シドの国   作:×90

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76話 地獄への道は悪意で舗装されている

〜スヴァルタスフォード自治区 悪魔郷 カジノ“オニオン&バード” (ラルバ・バリア・ナハルサイド)〜

 

 世の中どいつもこいつも馬鹿すぎる。

 やれ”波が来てる“だの”ツキが回ってきた“だの。ウチに言わせれば弱者の妄想もいいトコ。お前らにとっての偶然てのは、ウチら強者が起こした必然なんだよ。お前が(もう)けるも負けるもこっちの自由。

 最初だけ甘ぁい汁を吸わせておいて、調子に乗って来たところで大負けさせる。でもって一回だけ取り返しをつかせてやる。そうすりゃもう次から「大負けしても何とかなる」っていうクソみたいな成功体験がついちまう。幾ら負けても「大丈夫」って平和ボケの呪いがお前から離れやしない。

 

「このゲームは単純明快。互いに決めた3つの数字を、質問と回答を1回ずつ繰り返して先に当てた方の勝ち。どう?まあ、まずは一回やってみようよ」

 

 カードを引く、(はい)を並べる、レバーを引く、ボタンを押す、ハンドルを回す。ゲーム内の動作は少なければ少ないほど良い。その分小さい脳味噌(のうみそ)を必死に回させて、考えた気にさせることができる。クズってのは自分で探し出した答えを疑わないもんだ。逆に、自分の探し出した答えを疑う奴を疑う。お前が欲しいのは正解じゃない。優秀な自分だ。でもお前ら自称ギャンブラーは一生その事実に気が付かない。テメェのド頭にフォークがブッ刺さるその瞬間まで、自分が喰われる側だってことに気付かない。

 

 

 それなのに――――――――

 

 

 

「はい、私の勝ち〜」

 

 

 

 なんでこんなことになってる?

 

 

 

「………………」

「どうしたの?オネーサン。顔真っ青だよ?」

 

 この“ラルバ”とかいうアホ女、なんでこんなに金を持ってる?おかしいだろ。なんでウチがこの馬鹿のレイズに応えなきゃならない?いや、もっとおかしいのはウチが負けたことだ。さっきまで奴は災禍のど真ん中で(おぼ)れてた(はず)だろ。それがなんで、ここぞって大一番で勝てるんだよ。第一、なんで手札がウチの“見た”数字と違うんだよ。こんなの、こんなのって――――

「イ、イカサ――――」

「イカサマじゃん」

 

 

 

「え」

 

 

 

「この数字が書かれたカードさ、一枚一枚重さが微妙に違うよね。このカード台が(はかり)になってて、私が何を取ったか分かるんじゃないの?」

 な、なんでバレた?1g以下の違いだぞ――――!?

「でも私がどこに何を並べたかまでは分かってない。でも関係ないよね。怪しまれない様にしても、2回も質問をすれば分かっちゃうんだからさ。まあその秤もこうやって糸くずを乗せるだけで無意味になっちゃうんだけどね」

 …………もういい。こいつがどうやって見破ったか何てのは後だ。やっぱりギャンブラー何てクソしかいない。殺しちまえば死人に口無し――――

「そのポッケの銃は出さない方がいいよ」

「え」

「まだ話し合いでの解決を望んだ方がいい……。よく暴力に訴える奴は頭が悪いみたいな言われ方をするけど、本来は逆だ。まず暴力ありき。何らかの理由で暴力が行えない場合にのみ、例外的に話し合いという解決方法が選ばれる。今暴力交渉に出てしまえば、話し合いには二度と戻れない」

「う……」

「やめた方がいいよ」

「うるせぇ――――っ!!!」

 

 

 

〜スヴァルタスフォード自治区 悪魔郷 ディコマイト宮殿〜

 

 ラルバ、バリア、ナハルの3人は、悪魔郷の皇帝が住む宮殿に来ていた。ラルバが(わざ)とらしく咳払いをしてから門番へと近寄り、朗らかに手を振る。

「ハローベイベー!元気ぃ?」

「…………何用か?」

「皇帝に謁見(えっけん)願いたい」

「馬鹿を言え。殴られないうちに帰れ」

「お?殴る?殴っちゃう?私強いよぉ〜?」

 ラルバがその場でシャドーボクシングを始める。門番は厄介な(やから)が来たと鬱陶(うっとう)しそうに溜息を吐いた。すると門の奥から一人の大男が肩で風を切って近づいて来た。

「あー通せ通せ!!俺の客だ!!」

「へ、ヘレンケル様……!」

 坊主頭に態とらしく豪華な王冠と杖。金の装飾が施された厚手のマントにド派手な紅白の服装。そしてそれらの何よりも目立つギョロついた目玉。雪のように白い肌と真っ黒な白目に浮かぶ翡翠(ひすい)の瞳は、彫りの深さも相まって一層威圧的に見えた。

「ご機嫌よう奥様方!まあ入ってくれや!」

 ヘレンケルと呼ばれた男は杖をクルクルと回しながら背を向ける。ラルバは門番の前を揶揄(からか)うように手を振って通り抜け、バリアとナハルもそれに続いた。

 門番から少し離れると、ナハルはヘレンケルに聞こえぬようラルバに顔を寄せて話しかける。

「おい……!これはどう言うことだ……!何が起こっている……!?」

「ん、何よナハりん。何がって何が」

「勝手にカジノで遊んできたかと思えばいきなり宮殿に来るなんて!何を企んでいる!?どうやってアポをとった!」

「えー……ナハりんも使奴なら察して欲しいなぁ」

「“目を背けたくなるくらい最悪な状況しか想定できない”から聞いているんだ!」

「分かってるなら聞かないでよ」

「こいつ……!!」

 

 ヘレンケルが案内した先では、使用人が扉を開けて待っていた。応接室の札が下げられた室内には大きなソファが向かい合って置かれており、テーブルには人数分のティーカップが並べられている。ヘレンケルは使用人に「下がれ」と命令をしてから、ソファに腰掛けてティーカップの中身を一息で飲み干した。

 ラルバが同じように対面のソファへ座りティーカップに口をつけると、バリアとナハルもそれに続いてラルバの隣へと腰掛けた。ヘレンケルはラルバがティーカップの中身を飲み干したのを見ると、少しだけ口角を下げて言葉を漏らす。

「……我が悪魔郷自慢のローズティーだ。お味は如何かな?」

 ラルバはティーカップを机に置いてから、顔を大きく歪めて笑った。

「クソ不味いな。勝手に“砂糖”を入れるな」

 ラルバの返答にヘレンケルは思わず失笑し、顔を手で覆って大声で笑い出す。

「……ふっ。あーっはっはっはっは!!いやあ申し訳ない!!実に!!実に失礼なことをした!!」

 ヘレンケルはティーポットを手に取ってラルバのカップにおかわりを注ぐ。

「こっちは“砂糖抜き”だ。口に合うかは分からんが……」

 そして、まだ笑いが収まらないのか再び顔を手で覆いつつ、ギョロ目をラルバ達に向けた。

「くくくくっ……ああ、失礼。遅くなったが自己紹介を。悪魔郷皇帝ラヴルス・ディコマイトの息子、ヘレンケル・ディコマイトだ」

「ラルバ。お、この紅茶まあまあ美味しいね。80点」

 上品に紅茶を(すす)るラルバの自己紹介に続いて、バリアとナハルが頭を下げる。

「バリアです」

「……ナハルだ」

「ラルバに、バリア、ナハルね。オッケー。で、俺に何の用かな!?っつーか俺?ここ?」

 ヘレンケルの問いに、ナハルはラルバを(にら)みつけた。

「……私の知らないところで知らないことが起こっているな。ラルバ、きちんと口に出して説明しろ」

「めんどい。察しろ」

「改めてお前の口から答え合わせをしろと言っているんだ!私達だけの問題ではないんだぞ!」

 ナハルが声を荒げてラルバを睨み付けると、ラルバは呆れた様子で鼻から大きく息を吐いた。

「…………あの“オニオン&バード”とかいうカジノ、地下から濃い波導が漏れ出ていた。実力者がカモを虐めているのか……実力者をもカモにしているのか。どっちみちアウトローと通じているのは間違いない。突けば(やぶ)から蛇が出てくるのは目に見えてた」

「で!藪から出てきた蛇ってのが俺!!合ってる!?」

 ヘレンケルがニカっと笑って両親指で自分を指す。ラルバはティーカップを傾けながら真顔でヘレンケルに冷たい視線を送った。それでもヘレンケルは依然としてへらへらと笑い、両足を机の上に乗せ踏ん反り返ってナハルに目を向ける。

「あんたらがウチに来る少ーし前に電話があってさ、“オニオン&バード”の支配人から、“ラルバとか言う女の外人に金をパクられた!“――――ってさ。声の震えからして確信したね!”コイツやらかしたな“って!でも、あんたらが来た時はゾク〜ッとしたよ!この短時間でウチまで辿(たど)り着いちまうなんて!!」

 ラルバは冷ややかな仏頂面を保ったまま静かに口を開く。

「……あのイカサマギャンブラーと支配人、明らかに親玉って面じゃなかった」

「いやいやそんだけじゃないっしょ!!決め手は何!?」

 ヘレンケルが身を乗り出してラルバに詰め寄る。

「香水」

「香水……?」

「支配人がつけている香水、微かに機械油の臭いの混じった粗悪品だった。それと入口に突っ立ってたガードマンのマフィアの数名。アイツらの付けてる香水も種類こそ違うものの、同じ機械油の臭いが混じっていた。多分、元締めがクッソ安い香水を馬鹿高い値段で売って上納金を集めているんだろう」

「そのカジノとマフィアがウチに関係してるって根拠は?」

「特にないよ。皇帝が親玉ならネタにして強請(ゆす)るだけだし、あのカジノと敵対してるなら(ねずみ)取りという大義名分だけ(もら)いに来ただけ。関係性なんか探せば幾らでも出るだろうけど、回り道は好きじゃない」

 ラルバが説明を終えて大きく欠伸をすると、ヘレンケルは(うつむ)いたまま微かに震える。

「す……」

 そして大きく仰け反ってソファを(きし)ませた。

「スッゲー!!機械油って!!いやあ分からないでしょフツー!!行動原理もウルトラクールじゃん!!」

 狂ったように笑い出すヘレンケルを、ナハルが若干引き()った顔で見つめる。

「……なんだこの男は。薬でもやっているのか?」

 ヘレンケルがピタリと動きを止める。

「はぁ〜?聞き捨てならねぇ〜!俺は馬鹿になることだけはゼッテーしねぇ!!」

 そのまま首を傾げて目を見開き、威嚇する様にナハルを睨み付けた。

「薬も酒も煙草(たばこ)もやらねぇ!!俺達人間の一番の武器は脳味噌(のうみそ)だ!!逆に言えば、脳味噌を上手く使えない奴は人間じゃねぇ!!そうは思わねぇか!?」

 この上なく威圧的なヘレンケルの眼光に、ナハルは鬱陶しそうに顔を背けた。そこへラルバが大きく咳払いをして、首の座っていない赤ん坊の様に頭を揺らしながら(うめ)き声に似た(つぶや)きを零した。

「あー……本題入っていいかな?」

 この呟きにヘレンケルはハッとなってラルバの方に顔を向ける。

「どうぞどうぞ!!やー申し訳ない!!勝手に時間食っちった!!」

 ニコニコと怪しく笑うヘレンケルをラルバが不愉快(ふゆかい)と言わんばかりに睨む。

「うるさい奴だな……。こっちが欲しいのは権力。提供できるのは暴力と金」

「え?マジ?俺にも発言権あんの?うっひょー太っ腹ぁ!!」

「はい交渉成立ね。……ふぁ〜あ。気が抜けたら眠くなってきたな。少し寝るから言いたいことがあるなら今のうちに(しゃべ)っといて……」

 大きく欠伸(あくび)をしてソファに寝そべるラルバ。ヘレンケルは両手を擦り合わせて小さく笑い声を零し、ナハルに目玉を向ける。

「お言葉に甘えて勝手に話させてもらうぜ。いいよな?」

 ナハルは(あき)れたように肩をすくめる。

「どうぞ……本人が聞いているかは知らないけど」

「んじゃ遠慮なく。まず!“使奴”が3人も仲間になってくれるなんて思っても見なかった!正直、命あるだけラッキー!みたいな?」

 “使奴”という言葉に、ナハルは眉の(しわ)を一層深めてから紅茶に口をつける。

「……やっぱり毒入りか。けど、よく私達が使奴だと気付いたな」

「え?いや、毒を盛ったのは、使奴だったらいいなーって思っただけだ。例え使奴じゃなかったとしても、こんなのに引っかかる間抜けとお喋りする時間なんかないしな」

「ふざけるな!」

「ふざけるなんてとんでもない!それこそ、コレであんたらの怒りを買ったら危ないのは俺の方だ。交渉を最短距離で済ませたかっただけ!ラルバもそれに気付いてノってくれたしなぁ!!」

「……クズが2人」

「俺から頼みたいことはただ一つ!コモンズアマルガムへの侵攻!その一番槍だ!!」

「侵攻?戦争でも起こす気か?」

「それもあるが……一番の目的は“皇帝(オヤジ)”の座だ。俺が長男とは言え、選挙で次期皇帝を選ぶ以上確実じゃあない。それに次の選挙なんか待っていられるか」

「そんな皇帝に国民がついて行くと本気で思っているのか?」

「そこ!そこだぜナハル!!俺が望むは独裁国家!!」

 ヘレンケルは目の色を変えて興奮気味に立ち上がる。

「ここ悪魔郷では金がものを言う!!コモンズアマルガムでは心、指導者への忠誠心がものを言う!!だが!!真に発展を望むなら、最も肝心なのは“才能”だろうが!!」

「能力主義社会か。はっ、会社経営ならばまだしも、国家運営に能力主義を適応させるなんて……馬鹿馬鹿しい」

「それ、本気で言ってるのか?」

「いいや?実際、“人道主義自己防衛軍”は能力至上主義国家として有名だし、世界で最も安定した経済力を持っていると言っていい。でも、それは使奴の独裁あってのもの。お前ごときに真似はできない」

「確かに能力主義で国やんのはクッソムズい。政治家は格闘家からしたらヒョロガリの無能だし、エンジニアからしたら画家は無駄なものばっかり作る引きこもり野郎だ。この凝り固まったゴミ思考を取っ払うのは並大抵のことじゃない!!だから今の今まで頭ぶん回してあちこち根ェ張ってたんだ!!俺は俺より馬鹿な奴に頭下げるこの世の中が!!優秀な奴が馬鹿に蹴られるこの世の中が!!住みづらくて仕方ねぇ!!」

「金を稼ぐのも才能だろ」

「金持ちの子供になるのは才能じゃねぇだろ!!偶然力を手に入れて(よだれ)垂らしてる馬鹿を見てっとイライラしてくんだよ!!」

「……はあ。理解できないな」

「理解は結構!!所詮(しょせん)野望の根幹なんてそんなもんだ!!あんたらには俺の名前も権限も好きに使ってもらって構わねー……。俺が欲しいのは、戦地を圧倒的な力で切り拓く豪傑の姿だ!!」

 息を荒げて力説するヘレンケル。ナハルは毒入りの紅茶を飲み干すと、明後日の方に目を向けながら小さく溜息を吐いた。そしてヘレンケルに聞こえないよう小声で呟く。

「……シスター様のことを頼んだぞ。ハピネス」

 ナハルは呟いたばかりの自分の言葉に、尋常じゃない嫌悪感を覚えて大きく肩を落とした。

 

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