〜愛と正義の平和支援会 北海地方 サルファドット私軍北海駐屯地 (ラデックサイド)〜
ビットは虚な表情のまま笑みを作る。
「はは……どこで、わかった……? オレがロクシーだって……」
ラデックは倒れているビットの上半身を支えたまま、視線を地に這わせて答える。
「……キャ、キャンディ・ボックスは……保育施設で、研究員に向かないからと隔離された子供の集まりだと言っただろう……? だが、俺にはビットがそんな人間に思えないんだ……。リーダーの資質もあるし、魔法も戦略も上手いし、気も使えるし、……俺なんかよりよっぽど優秀だ」
「そりゃ……どうも」
「だから、俺が研究員になってるんだから、ビットがなれないはずないんだ。使奴研究所が適性を図り損ねてるとも思えない。……それに、ロクシーは、死んだあいつは……あんなに不出来じゃなかった」
ラデックが研究員時代に殺害した同僚のロクシー。彼は配属直後から、問題行動ばかりを起こしていた。
「俺とロクシーは関わりが少なかったが、少なくとも他の奴らはロクシーを慕っていたはずだ。部屋長にもなっていたし、他の奴らの口からもよく出る名前だったし、困ったことがあればロクシーを頼れって聞いていた……。だから、俺はロクシーと会った時期待したんだ。どんなにアイツが乱暴でも、実はすごい奴なんだって、いい奴なんだって思ってた。……だが、アイツは最期までアイツのままだった」
優秀だと聞いていたロクシー。研究員に向かないと隔離されたサンパチ。粗暴で能力の低かったロクシー。優秀で頼り甲斐のある
「変だと、変だと思ったんだ。何であんな奴が研究員になれたのか、何でビットがなれなかったのか……。でも、でも俺が殺した研究員のロクシーは、確かにロクシーの姿だった……。ビット、お前……もしかして……そういう異能者なんじゃないか……?」
ビットは低波導症による眠気を堪え、薄らと目を開ける。
「……ああ。オレ実は、”入れ替わり“の異能者なんだ」
シャロ達が隔離される前、偶然研究員の人らが話してるの聞いたんだ。
オレ、すっげー怖くなっちゃってさ。何とかしなきゃって。助けなきゃって。
その時、サンパチのことが頭に浮かんだんだ。アイツは暴力的で自己中でみんなに嫌われていて、隔離先でも絶対悪さをすると思った。だから、入れ替わるならサンパチだって思った。
入れ替わりは、生命対象の操作系の異能。交換の異能の一種だ。オレとオレ以外の誰かを対象に、2人の肉体の見た目を入れ替える。記憶や異能、人格はそのままに、肉体が変化して相手そっくりになるんだ。怪我も、遺伝子も、埋め込まれたチップも全く同じように作り出されて、まるで魂が入れ替わったように見える。
サンパチは大喜びで乗ってきたよ。アイツは将来の不安なんか微塵も感じてなくて、自分だけ助かることにこれっぽっちも罪悪感なんか覚えてなくて、オレはちょっぴり安心したんだ。それから申し訳なくなったよ。ラデックにサンパチの世話を任せることになるから。
きっと、サンパチは処分されると思った。研究員なんか真面目にできるはずない。でも、もし何かをきっかけに真人間になってくれたら、研究員として幸せになってくれたらって思った。それはきっとサンパチの無事を願ってたんじゃなくて、オレ自身の罪悪感を和らげるための願いだったんだと思う。
それからオレはサンパチになって、皆と一緒に隔離されたんだ。何とかできる作戦があったわけじゃない。ただ、皆を放っておけなかった。オレだけ助かるくらいなら、皆と一緒に不幸になりたかったんだ。オレは寂しがり屋だから。
オレ達は運良く助かったってだけなんだ。大戦争が起きて、研究所がぶっ壊れて、ホウゴウさんと出会って、ノーマさん達と出会って、たくさん勉強教えてもらって……。でも、オレが幸せになるたびに、サンパチのことが頭の中を過ぎった。
サンパチの名前を捨ててビットを名乗った。建前では奴隷時代からの決別ってことにしたけど、本当はサンパチのことを早く忘れたかったんだ。皆も真似して名前を変えてくれた。
ラデックがサンパチを殺したって知ったのもこの頃だ。オレはすっごい申し訳なくなって、消えたくなった。オレがラデックにサンパチを殺させたようなもんだから。
「チーム名をキャンディ・ボックスにしたのは、ラデックにオレを見つけてもらうためだよ。全っ然伝わってなかったけどな……」
そうビットに告げられると、ラデックは困惑して答える。
「す、すまない……。だが、どうして俺を探していたんだ……?」
「殺すためさ」
「……仕事だからか……?」
「仕事は言い訳。本当は、サンパチの敵討だよ。お前はきっと「あんな奴死んで当然だ」って言いそうな気がしたからな……。お前に罪の意識がなければ、言い訳するようなら、お前を殺すつもりだった。……でも、今のお前は昔とは違った」
ビットはラデックから目を逸らす。
「お前は、随分マヌケになったよ。……優しくなった。オレの頭ん中にいる、無愛想でぶっきらぼうなラデックじゃなかった。ちゃんと自分で善悪を考えて、気配りができる奴になった……。そんなお前と遊んでるうちに、死ぬのが惜しくなった」
逸らした目を、もう一度ラデックに向ける。
「だから、そんなお前が「ロクシーなんて死んでも仕方ない」って言ったら、オレも少しは気が楽になるような気がしたんだ。オレも、「そうだよな」って言って、罪から目を背けて生きていこうと思った」
ビットの目から、涙が零れ落ちる。
「でも、お前は、あんな奴にも頑張って接してくれていた。寧ろ、オレの身勝手のせいで”トラ“ちゃんを不幸にしてた……。悪いのは全部オレの方だ」
「そん、そんなことない! 悪いのはサンパチの方だ!」
「ああ、それもある。……でも、やっぱりオレのせいなんだ。お前が罪と向き合ってるのに、オレばっかり逃げられない。だから、オレはラデックに殺されることにしたんだ」
ラデックは驚かなかった。少し、覚悟はしていた。
「オレは、サンパチの敵討をしなきゃいけない……。でも、ラデックも、トラちゃんの敵討がしたいに決まってる……。だから、オレがラデックを殺しに行って、返り討ちに遭えば……全部解決だ……」
「そんなわけあるか!!」
ラデックが異能を渾身の力で注ぎ込む。それでも、ビットの体は魔力を流出し続ける。
「そんなので、俺が納得すると思うのか!? トラが報われると思うのか!? 無責任なことをするな!! ビットは、ビットは罪から解放されたいだけじゃないか!!」
「ごめん……そうなんだよ……。オレは、もう、背負い切れない……苦しいんだ」
ラデックの頬にも涙が伝う。
「そんなの許さないぞビット!! お前は、お前はまた!! 俺に友達を殺させるのか!? 俺の友達を殺すのか!! 折角、折角仲良くなれたのに!! また会えたのに!!!」
魔力の流出が弱まっていく。ビットの目が、重度の低波導症で濁り視力を失っていく。
「ごめん……ラデック……」
「死ぬなビット……!!! 死なないでくれ……!!! キャンディ・ボックスはどうなる……!? レシャロワークはどうするんだ!!!」
「みんなには……謝って……おい、て……くれ…………」
「そんなの!! そんなの自分で言え!!! 俺は言わないぞ!!! 言わないっ……!!! 絶対に言わないからな!!!」
ビットが目を閉じる。
「ふざけるな……!!! ここで死んだら絶対に許さないぞ……!!! 絶対に許さないからなぁ!!!」
もう、指一本も動かない。辛うじて、ラデックの叫ぶ声だけが聞こえる。
ビットは心の中で繰り返す。ごめん。ごめん。と。
凍えるような寒さの中、意識が朦朧としていく。
怖い。苦しい。寂しい。
暗い穴に落ち続けるような、悍ましい浮遊感。他人の人生を蔑ろにした自分への罰。
目を開ける。
「入れ替わりの異能? いーじゃん!! 拷問向きで!!」
見知った使奴の女が、目の前にいた。
「……ラルバさん?」
気が付けば、全身の倦怠感が綺麗さっぱり消えている。虚構拡張に挟まれ千切れた足は元通りに生えており、目もハッキリと見える。視界の端で、目を真っ赤にして鼻をすするラデックがこちらを睨んでいる。
「え、えーと……」
「ビットくんに問題! 一度廃棄したゴミを他人が勝手に持ってくのはアウト? セーフ?」
「は? え、いや、だ、大丈夫なんじゃないかな……
「ピンポンピンポンピンポン! 大正解!」
ラルバは不気味なほど優しい笑顔で丸を作る。
「愛と正義の平和支援会一回捨てたものは所有権が放棄されるから、窃盗には当たりません!」
「は、はあ」
「で、君は一回命を捨てたわけだよね?」
「あ、ヤバそう」
ビットの頭を、ラルバが片手でガッチリと掴む。
「コレもーらい! ラッキー!」
「ラ、ラデック助けて!」
ラデックは鬼の形相で啜り泣きながら低く唸る。
「死人が口を利くな。黙れ」
「ウソでしょ」