ある日突然ゴムのように 作:Dの一族
「はっ、はっ、はっ──! なんで逃げてんだ、俺……!」
寮から走って抜け出して校舎裏へ。
お隣さんが気絶してから猛ダッシュで逃げ出してきてしまった。
だから格好は部屋着として使っている市販のジャージだ。
学校内部では基本制服で過ごさねばならないため、先生に見つかれば怒られること間違いなし。
「……いや、今は怒られることとか、気にしてる場合じゃねぇ」
俺はもう一度、ゆっくりと頰に手を当て、思いっきり引っ張った。
すると頰はまるでガムを伸ばすかのように伸びてしまう。
明らか様にゴム人間だ、もはや言い訳のしようがない。
「マジでどうしよう……」
取り敢えず校舎裏に逃げ込んだのはいい、だがここからどう行動するかが問題だ。
といってもバレても大騒ぎになる程度で特に問題には……いや、大騒ぎの時点で問題か。
友達に見せるのも、なんか不安が残る。
かと言って誰にも打ち明けないのも難しい話だ。
「んー……そうだ! ここは先生に見せてみるか」
俺の担任の先生、ヘビースモーカーで休憩時間は基本的に喫煙所にいるやばい先生だ。
日常的に死んだ目とやる気のない発言が目立つが、授業はこれ以上ないほど単純でわかりやすく、その淡々とした性格で人気のある先生。
それが
煙臭いことを除けば俺も好きな先生だ。
「取り敢えず……喫煙所を回ってみるか」
高校なのに喫煙所がいくつもあるのはどうかと思うが、今はそれよりもだ。
とにかく先生を見つけるべく俺は走り出す。
校則? そんなものを気にしている場合ではない。
最寄りの喫煙所は確か、一階の端で俺のクラスの隣だったはず。
学校自体が大きいがために、それなりに歩かなきゃいけないのが辛い。
まぁ、学校内には誰もいないのが唯一の救いだろうか。
「酢靄先生ー。いませんかー?」
もしかしたらそこらにいるかも、とうっすい希望で俺は声を出すが、返事は返ってくることがない。
やはりタバコ吸っているのだろうか、と思い歩くこと三分ぐらい。
学校の隅、俺のクラスのある教室の隣に喫煙所はあった。
一応ガラス窓がドアに取り付けてあるため内部は見える。
と言うわけでそこから覗いてみるが、誰の姿も見えない。
それどころか電気すら付いていなかった。
なら違うところかとすぐさま切り替えて、また別の喫煙所を探すために走り出そうとした。
その時、ふと俺のクラスを覗いてみると、教室の中心に制服を着た少女の姿が一つあった。
クラス替えしたばかりで、クラスの名前もイマイチ覚えていない俺だが、その少女のことは一目でわかった。
理由としては単純に印象に残りすぎることからだろう。
なんせその少女は、海外から来た留学生なのだから。
「……ザルフェンさん?」
「ッ!? ……あ、ああ。猿田さんっ、デシたか……」
クリア・ザルフェン、どこから来たかは詳しく知らないが、とにかく海外からの留学生。
まだ少し慣れていない日本語で喋る彼女は、なんと言えばいいか、そう、可憐で可愛い。
語彙力がないのが惜しまれるほどには可愛い。
特徴を挙げるとするならば、一寸の汚れすらない長く銀色の髪、まるで宝石のような目。
少し小柄なところが更に可愛さを感じさせる。
そんな彼女は何故か、息を切らしてそこに立っている。
まるでたった今、何かに追われていたかのようだ。
俺は少し不思議そうにして、彼女に近づこうとした。
「そこで、止まってくだサイッ!! 私に、近づいちゃ、ダメデス……!」
そう言って焦った様子で、少しばかり後ろに下がる。
俺はあまりにも真剣な彼女に気圧され、つい足を止める。
「い、今更デスが、なんでこんなトコロに、いるんデスかっ!」
「え、それは……あー、ま。ちょっと色々ね。ザルフェンさんもどうして教室に?」
もう既に放課後になってそれなりに時間が経っている、なんで彼女も教室にいるのだろうか。
そのことを聞き出そうとした、その瞬間のことだった。
突然、地面が揺れ始める、大きな地震にも似た揺れだ。
だが何か、どうにもおかしい。
「これ……上が、揺れてる?」
「来た……奴が、来まシタ……!」
怯える様子の彼女と比例するように地震は更に大きくなって行く。
気になって上を見れば、何か大きなヒビが入っていることに気づく。
ちょうど彼女の真上くらいだろうか。
いつも過ごしている教室、普通ならば気づくような大きなヒビだ。
「……なんだ、このヒビ」
俺がそう呟くと同時に、そのヒビは一気に大きく割れ始める。
何が起きているのか全くわからないが、理解できることがあるとするならば、彼女が危ないと言うことだけか。
「危ないッ!」
咄嗟に俺は腕を大きく振るう、ルフィがいつも仲間を掬い上げる時のように。
上手くいくか不安だったが、なんとか彼女の腕を掴むことに成功。
思いっきり引っ張り上げると、後ろに転がりつつもなんとか彼女を受け止める。
ゴムなのがよかったのか、転がった時にぶつかった後頭部は別に痛くも痒くもなかった。
「へ? え? ナニ、が……?」
彼女を見ればかなり困惑している様子だったが、それよりもと崩れた場所を見る。
崩れた場所には一つ、何か大きな影。
俺は後退りして片手でドアを開けておく。
いざという時、逃げ出せるために。
「いだだ……ぬぅん、少し歩き回りすぎたな……」
「な、なんだアレ……」
瓦礫による砂煙が晴れて、その大きな謎の影が明らかになる。
とてつもなく大きな……大きな……ウーパー、ルーパー……のようだ。
ウーパールーパーだ、どこからどう見ても大きなウーパールーパーらしい。
俺は一度、目を擦ってみた、やはりウーパールーパーである。
「ウーパールーパー……」
「別名、アホロートル、デスね」
「アホロートル……どっかで聞いたような……」
そんなことを考えていると、奴はゆっくりとこっちを見る。
「……いたいた、クリアちゃん」
「ヒッ……」
「な、なんだお前。なんでウーパールーパーが喋ってんだよ!?」
「……んぅ? 猿田、じゃないか。なにしてるんだよ、こんなところで」
「へ?」
何故か俺のことを知っている奴は、こちらに向かって歩き出す。
奴の視線はずっと、ザルフェンさんに向かっている。
「渡せよ。クリアちゃんを」
「は?」
「……渡さないってんなら……潰してやるよ」
巨大なウーパールーパーは机を踏み潰して歩き出す。
当然ながら、俺が抱えている彼女を追って。
俺は急いで教室から出て走り出す。
「なっ、なんなんだよッ!! あいつぅッ!!?」
俺は彼女を抱えたまま、叫び声を上げ走り出す。
あのよくわからない巨大なウーパールーパーから逃れるために。
そして彼女を守るために。