Q.恋愛脳の男は決闘で恋ができますか?   作:ウェットルver.2

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とある夏日(なつび)恋愛談話(ガールズ・トーク)(19話)

 夏日。

 LDSと遊勝塾の三本勝負を終えて数日後。

 すなわち光津真澄と蛇喰遊鬼の痴話喧嘩、……もとい、デュエルの翌日。

 榊遊矢の舞網チャンピオンシップ出場権の『特別枠』をめぐった大人たちの動向、おもに舞網市デュエル協会とレオ・コーポレーションの協議が進み、『榊遊勝の息子』への優遇措置が裏で決まりつつあった事実など、LDS塾生には関係なく、知るよしもなく。

 当の榊遊矢が出場権を得るべく、真面目に学内で対戦相手を探すように、出場権を得るために必要なことを「みんなと同じ条件で達成しよう!」と健全な努力を始めたように。

 ほかのアクションデュエルの若い芽たちもまた、成長を止めず。

 されども彼ら、彼女らには日常があり。

 

 彼女らのひとり、光津真澄は通塾とは別の用事で、街道(かいどう)を歩いていた。

 その隣に蛇喰遊鬼(じゃばみゆうき)はいない。

 

 昨日、彼に守られながら帰宅した際、ひと悶着あったことを思い返して頬を赤らめはするものの、この暑苦しさのなかでは恋愛沙汰での発熱は夏日への不快感やわずらわしさと混ざってしまうものである。

 純粋に、雑念なく。

 まともに恋ができるのかと自分に問えば、返答に困るほどの不安があった。

 光津真澄から見て、あれだけ彼から情熱的に迫られて間もない今に、この不安から「ごめん、今日はひとりでいい?」と断ってしまったのである。相手の受け取り方次第では、

 

「脈なし」

「一晩よく考えたうえで、真澄にフラれた」

 

 と、思われてしまいかねないのだが。

 相手の気持ちにまで頭を回す余裕を失っている時点で、すでに朝から不快感に精神がやられてしまっていた。もちろんアプローチを受けてなお、個人行動を選んだ理由は他にもある。

 

 手に持つ紙は、LDSで配布された事件現場の地図。

 危険だから近辺には寄らないように、という注意書きが添えられたものだ。

 さすがに注意書きを無視してまで女の子ひとりで事件現場に近づくつもりはなく、ひとりの中学生としての用事の合間に道を確認しながら現在地を把握しつつ、事件現場との位置関係を把握するくらいの用心はしている。

 野次馬根性での興味関心や、当事者意識を持った正義感なんかで忘れる気など彼女にはない。

 舞網市のため、みんなのためと(こころざ)す情熱があろうとも。

 自分(わたし)にも、自分(わたし)を大切に想ってくれる異性(ひと)がいる。

 この身を案じる愛情を裏切ってまで身を削り、なにを求めるのか。「いざとなれば共に戦ってくれる」とまで言ってくれたのだから、自分から犯人を追いかける気は消え()せていた。

 あの日から復讐よりも優先したい、新しい日常が始まっている。

 

 中学生だって、いそがしいのだ。

 恋路を急ごうと急ぐまいと。

 

 決闘や復讐だけが、舞網市に生きる子供の物語ではない。

 

「あのあたりって、船着き場の倉庫が多いはずよね。

 でも、噂に聞いたマルコ先生が襲われた場所は地図の『これ』で、あまり行く理由もなさそうな……ちょっと古い見た目のマンションがあるあたりで、大通りから離れた道。

 どうして、LDSと関係のない企業が関わる場所で……?」

 

 されども彼女は思い返す。

 先日の塾長先生の、社員の男『中島』との会話。

 今日メールで伝えられた、マルコ先生の一時休職。

 蛇喰遊鬼から指摘された、「襲撃犯が二人」「それぞれの動向が異なる」可能性。

 

「LDSの先生が襲われた、とは聞いたけれども。

 本当に地図のとおりなら、襲われる共通点なんて『LDSだから』しか残らないような……いや、私の知らない先生だっているんだ、きっと決闘者だからこその共通点があるはずなのよ。

 そう、だから……あら、」

 

 なにを思い悩もうとも、時間は進んでいく。

 自分にとっては恩義があり尊敬する塾講師の身に、なにがあろうとも。

 夏休みが近づこうと、中学の春期学習に終わりが近づこうと、そのための通学にむけた起床時間や、デュエル塾の夏期学習は変わらずやってくる。恩師を心配しても、恩師の容態が回復しきったり、恩師の様子がわかるわけではない。

 それでも時間は進み続け、何気ない思考で空白は埋め尽くされていく。

 

「あの病院よね?

 御見舞の品、どうしようかしら。」

 

 もちろん、安物で済ませはしない。

 あくまで今日の買い物は、日頃の衛生用品としてテッシュや歯磨き粉を買い足すためだ。

 そんなものを蛇喰遊鬼に見せながら買い物に同伴してもらってしまっては、なんだかイケナイことをしているようで気恥ずかしいとか羞恥心とかの言葉では説明がつかない、こそばゆいものを感じてしまう。それが生理的な気持ち悪さに変わるのか、安心感を秘めた心地よさに変わるのかは自分でもわからない。

 だから私は距離を置いたのだ……とまで思い返して、ふと彼女は気づく。

 あまりの暑さのせいか、あまり思考がまとまっていないようだ。

 もし御見舞をするのならば、フルーツやデザートがいいはずだろう。デザートと言えば、ここ最近は真夏日が多く、とにかく暑くて仕方がないせいか、やたらとソフトクリームが思い浮かぶ。

 そろそろ服の組み合わせを変えるべきだろうか。

 なんだかんだと不規則に考えが浮かぶうちに、どうにも冷たいものが食べたくなってくる。

 

「そういえば。

 彼、冷たいもの、なにが好きなのかしら……。」

 

 なにを気にしているんだ、私は。

 思ったことを恥じらいもなく、思うまま言葉にしてしまうほどに、ここ最近の気温と湿度で私の頭がのぼせあがってしまっているらしい。夏の魔物というやつだろうか。

 ここまで意識に曖昧さが出てくると、どこにでもあるコンビニのガラス扉が分厚い扉にも思えてくる。暑苦しい外界と涼しい内界をへだてるガラス一枚がどうしても荘厳(そうごん)に感じてしまう。

 

「いっそ、せっかくだし、カフェでアイスクリームが乗ったパフェでも食べたほうが。

 ……ひとりで行くのもなんだし、そのまま、で、デート、いえ、だから、さっきから私はマルコ先生が入院している間に、……なにを惚気(のろけ)て、」

 

 罪悪感。幸せになっていいのか。

 切なさ。大切なひとと共にある時間がほしい。

 不快感。とにかく暑い、涼しくなりたい。

 

 ぐちゃぐちゃ、ごちゃごちゃと。

 欲求や良心や恋心が複雑にからみあい、それぞれの感情の境目を失って狂いかけるかと、自分自身の精神状態に怖気まで抱き始めた、ちょうどその時。

 

 コンビニの扉の向こう。

 店のカウンター前で勘定を済ませた人影。

 

「あっ、あなたは!」

 

 ピンク色の髪をした女の子が目を見開いた。

 

「あなたは、……柊柚子。」

 

 柊柚子。

 榊遊矢や遊勝塾をめぐった三本勝負。

 あの第二回戦で対峙した、遊勝塾の後継者たりうる少女。

 

 ……浅はかぬ因縁ではなく、()()()()がある相手だ。

 

 精神状態が絶不調の相手に勝ってしまった、おたがいの全力で(しのぎ)を削りあう決闘にはできなかった、という競技者(プレイヤー)としての物足りなさのほかに、LDS塾生としての複雑な思いがある。

 彼女や榊遊矢との交友関係にある他塾の塾生、権現坂昇の参戦を理事長先生が許してしまい、その権現坂昇との決闘に蛇喰遊鬼が応じた結果、ものの見事に引き分けにされてしまい、最初の取り決めには想定にない決着だったせいで延長戦に突入。

 その延長戦の最中にマルコ先生が襲われて勝負を預けるしかなくなり、遊勝塾は守られた。

 

 柊柚子にとっては幸運かもしれない。

 だが私には、私にとっての恩師の不幸ありきの勝利にも見える。

 

 彼女が遊勝塾の塾生を連れて買い物に出かけられている現在は、ひとえに「事件があったから」と言えなくもない。彼女が自分の実力で遊勝塾を守れたとは私には言いにくい。かといって、他塾の塾生でしかない権現坂昇を迎え入れる機会は事実、彼女たちの人間関係(コネクション)による賜物(たまもの)

 遊勝塾が掲げる『エンタメデュエル』の定義は私も知っている。

 榊遊勝とは何者であるのか、親の世代の話とはいえ「知らない」とは言わない。

 その後継者たる塾生の筆頭が、商売敵になってもおかしくない他塾との交流を持ち、あくまでも『エンタメデュエル』の精神を貫こうという姿勢を揺るがされもせず、あの一戦を除けば、確かに彼女の瞳は本物なのであろう。

 

 だからこそ、思い残した。

 出会いがああでなければ、どんな決闘ができたのだろう。

 マルコ先生が襲われなければ、どんな顔で再会できたのだろう。

 

 もしかすると。

 LDS塾生としての、プロデュエリスト志望者としての。

 あるべき将来への不安などない、あの遊鬼(ひと)との一時(ひととき)のような。

 

「げっ、LDSのねえちゃん!」

「こら、フトシくん!」

 

 ほら、一人は警戒心を露わにした。

 だから、この空想は届かない。叶わないのではなく、きっと抱え続ける。そうしなければならない諦めではなく、そう思える気持ちは変わらずに、おなじ空想に手を伸ばしては、

 

 

「……いいわよ、べつに。」

 

 変えられない過去を惜しんで、くすみのない彼女の瞳を見て、ほんのちょっとの安堵から微笑むしかできない。「ああ、問題は解決したのか」としか思えない。

 次の決闘で望みが叶っても、思い残した決闘が変わるわけではないのだから。

 マルコ先生の不幸を忘れられないし、あの日の彼女の狼狽(ろうばい)にできることなど自分にはない。

 

 おおよそ、ちびっこ塾生たちのアイスでも買いに来たのだろう。

 わいわい騒ぐ子供たちをたしなめる彼女は、こちらへ振り向いた。

 

「あのっ、この前はありがとう!」

「え?」

 

 いきなり頭をさげられても困る。

 この前といえば、彼女の居場所をめぐった決闘のことか。

 それを「ありがとう」と言われても。

 

「助けてくれたことよ!

 あのまま柱に頭をぶつけていたら、私、どうなっていたか、わからないじゃない?」

「あ、ああ、あれね?」

 

 なんだ、その話か。

 それより、私の手。

 汗で湿っているのだけれども。

 気にならないのかしら、彼女は。

 光津真澄も花の中学生である。あまり『清潔感』なる曖昧な言葉で片付けはしないが、ひとの汗で自分の手を濡らしたいのかを自分自身に問いかければ「ないわね。」と思うほどには、それなりに嫌気がさすものを感じる。

 ひとによっては唾や鼻水よりマシだと思うかもしれないが、人間の体外へとあふれるものへ苦手意識を持つ、あるいは処理せず放置した結果どんな不快感を味わったかの経験によっては、やはり汗は汗で他人のものであれ自分のものであれ、しっかりと拭き取りたいと思うものなのだ。*1

 当事者の認識に左右される『清潔感』の話題において、光津真澄にとって予想外なことを柊柚子は行ったのである。相手の不潔さよりも自分の感謝を伝えることを優先する。これは競争ありきの人間関係では「気に食わないやつが格落ちしてラッキー!」といった子供じみた悪意抜きで語れる善性ではない。

 

 その手の悪意に似た悪意はLDSの教育方針、すなわち赤馬日美香の教育方針を受けた、かの赤馬零児の義理の弟すら抱いてしまっていた。

 

 共感性のなさ、人間の幼児性のひとつである。

 たとえば「なぜか行方知らずとなった榊遊勝は(おそらく)決闘から逃げており、その息子もまた(たぶん)臆病者である」といった、事実に基づいているようで事実に基づいていない、自分にとって都合のいい悪評を自ら思いついて対象を貶め、対象を貶めるための理屈を設けて、自分のやりたい侮辱を自分で補強するだけの無意味な思考と嗜好に囚われてしまうとき。

 そのとき、ひとは共感性を忘れ自己満足を優先する幼児性にも囚われている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だ。

 それは復讐のために「みんなの仇」という大義名分を思い浮かべてしまった光津真澄の、彼女が自分で傷つけることになる決闘者を見定めようとしなかった姿勢にも近い。

 自分の心、身内への共感性を優先しすぎて、自分の認識や大義名分が正しいのかを落ち着いて考える余裕がない、大義名分や理屈へ依存しきった精神状態へと自分を気がつかぬうちに追い込むのだ。きっかけが悪意であれなんであれ、感情を発散できる理屈を叫んで自分自身の心を(かえり)みなくなれば大差がない。

 ひとは()ず、それらの現実を見ない情動による醜態を『妄信』と呼ぶ。

 

 ところが、柊柚子は。

 心は心でも、彼女自身から湧き出る感謝の気持ちを優先したのである。

 

 女性同士のいじめといえば、清潔感の優劣や有無を口実とした噂話から始まる村八分のたぐいが有名な精神的虐待であろう。トイレの中にいる相手の頭に雑巾を投げつけて汚らしい状態にすることで相手を貶めよう、という意味があるようで実はない行為もわかりやすい例であろうか。*2

 さて、この瞬間、柊柚子が自分の悪意による(よろこ)びを選ぼうと思えば、光津真澄の汗を口実とした「汚い」「汗臭い」といった言葉で相手の品格を下げようという、実際には品格を下げられていない誹謗中傷を行うことも可能であったはずなのだ。

 そうであろうに、自分の実力が及ばなかった悔しさから滲み出る悪意など零れ落ちることなく、元より滲むこともなく心からの感謝が言える、善性のある少女であった。

 柊柚子と似た人間性の同性にLDSや中学校で出会えたとしても、夏場の手汗を気にせず握手を選ぶかどうかとなると厳しいものがあろう。ゆえに、

 

「あんなの、やって当然じゃない?」

「それは、そうかもしれないけれど!」

 

 ぐいぐいと近寄ってくる柊柚子を前にして、光津真澄は顔を背けて頬を赤らめた。

 高潔な女騎士然とした光津真澄がいくら謙遜しようとも、身の程を知らぬ我欲はない町娘然とした柊柚子からは純粋な気持ちばかりが装飾もされずに伝えられていく。

 プレゼントの箱を選んでから装飾して渡すのが蛇喰遊鬼だとすれば、「我がプレゼントに箱など使わぬわァ!」と自分の手で直接渡すようなストロングで直球勝負すぎる気質を持つのが柊柚子であるために、あまりにも距離感や過程や手数がなさすぎて、光津真澄は彼女に先手を取られてペースまで取られてしまっているのである。

 相手が榊遊矢でさえなければ言葉を選ばずとも適切に気持ちを伝えられる、柊柚子ならではの強みである。柊柚子は光津真澄の手を両手で包みこむ。

 

「えっ?」

「たすけてくれて、ありがとう!」

 

 青空のように澄み渡る瞳が、内から熱く輝く紅玉(ルビー)の瞳を見あげる。

 光津真澄の知る女性たちの笑みの中では見覚えのない、いや、見慣れようもない柊柚子の(さわ)やかな笑みには、ほのかな赤らみがあった。

 

「そ、そう。

 どうも、いたしまして?」

 

 つい、柊柚子の両手を両手で握り返す。

 こちらを見つめる柊柚子を、まじまじと見つめ返してしまう自分自身の目に気づいて、またしても光津真澄は視線を逸らす。

 光津真澄は遊鬼のおだやかな目や決闘者らしい鋭い目を見るときとは、なにかがちがう気恥ずかしさを感じていた。

 

「ところで、ねえ真澄?

 あなたの後ろ姿、なんだか見覚えがあるの。」

「ますっ?」

 

 名前呼び? いきなり!?

 またしても光津真澄は動揺した。

 まずは苗字読みではないのか、と人間関係における距離の詰め方への先入観があるうえで、気持ちの直球勝負を極めすぎて親愛に容赦も遠慮もないエンターテイナーの娘の仕草を初めて見てしまい、混乱と驚愕と羞恥心とで気が動転し始めているのだ。

 もしも光津真澄が男性であったならば、よその学校の人気者である女子中学生に翻弄される優等生の中学生男子じみた挙動になったのかもしれないが、あくまでも交友関係が狭く品格を気にする御令嬢でもあるために、落ち着ける交友関係から生じる友情では芽生えない友情、ほがらかな親しみに戸惑うだけの少女らしい挙動には収まっていた。

 

「先週の日曜日よ。

 たしか、中央街のコスメショップで、」

「コスメショップ?」

 

 ふと思い返し、さっと唇を手で隠す。

 

「……ひ、ひとちがいじゃないかしら」

「え? でも、学生向けの色付きのリップクリームのコーナーで、あなたの綺麗な黒髪が……そう、そうよ、すごい印象に残っちゃってね! 髪のケアどうしてるの?」

「そういうことじゃないっ!」

 

 先週の話は言わないでほしい。

 いや黒髪の話ではなく、化粧品の話で。

 まんざらでもない気分にさせられる褒め言葉を交えた問いかけに、どう返事すればよいのかではなく、まずどれから返事をすればいいのかに光津真澄は戸惑った。褒め言葉に喜ぶほうが先か、髪のケアについて答えるほうが先か、先週の日曜日について深くは訊ねないように伝えるのが先か?

 

「ご、ごめんなさい。

 秘密の買い物だったの?」

「そこまで言わなくてもいいでしょう……!?」

 

 おかしい。

 一度は自分の敵になっていた私を相手に、思ったよりも遠慮や警戒心がない。

 パーソナルスペースを物理的にも精神的にも詰めてくる。

 こちらの顔色を(うかが)おうと、身を近づけてくる!

 

「LDSのねえちゃん、なんか声がしびれてるみたいに震えてるぜ?」

「この前のユウキっておにいちゃんがすきなんでしょ?

 ()()()()()()なら、あんまり言っちゃだめなんじゃない?」

「それを言ったら、それを言うこと自体もアウトなんじゃ……」

 

 光津真澄が彼女へ動揺する間にも。

 ちびっこ三人組がぺらぺらと口を開いている。

 

「えっ、あっ!?

 本当にごめん!」

「もういいわよ、もう……。」

 

 ようやく相手の困惑に気づいたのか、柊柚子が手を離した。

 あれだけ榊遊矢との熱いものを感じる関係にありながらも、まさか恋愛や乙女心の機微には目がくすみやすいのだろうか。

 ちびっこたちの会話から、こちらが語られたくない理由を悟ったらしい。

 光津真澄は隠した唇から手を放そうとして、指までは離せずに唇を意識してしまう。

 

 リップクリームを変えて間もない日、すぐに気づいたときの蛇喰遊鬼の狼狽(うろた)えた顔が頭に浮かんでしまうのだ。あのときの彼が自分という女の唇を意識して耳を赤らめていたことをふくめても、ゆっくり思い出したいが、ひとには思い出されたくない。

 大切な思い出は、自分で静かに感じ入りたいから。

 

「……じ、事実だろうがなんだろうが、

 『知った口で言われたくない気持ち』もあるのよ。

 あなたが榊遊矢に感じる気持ちも、同じじゃないの?」

「なんっ、なんで遊矢の話!?」

「あら、無自覚?」

 

 ちらりと、ちびっこたちに目を配る。

 言葉にはされていない問いかけを察したのか、呆れた顔でフトシと呼ばれる太めのコがぼやいた。

 

「しびれるくらい素直じゃないんだぜ。」

「こらーっ! 女の子には秘密があるの!」

「アユちゃんも秘密のこと話してるよね……?」

 

 打てば鳴るとは、このことか。

 三者三様に応えてくれた。

 あれだけ熱いものを見せつけてくれる間柄なのに、素直になれないとは哀れなものだ。

 

「……私も同じか。」

「どうしたの?」

 

 不思議そうに様子をうかがう柊柚子を見て、気づく。

 彼女の陰に隠れているコンビニの店内からは、子供たちの様子を見て、さあどうしたものかと思い悩む表情をした客が立ち往生をしていた。

 

「あなた、そこから離れたら?

 店の前だし、お客さんの邪魔よ?」

「え? あっ! みんな、早く帰ろ!」

 

 これ以上は長話になる。

 そう気づいたのか、ちびっこたちに声をかける柚子。

 あれだけ目を曇らせるほどに気を配る性格からか、ちびっこたちを置いて先に行くことはないが、その急かす足と仕草には、まるで彼らを置いて行きそうな勢いがある。

 

「真澄! 恋、がんばってね!」

「余計な御世話よ。()()()()()

「なんで私も!?」

 

 本当だ。素直じゃない。

 

「自分の恋路くらい、認めればいいのに。」

 

 さっさとアイスを買って食べよう。

 きゃあきゃあと後ろがうるさい。こんな暑い日に、お互いにアクションデュエルのために体力を鍛えているとはいえ、あの子たちは、よくそこまで元気に騒ぐことができるものだ。

 遊勝塾がどのような塾で、どのような気風なのかを知った光津真澄は、さて自分もアイスを買おうかと歩みを進めて。

 かちり、と、無邪気な親愛に慣れない羞恥心とは別の、恋する乙女としての羞恥心や、()()()()にある同性から見た自分の品格を気にする少女としての羞恥心で爪先が強張った。

 

 ……あれ?

 私は、今、なにを言ってしまったのだろう?

 

 

【Q,恋愛脳の男は決闘(デュエル)で恋ができますか?】

【A,相手の女の子が自由に生きて、なにかをしている最中に、なんの遊び(デュエル)の予定を組む気もなく「なにをしているの?」と不用意に訊ねる、もしくは過剰に同行しようとしなければ、あまり問題を生じさせずに恋はできます。とはいえ、「なんの遊び(デュエル)の予定もないから」と問わず、思いつきで共に遊ぼうと誘う自然体での付き合いを欠かせると、それはそれで「あー、私に関心がないのね」と思われる場合が全然ないとは言えません。まず基本的な、友達付き合いと相手を前提に考えてみましょう。性別を気にして距離を置きすぎないように。】

 

【Q,私、なにかとんでもないこと言った気がする。】

【A,夏場ですので、まず頭と体を冷やして休みましょう。「鉄は熱いうちに打て」とは言いますが、なにも情熱や勢いに任せる告白やアピールだけが恋愛の常道ではありません。それはそれとして、その仲間意識は大切にしましょう。】

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、同時刻のことである。

 

 光津真澄を警護すると息巻いた翌日に「あ、今日はパスで。」なんて彼女本人に言われてしまった男、蛇喰遊鬼は決闘脳ながらも、さすがに恋愛脳が勝ってしょぼくれた。

 彼女に断られた衝撃が思ったよりも強すぎたのである。

 この『彼女』という単語ひとつをとっても、いまだ男女交際はない交友関係である男からすれば複雑な気分になる単語であり、そう、べつに自分の恋人ではないし片想いだけど……両片想いなる珍妙な間柄ではあると自覚していても……本当の意味での恋人というわけではない、その精神の距離がまだあるのかと改めて自覚してしまうものであった。

 

(あ、そんなにさらっと断られる程度の人間なのね、ボク……)

 

 と、いった度合いに。

 ましてや光津真澄は恩師想いのよき女塾生である。

 これまでの思い出が彼女にとって、恋愛のうえでは全部マルコ先生に負けるほどの魅力しかないのではないか、なんて思えば、いくら決闘脳の男とて恋する男であるのでショックは大きい。

 しかも、彼女の決闘者としての強さを磨きあげようと熱くなった前日からの「あ、今日はパスで。」である。なんかもう決闘者としても辛くて蛇喰遊鬼という人間が砕けそうになっていた。

 くしゃあ、と、顔をしわくちゃにするくらいには傷ついた。

 どこかの電気ネズミ探偵じみた表情をする彼の醜態を友人が見ようものならば「さっさと告白して結ばれちまえ!」と叫ぶであろうが、当の友人は証言取り下げの今もなお松葉杖をついている。

 実際には骨を完治させる以前に骨を折ってすらいないのだが、そんな姿を両親に見せても仮病ならぬ仮怪我に気づかれないあたり、大した演技力であろう。

 

 ……そう、蛇喰遊鬼の落ち込みようは、あくまでも醜態なのである。

 

 彼のやらんとしたこと、彼の思うことを整理すれば、考えようによっては自意識過剰なだけで、その気持ちを受け取った光津真澄の気持ちに気づけていない証拠であると誰もが気づくであろう。

 冷静に考えてみてほしい。

 とある恋愛漫画で女主人公の気になる男が、女主人公の魅力とはどのようなものであるのかを暗に言及しながら、女主人公の心の弱さをたしなめたうえで「一緒に帰ろう」「俺が守る」なんて言いながら手を差し伸べようものならば、それは押しの強いツンデレにもロマンスにも読めるのではなかろうか。

 そんな状況を現実で再現された恋愛漫画の読者は翌日、塾や学校への登下校や買い物に毎回、そう、毎回も自分の気になる異性が同伴してくれると約束されたら耐えきれるのだろうか。心が。

 少なくとも、光津真澄には無理であった。

 さらっと流して「あらそう? じゃあお願い♡」なんて言えるほど男慣れはしていない。そして女に頼られようとする男というものに慣れているのであれば、逆に男へ頼むことにも慣れていて、とっくに「ねえ、怖いから一緒に帰ってくれる?」くらいの頼みごとをほかの目につけた男塾生に言えたはずである。

 

 つまり、彼女には「女であること」を強みとしたコミュニケーション能力はなく。

 蛇喰遊鬼を気持ち悪く思うとか、そこまで彼を異性として意識していないとかではなく、男慣れできないぶん「男に頼る」ことを意識しすぎて、あげく感極まって理性を見失うから、無理。

 特に、今日は真夏日であり、湿度による不快感で落ち着きをなくしやすい。顔に化粧品をつけていれば汗で流れることもあるだろう。汗腺からの体臭も気になるところである。

 へたに消臭スプレーのたぐいを用意しておいても(にお)いに(にお)いが混ざるだけで終わってしまうこともありうるし、狭い室内では(にお)いにも気づかれうる。

 そして、そもそもの話だが。

 彼女はテッシュを含めた衛生用品の購入に出かけたい、すなわち人間があまり他人に見せたくないものを取り扱う製品を買いに行きたいのであって、それを見せてもよいと思える間柄の種類などそう多くはないのだ。

 貞操観念が強い少女であれば、なおさらであろう。

 

 そう、「今日だけ」断られた理由は単純だ。

 女の直感とまではいかないが、恋する乙女の勘で危機感が勝っただけである。

 

 このあたりのすれちがいに気づかなかった蛇喰遊鬼は、しょぼくれた顔のまま、バーガーショップの一席でふてくされていた。カードショップに行って気晴らしでもすればよさそうなものだが、残念ながら彼はLDSの塾生である。

 ()()()()()()()()()()。その塾生。

 小学生の子供でもわかる、肩書だけでも強そうな決闘者のひとりだ。

 そんな中学生がカードショップに遊びに行ったところで、「強いやつと戦えば負けるだけ」と考えやすい人間を相手にして、フリー対戦に応じてもらえるかは難しいうえに、「そんな肩書なんかくだらねえぜ!」とは言える人間に限って、決して()()()()()()()()へ後腐れや因縁に繋がる負の感情を抱かないわけではない。

 それらの未来を引き当てないことは、見ず知らずの赤の他人という対戦相手と問題なく遊べることを一人だけで信じることよりは簡単な話ではないのだ。あらゆるゲームに勝敗というものがあり、人間の成功体験にはプライドがともなうのだから、なおさらの話であろう。

 

 ある意味、蛇喰遊鬼という決闘者は。

 人間のろくでもなさを信じる、童美野町の住民*3じみた人間性の持ち主であった。

 ……だからこそ、挑発的な口調を除けば高潔とも言える光津真澄を忘れられず、こうして心神喪失気味にボケーっと炭酸飲料をちびちび飲み続けているのだが。この調子だからこそ、彼の身に着けたLDSのバッヂを見て近寄る影がひとつ。

 

「……おまえもLDSなのか(ほまうおエゥイィエゥらのあ)?」

()?」

 

 蛇喰遊鬼が振り返った視線の先には、彼には見慣れた衣装の青年がひとり。

 正確には、舞網市に『蛇喰遊鬼』として生きる前の異次元人でも初めて見る、テレビ画面やゲーム画面の前では見慣れていても、普段の生活では見慣れない姿の男がひとり。

 もっきゅもっきゅとバーガーを立ち食いしながら、どこかの席に座ろうとする決闘者。

 光津真澄にとっての、恩師の(かたき)

 

 ―――『黒咲隼』であった。

 


次回予告

「真澄を黒咲から守りたい」

そのための護衛を断られた蛇喰遊鬼は、

フられた気分転換でバーガーショップで食事をすることに。

しかしそこでは、黒咲がハンバーガーを食べていた!

 

次回

路地裏レジスタンス

お楽しみは、これからだ!

*1
「唾や鼻水よりマシ」と思う者でも、そう思ってしまっている時点で、つまりは唾や鼻水と同様に()()()()()()()()を無意識に感じてしまってはいるので、ちょっとでも身綺麗な人間の真似をしてみるのも悪くはないだろう。この点において、『清潔感』は貞操観念に近いものがあるのだが、それは別の話として。

*2
その手の虐待は女性同士の認識の問題であればともかく、男性がそんな目に遭った女性を見ても女の品格まで貶められたとまで深くは考えない、いちいち考えていたら男臭い道着などを着てスポーツなどできないので、男性から見れば意味や(えき)がない虐待ではある。

*3
原作【遊☆戯☆王】の物語の舞台、臨海都市『童美野町』には、「ひとの心の領域を犯す」住民が多い。昭和末期~平成初頭の人間らしく娯楽に飢えているのか、たとえサソリを靴の中に仕込んだ度胸試しであろうとも、サイコロを投げて出目を競うだけの勝負であろうとも、あっさりと勝負にのる傾向がある。




 副題はライトノベル・漫画・アニメ【とある魔術の禁書目録】シリーズから。
 遊戯王25周年&水木しげる生誕100周年おめでとうございます。
 東京ドームでのイベントには参加できませんでしたが、OCG関係のアニメや映画【鬼太郎誕生】を見ることができたので個人的には大満足です。
 デュエルターミナル関係の、特に氷結界のアニメを観ちゃうと、じゃあリチュアも!インヴェルズも!と期待をしてしまいますが、それもこれも某架空デュエル動画のファンとして遊戯王二次創作に興味を抱いた人間としては避けられない宿業なのかも。

 インヴェルズかっこいいよね……DMの言葉遣いを意識すれば雰囲気が出るよね……でも帝系列と似た効果だし、DMでのオリキャラの出し所さんは気にしなきゃね……
 EX抜きでゼンマイとか先史遺産とか出せそうだけど、王国編はTRPGしたいからな……
 自分のすきなカードとは最後まで共に戦いたいですね。それでもヴェルズもインヴェルズも家の机の中で眠ってしまいがちなのですが。自分の人生に深く関わってきた作品&ゲームなので、遊戯王を愛さないなんて難しいのです。
 今はカードプールの都合により簡単には勝てないとしても、勝てないことを愛さない理由にはできないし、自分の愛した物語に続きがないことを愛さない理由にもできない。

 こうやって、二次創作で愛することはできる。

 遊戯王って最高ですよ。ええ。

今回の話は?

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