Q.恋愛脳の男は決闘で恋ができますか? 作:ウェットルver.2
ふたりが抱きあう、その数秒前。
あるいは恋する男女が空気を読まず、ふたりの世界独特の空気を読んで、無意識に「この機を逃せば次に抱きしめあえる機会はそうないだろう」と、ちゃっかりと心の距離を詰める寸前。
ぺたりと座り込んだままの光津真澄へ、
「ならば、延長戦です!
こちらは光津真澄を―――!」
赤馬日美香は口を開きかけて、思わず息を詰まらせる。
さすがの彼女も、見てわかるほど様子がおかしい子供を戦わせはしない。
無理やり尻を叩いて戦わせても、どれだけの理論武装をしても絶不調は絶不調。いい歳をした社会人だからこそ気合で無理やり仕事をする必要性が身に染みていても、「無理なものは無理」「まわりの邪魔」だと気づいてしまう活動限界がある。
加齢や運動不足、病気や怪我による体力の減衰だ。
寝不足ひとつでも体力ごと思考力が劇的に落ちる。企業の上層部に立つ人間であればそうであるほどに、他の企業家や別の業界の人間との交流に必要な「適切な対話力」の弱体化は致命的だ。
何気ない酒場や風俗店での出会いも馬鹿にならない。
ちょっと心が乱れた程度で交流を絶ち商機を逃せば、それだけで今後の業績に響いてしまう。
自分自身の心とは、人心掌握において重要な武器ながらも、健康を損なえば精神を乱し、己さえも傷つける諸刃の剣。精神状態に企業家も決闘者もさしたる違いや例外はない。
(こ、こんな勝機にっ、なんて厄介な―――!)
たやすく心乱れて、いざという時で使い物にならなくなる。
そのような脆い人間だとは思えなかった同性の塾生相手に、おとなげない表情を浮かべていた。
さて、赤馬日美香は己の気性ゆえになのか、義理の息子の精神状態を逆手にとった教育法にて、義理の息子を舞網市最強の決闘者に育てようとしていた。その所業をよしとしない実の息子が一人いる。
「その勝負、私に預からせてもらう。」
赤馬零児が、するりと物陰から姿を現した。
「零児さん!?」
驚く赤馬日美香。
それもそのはず、この件はレオ・コーポレーションの社長である赤馬零児の耳にも及んではいるが、レオ・コーポレーションの傘下にあるLDS、レオ・デュエル・スクールの理事長である自分の管轄へと己の息子である赤馬零児が首を突っ込んでくるとは思わない。
ましてや息子のなんらかの計画の手段として「遊勝塾へといく」可能性は母親に想定ができても、LDSの塾生を送迎した自分たちに同行せず、「独自に遊勝塾へ来た」時点で、彼の動機がさっぱりわからないのだ。
「今回の三本勝負は一勝一敗一分け。
つまり『引き分け』だが、その際の取り決めはされていない。
LDSが遊勝塾を吸収合併することは叶わないが、同時に遊勝塾の塾生である榊遊矢への容疑、および沢渡家からの原告があった場合について、我々LDSは全面的に弁護できない。」
「う˝っ、そ、その件につきましては……」
淡々と事実確認を促し、遊勝塾の塾長たる柊修造へと話しかける。
そもそもの三本勝負において赤馬家は榊遊矢のペンデュラム召喚を目当てとしてはいるが、三本勝負を挑む口実となる出来事の発端に関して言えば、正確には「LDS塾生である沢渡シンゴが“榊遊矢”に暴行を受けた」という暴行事件にある。
犯人が本当に榊遊矢であったのか、似た顔の別人であったのか。
沢渡シンゴの負傷がどれほどのものか、それらが問題なのではない。
「仮に遊勝塾をLDSが『ペンデュラム召喚コース』として吸収合併できていれば。
私はレオ・コーポレーションの社長として、LDSの塾生となった榊遊矢を支援できる。
いや、弁護できた、と言うべきだろうか……」
沢渡シンゴの証言にあった”榊遊矢”とおなじように、暴行犯だと疑われた榊遊矢本人が
LDSの信用や面子の問題もあったとはいえ、遊勝塾側の現実問題としては事実無根であろうとも榊遊矢の不祥事、しかもチャンピオンシップの決勝戦を辞退した榊遊勝の息子の犯罪とあれば、報道機関において絶好のネタはない。テレビや新聞、雑誌に至るまで、あらゆる報道が容疑者「榊遊矢」を題材とする。
今でさえ父親である榊遊勝へのバッシングの影響を容赦なく受ける男子中学生の榊遊矢が、今後の学生生活や社会人生活においてどれほどの偏見を受けて舞網市で孤立するのか、言葉にするのも恐ろしい。
また被害者が市議会議員の息子ということもあり、裁判にかかる諸費用でも榊家や柊家が困窮するまで沢渡家を相手にすれば、無罪を勝ち取れても遊勝塾が経営破綻で倒産してもおかしな話ではない。
それは柊修造にとって、自分の娘たる柊柚子へ不自由な生活を強いるだけでなく、あれだけ敬愛した榊遊勝や洋子の勝ち取った舞網市の平和の影で榊家が没落する、さらに榊家の愛息である榊遊矢にプロデュエリストとなる将来を当人の選択を問わず閉ざさせてしまうなどの、受け入れがたい末路を招く。
赤馬零児にとっても然り。
榊遊勝の舞網市での功績は讃えられるべきだ。
彼の御子息である榊遊矢のペンデュラム召喚には開祖である榊遊矢自身にも、もちろんプロデュエリストである自分でも想定しきれない底知れぬ力がある。
こんなところで彼に終わってもらっては、自分が困ってしまう。
「改めて、こちらに提案がある。
まず、我々LDSは三本勝負の延長戦に、遊勝塾の吸収合併の是非を定める。」
「零児さん!? なにを勝手に、」
「契約内容の更新において、契約続行の合意は契約者の意思決定がなければならない。
あたりまえの話だが、ことデュエルとなれば厳密にする必要がある。」
決闘者は意外と口煩いぞ、と、言外に母親へ助言をした。
「こちらが敗北した場合、被害者である沢渡シンゴに調査協力を願い、レオ・コーポレーションの総力をもって榊遊矢、君のアリバイを綿密に調べあげ裏付けを終えたうえで、君の姿に似た容疑者を調査しよう。
そちらが延長戦を受け入れた場合には、前言の通りに遊勝塾および榊遊矢を擁護すると誓う。」
「む、むう、……二言はありませんね?」
「ない。」
なお、原作本編において、のちに沢渡シンゴ自身により証言が取り下げられても、被害者家族へと「容疑者は榊遊矢ではない」と証明されたことはない。
すでに榊遊矢に似た顔の人間は複数人いるという事実を把握していた赤馬零児によって、榊遊矢への逮捕と裁判が行われないよう意図してか調査を口実に舞網チャンピオンシップまで時間を稼いでおり、このような口約束など増やさずとも
では、なぜわざわざ口約束を増やしたのか?
「榊遊矢。彼も、やる気のようだからな……」
(……『ひとの恋路を邪魔する者は馬に蹴られろ。』
とまでは言われまいが、今ここで塾生から悪感情を買う必要はあるまい。)
たまたま同時刻に、光津真澄が蛇喰遊鬼と語らっていたためである。
先ほどのように「蛇喰遊鬼のために光津真澄に弔い合戦を!」と誰かに推薦されてしまえば、さすがのプロデュエリストたる赤馬零児でも「自分は社長だから塾生の意見は聞けません」と強行しなければならない。
本物のペンデュラム召喚を使いこなす榊遊矢とのデュエルは目的のひとつではあったが、己の傘下の決闘者や傘下に加わるかもしれない遊勝塾の面々から反感を受けるなど、榊遊矢を抱え込むための必要経費にしては高すぎる。
ならば。
アンガーマネジメントとまでは言わないが、あらゆる感情には時間制限と勢いがある。
まず、こうやって口数を増やし、時間を稼ぎ、光津真澄に弔い合戦をさせたいという観衆の感情を弱らせ、同時に柊修造塾長へ「引き分けだからお引き取りください」と断るよりも断らないほうが得になるような遊勝塾に都合のいい契約内容を提案しておき。
なおかつ、元より強く意を決していた榊遊矢の感情を優先させることで、榊遊矢とデュエルをする、LDSにペンデュラム召喚コースという名目で榊遊矢を取り込むチャンスを得る、という二兎を得たのだ。
(それにしても、蛇喰遊鬼。彼には驚かされたものだ。
まさか、私とおなじく独断で遊勝塾に来たLDS塾生がいるとは。)
ひょっとすれば、赤馬零児が榊遊矢とデュエルをするチャンスを失っていたかもしれない計算外な邂逅に、なにを思ったのか蛇喰遊鬼は「……あ、内緒にしておきますね。」とでも言いたげに人差し指を顔の前に添えてジェスチャーをしたかと思えば、そそくさと彼は光津真澄の応援へと急いでいた。
まもなくに始まった代打ちまでの流れといい、【Xセイバー】使いの刀堂刃では手札破壊の戦術が逆効果になり敗北していたかもしれない権現坂昇を相手取っての【ヴェルズ】による鍔迫り合いといい、かつての彼の噂にはない余裕のある人間らしさを彼から感じてしまう。
それもこれも光津真澄への好感によるものだろうか、と、ふと視線を動かして、
(……ん?)
ひしと抱きあう男女を見た。
(…………ん?)
かちゃり、と、眼鏡の位置を正し。
もういちど蛇喰遊鬼と光津真澄を見てみる。
(………………ほう。)
そういえば、と思い返す。
私の父である赤馬零王は経営者となる以前、町工場「小野電機興業」の技術者でしかなかったと聞くが、私の母である赤馬日美香との間には、はて生まれと育ちを越えた熱愛でもあったのだろうか。
目の前の少年は一般家庭の育ちで、相手の女性は宝石商の娘だったか。
(……………………
赤馬零児は連想をやめ、デュエルフィールドへと降り立ち、対戦相手を見つめる。
どんな過去が両親にあろうとも、今や赤馬家は後戻りできない道を歩んでしまった。
その道を切り拓く、新たな切り札になるかもしれないペンデュラム召喚、その開祖こそが、
「先攻は譲るよ」
榊遊矢。
「譲る……なるほど。
キミは、そういう思考をするのか。」
榊遊勝の子にして、エンタメデュエルの後継者。
得た召喚法も精神も、すべてに未知の将来性がある彼ならば。
我が父、赤馬
……などと、赤馬家と榊家の間にて。
血で血を洗う闘争への一手が打たれる最中。
内心では気恥ずかしい抱擁を中断する機会があったのに、「デュエルを観戦しよう」という口実で話題を切り出すのも惜しみ、
「ここでハグをやめたら、まるで私がハグを恥ずかしがってやめたみたいに見えて、そうなってしまうと逆に恋愛経験も余裕もない子供っぽくて恥ずかしい気がする」
などと明後日の方向に羞恥心を抱いて動けなくなった……というより、自分のプライドの高さのせいで積極的にはできない
榊遊矢と赤馬零児の原作にもあったデュエルだからと流石に観戦をしてみたくはなるものの、
「ここでハグをやめるのは物足りないというか、男児の情緒をこじらせて今日の夜も明日からも真澄欲しさの雄の“飢え”でおかしくなる気がするから馬鹿正直になろう」
と、据え膳食わぬは男の恥とばかりに切なさをごまかさず、強く抱きしめて離さない蛇喰遊鬼は、そんな自分たちを見つめている塾生仲間のふたりに「ようやくかよ」と苦笑いで見守られていた。
【Q,恋愛脳の男は決闘で恋ができますか?】
【A,恋愛に関する自分のプライドは置きましょう。
「相手のほうからアプローチさせてやる」または「こちらの気持ちを察して相手がアプローチするべき」といった、常に自分の気持ちを最優先にして受け手に回っている状態では、どれだけ気取っても身だしなみをよくしても、結局あなた自身の好意が伝わらないので空回るだけです。】
【Q,やっと、遊鬼と真澄のまだるっこしさから解放されるよ……されるよね?】
【A,※まだ告白していません。】
副題は漫画「推しの子」から。
榊家が関わる事件だと敏腕プロデューサーになる男、赤馬零児P