時は、ネユシャ王妃が逃走先のモーテルで逮捕された頃まで
〜愛と正義の平和支援会 北海地方 かがやき町〜
「で、部屋はどこ? 早くお風呂入りた〜い」
駐車場の外灯が僅かに照らす夕闇の中を、運転員の案内を待たずにモーテルへと歩き出したネユシャ。すると、建物の方から数人の軍人が現れる。モーテルからの逆光で見えづらいが、皆警杖を手にしている。
そして、それをネユシャ王妃に向けた。
「……ちょっと、何?」
「動かないで下さい」
背後から、運転員が同じく警杖を構えてネユシャの背に突きつける。
「え? え?」
「国家叛逆の容疑で、あなたを拘束します」
「う、うそ、何でっ、や、嫌っ! セレスタぁ!」
辺りを見回すが、息子の姿はない。代わりに現れたのは、待機していた別の軍人と運転員。皆警杖を構え、威圧するようにネユシャへとにじり寄る。
「何でっ……わたっ、私何も悪いことしてないもん!! 反逆なんてしてない!!」
「大人しくして下さい。……2度は言いませんよ」
「証拠も無しにこんなことして!! アンタ達こそ反逆罪じゃないの!!」
軍人の1人が、深い溜息と共に魔法を放つ。警杖で増幅された混乱魔法が、麻酔のようにネユシャの意識を奪った。倒れ込んだネユシャを見下ろし、軍曹が満足そうに笑う。
「部屋に閉じ込めておけ。それから、ムカラマツ副総帥に報告を」
「はっ!!」
「軍曹、セレスタの姿が見えません。捜索に当たります」
「……奴は波導糸無しでは動けないはずだ。風魔法で砂を巻き上げて、小さい竜巻でも起こしてやれ。そのうち自分から出てくるだろう」
「その程度で良いのですか?」
「奴の波導糸は蜘蛛の巣のように広げた鼓膜のような物だ。お前、鼓膜を紙やすりで撫でられて声を我慢できるか?」
そう言われ、彼は思わず耳を手で覆った。
「……しょ、少々過激では?」
「万が一取り逃がしてその辺で野垂れ死にでもされてみろ。今度は我々の首が飛ぶぞ」
「は、はっ!!」
慌てた軍人達が互いに魔法を発動させ、駐車場に小さな竜巻を生成する。その光景を尻目に、軍曹は別の隊に声をかける。
「C隊とD隊は捜索に入れ。……おい、D隊はどうした?」
軍人達は振り返って辺りを見回す。ついさっきまでそこに居たはずの仲間の姿が見当たらない。
「おい、D隊は――――」
竜巻が止む。振り返れば、魔法を発動させていた者達の姿がない。
「……っ! 敵――――」
大声を出そうとした途端、右の胸に激痛が走って呼吸が止まる。姿勢を崩した拍子に、後方の仲間達が次々に襲われていくのが見えた。
1人の子供が、現れては消えてを繰り返し、自分達の胸に曲がりくねった剣を突き刺して回っている。自分の胸からも、血が吹き出している。
地面に倒れ込むと、水溜りが飛沫を跳ね上げた。
「セレ……スタ……? じゃあ、ない……な」
軍曹が呻くように言うと、子供はパシャパシャと水溜りの上を駆けてきてからしゃがみ込む。
「軍人さん! 通信機、お借りしますね!」
「何者……だ……、セレスタ……は……どこに……」
「セレスタさんなら無事ですよ!」
子供は軍曹の肩にあった通信機を抜き取り、北海駐屯地に向けて発報する。
「ラルバさん! こっち終わりました!」
「ゾウラちゃんお疲れ〜。ネユシャにはバレた?」
「いえ、まだバレてないと思います! でもさっき異能使っちゃったので、顔は戻っちゃいました!」
「おっけおっけ。暫く待機でお願いね。増援来たら足止めしておいてー」
「分かりました! お世話はどうしますか?」
「軍人共はまだ悪かどうか分かんないし、私が着くまでに生きてりゃいいや。縛ってどっか入れといて。ネユシャはー……放置でいいよ。1日くらい平気でしょ」
「分かりました!」
通信が終わると、子供の姿が一瞬にして消え去る。
軍曹は、あの子供の顔を生涯忘れぬと誓った。我がムカラマツ一派の正義の道を邪魔する悪辣な忌み子。泥水を啜ってでも、必ずや這い上がり討ち取ってやると。
その覚悟が、別の悪魔の興味を引くとも知らずに。
それから2日後、ラルバが盗んだ軍用車で悠々とモーテルにやってきた。
「ゾウラちゃーん! 2日も待たせてごめんねー! ムスリナ院長密輸するのに時間食っちゃった」
ラルバの呼びかけに、ゾウラがモーテルの入り口から元気よく駆けてくる。
「お疲れ様です! 昨日の朝夕と援軍が2回ほど来たので、皆さん客室の方に入れてあります!」
「そう。死者は?」
「多分まだいません! 大怪我させた人は回復魔法で傷を塞ぎましたが、経過観察をしていないので瀕死状態だと思います!」
「瀕死なら御の字よ。ゾウラ君戻っちゃっていいよ! 帰り方わかる?」
「はい! 大丈夫です! じゃあ先に帰ってますね! ラルバさんもお気をつけて!」
そう言って、ゾウラは併設されている洗車設備にまで駆けていき、蛇口を捻った瞬間水と同化して消え去った。
「あれ便利ねー……。私も欲しいなー」
ラルバはモーテルの調理場で軽く食事を済ませてから、軍人達が詰め込まれているであろう客室を見て回った。
「ぐっも〜に〜ん。お前達の大嫌いな使奴がやってきたぞ〜」
「このっ……悪魔共め……!」
「うわ、その状態でまだ無駄口叩けるんだ。信念てすごいね」
「こんなことして、楽に死ねると思うなよ……! 気色の悪い
「えー何でよ。君らがネユシャ誘拐するのがいけないんじゃん」
「黙れ!!
「ふ〜ん……」
散々罵られた後にラルバは、目の前にいた軍人の拘束を解いた。軍人は不可解な行動を
他の軍人達が目を輝かせる。確かな手応えと共に、傷口から鮮血が溢れ出す。安堵と興奮が湧き起こり、疲労困憊の身体が脈動するのを感じる。
「で?」
興奮真っ只中の軍人に、使奴の声が現実を知らせる。
「満足か? おい」
心臓を貫いたと言うのに、眼前の使奴は顔色ひとつ変えない。軍人は刀を捻りながら引き抜き、ラルバの首を斬りつける。
「おー痛い痛い」
まるで堪える様子のないラルバに、軍人は顔を目を血走らせて追撃をかける。喉笛を切り裂き、眼球から脳を串刺しにし、腹部に何度も刃を突き立てた。
「ぐえーっ。死んじゃう死んじゃう。助けて誰かー。おまわりさーん」
しかしラルバは棒読みの悲鳴を述べるばかりで、倒れるどころか怯みすらしない。刀を振うのに体力を使い切った軍人は、返り血で真っ赤になった姿で
「ば、化け、化け物……!!」
「あー悪口。傷付くなあ。ショックで気絶しそう」
ラルバはムッとして軍人の頭を鷲掴みにする。
「やめっ……離せっ……!」
「他人にさんざ刀振り回しといて、自分は頭掴まれたくらいで文句言うの?」
軍人は必死に抜け出そうと
「気色悪いとか人間じゃないとか、挙げ句の果てに化け物か……。いやー傷付いちゃったなー。心も身体もボロッボロ」
血塗れの顔で嘆き、それからニッカリと笑う。
「さて。いっぱい我慢したんだから、今度はこっちの番ね」
「ひ、ひっ――――」
「勿論見てるお前らも連帯責任だぞー。人が殺されそうなところを目ェきらっきらさせて見やがって。悪趣味な奴らだな」
他の軍人達は身を強張らせて
「命まで取りゃしないよ。でも……そうだなー。取り敢えず2度と悪いこと言えないように、舌は引っこ抜いておこうか。ね!」
「おいラルバ。何してる」
「げっ」
いつのまにか、背後にナハルが立っていた。
「あれぇナハルん。昨日からシスターちゃんとハードSM耐久プレイしてるはずでは?」
「するかぁ!! イチルギがクラウンの手伝いで抜け出せないから私が見に来たんだよ。案の定碌でもないことをしているな……」
「だってコイツら酷いんだよ! 見てよこの大怪我!」
「赤すぎて見えない」
「赤すぎて見えなかったら充分だろ!!」
ナハルは呆れて溜息をつき、壁にもたれかかって苦言を呈する。
「その締め上げられてる奴はともかく、残りの連中は充分反省してるように見えるぞ。もういいだろ」
「じゃあコイツだけ! コイツだけヤらせて! ねっ! ねっ!」
「何にが“ね”なんだ……。後は投獄で勘弁してやれ。王妃誘拐の罪なら一生出ては来れないだろう」
「えー! 終身刑なんてつまんなーい! どうせ2度と空を拝めないならさ、生きたまま箱に詰めて埋めていい?」
「いいわけないだろ。ほら、さっさとネユシャ連れて帰るぞ」
ナハルは軍人を魔法で拘束してから、ラルバの角を持って外に出ていく。
「うわーん! 暴力だっ! 差別だ! 魂の殺害だーっ!」
「使奴差別を助長させる存在筆頭のくせにうるさいな……」
部屋を出る直前、ナハルは部屋の中に目を向けて言い残す。
「……お前らがその思想を持っている限り、コイツはいつかもう一度来るぞ。その時に私はいないからな」
「あーあー。つまんないのー」
「ぶつくさ言うな」
ラルバはわざとらしく肩を落とし、回復魔法で怪我を治しながらネユシャの元へ向かう。
「私切られ損じゃん。せめてベロチョンパくらいはしたかったなー……」
「私はお前のベロをチョンパしたいよ」
「いいよ。やる?」
「汚いんで結構」
ネユシャが監禁されている部屋に近づくと、使奴の聴力で中の音が聞き取れるようになった。ラルバは分かりやすく不機嫌になり、それからナハルが眉を
「おい、ラルバ」
「まだ何も言ってないでしょ」
「思ってはいるだろ」
「思ってはいるけどさぁ……」
ラルバは下唇を尖らせながら部屋の戸を音もなく開ける。
そこには、2日間縛られたまま放置されたせいで、糞尿垂れ流しの状態になっているネユシャがいた。目隠しによって無音で入ってきたラルバ達に気付く様子はないが、
「お願い……セレスタは……セレスタだけは助けて……。お願い……私は、私はどうなってもいいから……」
我儘放題の無知蒙昧な彼女は、自らの死を悟った今になって、横暴の数々を省みて懺悔を繰り返していた。一つ幸いしていたのは、辿り着いた先が自己愛ではなく家族愛だったこと。それはラルバにとって、期待外れの誤算であった。
「………………」
ラルバが
「おっお願いします!!! セッ、セレスタには手をっ、手を出さないで下さい!!! セレスタはたすっ、助けて下さい!!! おねが、します!!! お願いします!!! 私が何でもします!!! しんっ、死んでもいいです!!! だからっ!!! セレスタだけはっ!!!」
極度の脱水。極度の空腹。極度の苦痛。極度の恐怖。碌に呂律の回らなくなった口で、彼女は息子の無事を懇願し続けた。
ラルバが目隠しを剥ぎ取る。2日振りの光がネユシャの開き切った瞳孔を照らし、やがて血に染まったラルバを映す。
「……セ、セレ、セレスタ……だけは……どうか……」
「殺したよ!」
「えっ……」
「嘘だよ!」
「……」
ネユシャは深い混乱に陥り、体力の限界を迎えて気を失った。
傍観していたナハルが軽蔑で顔を極限まで歪ませる。
「……何で追い討ちをかけたんだ?」
「ちょっとムカついちゃったから。知らなかったとは言え、目も耳も聞こえない子供を虐待してたことに変わりはないでしょ? だからちょっとね、何を急に善人になってんだよと、ね。分かるでしょ?」
「…………次目を覚ました時は絶対余計なこと言うなよ」
「言うわけないでしょ! 失礼しちゃうわ!」
何度か検討を繰り返した結果、ナハルはラルバを縦に割くことにした。