Q.恋愛脳の男は決闘で恋ができますか?   作:ウェットルver.2

17 / 23
恋なるもの(15話)

 勝てなかった。

 荒野が消えていく、夕暮れは日没を迎えることもなく。

 ただの幻影として溶けていく。まるでなにもなかったかのように。

 リアル・ソリッドビジョンの消滅がデュエルの終了を告げている。

 無機質な現代建築の室内の中でぽつんと立つ決闘者ふたりは、おたがいの戦いの(ロード)(つらぬ)いた。

 その結果にあるものが勝利や敗北ではなく「引き分け」と聞いて納得をできる者がどれほど観衆にいるのか。追い詰められた対戦相手の仲間であれば、「ああ、負けなくてよかった。」と思えはする。

 だが対戦相手を追い詰めてみせた選手の側にある観衆からすれば、これほどまでに納得しきれない決着というものも他にない。ただ単純に悔しがればいいのだが、勝てなかった理由を引き分けるほどの実力伯仲にあると潔く思えるのか、「卑怯な手口や姑息な戦術を使われたのだ」「ちゃんとああすれば、こうすれば勝てたはずなのに」という邪推が混じるのかで話が変わってしまう。

 

 LDSの理事長からすれば、後者であり。

 蛇喰遊鬼と真正面から戦い続けたLDS塾生からすれば気持ちが良いほどの、前者であった。

 志島北斗は「“プレアデス”を出せないなら厳しいかも」と強さを認めた。

 刀堂刃には「俺のハンデス戦略は逆効果になったかもしれねえ」と相性を認められた。

 光津真澄にとっては、

 

「遊鬼…………」

 

 ただただ無念であった。

 勝ってほしかった。女である自分のためではなく、男である彼自身のために。

 もし自分のために惜しんでしまうものがあるとすれば、そこには勝利を自分に捧げられなかった男への評価を下げるような見くびりが混じる。そんな女でもある自分の気持ちがいちばんみっともなかった。

 ちがうのだ。蛇喰遊鬼は最初からは男女間の感情を理由に戦ってなどいなかった。

 彼を戦わせたのは理事長先生の方針に納得できなかった自分たちで。

 彼に「光津真澄へ勝利を捧げたい」と思わせたのは応援した自分なのだ。

 刀堂刃の思いつきもあるとはいえ、無茶苦茶な要求が通った瞬間に止めなかった決闘者が、応援であれ男を誘惑した女が、どんな面をさげて勝てなかった意中の決闘者に「見損なった」なんて思えるのか。

 

 彼と彼女の関係が決闘者仲間で終われるのならば、彼女は気軽に「残念ね」と思えたのだろう。

 

 勝とうが負けようが対戦相手との相性の問題くらいは察しがつく。

 どんな組み合わせでどんな行動をしたから決着が望まぬ内容に至ったのかを理解できれば、自ずと「デッキに1枚だけしか入れられない《手札抹殺》を引くなんていう、とんでもなく低い確率を引き当てなければ、権現坂昇には別の手段で勝てたのかも?」という仮定も脳裏に浮かべはする。

 ドローカードの幸運や不運、すなわち勝負の時の運。

 そこを踏まえたうえで「残念だったわね」と声をかけるだけで済んだはずだ。

 

 だが彼女は蛇喰遊鬼に対して、ただの決闘者仲間では関係を終われない。

 

「そんな、……遊鬼、」

 

 決闘者としての研鑽と矜持。

 ひとりの少女の気持ちに応える、ひとりの少年としての意地。

 すべてを真正面からぶつけた結果が、まさか他塾の生徒との引き分けなんて認めがたい。

 蛇喰遊鬼のすべてを、光津真澄との繋がりを、名の知れた強豪塾でもない遊勝塾が凌ぐなんてことが本当に起きるなんて信じられない。

 

 ましてや。

 デュエルに「引き分け」は滅多にない。

 

 遊戯王OCGの基礎となる戦略のうえで、おたがいが同時に敗北することはない。

 おたがいが同時にダメージを受け、ライフポイントをゼロにするほか起こりえないが、おたがいが効果によって同時に戦闘や効果のダメージを受けるカードを、どちらかが発動するしかない。

 引き分けを起こせるカードほど、ダメージ量は1000ポイント以下のものが多い。

 ましてや発動条件が厳しいか、あまりにもライフポイントの4000や8000を削りきるにはダメージ量が足りないものばかり。場合によっては道連れすら狙えない劣勢にも追い込まれてしまう。

 よって引き分けを狙えるカードを採用する決闘者は、あまりに稀有なのだ。

 引き分けを想定してデュエルする者など、まずいない。

 引き分けをも狙って自滅しかねないカードを使う決闘者もまた、そういない。

 

 権現坂昇は。

 自滅覚悟で《超重武者装留ビッグバン》を採用する漢であった。

 

 蛇喰遊鬼が勝利を掴めなかったのは、覚悟の差なのか?

 いや、彼も失敗しかねない自爆特攻をもって勝利を掴もうとはした。

 決して敗北や自滅への覚悟がなかったわけではない。おそらくは本当に《手札抹殺》1枚が決着を決めたようなもので、おたがいのドローが運良く(悪く?)噛みあってしまっただけなのだろう。

 どちらかに問題点があったわけではない。

 無理やり言えば《手札抹殺》を採用しているほうが悪いと言えるが、いくらなんでも「手札やアクションカードを捨ててまで新しいカードに入れ替える戦術が悪い」とまでは言いがたい。

 むしろ、アクションデュエルであれば悪い手ではなかったはずなのだ。

 

「そう、これが、」

 

 実力者同士の拮抗した勝負というものなのか。

 もしも光津真澄が強い異性に惚れこむ性分であれば、彼女はここで権現坂昇へと浮気をする、粉をかけるくらいの打算的な恋の駆け引きに勤しむのであろうが、真澄が惚れこんだ人間は勝利者ではない。

 

「遊鬼、」

「……真澄、」

 

 ふらふらと足取り悪くも戻ってくる少年を、()するままの少女は待つ。

 どこか呆けた意識を正気に戻しきれていない男の気持ちへ、かわいそうなどと憐れむよりも、「ああ、それほどまでに自分へ勝利を捧げたかったのか」と、うかがい知れる血色のなさで十分伝わった。

 なにせ彼自身のすべてを投じた当事者なのだから、敗北による喪失感は凄まじいのだろう。

 すとんと座り込んで、こちらへと目線をあわせて、

 

「……ごめん。」

「いい。いいのよ」

 

 自分ひとりのために、そうなるまで真剣に己を捧げて、そこまで悔やんでくれるのだから。

 

「私はもう、それでいいのよ。」

 

 感無量だ。

 決闘者として、カードへの愛ある決闘に微笑む男の女友達として。

 自分の気持ちに、あの応援に振り向いてくれた彼へと恋慕う、この気持ちを隠す少女として。

 

 蛇喰遊鬼の男心としては、

「私はもう、(その程度の負け犬のあなたが全力で渡せる範囲では)それでいいのよ」

 という、どこか残酷な言葉に聞こえなくもないが。

 

 いまだ14歳で恋愛経験の薄い光津真澄に、決して嘘ではないが真意はない、お世辞や社交辞令になる手前の綺麗な言葉遣いで男を惑わしながらも見下すような腹黒い()()()()()()などできない。

 できてもボロは出る。やれても打算的な言動や仕草には異性への侮辱が混じりやすいせいで、悪意を受け慣れた人間には簡単に見抜かれてしまう。相手の反応を見て楽しむ程度の対話すら、加害者の舌なめずりにしか思えない者も世間にいるのだ、恋の駆け引きにも対象を思いやるか否かの良し悪しがある。

 

 さらに、決闘者は対戦相手の悪意を受けやすい。

 ひとの愛するカードへ、戦術へ、対戦相手を敗者や弱者どころか「劣等」としか思わぬ人間からは、特に悪辣な言動や態度を自分自身どころかデッキにさえ受けやすい。

 

 悪意に晒され続けてなおデュエルを愛する決闘馬鹿の惚れこんだ異性が、己の決闘に真摯な女が、悪意という安直な快楽に味を占めて溺れる淫蕩な淑女などには真似ても成れない。

 なんとなく言葉に納得のできない蛇喰遊鬼とて光津真澄の表情を見て、そこに悪意があるかないのか見分けがつかないわけではない。むしろ、見分けがついたからこそ、

 

「………………え?」

 

 女の微笑みが、あまりにも幸せそうに見えている。

 

「どうしたの?」

 

 感極まり、平静を気取りきれない瞳からは、わずかに涙がこぼれかけている。

 かつて、あれだけ少年の心に焼きつけられた紅玉の瞳が涙のせいか、本物のルビーと同様に、より自ら輝いているように見えてしまう。そうさせるほどまでに「自分が女を幸せにできている」という現実への理解が追いつかず、いつになく吸い寄せられる瞳に、表情に、顔に意識が奪われてしまう。

 男にとっての「女を幸せにする行い」とは()()であり、成果を伴うものである。

 間違っても「何の成果も得られませんでした」と、男にとっての無様をさらして女のもとへ帰ることではない。同情を得るような()()()()()()は男の自業自得というより、その程度の雄でしかないという、ありのままの自分への苦痛であることもめずらしくはない。

 

「…………えっ、と、」

「……遊鬼?」

 

 だからこそ、少年は動揺した。

 権現坂昇に引き分けてしまった、ありのままの自分を受け入れてくれる光津真澄。

 男にとっての弱さを受け入れ、自分へ微笑む彼女に、かつてないほど心を奪われている。

 言うなれば、彼女の笑顔は男が生きる現実と、女が恋に夢見てしまえば立ちはだかる男の脆さという現実、その両方を自覚なくとも受け入れてみせた強い女の笑顔であり。

 なまじ彼は己のすべてを投じたがゆえに、

 

「……真澄、立てる?」

「……ごめんなさい、その、……あなたの手、(掴んで)いい?」

「うんっ。」

 

 愛されていると気づいてしまった。

 どんな口実を使ってでも彼女の手を取りたい、そう思えるほどの魅力的な女性に見えるのだ。

 戦い続ける者が膝元を死に場所に選べるような、己の遺体(からだ)を預けたい女に思えてしかたがない。月並みな言葉だが、「こんないい女を、だれにもとられたくない」という独占欲すら湧いていた。

 

 ぽすん、と。

 よろめく真澄の身体を彼が抱きとめても、おたがいに顔を赤らめて黙るばかりで会話が続かない。なにげない言葉が自分を偽るようで、まるで声にできない。

 

 彼女が倒れ込みかけたのは、わざとか、相手が相手だからと気を抜いてしまったのか。

 少年が抱きしめてしまったのは、しめたと女に食いつく男の情欲からか、むしろ自分が彼女へと身を預けたくても彼女のためにと踏ん張った結果そうなったからなのか。

 どちらであれ、その両方であれ、もうふたりにはどうでもよかった。

 

 抱擁だけでもう、充分だったのだ。

 

 

【Q,恋愛脳の男は決闘で恋ができますか?】

【A,できます。彼氏彼女の関係にまで進展するかは別です。】

 

【Q,本当になにをやっているのよ、あのふたり!?】

【A,あなたがた柊柚子と榊遊矢が普段からやっていることです。】

 


次回予告

私、赤馬零児には目的がある。

榊遊勝の名誉回復と榊遊矢の取り入れ。

未知なる召喚法、ペンデュラムの完全なる再現。

 

すべては彼らが汚名を(こうむ)る元凶、我が父への復讐のため!

 

(……ようは榊家の強火オタクだよね?)

 

次回

()しの息()

お楽しみは、これからだ!

 

 

 




 副題は漫画「姉なるもの」から。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。