シドの国   作:×90

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98話 リサイクル品

「俺には、彼女を説得出来ない。俺には、説得力がない」

「そんなことない。お前には世界を救うという大きな志があるだろう。その果てしない覚悟は、それ相応の説得力になり得るだろう」

「ならないんだ。俺が何を言っても、結局は口先だけだ。俺の中にある覚悟は、取り出して見せることは出来ない。仮に覚悟が見える形であったとして、こんな野望など達成出来なければただのゴミだ。達成出来ていないことは、俺以外の人間にとっては妄言と何ら変わらない」

「そうは思わない」

「そうか。そう言ってくれるか。ラデック」

 

 

 ハザクラが噴き出すようにして少しだけ笑った事に、ラデックは背筋が凍りつくような感覚に襲われる。

 

 

「俺に出来るのは、行動だけだ。後は任せる」

「待て、ハザクラ何を――――」

『俺は、俺を殺す』

 

 

 

 

 ハザクラの異能が発動した。

 

 

 

「ハザクラ――――!!!」

 

 ラデックがすぐさまハザクラに駆け寄り、異能でハザクラの肉体を治療する。しかし、ハザクラは自身の異能によって(またた)く間に衰弱していき、返事すら出来ない程の虫の息になってしまった。

 

「ハザクラ……!! お前、なんて馬鹿なことを……!!!」

 

 突然のハザクラ自殺。その理解し難い行動にトールは

 

「――――なんで?」

 

 少しだけ顔を(ゆが)めた。

 

 どんな苦痛にさえ微笑みを崩さなかった女神が、眉を(ひそ)めて目玉をぎょろぎょろと泳がせながら狼狽(うろた)えた。何故? コイツは自分の命に価値があると思っているのか? 死にたがりの僕が助けてくれると思っているのか? 僕は君達を殺そうとしているんだぞ? 何故? 何故? 何故? 何故?

 

 しかし、トールは狼狽(ろうばい)しながらも、疑問の波に溺れながらも、(かつ)てハザクラに受けた“不快感を(あら)わにするな”という命令を無視する程の衝撃に揺さぶられながらも、心の奥底ではハザクラの真意に気が付いていた。

 

 彼の自殺は、トールの目的を断つため。トールは自身を殺させる為にハザクラ達を殺そうと(おど)した。しかしラデックにはトールを殺害する手段は無く、ハザクラにのみ可能性が存在した。そこでハザクラは自らの死を(もっ)て“トールの死を永久に奪うと脅した”のだ。ハザクラが今ここで死ねば、トールは新たに無理往生の異能者を探し出さなければならない。しかし、特定の異能者を探し出すのは、恐らく使奴を殺す方法を探すよりも遥かに難しい課題であった。トールの自死を目的とした脅しに、ハザクラは自死による脅しで対抗したのだ。

 

 死のうとして殺そうとする者と、殺さぬために死のうとする者。

 

 そして、この場でトールが狼狽えてしまったことにより、一つの事実が明らかになった。それは、トールの死亡宣告はブラフだったということ。もしこの虚構拡張内でのトールの発言が問答無用で真実になるならば、今まさに“ハザクラは死なない”とだけ言えば済む話である。しかし、そうせずに狼狽えてしまったことによりラデック達に脅しが嘘であったことがバレてしまった。

 

 トールの虚構拡張による本当の性能は、発動条件の規制緩和ではなく、発言者の制限解除である。トールの異能は”自身による虚偽の発言を信じている者が大勢いる場合、それが現実になる異能“である。しかしこの虚構拡張内では、”自分自身以外にも他者の発言も現実に反映させる“ことが出来る。しかし、それは自分で言うか他の誰かが言うかだけの違いであって、実質無意味と言っても差し支えのない性能だった。

 

 故にトールは今、不本意な選択を強いられている。ハザクラを見殺しにして自死の可能性を断つか。ハザクラを助けて可能性を守るか。しかし、異能による自死を選んだハザクラを救うには、トールとラデックだけでは不可能。誰かの助けが要る。何にせよ、彼を助けるならば虚構拡張を解く必要があった。

 

「トール……!! 頼む、ハザクラを助けてくれ……!! 彼は、こんなところで死ぬべき人間じゃない!!」

 

 ラデックの叫びが、トールの耳を素通りする。

 

「ハザクラさえ生きていれば! 貴方もいつか死ねる日が来る! その可能性を捨てるのか!? 彼が今死んだら!! もう使奴が死ぬ術は永久に断たれてしまうかも知れないんだぞ!!!」

 

 そんなことは当然彼女も分かっている。彼女が分からないフリをしているのは、度を越した絶望による現実逃避。彼女は自分の悲願が達成されない現実を、無意識の内に拒否していた。

 

「早く!! 俺ももう抑えきれない!!!」

「あ……あ……う……」

「トール!!!」

「ふ、ふざけ……」

 

 トールは唾を飲み込んで怒鳴り声を上げる。

 

「ふざけるなっ!!! なんでっ……なんで僕の方が苦しまなきゃならないっ!!!」

「その苦しみから解放される為にも――――」

「この日をっ!! この日を僕がどれだけ待ち望んでいたか!!! それをっ……それをなんで――――!!!」

「時間がないんだ!! トール!!!」

「死ねばいい!!! お前なんか……今ここで!!! 死んでしまえばいい!!!」

「トール!!!」

 

 ラデックが片手でハザクラを治療しながら、もう片方の手をトールに向ける。ラデックの腕は(わら)のように細く(ほど)けていき、細長い触手となってトールへと襲い掛かった。トールは大きく後方へ飛び退いてから、炎魔法で作り出した隕石のような炎弾を放った。炎で(とぐろ)を巻いてラデック達へと襲い掛かる炎弾を、ラデックは解けた腕で包み込み改造による鎮火を試みる。しかし、炎弾の本体に触れる前に触手は消し炭となって砕け散ってしまう。そして、そのまま2人は炎の渦に呑み込まれた。

 

 

 

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 

 トールは大きく肩で息をしながら目を細める。炎弾が命中した場所には真っ黒な塊が2つ転がっており、その内の1つの表面がひび割れて中から人間の顔が現れる。

 

「……トー……ル……」

 

 ラデックは異能によって辛うじて完全な炭化を免れたものの、無事なのは臓器と一部の筋組織のみであり、顔以外の部分は真っ黒な炭にとなって大きな亀裂が入っていた。そして隣に横たわるハザクラは炭の塊になって微動だにせず、その生死は最早確認するまでもないように思えた。ラデックはハザクラを一瞥(いちべつ)すると、身体を異能で修復しながら蹌踉(よろ)めきつつもトールへと歩み寄る。

 

「トー、ル……まだ……ま、間に合う、かも、しれない……。ハ、ハザクラ、を……」

「……(うるさ)い。こんな奴。どうなろうと知ったことか」

「た、頼む……彼は……彼は、俺達が……無理やり、連れ、連れて、来た……だけ、なんだ……」

「お前もすぐに殺してやる」

「俺が……貴方を……殺すから……」

「……何だって?」

 

 トールは構えていた腕を下げて、怪訝(けげん)そうな表情でラデック見る。ラデックは息も絶え絶えに、トールに近づきながら必死に自己修復を行う。

 

「俺が……貴方を殺せないというのは……半分、本当だ。せ、生命体の改造という、性能の都合上。相手を、絶命させる。生命体ではなくすることが、出来ないと思った。もう半分は、俺自身の……気持ちの問題。俺が、人を殺す勇気が……なかった、だけだ」

「信用ならない」

「頼む。信じてくれ」

「嫌だ」

「すまない」

「何が」

「嘘だ」

 

 ラデックがぎこちない引き()った笑みを作る。トールはその笑みに(おぞ)ましい恐怖と(いきどお)りを覚えた。しかし、その“気付き”も既に遅く、トールは全身から力が抜けてその場に倒れ込む。トールが目玉を動かして背後を見ると、髪の毛ほどの太さの細い触手が蛇のように先端を持ち上げていた。その触手はトールから離れるように後退していき、大きく遠回りをしてラデックの人差し指へと巻き取られていく。

 

「すまない。せ、切羽(せっぱ)詰まっていたとはいえ、酷い嘘を吐いた」

 

 ラデックが呼吸を整えながら頭を下げると、その後ろに横たわっていた炭の塊が上体を起こして声を発する。

 

「……ぁ……ぃ…………」

 

 炭の塊は微かに人のような声を発し立ちあがろうとするが、地面についた手は脆くも砕け再び地面に転がってしまう。

 

「ハザクラ……無理するな」

 

 ラデックがそう呟くと、トールは信じられないといった様子で声を上げようとする。しかし、体に力が入らず声はか細い吐息となって喉を素通りするだけであった。

 

「体の自由と一緒に、言葉の自由も封じさせてもらった。トールの異能が発言をトリガーに発動する以上、僅かな不安材料でも取り除かなくてはならなかった。すまない」

 

 自己修復がある程度終わり、(ようや)く人間らしい姿を取り戻したラデックは、トールに歩み寄り首筋に手を当てる。そして彼女の認証輪を浮かび上がらせると、ダイヤルを回すように操作を始めた。

 

「グリディアン神殿で学んだ事だが……殺害を強制する命令に承諾しても、蘇生行為は妨害されないそうだ。恐らくハザクラは、自死の暗示の前に自己蘇生の暗示もかけていたんだろう。だから、炎魔法で意識を失った直後に俺が少し回復させるだけで生き延びることが出来た。多分、意識を失った時点で自死の命令は達成された扱いなんだと思う」

 

 ラデックはそこまで言うと手を止め、冷たい目をトールに向ける。

 

「しかし……、貴方も彼に感謝しなくてはならない。少なくとも、一度は絶対に謝罪してもらう」

 

 トールが疑問を含んだ恨めしげな目でラデックを睨む。

 

「本来、この勝負はハザクラの圧勝だった筈だ。何せ貴方はリサイクルモデル。さっき自分で言っていたな。“ 命令を重ねがけされてしまったせいで他の使奴のように気合いで命令を反故にすることが出来ない”と。ならば今もハザクラに“虚構拡張を解け”と言われたら大人しく従うしかない。それをハザクラがしなかったのは、彼の貴方達使奴に対する礼儀だ。彼はトールという1人の人物を尊重し、一切の妥協もせず正面から向き合ったんだ。それに、あの炎魔法を喰らったその直後でさえ、俺に“トールを殺せ”などとは命令しなかった。蘇生直後のハザクラが力を振り絞って俺に(ささや)いた命令は、“完璧な演技をしろ”だ。俺がこの状況をなんとか出来ると託してくれた。俺が貴方を殺さないと信頼してくれた。消し炭にされたその今際(いまわ)(きわ)にさえ、彼は貴方を傷付けることはなかったんだ。だが……貴方は、それを無下にした」

 

 ラデックは認証輪に(かざ)していた手を引っ込め、トールに向けた目を細めて憤慨(ふんがい)を露わにする。

 

「ハザクラは逃げなかった。貴方に幾ら罵倒されても、不可抗力の事実を咎められても、ハザクラは貴方の言葉を全て飲み込み、己の痛みと、現実と向き合った。だが貴方はどうだ? 共に地獄を味わったであろうハザクラを脅すばかりか、願いが叶わぬと知るや否や八つ当たりに殺すなど……!!!」

 

 しかしトールは表情を変えず、殺意の篭った眼光を刀のように鋭く光らせラデックに突き刺す。その常人であれば気を失ってしまうような悍ましい気迫に、ラデックは怯む事なく対峙(たいじ)する。

 

「まるで“お前に何が分かる”と言わんばかりの顔だな。自分の痛みを理解できない輩に知った口を利かれるのがそんなに嫌か。……知ったことじゃあないな。お前だって、ハザクラの痛みを知りもしない癖に彼を攻撃しただろう。我儘(わがまま)には責任が伴う。使奴ならそのくらい分かってた(はず)だ」

 

 トールの表情が益々険しく、憎悪に満ちたものになっていく。

 

「今まで貴方がどれだけ苦しんだとか、今どれだけ辛いかとか、もうこの際俺の気にすることじゃない。今は、俺の仲間が傷付けられ、尊厳を踏み(にじ)られた。それだけが全てだ。俺はこれを許せない。だから――――」

 

 ラデックが大きく息を吸って心を落ち着かせ、吐き捨てるように呟く。

 

「今ここで、お前を殺してやる」

 

 トールの首から浮かび上がる認証輪が光り輝き、朱色の波導煙を上げ始める。

 

「だが、ハザクラには謝ってもらう。今から君の体の不自由を解く。ハザクラにキチンと謝ったら、最後の仕上げを施して死の魔法を展開させてやる」

 

 そう言ってラデックがトールに触れると、トールはゆっくりと起き上がり、自分の手を握ったり開いたりして自由を確かめる。

 

「ハザクラに謝れ」

 

 ラデックは急かすようにトールを睨み付ける。しかし、トールは口を(つぐ)んだままぼうっと(てのひら)を見つめ動かない。もう既に彼女の殺意は収まっていたが、それは無抵抗の保証にはならず、依然として生暖かいヘドロのような気色の悪い空気だけが虚構拡張内に立ち込めていた。

 

 トールは数分の間、魂が抜けたかのように自分の手を見つめ続けていた。そして(おもむろ)にハザクラであろう炭の塊に目を向けると、僅かに眉を顰めた。そして――――

 

 極彩色の景色は“別の景色が染み出すようにして”上書きされ、元の遺跡が姿を現した。

 

「……トール?」

 

 突然解除された虚構拡張に、ラデックは怪訝(けげん)そうな顔をしてトールの顔を覗き込む。すると彼女は、鼻で小馬鹿にするように笑いラデックを睨んだ。

 

「信用ならない」

「……俺が意図的に死の魔法を引き起こすことが出来ないと思っているのか? 確かに俺は今ハザクラの命令で演技を完璧に行えるが……これは嘘じゃない。俺がやってるのは認証輪の初歩的な操作に加え、生命体改造を応用して魔法陣の誤作動を引き起こしているに過ぎない。言わばクラッキングのようなものだ。俺は下級使奴研究員だし、認証輪の操作方法を完全に把握しているわけじゃない」

「どうだか……だが、それ以上に“気に食わない“」

「何がだ?」

「Mr.ハザクラは僕を脅した。そんな奴に謝らなきゃならないなんてのが気に食わない。だから僕は謝らない」

「……それは、今の苦しみから逃れることより重要なことなのか?」

「もうこの苦しみも慣れた。無意味に生きるのは辛いけど、何か目標があれば耐えられる」

「目標?」

「僕は決めたよ。生き延びて、Mr.ハザクラの統治する世界が腐っていく様を見届けることにする」

 

 トールが微笑んでハザクラに目を向ける。

 

「君に世界平和が実現できるかは知らない。でも、もしその夢が瓦解(がかい)することがあるなら、僕はそれを特等席で見てから死にたい」

 

 ハザクラは未だ自己回復が済んでいない炭の塊のままであったが、トールの言葉はハッキリと聞こえていた。ラデックは苛立(いらだ)った様子でトールの肩に手をかけ彼女を睨み付ける。

 

「彼の邪魔をするなら殺す。今ここで」

「邪魔なんかしないよ。だって、彼は世界平和のために誰かと戦って死ぬ事を恐れないだろう? だから僕も戦わない。(むし)ろ協力するさ」

「信用ならないな」

「結構だ。僕も世界平和のために復興派に加わるよ。万全の状態で彼は世界平和を目指せる。でもきっと上手くいかないよ。使奴が幾ら優秀と言ったって、その優秀な使奴を生み出したのは腐った世の中だ。彼は必ず世界の愚かさに負ける時が来る」

「来ない。俺達が来させない」

「来るさ。そして絶望し、己の無力さと傲慢(ごうまん)さに打ち(ひし)がれ死んでいく様を、僕は見届けることにするよ。どうせあと数十年だ。それぐらいならこの苦しみも我慢出来る」

 

 そう言ってトールは2人に背を向け、機嫌良く歌を口遊(くちずさ)みながらその場を去って行った。ラデックはその背を見送ってから、ハザクラに手を当てて治療を施し始める。

 

「……俺には彼女を悪と呼ぶことはできない。彼女は善人ではないが、悪人でもないと思う。お前はどう思う? ハザクラ」

 

 ハザクラがこの問いに答えることはなかったが、それは決して発声器官の損傷によるものでは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラデック!!! ハザクラ!!!」

 

 数分後、2人の元へラルバが凄まじい勢いで遺跡の床を踏み割りながら駆けてきた。

 

「ラルバ、どうしたその姿は。真っ黒じゃないか」

 

 キザンによって粉々にされたラルバの全身は当然黒痣に覆われており、まるで頭から墨汁を被ったかのような異質な姿をしていた。しかしラルバはラデックの言葉に答える素振りも見せず、ラデックの頭を両手で掴んで顔を近づけた。

 

「ラデックの方こそどうしたこの怪我は! ハザクラもだ! 何があった!?」

 

 未だ身体の節々に焼け跡を残しているラデックと、依然として全身が炭のままのハザクラに、ラルバは血相を変えて歯軋(はぎし)りをする。

 

「トラブルがあった。命に危険が及ぶようなことでは無かったが、ハザクラが少し無茶をした。特に問題は無い」

 

 ラデックの言葉に、ラルバは顔を顰めつつも落ち着きを取り戻し始める。しかしすぐにその視線は2人から外れ、何かを探すように泳ぎ出した。

 

「……ハピネスとジャハルは?」

「ハピネス? ジャハルはとっくに遺跡を出た筈だが……、ハピネスは虚構拡張に巻き込まれていないぞ」

「何だと?」

 

 ラルバの反応にラデックの背筋が凍りつく。

 

「一緒じゃ……無いのか……!?」

 

 使奴の波導察知能力、即ち“念覚(ねんかく)”は視聴覚と同じく鋭敏である。波導を発する生命体であれば壁の向こうにいても容易に察知ができ、遠く離れていなければ個人の特定まで可能である。使奴にとって、生命活動を行なっている人間は常に大声で叫んでいるのと変わらない。

 

 その使奴の最新モデルであるラルバが、ハピネスを一瞬で見失った。その理由として考えられる要素は大きく分けて3種類。消失と勘違いする程の速さで遠ざかったか、波導を遮断する虚構拡張等に飲み込まれているか、(ある)いは絶命したか――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トールの虚構拡張が解かれる数分前――――

 

「げほっ……げほっ……。はぁ……はぁ……ぐっ、がはっ!!」

 

 ハピネスは致死量とも思える程の血を吐き出してその場に倒れ込む。意識は朦朧(もうろう)とし、次第に手足の感覚が無くなっていく。

 

「……ごぽ……。ふーっ……ふーっ……」

 

 ハピネスはゆっくりと呼吸をしながら必死に痛みを(こら)える。全身が痙攣(けいれん)を始め、掌から“猛毒の入っていた小瓶(こびん)”がするりと転がり落ちる。

 

 彼女はもう片方の手で握っていた竹串を両手でしっかりと握り、最後の力を振り絞って“自らの両眼に突き刺して(えぐ)り取った“。

 

「ぐぅっ……!!! がっ……! はぁっ……!! はぁっ……!! ふーっ!!」

 

 そして竹串に刺さった目玉を抜き取ると、今度は耳に差し込んで“鼓膜ごと内耳を突き刺した”。

 

「っ――――!!! ああっ!!! うっ……ぐっ――――!!!」

 

 毒薬によって感覚は相当に麻痺していたが、それでも耐え難い激痛。彼女は両耳を押さえながら体を丸め胎児のような姿勢をとる。噛み締めた唇からは血が滴り吐血に混じって流れ落ち、横たわった彼女の絹のように滑らかな金髪を覆い隠すように赤く濡らした。

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