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〜廃棄された森〜
すっかり日が落ちて真っ暗になった森の中を、魔法で明かりを灯しながら歩くラデックとシスター。木々の隙間を凍てつく海風が吹き抜け、枝葉の擦れ合う音がざわめく。
「……キュリオネクロの城」
先頭を歩いていたラデックが、唐突に口を開いた。
「確か……存在しない拠点が攻撃される時に、まるで大損害を被ったかのように見せかける幻影魔法だったか。砕け散る要塞と、逃げ惑う人々。破壊されるハリボテの代わりに、それらをホログラムで流し続けることで敵を
隣を歩くシスターは何の反応も示さないが、ラデックは構わず続ける。
「旧文明では人工衛星からの砲撃は国際条約で禁止されていたが……、独善的な大国の横暴を
シスターは何も答えない。ただただ足元を見つめたまま、静かに歩き続けている。そして、ラデックが足を止めシスターの前に立ちはだかった。
「人工衛星」
ラデックがそう呟くと、一拍置いた後にシスターは
「前にイチルギから聞いた。大戦争終結後、文明を復活させるにあたって人間が徒党を組まないように情報統制を敷いたと。国同士の通信は一部のみに許可され、権限を持つ使奴の許可がなければ報道も
シスターは動かない。ラデックから見えないように伏せた目は、動揺して激しく泳いでいた。そして何とか言葉を搾り出そうと口を開く。
「……あ…………っ」
喉の奥から辛うじて鳴った今にも消えてしまいそうな音に、ラデックは気の毒そうに目を伏せる。
「あなたは聡明な人だが、それ以上に優しく、そして誠実だ。嘘はつけても、上塗りする度に良心の
ラデックがそう言うと、シスターは力無くその場に座り込んだ。そして顔を両手で覆い、黙ったまま静かに肩を振るわせる。
「キュリオネクロの城は非常に複雑な魔法だ。この文明にはまだ存在しない技術だし、旧文明だって魔法式を組むのに巨大な機械での演算が必要だった。幾ら狭い範囲だからと言っても、単独でゼロからの発動は不可能。ヘレンケルの言う通り、使奴でもなければ発動できない。…………
ラデックはその場に腰を下ろし、森を吹き抜ける海風に凍えぬようにと足元に焚き火を作り始める。
「……使奴の記憶は、当時の賢者や科学者達の知識の総集編だ。その中には、当然様々な経験が含まれる。そして……その記憶を植え付けたのが、記憶のメインギアと呼ばれる男。シスター。あなたと同じ、記憶操作の異能保有者だ」
無言で涙を零すシスター。その指先は細かく震えていたが、それが決して寒さによる痙攣でないことはラデックにも分かった。ラデックは、シスターが記憶操作の異能を保有していることに唯ならぬコンプレックスがあるのだと思い、話を続けた。
「記憶を操作する都合上、発動条件を満たすだけで記憶を読めてしまう。俺も同じだ。改造を施す都合上、うっかり手が触れただけでも改造前の状態を認識できてしまう。これは不可抗力で――――」
「ラデックさん」
シスターが話を
「私の異能は……に、任意発動なんです」
ラデックは、返す言葉がなかった。理解してしまった。彼に悪意があったことを。
「確かに発動条件は接触です。でも……でも……!! その上で、私が異能の使用を意識しなければならない……!!! うっかり手が触れただけとか!! 手を繋ぐとか!! 抱き締めたとしても!! 私が望まない限りは記憶など読めはしないんです!!!」
悲痛な叫びが森に
「私は!!! 人の記憶を、好奇心で盗み見た……人間のクズなんですよ……!!!」
「………………ハピネスもよくやってる」
「ふふっ……、彼女のように強くなれたらどんなによかったか……!! それにね、ラデックさん。古い記憶ほど、集中力が要るんです。この意味がわかりますか……?」
「……ああ。わかる。だから言わなくていい――――」
「ナハルは200年の時を生きる使奴です……!! 彼女の最古の記憶を、私は知っているんですよ……!! 私は、私は……!!」
「やめろ、シスター」
「私は!! この
「シスター!!」
ラデックがシスターの頭を掴んで眼を睨む。しかし、シスターはそれを振り解いて立ち上がり、せせら笑いラデックを見下ろす。
「ナハルが私に認められたいことを知っていました。どんな時でも私を想い、私を喜ばせようと努力していたことを。ナハルが私に欲情しているのも知っていました。毎晩のように私との行為を妄想し、身を
ラデックに、シスターを止める術はない。
「私には、堪らなく心地よかった――――――――!!!」
「私が何で医者になったか……それは、人に感謝されるのが何より嬉しかったからです……!! こう言えば聞こえはいいですが、その正体は
ラデックは頭の中に浮かんだ言葉が無意味だと知っていた。しかし、どうしても言わずにはいられなかった。
「……感謝されるのは、誰だって嬉しい。善人ってのは多分、そうやって生まれるものだ」
火に油を注ぐ結果になると知っていても。
「ライラさんにも、同じことを言われました……。
シスターの独白を聞く中、ラデックはラルバの言葉を思い出した。グリディアン神殿を発つ直前、ラルバが言った言葉。
「アイツ……相当な悪だよ。まあ見る人からしたら善なんだろうけど」
他者から幾ら善人だと思われようと、自らの行いが悪であると自覚している。そして、その悪行による快楽から抜け出せず、抜け出すつもりもない。例えそれが、奉仕欲という道徳的なものであったとしても。
「私はナハルの記憶を読んだ時に、この上ない罪悪感を覚えました……。でも、でも!! それ以上に……嬉しかった。いや、嬉しかったんじゃない。物凄く、気持ちがよかったんです!!! こんなにも好かれて! 愛されて!! 大切にされて!!! ああ……私は……私は何てことを――――!! でも、死を望むほどに強く後悔をしても……快楽への欲求が勝るのです…………!! 私は――――!! 卑しい人間のクズだ…………」
再びその場に座り込むシスター。両手で顔を覆い、その手首を涙が絶え間なく流れ落ちている。彼の苦しみに、ラデックはかける言葉を必死に探した。しかし、
そして、ラデックはヤクルゥに自分が言った言葉を思い出した。
「誰かに寄り添おうとする心は美しいが……、自分に寄り添ってやることも……同じくらい、大切だ」
思わず口に出た呟き。シスターはそれを聞いて、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。ラデックは少しだけ大きく息を吐くと、シスターに手を差し伸べる。
「……シスター。あなたの荷物を少しだけでも持ってあげたいのは山々だが……、その荷物は俺には重過ぎる。多分、その苦しみの半分も持ってやれない。でも、目の前で仲間が壊れていくのを見るのは、この上なく苦しい」
シスターはラデックの目を
「これは、純粋な悪口です。アナタは酷い人だ。一緒に前に進もうとかは言ってくれないんですね」
「…………誰もが前に進みたいと思ってる訳じゃないだろう。それに、シスターの隣を歩くのは俺よりナハルの方が相応しい」
「そうですか。……隣、歩けるでしょうか」
「……隣を歩けるかよりも、置き去りにしないよう気をつけた方がいい。俺達は、使奴よりもずっと愚かで、早計だろうから」