喫茶店『小さな花』は朝からそこそこ賑わっていた。荒野 樹がマスターを務めるこの店は、基本的にモーニングサービスを実施しているため、常連客が多い。店内にいるのは近所のおっさんどもが五割、派手な見た目の若者が三割、サラリーマンらしき人々がニ割……といったところだろうか。ほとんど常連だった。
「いらっしゃいませ〜」
「うっす! お久しぶりです!」
祈龍が挨拶すると、カウンター席に座ったスーツ姿の男が返事をした。彼はかつて祈龍を慕っていた青年の一人で、つい最近就職したらしい。
「よう、最近どうよ」
「相変わらずですよ。仕事忙しいっす」
「大変そうだな。今日は?」
「もちろん、コーヒーを飲みに来ました。……あ、でも、今日はちょっと別の用事もあって……」
「ほう? どんな」
男は照れくさそうに頬を掻くと、すこしずつ話し出した。
祈龍はその話を興味深げに聞いていた。
男の話が終わると、祈龍は何度か大きく息を吐きだしてから言った。
「なに、お前結婚すんの!?」
「はい、まあ。……そんな驚かなくても」
「いや、だってなぁ……。そっか、ついにか」
祈龍の反応を見て男は苦笑すると、それでですね、と続けた。
「実はその相手の人、あなたも知ってる人なんですよ」
「言わなくてもわかるって。あいつだろ? お前ら仲良かったもんな」
「はは、わかりますか。まあ、そういうわけなんで……」
しばらく談笑していた二人だが、祈龍は最後に、相談があるから仕事が終わったら連絡するように頼む。男がそれを快諾したところでちょうどコーヒーが届き、祈龍も他の客の接客に回ることにした。
数時間後、喫茶店の閉店時間となり、祈龍が閉店作業をし始めたところ、朝の男からの連絡が入った。
「もしもし」
『もしもし祈龍さん』
「おう、終わったか?」
『はい。今どこにいます?』
「店の前だよ。待ってっから」
『了解っす』
店のドアだけ開けたままにしておいた祈龍がカウンターやテーブルの上を拭きながら待っていると、やがて男が姿を現した。
祈龍は男を店内に迎え入れ、コーヒーを出す。もちろん店の商品ではなく彼が個人的に所有している豆だ。
一口飲んでから、祈龍は本題を切り出した。
「んで、相談なんだけどな……」
「ああ……一体何なんです?」
祈龍は男に例の作戦を話す。と言っても、ただ女の子を探し回る怪しいやつがいたら、そいつの情報が欲しい、というくらいだったが。
その作戦を聞いた男は、やや考える素振りを見せたあと、考えをまとめたのだろう、よし、とつぶやいてから顔を上げた。
「わかりました、気にかけておきます。あとは、後輩連中にこの話流しときますよ」
「助かるわ。俺からも流しとくか」
「それにしても、何でこんなこと気にするんですか?」
男はそう問いかけてくる。しかし、その顔に浮かんでいるのは疑念の表情ではなく苦笑で、言わなくてもわかってますよ、と言わんばかりだった。
「あぁ、こないだ路地裏で女の子が襲われてるのに出くわしてな。なんか組織だって動いてたくさくて、それでな」
「やっぱり、なんかあったんすねぇ。ま、安心しましたよ、いつもどおりで」
「うるせえよ。……ありがとな」
「気にしないでください。あなたには世話になりましたからね」
祈龍が改めて礼を言うと、男はそう返して店を出ていった。それを見送って祈龍は看板をCLOSEにする。と、ちょうどそのタイミングで片付けが終わった樹がカウンターまで出てきた。
「祈龍、お疲れさん」
「おっちゃんもお疲れ」
いつものように声を掛け合う二人だったが、樹は何か言いたそうな様子で祈龍を見ている。しかし、それに気付いた祈龍が何事か聞く前に、樹は一つだけ言い残して帰っていった。
曰く、
「あのマナって子から、あんまり目ぇ離してやるなよ」
とのことだった。
「わかってる」
祈龍は一人つぶやくと、ややぬるくなったコーヒーを飲み干し、片付けた。
祈龍が生活スペースに戻ってきた時、マナは祈龍が持っていた漫画を読んでいた。祈龍が声をかけると、よほど熱中して読んでいたのだろう、マナは驚きながら振り返った。
「ごめんなさい! 夢中になっちゃって……」
「別に謝ることじゃねえよ。……そういえば例の作戦だけど、一応話を広めるところまでは上手くいったぜ」
「そうなの?」
「あとは誰かが引っかかってくれれば良いんだけどな。猟師の気分だ……ところで、マナ」
祈龍の声音が真剣なものに変わったことに気がついたのか、マナは姿勢を改めた。
祈龍の視線が自分に向けられていることを感じる。祈龍は何を言い出すつもりなのか、と身構えていると、祈龍は予想外なことを口にした。
「晩飯、何にする?」
「えっ……?」
「いや、だからさ。今日の夕飯どうするかなって思って」
突然の話題転換に、拍子抜けしてしまうマナ。そして同時に、少し安心してしまった。祈龍が何か重大なことを言ってくるのではないかと思っていたからだ。
見れば、彼は財布をバッグに入れている。買い物に出かけるのだろう。……なんだか、気が抜けたような気分だ。
「お肉が食べたい、かも」
「んじゃ、たまにはステーキでも食いに行くか」
「……ええ!」
祈龍に連れられ街へ繰り出したマナは、先日のように彼と手を繋いで店に入った。祈龍の隣にいると、不思議と心が落ち着くのだ。
……そんな二人の様子を、遠くから観察している人物がいるとは知らずに、祈龍とマナはステーキに舌鼓を打ちながら会話をしていた。
「おいしい……」
「おう、うまいな」
食事に夢中になっている二人を、周囲の人々は微笑ましく見つめていた。その光景は若い恋人というよりは、仲睦まじい兄妹のそれ。マナはそんな周囲の様子に気づくことなく、ひたすらに、しかしかなり行儀よく肉を貪っていた。
「マナ、そのまま聞いてくれ」
祈龍は食事を続けながら彼女に呼びかける。マナは無作法を咎めるように祈龍を睨むが、その表情が真面目なものだったのを見て態度を改める。
「気づいたか?」
「……もしかして、見られてる?」
マナも、祈龍が言いたかったことに気づいたようだ。二人して周囲を見渡すと、こちらを観察している人物が何人かいることに気がつく。
だが、すぐにそれは消えた。おそらく祈龍が目を向けたことに気付いたのだろう。
しかしマナは、彼らの視線がまだ自分たちに向いているのを感じていた。
それから二人は食事と会計を済ませてから店を後にする。
そして、人気のない路地まで歩いてから、祈龍は周囲に聞こえるように叫ぶ。
「おい! バレてるって気づいてんだろ! いい加減に出てこいよ!」
響き渡る声。その声に応じて、一つの人影が出てきた。
「いやぁ……さすが祈龍くんだねぇ。あっさりバレちゃったかぁ……」
「……は!? お前、恵麻! 何でこんなとこに!」
「……あれぇ?」
現れたのは想像していた敵ではなく、一人の女性だった。祈龍の反応を見る限り、どうやら知り合いらしい。黒髪の女性は、祈龍に向かって親しげに話しかけてきた。
女性にしてはやや背が高く、スタイルも良い方だ。短く切った髪は肩口にかかるほどで揃えられている。
「祈龍くん、久しぶりー。元気そうだねぇ」
「なんでこんなとこにいんだよ」
「いや、たまたま近くに来たからさぁ。そしたら君がいるのが見えて、それでつい……」
「ついてきやがったのかよ……。って、今それどころじゃ、伏せろッ!」
突然、祈龍は叫んだ。それと同時に、女性……恵麻は地面に伏せる。
直後、二人の頭上を銃弾のようなものが通り過ぎていった。
ガッ! という音と共に壁に突き刺さったのは、長く尖った物体だった。祈龍とマナにはその物体に見覚えがある。これは、そう、こないだ……。
「……爪?」
「え? なにが……ってうわあああ!!」
マナの言葉に反応するように、再び飛来してきたものが今度は恵麻の目の前の壁に突き立つ。
「なっ……なにこれぇ……」
「恵麻、俺の後ろに隠れてろ。マナはあのメダルを」
「うん……」
「わかってるわ」
祈龍がそう言うと、彼女らは素直に従った恵麻は祈龍の背に隠れ、マナは自らの力を宿したメダルを生み出す。
「出てこい、そこにいるのはわかってるぞ」
祈龍が大声で呼びかけると、近くの建物の陰から、また別の人影が現れた。
「あら、やっぱりばれてたの。なかなかやるじゃない」
「……誰だ?」
「アタシを知らないなんて、モグリね。まあいいわ。自己紹介をしてあげる。アタシの名前はカノン。ハンターよ」
「……知るかよ」
「つれない男ねえ。でも、そこのターゲット、可愛いわね」
カノンと名乗った女性は、マナのことを見つめながら言った。その瞳には、どこか危険な光が宿っているように見える。
だが彼女はすぐに、視線を外す。そして祈龍の方へと向きなおり、話を続けた。
「あんたは知らないかもしれないけど、アタシは結構有名よ? 向こうではね」
「そうかよ。で、お前の目的はなんだ」
「決まってんでしょ。その子を殺すことよ」
「あァ? させるかよ! 変身ッ!」
祈龍は会話のピリオドとして変身の言葉を口にする。すると彼の体は光に包まれ、一瞬のうちにその姿を変えた。
黒いアンダースーツに群青のプロテクター。龍を模した赤い複眼。この姿こそが、祈龍のもう一つの顔である。
だがそんな彼に対して、カノンは余裕そうな表情を浮かべていた。
彼女の体もまた眩い輝きを放ち、姿を変えていく。
装甲を纏うのではなく、より獣のようなカタチに。頭部はかなり獣のそれに近く、四肢もまた同様。
だが、そのシルエットは人間のそれと酷似している。
これが彼女の姿。ハンターとしての、本当の姿。
「アタシは名乗ったんだ。あんたも名乗りな」
「あ? 俺か? 俺の名前は……」
そこまで言って、バカ正直に本名を名乗ることも無いな、と祈龍は気づいた。まだフルネームでは呼ばれていないはず。
「……そうだな。『カイム』とでも呼べよ」
「へえ……カイム、ね。面白いじゃないか!」
そして、両者は同時に駆け出した。
祈龍改め、カイムが殴りかかると、カノンはそれを軽くかわす。さらに続けて放たれた拳も、彼女は難なく避けてみせた。
そしてそのまま反撃に移ると見せかけ、カノンはカイムの懐に潜り込む。
「もらった!」
「甘いッ!」
カイムはその言葉とともに、カウンター気味に強烈な蹴りを放つ。
それをまともに受けたように見えたカノンは大きく吹き飛ばされるが、ダメージはそれほど大きくないようですぐに立ち上がった。
「思い出した! カノン、彼女はコボルトの傭兵よ! 素早く柔軟な身体が特徴なの!」
カノンのことを思い出したマナが叫ぶ。その情報を聞き、カイムは舌打ちをした。
だが、その時だった。
いつの間にか距離を詰めてきていたカノンが、マナに向かって飛びかかってきた。本来、カノンのターゲットはマナだ。隙をみてマナを襲うのは当然だった。
彼女はマナの炎を身をひねって躱すと、彼女に鋭い爪を突き立てようとする。
しかし、それは叶わなかった。
突如として現れた光の壁によって、攻撃は阻まれたのである。
マナの防御魔法。それを見たカイムは、すぐさま行動に出た。カノンが壁を破壊しようと躍起になっている隙に足元に滑り込み、足払いをかける。
バランスを失った彼女を地面に叩きつけると、カイムはそのままマウントポジションをとった。
「おい! そっちは任せるぞ!」
「ええ!」
マナはカイムの言葉に従い、恵麻の元へと向かう。彼女を守るためには、まずは敵の注意を逸らす必要があった。
「くっ……! やってくれんじゃないの……! でも、まだよ……!」
「へぇ……! この状況で動けるのかよ……! なら!」
カイムはカノンを押さえつけている手を離し、立ち上がると同時に右ストレートを放った。
だが、その一撃は空を切ることになる。
「なにっ!?」
「残念だったわね……!」
そう言ってカノンはカイムの腕を掴む。そしてそのまま投げ飛ばす。カイムが体勢を立て直すよりも早く、カノンは彼に肉薄し、彼の腹部を殴った。思わず怯んでしまうカイム。
だが、そこで終わるはずもなく、カノンの攻撃はさらに続いた。カイムの体を蹴飛ばして突き放した後は、連続でカイムを殴り続ける。
「ぐぅ……ッ……!」
「どうしたの? もっと抵抗してきなさいよ」
「く、そ……ッ!」
「ほらぁ!!」
カノンの猛攻が続く。だが、その拳がカイムを捉えることはなかった。カイムはガードを固めて防ぎ、逸らして致命傷を避けていたが、しかしそれも長くは続かないことは明白だ。
「こ、のぉ……ッ!」
カイムは渾身の力を振り絞り、カノンを押し返し、その反動を利用して再び距離を取る。すぐに魔剣を召喚しようとしたが、カノンはそれよりも先に動いた。
彼女はカイムの懐に飛び込むと、彼の腕を掴み、思い切り捻り上げる。カイムが苦悶の声を上げる中、カノンはもう片方の手でカイムの首を掴んだ。
そして、そのまま彼の体を持ち上げて絞め上げる。
「ぐ……ガ……」
「あら、随分苦しそうじゃない? このままだと、首の骨を折っちゃうかもしれないけど、いいの?」
「く、そ……」
「降参するんだったら見逃してあげてもいいんだよ?」
その言葉を聞いたカイムは、何事かを口に出す。だが、首を掴まれているため声にはならない。その言葉を聞くためにカノンは口元に耳を近づけた。
「────ふざけろ、駄犬」
それがカイムの返答。
それを理解したカノンは、笑みを浮かべた。そしてそのまま一気に力を込める。だが、その時だった。
突然カノンが吹き飛ばされたのだ。
「なに……!?」
驚愕の表情を見せるカノンだったが、すぐに態勢を整えて着地する。そして、目の前に立つ人物を見て目を見開いた。
そこにいたのは、マナだった。恵麻を安全なところまで連れていき、戻ってきたのだ。
「あんた、邪魔しないでくれるかな」
「悪いけれど、あなたに彼は殺させないわ。それに、私に気を取られていいのかしら?」
マナの言葉を受け、カノンは目を細める。そして、ハッとしたように後方を見た時だった。
カノンの視界には、今まさに自分の喉笛を狙って飛び込んでくる仮面の戦士の姿があった。
「ッ!?」
「コールウェポンッ!」
咄嵯に身をよじって攻撃をかわす。だが、完全に避けることはできず、カイムの剣が彼女の肩を深く斬り裂いた。血が噴き出し、彼女は顔をしかめながら後退する。
一方、カイムもかなりのダメージを負っている。総合的に、カノンの方が有利であることに変わりはないはずだ。カイムの体力はすでに限界に近いだろうし、そもそもカノンの身体能力はカイムよりも高いはずなのだから。
だが、それでもカノンは焦っていた。
この二人を相手にするのは厳しいと悟ったのだ。しかし、だからといって逃げるわけにもいかない。ここで逃げれば、今度は自分が追われる身だ。そうなると、もはや戦うしかない。だが、勝てる保証などない。
「……ッ! ああもうっ!!」
考えていても仕方がないと判断したのか、カノンは苛立たしげに叫んだ後、地面を蹴って飛び出した。
「くそぉぉぉぉおおおっ!!!」
カノンは叫びながらカイムに向かっていく。だが、直線的すぎるその攻撃は簡単に見切られ、いなされてしまった。カイムはそのまま勢い余って態勢を崩したカノンの背に魔剣を叩きつける。
「ぎゃあッ!」
悲鳴を上げながらもカノンは振り向きざまにカイムの顎を思い切り蹴り上げたが、それより早くカイムはバックステップで距離をとる。その隙はマナの火球が埋めた。
火球が命中して怯んだカノンに向かって、カイムはダッシュで近づいて腹に蹴りを入れ、そのくの字に曲がった身体に魔剣で斬りかかる。
「ひぃっ……!」
カノンは無様に転びながら魔剣を躱し、その場から逃げ出そうとする。だが、それは許されなかった。
背後からは、さらに距離を詰めたカイムが迫っていたからだ。彼は無言のままカノンの後頭部を掴むと、そのまま地面に叩きつける。
そして、何度も繰り返し、祈龍は彼女を執拗に殴り続けた。
「おうてめぇ、さっきはよくもやってくれたな、え?」
「ご、めんなさい、ゆるして……」
「聞こえねぇよ」
カノンが急に怯えはじめたのには理由があった。というのも、彼女は確かに優秀な傭兵だったのだが、「ハンター」の通り名が示すように、本来の彼女のスタイルは奇襲からの速攻。その戦法を選んだ生来の臆病さも手伝って、ここまで追い詰められた経験に乏しかったのだ。
「なんであんた、急に……」
「なんで? ……ああ、そういうことか。いやぁ、俺ってやつは『防御に徹する』ってのが苦手でなぁ。うっかりボコボコにされちまったぜ」
そう言って祈龍は仮面の下でニヤリと笑う。先程一方的な展開となったのは、恵麻を逃がすために防御に徹して時間を稼いでいたからだったのだ。
その事実に気づかされたカノンは震え上がり、必死に逃げようとしたが、しかしカイムは逃さなかった。
カノンの体を掴んで持ち上げると、そのまま近くの壁に思いきり投げ飛ばす。
そして、倒れ込んだ彼女に馬乗りになり、そのまま拳を振り下ろし始めた。
鈍く、重い音が響く。
「おらおらどうした? もっと抵抗してこいよ」
「ぐぅう……」
「なんだ、随分おとなしいじゃねえか、ん? まあいいか」
そう言うと、カイムは立ち上がってカノンの胸倉を掴み、強引に立たせた。そして、その頬を殴ろうとする。が、その腕を止めた者がいた。
「やりすぎ、よ……!」
マナである。彼女はカイムの腕に抱きつくようにして止めに入ったのだ。
「……悪い。カッとなってたわ」
マナの言葉を受け、冷静になったらしいカイムは素直に謝りながらカノンから離れる。
崩れ落ちたカノンは心身共に大きなダメージを受けていたらしく、尻の下には水溜まりが広がっていた。逃げ出す気配はない。
その様子を見たカイムは、ちょっと話を聞くチャンスだと気づき、カノンに質問する。怯え切った彼女はとても素直に答えてくれた。
「お前、誰に雇われた?」
「しらない……。アタシ、ただ依頼されただけ」
「誰だ」
「わからないってば……。というか、多分あれは使いっ走りだった」
嘘をついている様子はなかった。おそらく本当に知らないのだろう。しかし、これだけでもわかることはある。例えば、彼女の見立てが正しいなら、真の依頼者は使いっ走りを使える程度の金や権力を持っている、とか。カイムは更に続ける。
「あと、お前ちょっとボコられたくらいで泣きが入るくせに、二対一でも退かなかったよな? なんでだ」
「アタシのカンだけど……。かなりエライ人の依頼かもしれないと思って、逃げたらアタシがやばいと思ったんだ」
これで権力者説がかなり強まった。マナを襲う目的は未だわからないものの、少なくとも彼女が強大な相手に狙われているということは間違いなさそうだ。そんなことを考えながら、カイムはマナと顔を見合わせる。
彼女が話そうとしない追われる理由。そこに敵の正体のヒントが隠されているだろうとわかっていながらも、カイムはそのことを問い質そうとはしなかった。
「さて、話を聞くに、お前は敵前逃亡だと思われたらまずいわけだ」
「……そう、だね」
「けど、こっちとしてもお前は信用できない」
「うん……」
そう言われると当然の反応なので、カノンは特に反論することなく項垂れてしまう。だが、ため息をつきながらカイムはこう続けた。
「情報も貰ったしな。武士の情けだ、一撃でとどめ刺してやる。帰還術とやらがかかってるんだろ?」
「……ありがと。えっと、お願い」
「おう、任せとけ」
そう言ってカイムは魔剣を構え直すと、フルチャージして大きく振りかぶった。そして、その黒く輝く刃は容赦なくカノンの首筋に振り下ろされる。魔剣がカノンの首に食い込んだ瞬間、彼女の身体は光となって消えていった。
「ねえねぇねぇ! さっきの人なに? 君のあの姿は? 教えてよぉ」
「わかったわかった、今度話すから、今日は帰れ! もう遅い時間だろ!」
「えぇー、ケチぃ」
変身を解除した祈龍は、恵麻の無事を確認するためマナの案内で彼女の元へ行ったところ、無事ダル絡みされた。
恵麻を無理矢理帰らせようとするも、駄々をこねて帰ろうとしない。好奇心の旺盛さは彼女の長所だが、こういうときは短所に早変わりするのだ。
「ああもうめんどくせぇ!」
「わぁっ、ちょっと何するのぉ!」
祈龍は恵麻を抱き抱えると、そのまま走り出して夜の闇へと消える。
残されたマナは、そんな二人の様子を見て小さく笑うと、祈龍のあとを追って駆け出した。