Q.恋愛脳の男は決闘で恋ができますか? 作:ウェットルver.2
光津真澄の憂鬱(1話)
最近、気になる決闘者がいる。
強いか、弱いか、―――ではなく。
すきなカードを思いのままに。
この決闘者の願望を、実際に叶えてみせるのが“巧い”のだ。
私も彼のように、愛するカードを思いのままに引き寄せ、モンスターたちへ思いのままに力を与えたい。デュエル塾の名門校、LDSの融合召喚コースの塾生として、マルコ先生から教わった融合召喚の力を変幻自在に扱ってみせたい。
しかし悲しきかな。
合計枚数に下限があるデッキの中で3枚ずつ、すきなだけ同じ名前のカードを入れられるルールであるとはいえ、任意で複数枚のカードたちを同時に手札に集め、任意の戦術を成功させることが実現できるかとなれば至難の業。
いちおう、特別ルールがある「アクションデュエル」においては、デュエル専用フィールド内で
が、それだけ。
ワンゲーム中に拾えるアクションカードの効果と種類は、現実世界に投影されるゲームフィールド、「アクションフィールド」にも左右されるため、アクションカードに依存した戦術はアクションフィールド次第で機能不全に陥る。
つまり、アクションカードに依存すればするほど、デッキから引き込むカードが使えないカード、俗にいう「死に札」になりやすいので、やはり最初から自分のデッキをすきなコンボが実践できるように練りあげるしかない。
自分が強くなるしかないのだ。
己の力で為すべき戦術を為せるのであれば、なるほど、「彼は強い」。
どれだけ最初の手札の質が悪かろうとも、かならず、最低限でも、相手へ迎撃可能な盤面を用意できる点においてはLDSの優等生でも屈指。
デッキの質が高く、デッキ構築力が高いことを意味する。
自分のカードを活かすことには貪欲で、情熱を注いでいるとも言える。
最悪のコンディションでも態勢を整え、最善手を自然体で行える。
………さながら武闘家の心得、彼の強みである。
そのせいだろうか。
彼自身は勝利を渇望しない。
正確には、カードを活躍させるためのカード以外に関心がない。
結果として勝利が得られれば微笑むが、勝利のためではなく、すきなカードに勝利を捧げるために、ひたすらカードを収集し鍛錬し続けている……それが、正確な彼の姿だろう。
でなければ。
使いづらさで有名な《ヴェルズ・タナトス》を活躍させて敗北したのち、満足げに3時のおやつを堪能するなんて優雅で可愛い真似、するわけがない。
そう、気になるアイツは決闘馬鹿だった。
(これ以上は、私が変なひとみたいに見えるだけか。)
思わずつぶやき、柱の物陰にある席に座ってから、彼の様子をうかがい直す。
「………ふふ……。」
彼は笑っていた。
学校の休業日にLDSへと登校し、すみやかにデュエル実習を終えた少年、
そう、あの沢渡。
親馬鹿で子煩悩すぎて、“良識的な”迷惑行為が一周まわって舞網市民から愛される沢渡市議会議員、そのひとり息子であり、LDSの生徒全員が「馬鹿と言ったらコイツだ」と指をさす金持ちのお坊ちゃん、沢渡シンゴ。私は指をささないけれど。
悪い意味でLDSの代表的な塾生ではある沢渡へと、わざわざ仲良くする塾生なんてノリがいい例の三馬鹿くらいのもので、フードコートでも無理に仲良くする塾生はまずいない。
そんな彼らが穏やかに紅茶を嗜む……と、聴けば、だれもが正気を疑う。
私も疑う。毎回疑うし、なんなら半ば諦めている。
ああ、間抜けた沢渡と天然な遊鬼が揃えば、こうなってしまうのか、と。
「―――ま、くわしくは言えないが。
この沢渡シンゴさまは極秘のミッションを完遂したのさ。
残念ながら勝利とまではいかなかったが、榊遊矢のペンデュラムカードを奪い、思いのままに扱ってみせた俺様の実力と才能は赤馬零児も認めるほどのものと確信した。
まずは榊遊矢を倒し、その次は赤馬零児!
やつを直接倒してこその最強デュエリストだ! そうだろう? 遊鬼!」
「………確かに。」
「おまえも俺様がクズカードと認めたエクシーズモンスターを召喚するだけじゃなく、おまえのライバルである志島北斗を翻弄するほどに使いこなしてみせた。
まだ俺様には程遠いとは思うが、まあ、負けは負けだ。結果が伴なわなかったなりに、せいぜい頑張るこったな!」
「……そうする。」
大言壮語を自信満々に述べる沢渡シンゴ。
あいつの言っていることのほとんどが、ろくに隠し事を隠せていない。
レオ・コーポレーションの現社長である赤馬零児に認められる機会があったということは、そもそもの榊遊矢との決闘を赤馬零児が見ていた、ということで、そのうえで沢渡のやるべき極秘の任務を誰が与えたのかを考えれば、だれでも沢渡の背後にいた人物の正体がわかってしまう。
最有力で観戦していた赤馬零児、次点でレオ・コーポレーションが経営するレオ・デュエル・スクール、略称LDS……そう、私達が通うデュエル塾の塾長であり、赤馬零児の実の母親でもある赤馬日美香、このふたりのいずれかだ。
レオ・コーポレーションの機密事項に対する情報漏洩も同然の自慢話を嬉々として沢渡が始めた段階で、沢渡の愚行を悟って慌てて止めようとするも怒鳴られて諦めたのか、沢渡の取り巻きの馬鹿三人は顔を見合わせて苦笑いをしている。
「………と、いうことは、『もう見つけた。』……のか?
……なるほど、そういう。さすがだ………。」
それらに対する遊鬼の反応は、まるで純粋に沢渡へ感心したかのような笑みのみ。
塾生からは「味がマズい」と”好評”の紅茶ブランド「シークレット・メディカル・ゴブリン・ミルクティー」のペットボトルに口をつけ、首を傾けすぎずに味わい音もたてずにペットボトルを置く姿は、まるでティーカップを置いたかのように錯覚させてくれる。思わず見惚れるものがあった。
滑稽かもしれないけど。
「ほほ~ん? やっぱりな、おまえは察しがいい。
そのとおりだ、俺はペンデュラム召喚の弱点に気づいたんだよ!」
「いよっ、さすが沢渡さん!」「今日も頭が冴え渡るぅ!」「かっこいいぜぇ!」
「はっはっは、当然すぎて笑いが止まらないなあ!」
なに言ってるんだコイツ。
取り巻き三人に褒め言葉で持ちあげられながら、額を顔に当てて高笑いする沢渡の姿はまるでナルシスト、どころか本当に自意識過剰なのだから
しかしながら、沢渡の発言には興味がそそられなくもない。
かつての舞網市の治安が悪かった頃。
暴走族や乱暴者が街を荒らした闇の時代に、怒号と悲鳴の絶えない舞網市を笑顔の絶えない街へと決闘ひとつで変革させた伝説のエンターテイナーがいた。
その名は榊遊勝。
彼の決闘の流儀である「エンタメデュエル」を継承した柊修造の経営する遊勝塾、そこに通う榊遊勝のひとり息子、かの伝説の後継者たる榊遊矢が、なんでもペンデュラム召喚なる新たな召喚法を開発した……あるいは発見した、とも噂されている。
その榊遊矢を相手にして、新たな召喚法の弱点を悟ったと言うのだ。
あの沢渡が。
知り合い全員が「こいつは馬鹿だ」と断言するほどの、あの沢渡が。
「もちろん、おまえの《ヴェルズ・オピオン》も回答のひとつだとは思うがな。
特別に教えてやろうか……いいや、やっぱり、ただじゃ教えてやらねー!
なんたって、他ならぬ俺様自らが!
天才的発想力で導きだした答えだからな!」
「………それもそう、だね。
……実体験と知識では、未知なる召喚法への警戒心が違う。
……LDS最先端であれば、現状は君がトップ、そういうこと……」
薄く微笑みながら、遊鬼は食事を再開する。
カップ焼きそばにフォークを通し、からめて口元に送る姿はパスタを食べているかのようにも見える。パスタだったにせよ、麺類と紅茶を同時に嗜むのは微妙にマナーが違う。イタリアンならば飲料ではなくスープ料理で、そもそも焼きそばの濃いソースに紅茶の風味は味の食べ合わせが最悪である。
残念ながら、彼の個人的な趣味嗜好は「うまいものをマズく食べる」だった。
そんなものを見せつけられる沢渡は表情を嫌そうに歪める……ことは、しない。
彼がマズ飯趣味を見せるのは、あくまでも「独りで食べる」と、決めている時だけ。
ちゃんと誘えば普通に食べるし、誰かを誘う場合も常識的だ。あの距離感を知ったうえであれ、沢渡も沢渡で他人の趣味をとやかく言うタイプではない……というか、とやかく言えないくらいの甘党なので、意外にも、お互いにリラックスした状態で対話は続く。
なんだこれ。
「ほーん? つーことは、おまえもヒントは見つかったのか?」
「……もちろん。」
「やるじゃねぇか。
榊遊矢と戦うとき、俺を招待する権利をくれてやってもいい。
そんじょそこらの雑魚なら観戦なんざ時間の無駄だが、おまえは失望させんじゃねーぞ? ほら、連絡先を出せ。はやく」
「……それは楽しそうだね」
本当に、なんなのそれ。
侮辱に等しい「雑魚呼ばわり」を平然と受け入れ、あげく榊遊矢と戦う際には彼なりの回答を「俺に見せろ」と言われても動じない。
一方的に搾取されているも同然だ。あいつだけ教えないのだから。
本当に救えない天然の馬鹿はどちらなのか、火を見るよりも明らかだろう。
ひとりの人間としては愚かながらも、決闘者として賢しくある沢渡シンゴではない。
「―――へえ、男同士でデートのお誘い?」
ああ、まったく。
「あ゛?
おいおい、なんだぁ?
誰かと思えば、融合召喚コース最強の女騎士様じゃないか。
ジュニアユースで、融合召喚コースでは、最強の、なぁ?」
見ていられない。
思わず開いた口に反応する沢渡の舌は、面白いほどに打てば鳴る。
下品なはずの舌打ちひとつが上品にも聴こえるあたり、なんだかんだ気取るなりの品格というものが見受けられるけれど、だから、どうしたというのだ。
「はあ? なに言っているの、おまえもジュニアユースだろう。
総合コースでは、“代表的な”決闘者の。それで? そっちの趣味なわけ?」
「まだ恋バナかよ?
男は趣味じゃねぇっての!?
……ったく、なぁんで女ってのは、一にも二にも恋だの愛だの……」
相変わらずコイツ、ひとの神経を逆なでさせるのが巧いな。
「かりにも議員の息子なら、もうちょっと交友関係を広めてみたら?
その調子だと、本当に男にしか興味がないみたいに見えるわよ?」
「おまえ馬鹿かぁ?
俺が女関係で遊んだら、パパの仕事と信用に影響が出るんだよ。
ゴシップ誌にすっぱぬかれて最悪なことになる。考えただけで怖気が走るぜ……議員の息子だからこそ、恋愛なら! 真剣勝負に決まっているだろ!」
へえ。
市議会議員であれ、どこの社長であれ、ひとを動かす立場の人間には相応の権力が備わるものの、権力者とは組織の顔、象徴であるがゆえに、その言動の責任は重い。
こどもの不祥事が会社への信用に影響を与える……とまでは言わないが、それなりにブランドイメージが損なわれるのは言うまでもない。特に市議会議員となれば、教育の現場に関わる機会は多く、「選挙で選ばれた側の人間が愛息の教育を杜撰にしていた」などと印象づけられただけでも、有権者からの票は減っていくだろう。
意外にも、沢渡でも実行しない愚行の線引きはあるらしい。
そのあたりは、宝石商の娘である私と変わりはない、そういうことかしら。
力ある者の責務は理解しているのね。なら、
「ふぅん。
で、あんた、モテないの?」
「はぐっ」
これならどうだ、と、訊ねてみれば、効果覿面。
珍妙な呻き声を出して、沢渡がテーブルへと頭を轟沈させる。
「……真澄?」
怪訝な表情で私を見た遊鬼は、沢渡の様子を確認する。
同じ男ゆえに心配しているのだろうか。彼も恋愛沙汰は気にするらしい。
お優しいことだけれども、私から沢渡への気持ちはひとつ。
相手の
「ああ、遊鬼?
今日の北斗とのデュエルはどうだったの?」
かるく手を振り、気さくな挨拶に努めてみる。
それでも沢渡に抱いた毒気が内に溜まっていたのか、どこか挑発するような言い方になってしまったのだろうか、彼は眉を顰め、目を細めて、私を睨んでくる。
「なっ……なによ?」
「……ちょっと、……ごめん」
一言謝ると、眼鏡を胸ポケットから引きぬき、そのまま眼鏡をかけて私を見る。
よほど度の悪い近眼なのか、細められた目が開かれた。
まつげで虚空を仰ぐように瞬きをすると、しばらくして、
「…………リップクリーム、変えた?」
唐突に聞いてきた。
「え、」
「……あざやかだったから、つい。気になって」
ちいさな声でつぶやき終えると、眼鏡を外……さ、ない。
フレームを右手の指で摘もうとして、何度か指先をこまかく震わせ、きゅっ、と唇を引きしめると、両手で眼鏡の位置を整えてから私を見つめる。
「……今日の融合召喚コースの授業、どうだった?」
「あ、ああ、それは、」
歯ごたえがなかったわ。
そう伝えようとして、なぜか言葉に困る。
いいや、わかっている。なにを求めてしまうのか、気づいてはいる。
ただ、現状の私では同じことを繰り返すだけで、指先すら彼の居場所の
決闘とは別の、もっとこう、全然関係ないことでも遠慮してしまっている気がする。
彼に、なにかをするにしても。
資格のようなものを、自分で自分に課している気がする。
「あんまり、面白みはなかったわね。いつもどおりよ」
思わず、お茶を濁す。
私の返答になにを思ったのだろう。こまったように微笑んでいる。
「……そっか。」
「ええ。」
眼を逸らす。
なぜか胸に違和感がある。
針が刺さったような、ほそく、ちいさな。
「――あなただけは、私の融合で必ず倒すわ」
痛みに突き動かされ、気がつけば、拳を握っていた。
「……っ! ……うん!」
“うん”じゃないと思うのだけれども。そこは。
おだやかで物静かに。
心持ちだけは、底抜けに明るく、
トボけた天然じみた反応をされると、どうにも毒気が抜かれる。
同時に腹が立つ。呆気に取られても。
「ふん!」
鼻を鳴らし、背を向けて去る。
元より男友達同士とのティータイムだったのだから、私は邪魔だろう。
早く彼の戦術を突破する、いや、彼の戦略の定石である、あらゆる召喚法への妨害手段となる最強のドラゴン、《ヴェルズ・オピオン》を突破する方法を見つけなければ、
でなければ心置きなく、あの場に居続けられる気がしない。
こういうときほど、総合コースの実力者でもある沢渡の思慮のなさが羨ましい。
勝とうが負けようが堂々と、図々しく「つまらなさそうに食べているから」などと、思ってもいないことを口実に、遊鬼から見て真正面の席を陣取れるのだから。
「ろくに言えないくせに、なにが『モテないの?』だっつの」
「…………えっ?」
「なんでもねーよ。」
首を傾げる遊鬼を睨みながら。
テーブルに伏せたまま、沢渡シンゴは呆れはてる。
(お、ま、え、がっ!
気づいた「
恋愛とは。
おたがいの気持ちを一方が悟っていても、その一方が確証が得られなければ「ただの片思い」、「自分の思い込み」だろうと誤解し、ほかならぬ自分の気持ちを伝えずにすれちがうものである。へたな両想いは時がくれば情熱を冷まし、あっさりと「いい思い出だった」などと流して忘れるだけかもしれない。
この距離感を毎回見せられる沢渡シンゴからすれば、解決法はひとつ。
(さっさと
もっとも、彼の考えは相手の機微を鑑みれば、ひじょうに的外れなのだが。
なにはともあれ、少年遊鬼は光津真澄の成長を待ち、彼女が勝利できてから距離を詰めてみようと決め、ゆっくりと紅茶を一服する。
「………違和感なかったけど。色、きれいだったな……」
「なにがだ?」
沢渡の問いかけに遊鬼は目を見開き、眼鏡を胸ポケットに収めなおす。
「……なんでもないっ………!」
うわずった声をあげて椅子から飛びだすように立つと、荷物を持って駆け出した。
「おい、おいおいどこに行くんだ!?」
「……えっと、と、トイレ!
眠くなったから、顔、冷やしてくるよ!」
「はああ?」
わけもわからず不機嫌そうに呻る沢渡。
目の前にあるものは、マズそうな食べ合わせ、紅茶と焼きそば。
自分の食べているケーキの風味に気持ちの問題であれ影響を与えないか、内心気にしながらも、食べかけている遊鬼が落ち着いて戻ってくることを沢渡は期待して待つ。
彼らの様子の一部始終を見届けた取り巻きのひとり、山部が、おなじ取り巻きの柿本や大伴へ耳打ちする。
「なあ、あいつ、奥ゆかしい御令嬢って感じのキャラだったっけ……?」
「気が強すぎて空回ってるだけじゃねーの? どっちかっつーと蛇喰がそれだろ」
「奥ゆかしい男とか奥手でビビりの間違いだろ」
「聞こえてるぞ、おまえら!」
沢渡の一喝に竦みあがり、三人とも思わず背筋をぴんと張る。
「ったく。恋バナに花を咲かせるのは、女も男も関係ないってことかよ?」
呆れる自分もまた同じ話題でいらだっていたことなど、もう沢渡シンゴは都合よく―――そう、とても、彼自身に都合よく―――忘れていた。
【Q,恋愛脳の男は
【A.決闘者である以上、まずは自分を認めなければ告白にすら自信を持てません。相手への告白をするプレイヤーが女性でも同様です。】
タイトル名は角川文庫の小説「涼宮ハルヒの憂鬱」から。