Q.恋愛脳の男は決闘で恋ができますか?   作:ウェットルver.2

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没原稿
憑き、秘め。(旧4話)


 おおよそ二年前。

 蛇喰遊鬼と出会ったのは、各召喚法コースの合同デュエルのとき。

 中等部であるジュニアユース・コースとは別の、小学部であるジュニア・コースに在籍していた頃。めまぐるしく成績をあげる同年代の男の子がそれぞれの召喚コースにいると聞いて前々から興味はあったが、彼も彼らも顔も知れぬ塾生のひとりでしかなかった。

 その中では今でこそ親しい北斗も刃も、あと沢渡もいた。北斗や刃は悪名がないので、正直なところ沢渡以外はだれも知らないも同然の状態で、私は合同デュエルに参加していた。ああいう時、沢渡家の親しみを感じる悪名高さは強いのだなと今でも思う。

 

「―――そう。」

 

 ただ、ある意味で。

 沢渡家よりもひどく蛇喰遊鬼の悪名が知れ渡ったのは、その北斗や刃すらも下し、当時は負けて当然の沢渡への容赦ない勝利はおろか、小学生へのサービスとして顔を出した桜城ユウ、のちの舞網チャンピオンシップのジュニアユース優勝者である男さえも退屈そうに蹴散らした小さな怪物として、そして、

 

「こんな実力(もの)で満足してるんだ。先生たち。」

 

 LDSの誇りだと、だれもが思っていた強さを。

 たった一日の、たった一言で粉々に踏み砕いた冒涜者として、だった。

 

 え?

 

 と、だれがつぶやいたのか。

 料理で使ったばかりの熱いフライパンに水をぶっかけた瞬間の、火傷するほどの熱量を奪われながら蒸気を噴き出す音に似ている気がする、しかし、声色だけは聞きなれた普通の声が聞こえてきた。

 それを当時の私が、実力を積み重ねてきた経験者のプライドを叩き折られた悲鳴が混ざった困惑の声だと理解するには、この日の事件が終わってから数か月後、実際に自分で彼と相対し、何度も負け続けてマルコ先生に泣きつくまでの長い月日がかかった。

 あたりまえだ。

 今の彼の言葉は侮蔑ではなく、嘲笑でもなく、ただの失望であり、落胆であり、努力を続けた塾生にも塾生を鍛えあげた塾講師にも残酷なまでの現実への言及にして、当時のLDSが抱えていた限界を指した、「期待外れ」の評だったのだから。

 

 そんなものを当時の私が実感し、理解するには幼すぎた。

 もうすこし勝負事に熱心で、努力と研鑽に情熱的で、感情ばかりが先立ち具体的な指標のない努力と研鑽をするような真似をせず、ひとつでも挫折を知っていれば。

 目の前の少年と自分との間に、どれほどの実力差がすでに開いていたのかを理解してしまっていただろう。この時、彼我の実力差を実感したマルコ先生もまた理解し、しかし先達者であるがゆえに、「おとなげなく戦うのであれば勝機はあっても誇りは無い」と、屈辱感を呑み込み、「より技の冴え、教育の腕を高めよう」と誓ったという。

 

 とはいえ、全員が全員、おとなげある塾講師だったわけではなく。

 しかし、無意識に実力差を悟ってしまったのか、怒鳴るばかりで勝負に挑まず。

 ……それもそのはずで、本当に一介の塾生を相手取って負けてしまえば、それだけで塾講師としての沽券に関わるから本気で相手するはずもないというか、社会人だからこそリスクを恐れてできないのだけれども。

 そんな臆病な塾講師の様子を見て、ならば自分も、と、自分の尊厳を傷つけられたと立ちあがり、しかし、臆病を真似るにすぎないがために、複数人で袋叩きにしようだとか、勝負事と関係のないことで相手を侮辱するとか、結局は自分一人では勝てないことを認めてしまった決断を自信満々に実行に移して。

 

 みっともなくて、見ていられなくなって。

 

()()相手だ、おまえたちは邪魔だ!」

 

 どこか汚らわしくて。

 

「私たちのデュエルに、勝手に入るなっ!」

 

 私に加勢しよう、などという、くだらない連中に剣を向けて、

 

「これは、『私のデュエル』だっ!」

 

 己の怒りと周囲に感じる羞恥と、幼いプライドに任せて彼に立ち向かい。

 気がついた頃には、私さえも周囲の敵だとなじられながら狙われて。

 退屈そうに睥睨する彼が、思いついたように私に加勢して。

 ようやくふたりきりになって《ヴェルズ・オピオン》を切り崩そうとした瞬間、ほんのわずかに意表を突かれたような()けた顔を見せて。

 アドバンス召喚できた《ジェムナイト・クリスタ》を見て、ほんの100ほどの数値の差を埋めていこうとする私を見て、物思いを忘れたように口を軽くさせ。

 真剣勝負の楽しさに耐えきれないとばかりに唇を歪めて、

 

「……越えてみせろよ、運命に抗えない端役のくせに。

 ドラゴン一匹にすら勝てない程度の実力で、一生満足のくせに。

 いまさら本物の決闘者(デュエリスト)らしい矜持をみせて。

 偽物風情で()()()()に勝てるなんて思えるのなら!

 存分に愛してあげるよ、死ぬまで弄んであげる!

 ()()()()の勝利で!」

 

 内側に燻ぶらせた情熱と、嗜虐心を曝け出しながら。

 昂る彼に呼応し咆哮する《ヴェルズ・オピオン》へと、()()()は挑み。

 

「いくわよ、“クリスタ”!

 アクションマジック、発動――――!」

 

 今ほどの実力もないまま、どこにでもいる塾生のように。

 手に取ったアクションカードに希望を託して、届くはずもなかった強敵へと拳を向けた。語るまでもないけれど、それは自分のデッキのすべてを信じた、実力ある者の選択肢とは言いがたいものだった。

 自分のデッキ、実力を信じていれば、アクションカードこそ最後の突破口となりえる切り札であって、優先的に、がむしゃらにアクションカードを拾いに行きはしない。

 ただ、この時の私は、アクションカードを使った戦術もまた実力なのだと、なんの疑問も抱かず、持論にわずかな実感があれども疑うべき己の限界に気づきもせず、ひたすらにアクションフィールドに散らばったアクションカードを拾い続けた。

 攻撃力を操作するものであれば、自分のライフを減らしきらぬために。

 なんらかの耐性を与えるものであれば、《ジェムナイト・クリスタ》のアドバンス召喚のためのリリースを確保するための手段として。

 

 がむしゃらに、がむしゃらに、当時の私が思いついた、たったひとつしかないなどと思いこんだ突破口のために全身全霊を文字通り注いで。

 

 最後の最後に掴んだものが。

 

 

 

 否応でも憧憬し、意識し、恋焦がれるほどの。

 おたがいの、おたがいへの恋愛感情だったなど、まったく悟ることなく。

 

 

 

 奇跡的な、勝利だった。

 

 

 

 もちろん。

 「それは自分の実力ではない」と、勝ってしまってから気がついて。

 アクションカードという奇跡に依存しきった、「彼を実力で下した」とは言えるはずもない博打勝負だと理解してしまった、あまりにも悔しい勝利で。

 卑怯者としか言いようがない周囲の塾生の歓声なんて、聴くだけでも忌まわしくて。

 

 私は、立ち去った。逃げるように。

 彼の言わんとした現実を理解してしまって。

 LDSでの居場所を失うかもしれない、とんでもない発言の意味を知って。

 自分が本当に彼を下すには、あまりにも遠い道程を要求されるのだと気づいて。

 

 あれから今年になるまで、ずっと彼の足跡を追い続けた。

 どのような勝利を掴む人間なのか、より理解しようと努めた。

 

 やがて彼が、実は。

 自分と変わりない、「大切なカードたちと勝利したい」と、願う決闘者で。

 そのための努力と研鑽を惜しまず、だからこそ、たかがエクストラデッキの召喚法ひとつで一喜一憂する塾生が理解できず、より“オピオン”を乗り越える猛者を求め。

 己の求める猛者にこそ、ほかの“ヴェルズ”たちとの力で勝利したいと願い。

 だからこそ、あれ以降、そう、たった一度の奇跡や偶然であれ敗北した日から、なにかにつけて勝ててしまう相手でしかないはずの私にだけ、どういうわけか普通の男の子のような反応をするのだ、と、知って。

 

 知れば知るほど。

 やはり、今度こそ、と思ってしまう。

 今度こそ自分の実力で勝って、この思いを伝えたいと願ってしまう。

 

 そうでなければ対等ではない。

 そうでいられないなら、自分はなにも変われていない。

 

 だから、負けたくはないのだ。

 志島北斗でも刀堂刃でも、あの沢渡シンゴでも構わない。

 自分以外のだれかが彼と対等で、彼の心を捉えるなど、あってほしくないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボクは退屈だった。

 二年前にLDSへ入塾したのも、半ばヤケクソだった。

 死んだはずの自分が転生し、―――いや、この世界の成り立ちからすれば、死んだ自分は転生したのではなく、この世界で再現されただけなのかもしれないが―――この肉体の両親がアクションデュエルの愛好家で、若かりし頃のデュエルでは楽しめないものが心置きなく楽しめると熱弁しては、アクションデュエルができる娯楽施設へと連れまわされたのは数知れず、もはや、いつでも記憶に新しい退屈のひとつだった。

 そんなものがあるから、どうしたというのだ。

 どうせ誰も彼もが《覇王龍ズァーク》の脅威に晒される。

 どれだけ鍛錬を繰り返そうと、その実力は覇王龍の眷属にすら及ばず、届いたとしても一時的なもので、すべてが解決すれば鍛錬の記憶すら奪われる。

 都合よく。すべての想い出に意味がなく、たかが赤馬一族の家族喧嘩に一時の平和すらも奪われたというのに、あたかも榊遊矢の活躍で円満に解決したかのように。

 そうやって世界が改竄されたのち、そのときの自分が今の自分でいられる保証などどこにもなく。すでに一度死んだ人間なのだという自覚も、デュエルモンスターズに懸けてきた青春も情熱も思い出も奪われた同姓同名の別人になる可能性もあると気づいた自分には、アクションデュエルなど「今ここにある幸福」さえも踏みにじられる証明でしかなく。

 

 ならば、それでこそ、と思ってしまった。

 何度もアクションデュエルをするうちに、何度もアクションデュエルをさせられていくうちに、何度もアクションデュエルなんかで笑顔になる両親を見ているうちに。

 

 榊遊矢を、アクションデュエルの事故で殺す。

 かつての未来で、光津真澄や柊柚子がデュエル中の事故で死にかけたように。

 覇王龍の復活ができないよう、その分身である榊遊矢をデュエルで“事故死”させれば、今生の家族との記憶は奪われないし、自分の自我を守ることもできる。

 いうなれば、デュエル殺人。

 これを完遂するための居場所を得るためならば、LDSでの代表的な決闘者になるのが手っ取り早いと思ってしまったから、両親の勧めに乗った。

 自分の最愛のカードたちだった「ヴェルズ」モンスターと再会するように手渡されたLDS製の「ヴェルズ」カードで、前世に組んだ覚えのある複数の「ヴェルズ」デッキのうちのひとつを再現し、当然のように勝利を重ねて。

 

 気づいてしまう。

 

 ああ、これは勝てない。こいつらが榊遊矢に勝てるはずもない。

 《ヴェルズ・オピオン》を出されただけで簡単に敗北する程度の実力で満足している連中が幅を利かせるLDSなど、赤馬日美香の箱庭など、赤馬零児が呆れて当然だ。

 彼らへ「実践に足る決闘者ではない」と憂いたのも当然だ。

 こんな程度で満足する塾生と。

 こんな程度で満足する塾生を生み出して給料をもらって満足する塾講師。

 

 すでにLDSは腐りきっている。

 エクストラデッキの召喚法という力、劇物、LDSの特権に溺れている。

 こいつらに出番がなくなったのも、あたりまえだ。

 

「こんな実力(もの)で満足してるんだ。先生たち。」

 

 烈火のごとく塾講師に怒鳴られても、なんの興味も沸かない。

 ヒーローごっこのように集る塾生を相手取っても、退屈なだけだった。

 エクストラデッキの召喚法を使えなくなったままの量産される粗悪品、そうであっても成長に挑もうとせず、大切なカードのための成長すら放棄した弱者の群れ。

 負ける理由があるとすれば、ゲームリセットもなく連戦に連戦を続けて、デッキのカードを枯渇させて敗北するという、もはや意味がないリソース不足に追い込まれることだけ。

 これを無意識に悟ったのか、こちらが倒した先から加勢をしようと乱入を繰り返すやつが出てくる。もはやなにを懸けた勝負だったのかも忘れ、勝利することだけしか考えなくなった塾生を止めようとする塾講師は、たまたま居合わせたマルコ先生たちくらいのものだ。そんな良識的な塾講師の抗議すら、保身に走った塾講師には「塾生のやることだから」の一点張りで逃れようとする。

 

 ああ、これも、あの作品の世界(脚本)らしいのだろう。

 ほら、すきなだけ現実的な勝利とやらを持っていけよ。

 なんのために戦っていたのかも忘れきった、中身のない勝利をしてしまえ。

 だからこそ覇王龍は復活したように、すべての民から記憶を奪ったように、たった六人の少年少女から自由を奪ったように、親友と妹を失った男や被害者の涙と怨念を誤魔化すように、みっともない勝利に耽溺しながら腐り落ちてしまえ、何度でも、何度でも――――!

 

 燃え広がる激情に呼応して、《ヴェルズ・オピオン》の咆哮が胸を震わせる。

 気のせいか、“オピオン”から冷気を感じる。自分の愛したモンスターたちから伝わる感覚は質量を、微熱を、命の鼓動を増し、前世で愛した仲間たちが此処にいるのだと実感していく。思いのままの破壊を齎そう。

 こんな世界に、あんな男が笑顔になる世界なんかに。

 最初から意味なんてあってほしくないのだから。

 

 

 だから、なのかもしれない。

 

 

 たったひとりで立ちあがり。

 たったひとりで勝利するために邪魔者を蹴散らし。

 対戦相手であるボクだけを見つめようとする、なにがなんでも勝とうとアクションカードを探し求める、眼光の鋭さがある薔薇色の、紅玉(ルビー)の瞳を持ち。

 尾を引くような黒い長髪すらも印象に残る、アクションフィールドを駆け巡る後ろ姿に吸い寄せられて、今更のように決闘者(デュエリスト)のプライドを見せつけられて。

 

 ほんのちょっとだけ、と、力を貸して。

 ほんのちょっとだけ、と、邪魔者を共に排除して。

 しょうがないな、と思い、どうせ融合召喚に依存するのだろうと思いながらも、そこまで本気ならば相手をしようとデュエルディスクを構えなおして。

 

 こちらの想定以上に耐え忍ばれて。

 《ジェムナイト・クリスタ》をアドバンス召喚してきて。

 《ヴェルズ・オピオン》の呪詛を乗り越えてきて。

 たった100ポイントでも絶望的な攻撃力の差を越えてくるつもりなのか、と、それまでの彼女の立ち回りの意味を理解したとき。

 

 

 

 おもしろく感じてしまった。

 いじらしい。これほどの連戦を繰り返しているのに。

 そこまでしてLDSの誇りを守りたいのか、己の誇りすらも守りたいのか、そんなものが新参者に喰い散らかされているというのに。

 仮に勝てたとしても、おまえたちは榊遊矢たちの踏み台にしかなれないだろうに。

 

 たかが眼前のボクに、勝つためだけに。

 そんな目を向けてくれるというのなら、もしかして、と。

 

「……越えてみせろよ、運命(脚本)に抗えない端役(モブ)のくせに。」

 

 期待しても、いいのだろうか。ただ、

 

ドラゴン(ズァーク)一匹にすら勝てない程度の実力で、一生満足のくせに。」

 

 ボクの《ヴェルズ・オピオン》を越えていけるというのか?

 

「いまさら本物の決闘者(デュエリスト)らしい矜持をみせて。

 偽物風情で()()()()に勝てるなんて思えるのなら!」

 

 経験を、実力を、矜持を。

 ボクと「ヴェルズ」たちの絆を、前世での決闘者との絆を。

 たかが1枚のアクションカードとの組み合わせで乗り越えようと言うのなら。

 

「存分に愛してあげるよ、死ぬまで弄んであげる!

 ()()()()の勝利で!」

 

 愛おしく、愛らしい児戯を踏み潰してやろう。

 何度でも挑戦を受けて、何度でも敗北させて、何度でも悔しがる顔を愛してやろう。再起するたびに慈しみ、また敗北するまで甚振ってやろう。

 そこまでやって、ほんのちょっとでも君が運命(脚本)を変えられるのならば。

 もっともっと甚振ろう。その瞳の輝きが磨かれ、摩耗し、欠片も残らなくなるまで。

 やがて君を君と呼べなくさせるほどの成長(改変)にすら至らないのならば。

 

 どれだけ、どれほど、だれを愛しても。

 どうせ君も、彼らの踏み台で終わるのだから―――!

 

「いくわよ、“クリスタ”!

 アクションマジック、発動――――!」

 

 

 光津真澄の叫びに呼応する騎士を観て、ボクは嗤った。

 アクションカードなんて自分も持っているのだから、抵抗はできる。

 そう思ってカードを掴み、発動しようとして、

 

 

 

 

 

 

 気がついた。

 

 

 

 

 

 

 彼女が狙っていたものは、ただ攻撃力を超えることではない。

 ほかならぬ「ヴェルズ」モンスターの強みを、そっくりそのまま。

 アクションカードの恩恵を受けられなくなる瞬間があるという、自分でも気づいてはいた弱点を明確に狙ったもので。そのすべては彼女が発動した、ほかならぬ彼女のデッキから引き込まれたカードとの連携によって生じた、一瞬の隙で。

 

 目の前に迫る騎士の一撃は。

 その背を観ずにしもべを信じる、たったひとりの少女が。

 ボクを観続けた結果たどりついた、もう逃れられない勝機だったのだと。

 

 すべてを理解して。

 思わず凝視した光津真澄の瞳は、決して慢心などなく。

 勝利への確信ある油断などない、ボクに勝利することへ必死なだけの目で。

 まっすぐで、彼女の口癖どおりにくすみなく、くもりもなく、ただボクの姿だけを鏡面に収めていたものだから。今まで見た、どんなものよりも、

 

「―――あ、」

 

 綺麗だった、から。

 抗えても回避できない一撃への最後のあがきをする気力さえ忘れて。

 

 

 ただ、見惚れた。

 

 

 今思えば、あれは単純に、「彼女のほうが弱すぎたから」至った弱者ゆえの必死の瞳の輝きであって、ほんのちょっとでも実力差がなかったら、あの瞳は慢心の混じったものになっていたかもしれない。

 きっと偶然で、冷静に考えたら当然になる決着だったのかもしれない。

 もっと前のターンでわざと追いつめられたふりをすれば、間違いなく彼女には勝てただろう。騙される幼さが悪いと嘲笑いながら、確実に浅はかな尊厳(プライド)を踏みにじったはずだ。

 それも立派な戦術だ。彼我の余裕のなさを誤魔化して相手の油断を誘うのも卑怯ではない。わずかな手加減で劣勢を演出し、相手に決着を急がせて己の技の冴えを鈍らせるのも、格闘術であれ立派な頭脳戦であり、本物の読みあいの域にあるものだ。詐術に頼りすぎるのが卑屈から精神的に弱くなる要因なだけで、彼我の実力と研鑽を信じるものだけが詐術を依存せずに扱える。

 

 もちろん、それらの技巧は。

 相手が自分を追い詰められるほどの強者でなければ、だましようがなく。

 そんな強者ではない彼女が最後まで食らいついたからこそ、もうすべてが遅くて。

 

 こんな勝利を実現してみせた、かよわくも綺麗な少女に。

 わかりやすい強さなどなく、「綺麗だ」と思わせるほどの勝利へのひたむきさに、心の強さを黒い瞳孔からの輝きに変えた瞳に、だれが文句をつけられるのか。

 無理やりアクションカードを発動して、次のアクションカードを拾いに行くなど簡単に思いつけただろうに、それよりも彼女だけが気になってしまって。

 

 ボクは負けた。

 まわりの評価が結果だけに伴うとしても、結果以上の敗北が確かにあった。

 ほかならぬ彼女が、己の実力の至らなさを悟り、嘆いたとしても。

 その後ろ姿を見つめることしかできず、逃げ去る足音さえも胸に刻まれて、夜になるたびに思い出してしまうほどボクは惚れこんでしまった。これは変わらない。

 決闘者として? 人間として?

 どれでもあり、もうすこし足りない。

 自分を恐れるどんな塾生よりも、いつしか負け続きでも彼女を称賛するようになった塾生たちよりも、彼女の生き様を追うようになった塾生よりも、きっと特別なのだ。

 

 中学生になり、新しい学校生活を迎えるという日に。

 彼女と同じ学校にいるのだ、そう理解した瞬間だけは、ふと退屈を忘れたように。

 独り占めしたいと、ほかの男子生徒と語らう瞬間さえできれば許したくないと、どこか淀んだ願望を抱いてしまうのは、もうどうしようもない感情で。

 彼女が学校の友達と楽しそうにしている姿を観ていたいのも、彼女がいつか本当に自分を打ち負かす日がくるのを待ち望んで応援したいのも、できれば拘束せずにいつもどおりの輝きを見せてほしいと我欲を耐えるのも、堪えようがない気持ちで。

 

 近い未来に、ほとんどの記憶を失っても。

 この子の傍にいられるなら、もういいかもしれないと。

 ほんのちょっとでも思う今の気持ちは、誤魔化しようがなく恋なのだと。

 

 あの日の、あの瞳を見た瞬間から。

 彼女にだけは牙も毒気も抜かれてしまうのは、いけないことなのだろうか。

 

 色恋へ気を抜くより、光津真澄の記憶にこそ気にかけるべきだと。

 自分に思ってしまうから、いけないことなのかもしれない。

 

 

 

 

 ……ああ、なるほど。

 記憶を失っても、姿を失っても、そばにいてくれるならば。

 きっと黒咲隼もまた、こんな心持ちで待ち望むのだろう。たったひとりの親友と、たったひとりの妹と再会できる日を。どれだけの年月がかかろうとも。

 

 だったら、まあ、文句はない、かな。

 

 

 

 

 

 

 

 

【Q,恋愛脳の男は決闘で恋ができますか?】

【A,決闘馬鹿が決闘から相手に恋をし、恋愛脳になる場合もあるので、チェーン・ブロックの問題ではありますが恋はできます。】

 

【Q,アクションデュエルもエンタメデュエルも覇王龍も嫌いな自分のマスターがインヴェルズの崇高なる邪念を受け入れたと思ったら、なんかジェムナイト使いの泥棒猫に惚れこんで牙を抜かれてしまったのですが、どうすれば終焉を齎してくれるのでしょうか?】

【A,恋愛絡みではない相談は受けつけておりません。】

 

 

 


今日の最強カード

・《ヴェルズ・オピオン》

 エクシーズ素材があるかぎり、「レベル5以上」の特殊召喚を封じるカード。

 榊遊矢たちが所持するドラゴンたちと同じく、レベル5以上に影響を与えるドラゴン族のモンスターであり、その真価は特殊召喚封じを維持する場合に一度だけ行える「侵略の」と名のつくカードをサーチする効果と、「侵略の」魔法罠カードを組み合わせたコンボ攻撃にある。

 

 攻撃力も主人公級の2500を50上回る数値であり、とても凶悪。

 

 

 

 あくまでもモンスター効果により特殊召喚を封じるため、一見すると魔法罠による無効に弱く思えるが、その弱点を速攻魔法カード《侵略の汎発感染》で克服できるため、実際の弱点は「レベル4以下のモンスターを駆使した戦術全般」である。

 リンクモンスターにも弱いのだが、リンクモンスターを呼びだすための素材調達にレベル5以上のモンスターを絡めてしまうと特殊召喚封じにひっかかるため、現代遊戯王でも環境によるが非常に刺さる。

 

 ぶっちゃけ《簡易融合》で《サウザンド・アイズ・サクリファイス》を呼べば勝てるので、エクストラデッキに余裕ができたら、念のために《簡易融合》を採用するのもいいかもしれない。




 タイトル名はTYPE-MOONのノベルゲーム「月姫」から。

 魔性の眼を持つ異性と出会って、容赦なく負けて(十七分割されて)恋に堕ちる(頭がバグる)。ヨシッ! ←それはそれとして内容が陰鬱すぎました。没です。
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