約束の痕   作:のらゐぬ

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一章 勇者

 愚かだった。

 戦い……いや、戦いとすら呼べないそれが始まって直ぐにそう思った。

 貫志は相対した鵺に対して先手で仕掛け、鵺の頭を正面から割りに行った。

 相手の軸を捉え渾身の力を籠めて、獲物の一刀両断を狙う上段からの振り下ろし。

 これは貫志が普段から最も得意とし、単純ながら何百、何千回と鍛錬を続け、今の彼が持てる技術においての必殺の一太刀だった。

 しかし、そんなものはあっさりと破られる。

 刀を振り上げ振り下ろす間際に此方より俊敏な動きの鵺が此方の動きを見てから体当たりをする。

 明らかに仕掛けるのは此方が早い筈の一撃において、後の先を取られる。

 鵺の体当たりの衝撃は凄まじく構えなどは崩され、一丈(約3m)ほど吹き飛ばされる。

 背中から地面に叩き付けられる痛みに顔を顰め、のたうち回りそうになるが、貫志の目が捉えたものがそんな行動を許さなかった。

 地面に伏した貫志の眼前に跳躍し、今にも貫志に飛び掛からんとする鵺の姿があった。

 貫志はなんとか身を横に転がしながら起き上がり、再び刀を構える。

 先程まで貫志の身体が在った場所の地面に爪を立てながら、鵺は姿勢を低くして貫志を睨む。

 

 (何故動きを止める?先程の飛び付きと体当たり……それに次ぐ追撃が来ないのは此方を警戒しているからか?)

 

 貫志が思考を巡らせる中、鵺は身体を捻ると突き立てた爪と一緒に旋回し、蛇の様な尻尾を利用して貫志の身体を薙ぎ払う。

 

「ぐ、払いかっ!」

 

 鞭のようにしなりながら回転し、襲い来る尻尾は硬い鱗によって槌を振われたような衝撃を貫志の左肩に叩き付けて来る。

 四足の足の爪を使い地面を抉りながら回転した鵺により、地面は抉れ土煙が立ち込め、尻尾で攻撃された貫志は構えを叩き崩されよろめきながら蹈鞴を踏む。

 土煙の中に鵺を見失った貫志は、ジリジリと後退りし先に鵺が居た土煙から鵺が出るのを警戒する。

 だが、貫志の取った行動は裏目に出る事となった。

 ギシリと木の軋む音がした。

 続けて木の葉が舞い、貫志が音のした場所に視線を向けるとそこには蛇の尻尾で太い木の幹に絡みながら、身体をぶら下げる鵺の姿。

 鵺はそのまま鉄棒でもするかのように木の幹で回転すると、その勢いのまま貫志の方へ飛び掛かった。

 土煙に気を取られた貫志には避けるほどの余裕は残されていない。

 貫志は咄嗟に刀を地面に放り、急所を守るように両腕を交差させ頭を腕の後ろに隠し身を屈める。

 飛びかかった鵺により貫志の腕は引き裂かれ、ズタズタになりながら再び吹き飛ばされ地面に転がる事になった。

 

 「がぁぁあああああっ!!……かっ…………いっ痛っっ、し、死、死ぬ……くっ、ぐあぁああああああ!」

 

 先程は体当たりで地面に叩き付けられる程度だった。

 かなりの衝撃だったが、命に関わる傷などは無く死の実感が薄かった。

 それ故に、この痛みで貫志はようやく理解する。

 自分の愚かな選択の意味を。

 

(痛い!痛い痛い痛い!痛過ぎる!腕はまだあるのか?わからない、わからない。でも、わかった。コレは勝てない!絶対に無理だ。鵺は早過ぎる。強過ぎる、力がそもそも獣なんかの比じゃない!逃げないとこの妖に本当に食い殺されて…………殺されて……なんだ?)

 

 激痛の中で走馬灯のように廻る思考の一片に貫志は違和感を覚える。

 此処で自分が戦っている理由は何の為なのか、今一度良く考える。

 

(殺されるならもう逃げても良いんじゃ無いか?

あの娘が逃げる時間稼ぎなら十分に出来た。このまま逃げ帰れば妖退治の専門家が幾人も待ってる。

なら此処で俺なんかが戦う意味なんて無い筈だ)

 

 そんな事はわかっていた。

 

 貫志の頭は戦いの中においても傷を受けるまでは冷静だった。

 

 わかっていて、それでも彼は立っていた。

 

(どうして俺は此処に居る?

俺が守りたい人なんて今の背にはいない。俺は鵺より強く無い、昼間だって女の子相手に負けたんだ。

なのにどうして……どうしてこんなに逃げたく無いんだ?

腕が痛過ぎて刀なんて握る気にもならないのに、目の前の鵺を俺はなんで……まだ見てる?)

 

 貫志の目線の先の鵺は目の前の獲物を逃す気は無いようで、ニ本の後ろ足で大きく立ち上がると前足が猿の腕のように変態し、形を変えても健在な鋭い爪の虎の手をゆっくりと、大きく振り上げてトドメを刺そうと貫志を見下ろす。

 

(そうか……やっとわかった。

俺はこの鵺に負けたく無いんじゃ無い。

怯えて逃げるのが格好悪くて逃げないんじゃ無い。

 

俺は妖が憎くて、こいつを殺したいんだ)

 

 貫志は腕に鵺からの大きな爪痕を残され、激痛にのたうち回りたい心を殺して立ち上がる。

 そうして大きく振り上げられた鵺の腕が貫志に大して振り下ろされた時、貫志は鵺の懐へと飛び込み腹下を抜けて、死に物狂いで転がり鵺の背後を取る。

 やっとの思いで転がった貫志の右腕に尻尾の蛇が容赦無く噛み付いて来る。

 

「っ!?クソ!!(そんなのありか!?背後に回っても蛇なんて、薄々分かっては居たがこいつ何処にも死角が無い。弱点の一つくらい有ってもいいものを!)」

 

 貫志は泣き言を吐き出したい気持ちになるが、今も激痛の走る左手に力を込めて脇差を抜き蛇の頭に突き立てる。

 蛇の頭には目が存在せず体表は鱗に覆われて口だけが存在する不気味な尻尾だった。

 

(どうしてこの蛇には目が無いんだ?尻尾に付いたから要らなくなって退化でもしたのか?今はそれどころじゃ無いか。取り敢えず)

「その口をとっとと離してもらおうか!!」

 

 貫志は雄叫びのような大声を上げて左腕に全力を込めて脇差で尻尾の頭を切り飛ばす。

 脇差を刺した場所から半分近く切り離され、黒い血を流しながら今にも尻尾から取れそうになった蛇の口は噛む力が無くなり、だらんと垂れて貫志の右腕から離れる。

 尻尾に傷を付けられた鵺は耳を劈くような咆哮を上げて、勢いよく振り返りながら腕のような形になった前足を振るう。

 しかし、向きを変えながら振おうとした攻撃は流石に遅く狙いも正確では無かった為に貫志でも避ける事が出来た。

 貫志はこれ幸いと避けた後にも足を止めずに鵺と距離を取る。

 

(これで鵺の後ろは安全になるな。蛇に目が無いのに俺の腕に噛み付けたのはまぐれか?まぁ、どっちにしてもこれで噛みつかれる事はない。少なくとも後ろはな……)

 

 貫志は腰に付いた刀の鞘を腰帯から引き抜いて右手に握り込み、左手には先程の脇差しを逆手に握り込んで身を屈める。

 

「痛いな……でも、まだ握れる。これなら、まだ戦える」

 

 鞘と脇差しを握り込む両腕から走る痛みから目の端に涙が溜まるが、それを噛み殺すように凶悪な笑みを張り付けて自分を奮い立たせる。

 

「俺は……俺が選んだ選択を蛮勇などとは呼ばない為に。何よりも俺の心に背を向けない為に……鵺を殺す!!」

 

 鞘と脇差を握る貫志、貫志を睨む手負いの鵺は、それでも貫志を獲物として捉えていた。

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