Q.恋愛脳の男は決闘で恋ができますか? 作:ウェットルver.2
・一部追記(いつものあれ)
・一部修正(真澄の手にある飲料がどれなのか)
・最終確認(最後に口にする飲料はなにか)
実は、「カードを愛する」感覚から、どうしても忌避したものがある。
私が使う「ジェムナイト」カードには、ある強力な専用の融合魔法がある。
通常魔法《ジェムナイト・フュージョン》。
さまざまな「ジェムナイト」モンスターの融合召喚にのみ使える代わり、墓地の「ジェムナイト」モンスターを1体除外することで、このカードを手札に戻すことができる。
これらの効果を活用して、1ターンに複数回の融合召喚を行えるのが、「ジェムナイト」モンスターの強みなのだ。本来ならば。
そうだとしても、私は、このカードの効果に頼りたくない。
いくら《ジェムナイト・フュージョン》が強力な融合魔法カードだとはいえ、墓地に眠る「私が愛したモンスターたち」を無暗に除外したくない―――そこまでして、《ジェムナイト・フュージョン》を手札に戻したいわけではない―――のだ。
私の切り札のひとつである《ジェムナイトマスター・ダイヤ》の効果のひとつ、墓地の「ジェム」モンスターたちの数だけ攻撃力をアップさせる効果を活かすためでもある。
たった100ポイントの攻撃力アップでも、積み重なれば1000ポイント以上はアップできるし、それほどの仲間の力をあわせて戦うことができる。
だから、よっぽど融合召喚しなければならない場合をのぞいて、まったく《ジェムナイト・フュージョン》の持つ「墓地から手札に戻す効果」を発動させない。
強いとか、弱いとかじゃなくて。
墓地に眠る仲間たちの遺志を継ぎ、勝利を導くダイヤの“それ”がすき。
だから、なのだろうか。
次から次へと墓地の仲間を犠牲にしてまで別の墓地の仲間を呼び戻し、何度もエクシーズ召喚をねらう遊鬼の戦い方には執念、妄執のような凄みを感じて。
モンスターを大切に扱わないようで、死者の怨念を呼び起こすようで。
なにがなんでも共に勝利しよう、という情熱にもみえる。
相手が彼だから、蛇喰遊鬼だから好意的に見てしまうのだろうか。
いいや彼も、自分の愛するモンスターと戦えれば、それでいいタイプだ。
そのための努力は惜しまない。敗北さえも苦としない。であれば、敗北に気を取られずに次から次へと決闘を繰り返す決闘馬鹿であり続けるのは当然で、暇さえあればひとりでデッキをまわして手札事故のパターンを見つけようとするのも自己課題ではなく、ただの趣味として、嬉々として何度でも続けられるのも必然だ。
だから、なのだろうか。
「セイクリッド」モンスターを与えられた志島北斗へ善戦、あるいは逆転勝利する彼の戦い方に惚れこんだ同コースの塾生で、彼並みに「ヴェルズ」モンスターを使いこなせた決闘者はいない。そんな子がいたら彼に挑む前の前哨戦に選んでいただろう。
強力な《セイクリッド・プレアデス》を維持して戦い続ける、それが「セイクリッド」使い最大の強みだとすれば、「ヴェルズ」使いは《ヴェルズ・オピオン》により相手の動きを束縛することが強みなのではなく。
墓地の仲間を犠牲にする《ヴェルズ・ケルキオン》をふくめた、あらゆる方法でエクシーズ召喚を実行に移すのが最大の強みなのだろう。
だから、ほら。
どれだけの戦術を叩きつけても。
こうして実践で、決闘で彼の《ヴェルズ・オピオン》を突破しても。
―――まるでエクシーズ召喚を止められない。
「くっ、今度は、《カチコチドラゴン》ですって……!?」
一瞬見ただけでは「宝石の原石か」と見まがう鉱物の集合体が唸り、こちらの「ジェムナイト」融合モンスターを睨みつける。
「……魔法カード《一騎加勢》の効果で、攻撃力は3600。
……《ジェムナイトマスター・ダイヤ》の今の攻撃力は3500。
…………《ジェムナイトレディ・ブリリアント・ダイヤ》は3600。」
たかぶるままに鱗にも似た鉱物すべてを震わせるドラゴン、それとは対照的に、淡々と効果処理の確認、戦況把握を終わらせる対戦相手、蛇喰遊鬼。
「……ここにアクションマジック、《奇跡》をくわえる。
…………《カチコチドラゴン》は、きみの《ジェムナイトレディ・ブリリアント・ダイヤ》との戦闘では破壊されず、そのまま戦闘破壊ができる。
……さらに、《カチコチドラゴン》は、相手モンスターを戦闘で破壊した場合、1ターンに1度だけエクシーズ素材を取り除いて追加攻撃ができる。
……マスター・ダイヤ、……ブリリアント・ダイヤの順に戦闘で破壊する。」
普段、だれもが防御に使いそうな《奇跡》だが、彼は攻撃するための武器として扱い、着実に私のモンスターたちを踏破するという“奇跡”として実現させていく。
地面から覆いかぶさる鉱物の津波がブリリアント・ダイヤたちを呑みこみ、どれが宝石でどれが関係のない鉱物だか区別がつかなくなったところで、きらりと空が輝き、
「……最後に、装備していた《ジャンク・アタック》の効果。
……戦闘破壊したモンスターの、元々の攻撃力の半分のダメージを与える。
……マスター・ダイヤは2900の半分の1450、ブリリアント・ダイヤの攻撃力の半分は1800、あわせて3250の効果ダメージにくわえ、先ほどの戦闘で発生したダメージで。
…………合計、3350。……いい決闘、だった…………!」
急に
「は? えっ、ちょっ、うわあああっ!?」
そういえば、流れ星がスペース・デブリである場合もあるらしい。
これを受けたのが私でよかった。北斗だったら浪漫もへったくれもない現実的なカードから叩きつけられる連続ダメージのコンボで心が折れていたかもしれない。
ゲームセットを告げるファンファーレ。
画面に浮かぶのは、私が負けたという結果。
「あぁっ、もうっ、またなの!?」
やけっぱちになりながらも、寝転んで照明を見あげながら振り返る。
まず、融合召喚をゆるさない《ヴェルズ・オピオン》の高い攻撃力2550を《ジェム・マーチャント》の効果で1000ポイントアップさせた元々の攻撃力1550以上の、「ジェムナイト」通常モンスター、または再度召喚していない「ジェムナイト」デュアルモンスターで突破して融合召喚できる状態に立て直す。
これが決まるだけでも、次のターンに《ヴェルズ・オピオン》をただ召喚された程度では突破されにくい布陣を整えやすくなるので、コンボが決まったときは本当にうれしかった。
次に、手札から捨てた《ジェム・マーチャント》と融合召喚で墓地に増える「ジェム」モンスターの枚数分だけ攻撃力がアップする《ジェムナイトマスター・ダイヤ》の召喚条件を無視してエクストラデッキから直接呼びだせる《ジェムナイトレディ・ブリリアント・ダイヤ》を最優先で融合召喚し、あとで《ヴェルズ・オピオン》を出されても困らないように攻撃力2550以上の融合モンスターたちで前線を固める。
そこまでは想定したシチュエーションのとおりだ。
だから油断した。あれだけ北斗相手にせめぎあう、遊鬼の姿を見てきたのに。
つい、「このまま押し勝てる!」と思った矢先に、もうこれだ。
「変な自信なんか、するものじゃないわね。
相手が想像通りに驚い、……圧倒されてくれるかなんて、ただの妄想か」
ある意味では、彼を軽く見ていたのかもしれない。
さっきまでの自分が馬鹿らしくなってきた。起きあがって、「スタジアムから出よう」と、彼に目配せをする。気がついたのか、彼は私に近づいてきた。
「……あとに予定、あるの?」
「ないわね。着替えたら帰るわ」
「……そっか。」
返事を素っ気なくしたから、なのだろうか。
なんとなく彼が困ったような、さみしそうな顔をした気がする。
見ようによっては、なんだかまるで、これからなにかをしようとして叶わないと知ったときの物惜しそうな、残念そうな表情かのようで。
そうなるほどのなにかを願って、「私の予定を聞いた」ということは、
「―――えっ!?」
「…………え?」
「あ、いや、その、なんでもないから」
まさかデートとか、そんなつもりじゃないはずだ。
さすがに私の自意識過剰だろう。自動販売機に駆け寄り、やけに踊る指先に翻弄されながらも硬貨を投入して麦茶を購入した。
「……さっきの魔法カードを1枚も引けないままで《励輝士ヴェルズビュート》の全体破壊効果を使わずとも、とりあえず《ヴェルズ・バハムート》を召喚すれば最も元々の攻撃力の高いブリリアント・ダイヤを奪って……有利に動けはしたと思う、けど。
……自分のお気に入りって、自分の心の分身みたいなものだし。……『なんかやらしいから』、なんて思ってバーンキルに変えたのは、我ながら変なところで私情を挟みすぎる気がする……『真澄の心を奪うみたいで』、とか……」
取り出し口からペットボトルをつかんで立ちあがろうとした瞬間、聞き取れないほどにちいさな背後からのつぶやき、歩み寄る彼からの風に驚いて、つい見あげる。
なんか、けっこう近い距離に立っていた。彼の足が座る自分の背中に当たりそうなくらいに。立ちあがったら、そのまま彼の吐息が髪か耳かにあたりそうなほどに。
固まる私を気にせず、彼は硬貨を投入し、どれを買うかメニューに目を走らせた
「……つまり、攻撃力3500か3600ラインを突破できると、いい?
…………冗談みたいだけど、でも、やっぱりあのカードも採用圏内……?」
おい。
こっちへの距離感より、決闘のほうが優先なのか。
「あんた、反省会でもしてるの?」
「……うん、別の突破手段も確保するべきだな、って。
…………安定とれる、シンプルなパワーが今、いちばん……足りない。」
ああ、やっぱり。
自分が突いた戦略上の穴を、もう「埋めよう」と考察を始めていたらしい。
こんな切り替えの早さとストイックさで、あっという間にエクシーズ召喚コース(ジュニアユース)の最上位に駆けあがったのだろう。
今となっては志島北斗と鎬を削る関係にあるが、彼らの勝率がそのまま彼の根本的な強さや成長性に陰りを与えたわけではない、ということでもあるのか。
でも、決闘での未熟より、その距離感への鈍感さをまず直してほしい。
私の心臓がもたない。思いつくかぎりのあらゆる意味で。
「……《ズババジェネラル》入れるか。」
「え?」
「…………あ。……ごめん、ひとりごと。なんだ。」
もう答えを見つけたらしい。こっちの気持ちは鈍感なくせに。
さっきのコンボを念頭に置くなら、私の場合は、なんらかのかたちで墓地の「ジェム」モンスターの枚数を増やせるカードで、なおかつ「増やすだけ」では終わらないカードを探す、というのが課題になるのだろうか。
彼は取り出し口から飲み物を取ろうとして、ようやく私が足元にいたことを気づいたのか、私のほうを見て動きが固まった。
「……ごめん」
「べつに。そっちも気にしてなかったんでしょ。
ほら、受け取りなさ、」
こうなると意外とわかりやすいな。
なんて思いながら、最低限の親切心で代わりに取って、手渡そうとしたのが彼にとっては問題だったらしい。申し訳なさからか、彼の腕は慌てて前に突き出されていく。
それは私が手渡すために伸ばすつもりの場所を通りすぎて、ペットボトルの先ではなく、するりと別のものを手で包み込んで、「取って」しまっていた。
「―――っ、」
「……………………あっ」
私の。
呼吸の音が。
声に代わりに出て。
悲鳴でも怒りでもなく、別の声をあげようとしていて。
口を強く閉じて耐えてから、「取られた」感触を拒絶せずに。
「ほ、ほら、受け取りなさいよ」
「……うん。えっと、その……ありがとう…………」
手と手が触れた感触に。
彼
私は背中に隠れた左手でちいさく拳を作り、「よしっ」と気持ちを抑えこむ。
これが、「脈あり」ってやつなのかしら。少女漫画であった、恋心を自覚する男の子の反応っぽかったもの、今の。
さわった手を気にし始めたら間違いないわね。たぶん。
改めてペットボトルをつかんだ彼の手が、遠のいてく。
(……これ、変に気にしたら、よけいに気持ち悪く見えるんだろうな。
…………少女漫画で読んだことある展開っぽかったけど、でも、そういえば、こういうの学校でやらかして女の子にドン引きされて、やたらと女の子たちに嫌われたというか、みんなから避けられたことがあったような……そうだった、こんなふうに距離感を間違えた、ような……やだなぁ、真澄に避けられるの…………)
困惑を隠さず、彼は、わずかに手に目を向けると。
ペットボトルの栓を開けた。
どっちなのよ、それ。
「ねえ、どきなさいよ。
私が立てないじゃない。」
「……ごめん。」
ちいさく唇を引きしめると、そのまま彼は数歩だけ下がった。
いや、だから、どっちの気持ちなのよ。
私の手をさわった感想。うれしいのか、罪悪感しかないのか、どっちだ。
「更衣室行くわ。それじゃあ、また明日ね」
「…………あ、うん。また、あしっ……ぁ、これまさか、味、まっ……!?」
なんだか、あれこれ気にしたのがどうでもよくなってきた。
彼を背にして歩を進める。ペットボトルの栓を開けて、そのまま飲み、
「―――げほっ!? こっ、これっ、コーラ!?」
「……真澄、渡すの、ちがう。間違えてる…………!」
左手に置き換えて持っていたはずの私の麦茶が、彼の手の中にあって、右手でつかんだつもりだったコーラが私の手の中にあった。
「……ごめん、本当にごめん。
……もっとはやく気づけば……よかった、また、明日っ……!」
私の手からコーラを取り、空いた手へ麦茶を収めて、ほんのすこしだけ口元をぬぐいながら立ち去る遊鬼。なにがどうしたのだろうか、足取りが早い。
後ろを振り返って歩き出す間際の耳がやたらと赤い気がしたのは、消防の非常用ボタンのランプの色に照らされたせいとか、失敗したことへの羞恥心からだけだとか、そういう理由ではないと思いたい。私の願望か。
「うそでしょ。こんなことする? 私。」
私も動揺していたのか、いや、彼の距離感のおかしさに意識を取られて、飲み物を掴む手を左右間違えたのか、あるいは左右入れ替えるのを忘れていたのだろう。
なんだかんだ、彼も私も、気にする異性への交友となると緊張するものらしい。
いちいち彼との関係に恋を見出そうとする奇癖も増えてしまった、などと内心思ってはいたのだが、どうやら、べつに特別「へんな癖」だというわけではないようだ。
なにはともあれ、買った麦茶は戻ってきたのだ。
彼はいない。あれこれ気が動転することはないだろう。さあ、栓を開けて、
「―――
数十分後。
女子更衣室でちびちびとスポーツドリンクを飲んでは、ぼうっと虚空を見つめたり、もにょもにょと唇を動かしたりする、普段と様子がおかしい融合召喚コースのエリートを見かけた女子塾生たちは首を傾げながら、その彼女よりも先に自宅へと帰っていった。
【Q,恋愛脳の男は
【A,プレイスタイルから親近感が得られる場合はあります。ただし、カードへの愛着を持つ決闘者同士でしか発動しない共感や遠慮もあるため、単純に「決闘に強ければよい」とは限りません。】
【Q,いちいち間接キスを気にするのは変だったかしら。】
【A,生理的嫌悪感や貞操観念、特に距離感には個人差があります。どのような認識であれ日頃から歯を磨いて、数か月に一度は歯医者に行き診断を受け、それでも気になる場合は肉類や魚介類やニンニクが含まれる料理を食べたり牛乳を飲んだあとに、ブレスケアを意識しましょう。種類や認識を問うのは「それから」です。】
・《一騎加勢》
エンドフェイズまで攻撃力を1500アップさせる通常魔法カード。
効果の持続時間が勝り500ポイント劣る《破天荒な風》を採用する選択肢もあるのだが、彼の意識する光津真澄が誇る融合モンスター《ジェムナイトレディ・ブリリアント・ダイヤ》の攻撃力がまさかのLDS最大攻撃力の3600であるため、あえて採用している。
要するに、ただの
装備魔法と異なり、魔法罠カードを破壊する効果の影響を受けず、状況を選ばず、確実に攻撃力がアップするのが強み。欠点は持続時間が短いことで、一長一短。
そこ、この手の通常魔法は《アクア・ジェット》の下位互換とか言っちゃいけない。
タイトル名はガガガ文庫の小説「ささみさん@がんばらない」から。
このあいだ キスの日なるものだったそうですね。書きました(間接)