縛っている?」

「強いて言えば、仕事?」

「脅されているのか? 俺達は絶対にキャンディ・ボックスに手出しはしないし、全員が豊かに暮らせるよう最善を尽くす! 絶対にお前達を不幸にはしない!」

「そりゃありがたい。是非守護霊かなんかになって守ってくれよ」

 

 会話の間に力を蓄えたビットが、中庭に仕込んだ魔法陣全てに魔力を注ぐ。

 

「ビット!!」

 

 ラデックの呼びかけも虚しく、四方から電撃が放たれる。

 

「もういっちょ!」

 

 再び全ての魔法陣が順番に起動され、雷の波状攻撃がラデックを焦がしていく。

 

 本来、魔法陣の罠など実戦では使用されない。不可視の魔法式をわざわざ可視化させて描くということは、それに対する反魔法の構築も容易ということであり、描かれたうちの主要記述部分を欠損すれば魔法陣はただの落書きになってしまう。大抵は不意打ちの1発を起動させたらお役御免になる代物。

 

 だが、ラデックは魔法学に対する知識が少ない。魔法式を見ても記述の意味は分からず、意味が分かっても反魔法の構築ができない。普段からジャハルやイチルギが授業をしてくれてはいたものの、勉強意欲の少ない彼の成長は著しく遅かった、

 

「ぐっ……!! くそっ……!!」

「肉体改造で逃げられると思うなよ! 電気信号で動いてることに変わりはないんだからさ!」

 

 今まで全ての戦闘力を異能頼りにしていたが、雷魔法との相性は最悪。改造した肉体がいくら強かろうと、神経から動きを止められたら成す術がない。

 

「くっ……うおおおおっ!!!」

 

 だがそれは、友を諦める理由にはならない。

 

「おおっ!?」

 

 精一杯の防御魔法。僅かな抵抗しか生まない防御壁を盾で電撃を逸らし、一瞬の隙をついて走り出す。

 

「いーねぇ! そういうゴリ押し、嫌いじゃないよ!」

 

 逃げた先の壁に設置されていた魔法陣が発光する。ラデックは今度は脆弱な低位の防御魔法を発動し、紙のように薄い防御壁を乱発した。

 

 魔法陣から発せられた電撃はより流れやすい防御壁に吸い寄せられ、同じ魔力でできた防御壁を伝って地面に流されていく。

 

 その瞬間、ラデックは大きく跳ね、そのまま建物の壁に体当たりをする。手が直接壁に触れ、コンクリートの壁はまるで液体のように軟化しラデックを飲み込んだ。

 

「あっ!? ウソぉ!?」

 

 ビットが慌てて壁に電撃を飛ばすが、導電性の低いコンクリートが電流を阻む。

 

 壁一枚を挟んで逃亡に成功したラデックは、続けて壁をすり抜け奥へ奥へと逃げていく。改造した後の壁は絵の具をかき混ぜたような斑模様を残し、埋め込まれていた電線や鉄筋が毛髪のように飛び出ている。

 

「ふうっ……ふうっ……ああ……すごく迷惑をかけてしまった……」

 

 倉庫に逃げ込んだラデックは、自分が通り抜けてきた壁の無惨で奇怪な有様を見て罪悪感を募らせる。

 

 それからすぐに息を整え、耳を澄ませる。近づいてきているであろうビットに気付かれぬように、そして先手を打つために。

 

 雷魔法を得意とするビットに勝つためには、虚構拡張による異能の条件緩和、体積の増加は必須。科学に疎(うと)いラデックにできる精一杯の対処法は、とにかく大量の触手を生やして接触を図る物量作戦。

 

 しかし、虚構拡張は発動者のいる空間を満たすような形で広がる場合が多い。外にいれば半径100m前後を境にし、部屋にいれば出入り口を境に、路地裏ならば始端と終端を境に、屋上にいれば屋上全体に半円を被せるように広がる。分かりやすくいうならば、発動者を中心にシャボン玉を膨らませたような形になると言える。この特性によって、ビットを部屋の中に招き入れなければならないという問題が発生する。

 

 だが例外がある。虚構拡張は異能の影響範囲を体外に開放し形成する。そして、これは本来物体によって阻害されることはない。あくまでも本人が遮蔽物があると認識しているために、境界線が虚構拡張の境となる。そのため、本人が境界線を意識しなければ、或いは認識しなければ、虚構拡張の範囲は障害物を無視して広がる。

 

 決して簡単ではないが、これがビットを視界の外から虚構拡張内に引き摺り込む唯一の方法である。

 

「……全員、避難してる……よな」

 

 ラデックは先程の避難騒ぎを思い返し、深く呼吸をする。

 

「勝つにはこれしか……ない……」

 

 指を組み合わせ、強く念じる。

 

「虚構……拡張――――」

 

 指を弾き、異能の支配領域を開放する。景色がタイルをひっくり返すようにして変化し、大量のスイッチがついたコックピットの内部の光景が現れる――――が。

 

「なんっ……うわっ!」

 

 一瞬の不快感が頭を揺らした後、何かに弾かれ虚構拡張が強制的に解除される。

 

「虚構拡張が……使えない……!? な、何で……!?」

 

 ラデックは慌てて倉庫を飛び出す。虚構拡張が使えない以上、隠れ続けることは不利である。穴を掘って逃げようにも、逃げた先に待ち伏せされたら成す術がない。

 

「まずい……まずいぞ……!」

 

 ビットは遥かにラデックよりも戦い慣れている。その上先程壁抜けを見せてしまった。ラデックの頭の中に浮かぶのは、自分より遥かに優れた幼馴染が、自分の愚策を易々と打ち破る姿。

 

 もうビットはすぐそこまで来ているだろう。遠ければ50m、今は10mか、或いはもうこの壁の向こうにいるかもしれない。

 

 だからこそ、敢えての悪手。こちらに向かってきているであろうビットを正面から迎え撃つ、相手の虚をついた逆走。だが、ラデックは知らない。敢えての悪手など、追い詰められた弱者が往々にして選んでしまう、決して珍しくない行為だと言うことを。

 

 そして、再び相見(あいまみ)える。

 

 その時ラデックが思い出したのは、いつだったかラルバが言っていた話。

 

 

 

「う〜ん……虚構拡張は異能の強化よりも、正直この結界の形成の方が目的だねぇ。これ電波も波導も通さないし、外からほぼ入れないし出られない。旧文明の武将だと、敵陣に単独突っ走ってて使う奴がいたな。そうすると虚構拡張形成時に外と中の境界線上にいた奴らが軒並み波導捻転《はどうねんてん》を発症して、一気に200人くらい殺せる。発想がイイよね」

 

 

 

 廊下の先に横たわるのは、膝より先が欠損し倒れ込むビットの姿。

 

「ビット……?」

 

 最初は恐怖から数歩だけ、そしてすぐに駆け寄る。

 

「は……はは……や、やるじゃん……」

 

 大急ぎでビットを起こし治療のため改造を施す。

 

「そんな……そんな……!! お前、どうしてこんな遠くに……!! 俺を追いかけてきてたんじゃなかったのか!?」

 

 ビットがいたのは、ラデックが逃げ込んだ部屋から100m近く離れた場所。中庭のすぐ隣の廊下。

 

 波導捻転は、体内を流れる魔力が異常な方向に流される波導性疾患。肉体の変化が乏しい病状に、ラデックは理解がない。改造によって多少の気力は取り戻すも、負の波導が絶えず体から放出され続ける。

 

「あー……任務失敗……。惜しかったなぁ……」

 

 ラデックは回復の手を止めることなく、絞り出すように告げる。

 

「……ビット、ずっと、ずっと気になっていたことがあるんだ」

 

 ビットの虚な目がラデックを見る。

 

「お前は……本当に、”サンパチ“か……?」

 

 思わぬ指摘に、驚いて目を見開く。

 

「お前の、お前の本当の名前は……サンパチじゃなくて……もしかして……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロクシー……?」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。