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〜廃棄された森〜
凍てつく海風が吹き抜ける真っ暗な森の中、シスターはフードを深く被って顔を隠したまま呟いた。
「……ナハルには、言わないでくださいね」
前を歩くラデックは、振り向かずに答える。
「バレたらすまない」
「あ……言い方を間違えました。さっきの話を、聞かなかったことにして下さい。ナハルは多分、私が気付いていることに気付いてる」
「それは……」
「優しいけど、臆病な人なんです。ラデックさん……。使奴の方々は、皆さんが思ってる程強くないんですよ」
〜
最後の会話から、暫く2人は言葉を交わさずに森を歩き続けていた。すると木々の奥に薄らと灯りが見え、今まで森の
「……ゾウラ!?」
ラデックは驚いて彼に駆け寄るが、その血がすぐに彼自身のものではないことに気が付いた。
「あ、ラデックさん。お帰りなさい」
ゾウラはこちらに気がつくと、返り血でドロドロになった顔で笑顔を作る。その奥にはドーム状の
「何があったんだ?」
「ああ、修行ですよ」
「修行?」
ゾウラはシスターが追いついたのを確認すると、タオルで返り血を拭いながら淡々と話し始める。
「ラデックさんとシスターさんが森へ向かった後、すぐに向こうから悪魔郷の軍が攻めてきたんです」
ゾウラが浜辺の先を指差す。地平線の向こうからは微かに砲撃音が響き、夜空が戦火で少し明るくなっている。
「そこでカガチから、実践経験を積んでおこうとの提案がありまして。一走り行ってきたわけです。今はカガチが残りを片付けてます」
そう言ってゾウラは無邪気に笑うが、その美しい笑顔には未だ返り血がこびりついている。ラデックはその不気味な光景に怯みつつも、異能で返り血を結晶化させて叩き落としてやった。
「わあ。すごいですね! 私の異能は装備ごと水に溶け込めるのはいいんですけど、汚れも一緒についてきてしまうので……。ありがとうございます」
「いや……怪我がなくて何よりだ」
血や泥の汚れを全て落とし終えると、ゾウラは遠くで待機しているジャハル達の方に向かって歩いて行った。ラデックもそれに続こうと一歩踏み出すが、シスターの方へ振り返って小声で
「……俺の異能の話なんだが。改造という都合上、触れた相手のステータスのようなものを把握できる……って話はさっきしたと思うんだが。実は、新鮮なものであれば血液だけでもほんの少し判別ができる。……ゾウラに付着していた返り血は複数人のものだったが、恐らく10や20ではきかない。100人は容易に超えるだろう」
シスターが驚いて顔を
「そして……顔から腰にかけて広がっていた一際大きな返り血。……多分、ヤクルゥの血だ」
「ヤクルゥ……って、ラデックさんが戦ったハルバードの女性……!」
「俺達と別れた後、先にここへ到着したんだろうな。使奴寄りでもあの量出血したら致命傷だ。それほどの傷を、ゾウラはヤクルゥ相手に浴びせた。それも一撃で。そして、もう一つだけ気付いたことがある」
ラデックはゾウラの方を見て、この会話が聞こえないことを再度確認する。
「悪魔郷軍100人余りと、ヤクルゥを同時に相手取って平気な顔をしている。それに加えて、使奴であるカガチが“修行”だと言っている。ゾウラにとってはこの程度、所詮実践経験を積むためだけの“安全な訓練”でしかないんだろう」
「……まだ16歳でしたよね、ゾウラさんは……。一体、何が彼をここまで……」
「少なくとも、戦闘面での心配は要らなそうだ」
ラデックとシスターがジャハル達と合流すると、イチルギが僅かに眉間に
「おかえり。で、目的は達成できたの?」
「恐らく。心配かけた」
「はぁ〜。じゃ、もうこの国に用事はないわよね?」
「出来ればコモンズアマルガムの方にも……」
「……好きにしなさいな」
奥で限界まで歯茎を剥き出しにして
「……何をしている?」
地を這うような唸り声に近い問い掛けに、ラデックは動じることなく口を開く。
「寄り道」
爆発寸前の爆弾のような状態のラルバに、ラデック以外の全員は固唾を飲んで動向を見守っている。しかし、当事者のラデックだけはじっとラルバの目を見つめている。数秒の間沈黙が続き、暫く海風と遠くで鳴る発砲音だけが響き渡る。そして、さっきまで全身にドス黒いオーラを
「…………全員、ここを出るぞ。今すぐに」
ラルバがラデックに背を向けると、隣で頃合いを見計らっていたゾウラが少し慌てた様子でラルバの前に出た。
「あなたがラルバさんですね?」
「誰だお前」
「初めまして! 私、ゾウラ・スヴァルタスフォードと言います。保護者のカガチ共々、皆さんの旅に同行させて頂きたいと思いまして。ついて行ってもいいですか?」
「……好きにしたらいい」
「ありがとうございます! あ、私カガチを呼んでくるので、先に行っててください! すぐに追いつきますので!」
そう言ってゾウラは異能で足元の水に溶け込み、一瞬で姿を消した。ラルバはそれに驚くこともなく、再び森の方へ歩き始めた。
依然として不機嫌そうではあるものの、ラルバの落ち着いた態度に違和感を覚えたハザクラは、何か事情を知っているであろうハピネスに顔を寄せて小声で尋ねた。
「ハピネス。今のは一体何だったんだ? あの2人は何を隠している?」
「さあ。本人に聞いたら?」
ハピネスは
〜スヴァルタスフォード自治区 国境付近〜
ラルバの案内で国を出た一行は、夜通し歩いていた疲れを取る為に野宿の準備をしていた。出発時は夜中だった筈なのに日は既に地平線へ姿を消そうとしており、それと同時にスヴァルタスフォード自治区の方の空が明るくなっているのがわかった。
ハザクラはその橙色の空を見上げて立ち尽くしていた。既に一日歩き通したこの場所からは何の音も聞こえなかったが、鼓膜の奥で
彼が暫く呆然と空を眺めていると、不意に肩を叩かれた。振り返るとそこにはバリアが立っており、他の全員は各々のテントに入ったのか、誰一人姿が見えなかった。一体自分はどれほどの時間そうしていたのか、辺りは既に日が落ちて真っ暗闇に包まれており、月明かりと戦火の反射した空だけが世界を彩っている。ハザクラは夜の寒さを今更ながら思い出して、バリアと共にテントへと潜り込んだ。
テントの中には既に食事と寝袋が用意してあり、ハザクラは何の準備も手伝っていなかったことを反省しながらスープに口をつけた。すると、突然テントの布が“支柱ごと破れるように消え”、薄く色づいた白いドームの中へと景色を変えた。ハザクラは辺りを眺めながら視線をバリアへと向け、スープをもう一口飲んで口を開く。
「……先生の虚構拡張ですか?」
「うん」
「何故今……」
「ハザクラが今聞きたいことは、他の人は聞きたくないだろうから。声が外に漏れないようにした」
「虚構拡張を使ったら暫く異能は使えません。先生の絶対防御じゃ致命的じゃないんですか?」
「私は鍛えてるから、日に3回までならノーリスクで使える」
「いや、だからって
「皆しょっちゅうやってるよ」
「え、そうなんですか」
「うん。ラルバなんかほぼ毎日」
「……知らなかった」
ハザクラは少し考えた後に、咳払いを挟んでバリアに向き直る。
「今回、スヴァルタスフォード自治区で起きた出来事について。幾つか疑問点があります。一つはラデックとラルバのことです」
「……ラデックは、ラルバを心配してたんだと思う」
「心配……?」
「今の文明は、旧文明と違って使奴による情報統制が敷かれてる。でも、完全じゃない。ラルバはきっと近い将来、世間から良くない目で見られる。ラデックは、それを防ぐために発言権が欲しかったんだと思う。今回のラデックの勝手な行動は、子供が
「……それは親と子だから成り立つ関係です。ラルバは幾らでもラデックの勝手を封じる方法があるでしょう」
「うん。でも、ラデックの意図をラルバも分かってた。自分を守るために発言権を欲しがってるってことを。だから、強く言えなかった」
「……私には、彼女がそんな道徳的な考えを持っているとは思えません」
「ラルバの道徳観は
「そんなものを持っていたら、あんな暴力的にはならないのでは?」
「道徳を理解していることと道徳的であることはイコールじゃないよ」
「…………次に、イチルギの行動です。彼女の行動は
「うん。今回どころかずっと不自然だよ」
「はい?」
「イチルギは第二世代の使奴で、私は第一世代。だから私の知識の大部分はイチルギに包含されている筈。でも、私でさえ思いつくような改善策をずっとほったらかしにしてる。彼女は正義の執行役を公言しておいて完璧は目指さない。スヴァルタスフォード自治区だって、潜入なんてまどろっこしいことをしなくても十分懐柔できたと思う。それ以外にも、変な動きはずっとしてる。多分、今回ハザクラとジャハルの前から何度かいなくなったりしてたんじゃない?」
「……はい。でも、何故…………」
「でも、それを私たちの前で堂々とやってるってことは、裏があるってこと。話せないのか、話さないのか、意味があるのか、無いのか、それは分からない。でも、ラルバがそれをどこかで利用したそうにしてるし、イチルギもそれに気付いてるから私は何も言わない。ハザクラも言わない方がいいよ」
「…‥そうですか」
「終わり?」
「え、は、はい」
「じゃあ私から一つ」
「なん……でしょうか」
「ラルバ曰く、悪魔郷では誰かが何か操ってるらしい。私は分からなかったけど、ナハルはほんの少しの違和感があったって」
「操ってる?」
「ラルバも具体的には分からないけど、そう感じるんだって。でも、使奴の目を掻い潜るほどの策を考えられるとしたら、やっぱり使奴しかいないと思う」
「……一体何のために」
「ゾウラもカガチも、あの国に使奴はカガチ以外いないって言ってた。でも……カガチは嘘を言ってると思う」
「カガチが?」
「詳しいことは何にも分からないけど…………。多分、ここにはまた来ることになると思う」
「そう、ですか」
バリアが話し終えると、虚構拡張によって作られた白いドームは“破れるように姿を消し”、元の狭いテントの中へと戻った。バリアはそのままモゾモゾと寝袋に身体を詰め込み、「おやすみ」と呟いて動かなくなった。ハザクラはパンを
そう遠くない未来。“彼女”は後悔することになる。ここで、その違和感を追求しなかったことを。
「ああ……ああ……ゴ、“ゴウカ”や……!! 何処におるけぇ……!!!」
「はい、旦那様……ゴウカはここに居ますよ」
「あ……ああ……!!! ゴウカ……!! ワシのゴウカ……!!! あの、あの“使奴”は、もう居なくなったかえや……!?」
「はい、旦那様。あの使奴はもうここに居ませんよ」
「ひいっ……ひいっ……。ゴウカ、ゴウカ……!!! もう、もう何処にも行かんでけれ……!!! ワシのそばに居ておくれぇ……!!!」
「はい、旦那様……。ゴウカは、ずっとここに居ますよ」