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「パルシャは村人を守りたかった。村人はパルシャを殺せなかった。互いが互いを守り合った結果、200年の歳月をかけて今の肥溜めが出来上がった」
カガチが話し終えても、誰一人として口を開くことはなかった。ハザクラも、ジャハルも、シスターも、ナハルも、そしてゾウラも。どこかで滴っている水の音だけが空間をけたたましく走り回る中、カガチが再び
「……パルシャの全身を覆っている菌類。ラルバの言う通り新種の菌だろう。しかし、明らかに人為的な改造が施されている」
「分かるんですか?」
ゾウラがカガチに近寄って尋ねる。
「もしもこの菌類が人智を超えた超常的生命体であれば話は別ですが、糸状菌の菌糸が明らかに既存の魔法陣を描いています。新種の菌、長寿バクテリアが魔法陣を維持するように糸状菌を制御している……。高度な置換魔法を使えば可能でしょうが、あくまでも机上の空論。サイコロを100個投げてゾロ目を出すような気の遠くなる作業になります。黒幕は恐らく異能持ちでしょう。例えば……ラデックのような改造系か、或いは人道主義自己防衛軍創始者のような全知か」
そこまで言うと、カガチがパルシャに向けて手刀と放つ――――のを、ハザクラが
「……何故止める?」
「他にやりようがあるだろう」
「あったとしてどうする」
「少なくとも、今はまだ取り返しのつかなくなる決断を下せる状況じゃない」
「……好きにしろ」
カガチはハザクラの手を振り払って背を向ける。ハザクラは少しだけ
「では、パルシャの処遇について話し合いを始めようと思う。皆それぞれ自分の考えがあると思うが、どんな内容であっても構わない。臆することなく率直に表現して欲しい」
そこまで言うと、ジャハルが恐る恐る手を上げた。
いつもなら、自分の正義に従い道徳と実利を最大限に追求した合理的提案を行うであろう、人道主義自己防衛軍の
そんな彼女が、まるで怯える幼子のような表情で目を泳がせていた。ジャハルは意を決するように唾を飲み込むと、視線を震わせながら口を開いた。
「わ、私は、その……と、言うより。…………彼を、目覚めさせない方が良い、と思う……」
誰も返事はしなかった。肯定も、否定もしなかった。ジャハルという人物がこの発言を行うのに、一体どれだけの覚悟と思慮を巡らせたのか。誰にも分かる
しかし、ハザクラだけは彼女に真正面から向き合い、落ち着いた声でゆっくりと語りかけた。
「……なんでも人形ラボラトリーでハピネスに言われたことだけじゃ、なさそうだな」
ジャハルは静かに
「た、確かに、あれは自分を見つめ直す良い機会だった。今思えば、ハピネスは
「構わない。話してくれ」
「……長話になる。昔、私には”プランシィ“という幼馴染の女の子がいた。まだ私が5歳くらいの頃だ。とても勇敢な子で、虫が苦手な私のために
ジャハルは少し身構えた。ハザクラに
「い、今でも、そう思っている。愛する人の居ない世界を生きるくらいなら、死んだ方がマシだと。でもこれはきっと、私が“幸せ者”だからなんだろう。私はあまりにも無知だ。私にとっての苦痛の最大値はそこなんだ。あの日、プランシィが命を賭して私を助けてくれたのに、私はその命さえも捨てようとしている……。あの事件の後に知ったんだが、プランシィも虫が大の苦手だったらしい……。私は知らなかった。私の前では弱い姿を見せなかったから……! 私は、愛されていた……!! 私もプランシィを家族のように愛していた……!! でも……!! だからこそ……!! プランシィの居ないこの世はあまりにも、あまりにも苦しい……!!! この苦しみに打ち勝つのには長い年月がかかった!! いや、恐らく今も打ち勝ててはいない……今も……私は、囚われたままだ!!」
心からの叫びが地下室に
「……この術者は、パルシャは……この苦痛に耐えられるだろうか……? 私は、きっと無理だ……。二度目は……二度目は無理だ……。パルシャも二度目かもしれない……いや、もしかしたら三度目かもしれない……。私は、きっと恨まれる。「何で目覚めさせた。誰が起こしてくれと頼んだ」って……。そうなったら、私はきっと自分を呪わずにはいられない……」
ジャハルの目に溜まった涙が、少しずつ頬を伝って流れ落ちる。ハザクラがシスターとナハルの方へ目を向けると、2人は顔を見合わせてから静かに頷いた。すると、ゾウラがカガチの袖を引いて問いかけた。
「カガチ、パルシャさんとお話しすることって可能ですか?」
「え。お、お話し、ですか?」
「はい。今パルシャさんに私達の声は聞こえていないんですよね? なので、テレパシーとかで意思の
「……まあ。通信魔法を使えば不可能ではありませんが……全員とは難しいでしょう。そも、彼が意志を表示することができるかどうか……。出来ても1人が限界です」
ゾウラがジャハルの方に振り向いて笑って見せる。
「ジャハルさん。パルシャさんとお話ししてみませんか?」
ジャハルは唇を噛んで
「……む、無理だ。私なんかじゃ……」
「自信持ってください。ジャハルさんの気持ち、きっと伝わりますよ」
ゾウラがジャハルの背中に手を当てて笑顔を見せる。ジャハルは再びパルシャへと目を向けるが、数秒も直視できずに目を逸らした。そして、顔を伏せて数歩下がってしまう。
「……すまない。……本当に、申し訳ない。私には、私なんかには……とても」
「じゃあ、私がお話しさせてもらってもいいですか?」
「え?」
「カガチ、お願いします」
カガチはゾウラに命じられると、パルシャの額に手を当てて魔法を発動する。
「お話しできるのはゾウラ様のみです。それ以外の者はただ2人の会話を聞くだけ。しかし注意してください。パルシャは200年の間一切の思考を行なっていない可能性が高く、マトモな会話にはならないでしょう」
「構いません。何とかなりますよ」
ジャハルが未だ状況を飲み込めない中、カガチが魔法陣を展開した。カガチを中心に足元に魔法陣が広がり、そこから溢れる波導光が全員の視界を埋め尽くしていく。その光の中では目を閉じても視界は暗闇に閉ざされることなく、次第に重力の方向も分からなくなっていった。
〜通信魔法“意識水槽“〜
何もない真っ白な空間。どこまでも広がっているような、閉じ込められているような、そんな初期化された世界の中心に、ゾウラとパルシャだけがいる。
ゾウラは不思議そうに辺りを見回した後、パルシャに目を向け微笑んだ。彼の姿は先程の
「こんにちは!」
「………………」
「初めまして! 私はゾウラ・スヴァルタスフォードと言います」
「………………」
「あなたはパルシャ・レイヴス・エイドンさんですよね?」
「………………」
「今まで結界の維持、お疲れ様でした!」
「………………?」
パルシャの目が少しだけ開く。
「あんな凄い結界を1人で保っていたなんて、すごいです!」
「……は………………か?」
「戦争はもう、終わりましたよ」
「………………のか?」
パルシャがゆっくりと顔を上げてゾウラの顔を見る。
「皆さん無事に生き残りましたよ! 全部パルシャさんのお陰です!」
「あ…………」
パルシャの目に涙が溜まり始める。
「皆さん、パルシャさんにとても感謝していましたよ! 本当に、ありがとうございます」
「……わった。……お、終わっ…………た……のか……!!!」
パルシャの目から大粒の涙が流れる。
「そうか……!! 皆生き残ったか……!!!」
「はい。全部、パルシャさんが頑張ってくれたお陰です」
「ああ、よかった……よかった……!!」
パルシャは両手で顔を覆い、肩を震わせて泣きじゃくる。
「無駄になると思った……やってよかった……!! まさかこんなことになるなんて、でも、間に合ってよかった……そうか、そうか……!! 皆助かったのか……!!」
「今まで、よく頑張りましたね」
「ああ、ああ……! あの戦闘機を見た時はもう終わったと思った……! まだ、やりたいことが沢山あったんだ……ヘッシュは大丈夫だろうか……犬を、犬を飼っているんだ。でも、ロイスは僕と違って器量のいい人だから、きっと連れ出して避難してくれただろうな……。ロイス、僕の彼女なんだ。研究馬鹿で、思い遣りのないこんな僕なんかのために、毎日お弁当を作ってくれるんだ。僕も彼女を喜ばせようと一生懸命だったんだけどさ、全然上手く行かないんだ。だってさ、こないだの初デートなんか、さんざ悩んだ結果がガーゼ紀資料館だぜ? はは、笑えるよな。帰りは
「いい彼女さんですね」
「ああ、そうなんだよ。……格好なんかつけなけりゃよかった。本当はね、ホットドッグを食べさせてやりたかったんだ。汚い
「はい! 近いうちに必ず寄らせて頂きます!」
「ローウォード大学の正門前に、3の倍数の日は必ず居ると思う。パルシャの知り合いだって言ってさ。そうしたらきっと喜ぶだろうから。できれば、お友達も連れていってあげて。因みに、おススメは“粗挽きトリプルハーブミックス“。これでもかってくらい粗く挽いたソーセージに、ハーブが色変わるぐらいギッシリ入ってて旨いんだ。これがあの自家製ピクルスに一番合うんだよ」
「それは美味しそうですね」
「あ、でもあれは確か夏限定メニューだったかな……。冬だったらチーズのやつが、あれ、今って何月――――
〜パルキオンテッド教会 防空壕〜
「時間切れです」
気がつくと、辺りは先程の防空壕に戻っていた。乱雑に
ゾウラがカガチの顔を見上げると、カガチは一度だけゾウラと目を合わせた後パルシャの頬に手を当てる。
「……意識を取り戻すのに魔力を割いてしまったからなのか、もう
「
「できますが、完全には無理でしょう。まずは肉体の大まかな蘇生をして、最低限の生命維持機能を修復した後に骨と臓器と筋肉組織全てを移植し直す必要があります。恐らく、想像を絶する地獄の苦しみを数年は味わうことになります」
「そうですか……」
「死亡させますか?」
「………………」
ゾウラの後ろからジャハルが近寄る。
「……私に、私にやらせてくれ」
ジャハルは涙を拭ったばかりの顔で、真剣な眼差しをカガチに向けた。カガチは呆れるように溜息を零すと、パルシャの側から数歩離れる。
「お前の剣で脳天を叩っ斬ればいい。首を落とすのはやめておけ。もし仮にまだ意識があった場合、死が数秒遅れる」
「……ああ」
ジャハルがパルシャの正面に立ち、深く一礼する。そして背中の大剣をゆっくりと構え、大きく深呼吸をする。
「……パルシャ・レイヴス・エイドン。貴方の勇敢なる判断に、心よりの感謝と敬服を」
〜夕暮れの
「あー、晴れたねぇー」
「ずっと晴れだが」
「いや、気が晴れたねぇって」
「ずっと晴れだが」
神の庭から少し離れた森の中。用事の済んだラルバ達が、ハンモックに揺られながら早めの晩酌を
「電気も魔法も水道も、一度失ってみないとありがたみが分からないもんだな」
しかし、ラルバは一切気を使うことなく食べかけの串焼きを振って笑いかける。
「おっかえりー。術者死んだー?」
その問いには誰も答えず、ゾウラが辺りを見回して質問を返す。
「あれ、イチルギさんは?」
「神の庭の連中を保護するのに世界ギルドと連絡取ってる。あと健康診断? まあまあ時間かかるらしいから先に宴会しちゃおうと思ってね。食べる?」
ラルバが串焼きをゾウラに差し出すと、ゾウラは笑顔で受け取って頬張り始める。
「ん、おいしい! でも、こんなに食べちゃったら晩御飯入らないんじゃないですか?」
「使奴に腹の都合などない。入れれば入れただけ入るし、一生飲まず食わずでも生きていける」
「お願いなんですけど、夕食の準備、今日は私が担当してもいいですか?」
「いいけど、何作るの?」
「ホットドッグです!」
「……それ晩御飯? 普通お昼とか朝に食べるんじゃないの?」
「今食べたいんです! ピクルスどっさり入れた粗挽きのハーブソーセージで!」
「えぇ〜イチから作るのぉ? ソーセージならスヴァルタスフォード自治区で買ったのがまだ余ってるでしょぉ。そっち先使いなさいよ」
「今日はこれがいいんです!」
「それにピクルスどっさりって……。そんな余ってないよ。元々買ってないし」
「作りましょう!!」
「今から?」
「今から!」
「んえぇ……。今日なんかウラらん面倒臭いぃ……」