シドの国   作:×90

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88話 弱肉強食

〜神の庭 パルキオンテッド教会前〜

 

「いやぁぁああっ!!!」

「暴れるなこの馬鹿!!」

大人(おどな)しぐしでろっ!!」

「神様の名前を勝手(かっで)使(つが)いやがっでぇ! こっぢ座れ!!」

 

 集落を一望できる教会正面の広場。地面に描かれた出鱈目(でたらめ)な魔法陣の上に、ラルバは無理矢理座らされた。両腕を神の子の一族に掴まれ、今から起こるであろう(はずかし)めに怯えたかのように悲鳴を上げている。

 

「お前らぁ!! 注目〜っ!!」

 

 神の子の代表である男が角笛を力一杯に吹くと、その甲高い音に集落中の人間が教会の前へと集まってきた。神の子の代表は気味の悪い笑みを浮かべると、腰につけた袋から一欠片の石を取り出して掲げてみせた。

 

「これからぁ!! この嘘吐き女の“お(はら)い”をする!! ただしぃ……この女は神様の名前を勝手(かっで)使(つが)った!! その上勝手に逃げ出そうともした!! その罰としてぇ!! 皆の前で“大交(おおまじ)わりの儀”とするっ!!!」

 

 そう言って神の子の代表が掲げた石は、一見何の変哲もないただのコンクリート片に見えた。しかし、石の周囲には濃い波導が水に溶ける血のように流れ出しており、その異様さは魔力を持たない者にも容易に感じ取れた。

 

 

 

 その様子を、教会に侵入しようと姿を隠していたハザクラ達も見ていた。

 

「あれは何でしょう?」

 

 ゾウラが一切他意の無い純粋な疑問を呟くと、カガチが淡々と説明を始める。

 

「この(きゅう)の国で人間が生き延びてこれた理由でしょう。濃い波導を持った物体を定期的に摂取させることで、波導性の疾患を予防している。それにあのコンクリート片……、恐らく教会の建材の一つでしょう。この国にコンクリートの生成技術も材料もある筈がない」

「でも“お祓い”って言ってましたよ? あ、始まるみたいですね」

 

 神の子達は石を細かく砕いてラルバに飲ませ、服を剥ごうと強引に引っ張り始めた。

 

「歳を食っただけの童蒙(どうもう)共の伝言ゲームに合理性などありません。200年も外界と交流をせず、こんな井底(せいてい)で暮らしていれば腐りもするでしょう。確かに、あの儀式は始めこそ朽の国を生き延びる真っ当な策だったのかもしれません。しかし、今はあの痴愚が独裁を通すための玩具(オモチャ)に過ぎない」

「寂しいですね」

「愚人の末路など、そんなものですよ。さあ、先を急ぎましょう。これ以上見ていて良いことなどありません」

 

 カガチがゾウラの手を引いて教会へと入っていく。ハザクラ達もそれに続きその場から離れた。その背後からは、下賤(げせん)で悪趣味な波導がケタケタと笑うように垂れ流されていた。

 

 

 

「お前ら見でおげぇ!? 神の名前を勝手(かっで)使(つが)うど、どんな酷い目にあうか!!」

「いやぁぁぁあああっ!!!」

 

 代表の男が、ラルバの服を強引に脱がして公衆の面前に突きつける。ラルバは身を(よじ)って抵抗するが、神の子達が両腕を抱えて拘束する。その裸体が衆目に(さら)されると、ラルバは屈辱(くつじょく)に顔を真っ赤に染めながらも大声で異を叫ぶ。

 

「こ、こんなこと、神は望んでいませんっ!! まだ間に合います!! どうかこんな酷いことやめて下さいっ!!」

「まだ言うかぁこの馬鹿!! 神様の言葉聞げるのは、俺達神の子だけだぁ!!」

「そうだ!! 女なんがに神様の声は聞げね!!」

「本当です!! 信じて下さい!!」

「うるせぇこの馬鹿ぁ!! 神様は、“お前が嘘言ってる”って言ってんだぁ!!」

 

 

 神の子達はラルバの言葉など意にも介さない。代表の男は自身の着ていた毛皮を脱ぎ捨て、“お祓い”の体勢に入った。数人がかりでラルバを押さえつけ、腰を持ち上げて強引に迎え入れる姿勢をとらせた。そして、代表の男が脅すようにラルバの背後から語りかける。

 

「よく聞け馬鹿ぁ。もし本当に神様がお前の味方なら、なんでお前はこんな目に遭っでる? 何で神様は助げでぐんねんだ? それは、お前が嘘を言ってるか。それか、神様がこの儀式を、認めで下さってるってこどなんじゃねぇのか?」

「そ、そんなこと……」

「俺達のやってるこどが間違いなら、きっと誰がお前を助げでぐれる。全ては、神様の言う通りになるっ!!」

 

 代表の男の言葉に、神の子達は「そうだそうだ」と頷いている。それどころか、この儀式を見守る集落の男達でさえ、誰一人としてラルバを助けようとはしなかった。皆、神の子には酷い生活を強いられてはいるものの、神の子の言葉は神の意志そのものであると信じて疑わなかった。それ故に、今この場にラルバの味方はおらず、それどことか儀式を見られることに喜びを覚えている者さえいた。

 

 偶然弱者に生まれた者。偶然強者に生まれた者。学問が力を失い、人間最大の武器が意味を成さなくなった国。そこには、ただただ強者にとって都合のいい道徳のみが健やかに育まれていた。

 

 代表の男はラルバの腰に手を回し、そして慣れた手つきで自らのモノを()てがう。その感触にラルバは血相を変えて青褪(あおざ)め、押さえつけられた体を力一杯に揺らし取り乱す。

 

「やめて下さい!! 誰か!! 誰か助けてっ!!!」

 

 しかしその声は誰にも届かず、代表の男は(たかぶ)る性欲に身を委ねて鼻息荒く叫ぶ。

 

「神のぉぉぉぉおおお!! 名の下にぃぃぃぃいいいいっ!!!」

 

 そして、勢いよく()じ込む――――と共に、ふと違和感を覚えた。

 

「ん……?」

 

 代表の男が(よだれ)を撒き散らしながら抱きしめていた絶世の美女。今までのどの女よりも美しく、甘い香りがした”ソレ“が、人の形をしているだけの黒ずんだ物体であったことに気がついた。しかし、時すでに遅し。もぞもぞと揺れるように(うごめ)く人形が無数の虫の塊であることに気付くのは、挿れてしまった少し後だった。

 

「なんっ…………」

「うぎゃああああああっ!!!」

「ひぃぃいっあああっ!!」

 

 その虫人形を押さえつけていた他の神の子達も現実に気付き、大慌てで飛び退いて転げ回る。肝心の代表の男は、己のモノに虫が噛み付いた痛みと(おぞ)ましさで絶叫を上げながらのたうち回った。

 

「痛ででででででででぇっ!!! 油っ!! 油持っでごいぃぃっ!!!」

 

 阿鼻叫喚(あびきょうかん)の騒ぎの中、上空から(あざけ)るような高笑いが響き渡る。

 

「あーっはっはっはっは!! だから言っただろう!! “神はこんなこと望んでいない”と!!」

 

 その場にいた全員が声の方を見上げると、そこには浮遊魔法で上空に浮かぶラルバの姿があった。その姿は背負った太陽の輝きも相まって、まるで神が降臨しているかのような神々しさがあった。そして何より、ラルバの姿を目撃した者は皆自らの目を疑った。

 

 たった今ラルバが解いた魔法。昨晩編み出された使奴の特徴を認識させなくする魔法によって、ついさっきまで気にならなかった彼女の真っ白な肌の色。額を覆う真っ黒な(あざ)。毒々しい紫と鮮烈な赤の髪。血に染まったかのような禍々しい角と瞳。それらは、彼らが昔から常識のように刷り込まれていた“ある人物”の姿を彷彿(ほうふつ)とさせた。

 

「か、神……様?」

「神様だ……」

「神様っ……神様ぁっ!!!」

「神様だぁーっ!!!」

 

 呆然とする神の子達と、神の降臨に湧き上がる男達。その雄叫びは集落中に響き渡り、家にいた女達も何事かと飛び出してきた。

 

 ラルバがゆっくりと地面に降り立つと、腰を抜かしている神の子達以外の人間は皆頭を地面につけ平伏(ひれふ)した。ラルバは満足そうに微笑み、神の子の代表の下へ歩み寄る。神の子の代表は怯えるように身を強張(こわば)らせるが、直様(すぐさま)姿勢を正して平伏した。

 

「おい、お前」

「はっ。ははぁっ……!!」

 

 ラルバの透き通るような声に、代表の男は情けない声で返事をする。

 

「今までお前達がしてきたこと、全て見ていたぞ」

 

 勿論出鱈目(でたらめ)であるが、この言葉に代表の男は戦慄(せんりつ)した。独裁を強いる口実に神の予言をでっち上げたことは、一度や二度ではなかったからだ。

 

「しかし、謝ることはない。お前のしたことは正しい」

 

 代表の男は驚きのあまり顔を上げる。代表の男だけではなく、他の神の子や、天罰を期待していた集落の者達も顔を上げた。

 

「弱い者は、強い者に逆らえない。強い者の言うことは絶対。私も同じ考えだ。持っている力を使うのに、力のない奴の言うことなんか聞く必要ない。その通りだ。弱く生まれた奴が悪い。強く生まれた者の言うことを聞くのが当然。そうだろう?」

 

 (どよ)めき出す群衆の中、神の子達は喜び打ち震えた。さっきまでか弱い女性を演じていた神への冒涜(ぼうとく)が許された。自分達は選ばれし神の子で、自分達のすることは神の意志。その証明が、目に見える形で行われた。これは何ものにも代えられない奇跡であり、夢にまで見た悲願だった。この神の子達の狂喜と安堵(あんど)の入り混じった笑みに、ラルバはニィっと邪悪に笑って見せる。

 

「だから、私もお前らを(いじ)めていい」

 

 そう言ってラルバは勢い良く両手を打ち鳴らした。すると、集落を囲む森から無数の虫が湧き始め、凄まじい勢いで神の子達に群がった。奇怪で悍ましい毒虫の群れに、神の子達はのたうち回って悲鳴をあげる。地獄のような光景に、集落の人間は抱き合って身を寄せ合い怯えるが、ラルバは大きく高笑いをしながら演説を続ける。

 

「強い者が弱い者を(しいた)げ! 奪い! (おとし)め! 消費する! 疑う余地のない世界の(ことわり)だっ!! 私はお前達を認めよう!! 偶然強く生まれた者が!! 偶然弱く生まれた者を気の向くままに食い散らかす!! それは私も大好きだ!! だから偶然お前らより強く生まれた私の一時の暇潰しの為に!! 偶然私より弱く生まれたことを呪いながら!! 耐え難い痛みと恐怖と現実に(もが)き苦しみ!! 哀れに(みじ)めに無意味に死んでくれ!!!」

 

 降臨した神の笑い声が集落中に響き渡る。神に仕えていた神の子達が、神の名の下に暴虐(ぼうぎゃく)の限りを尽くしていた男達が、醜く悍ましい虫達によってゆっくりと絶命していく様を集落の人間は見ていた。

 

 (おご)り高ぶった権力者の失墜(しっつい)に喜ぶことは決してなく、そこにあったのは今まで信じ続けていた神の意志に対する曇りのない恐怖であった。

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