約束の痕   作:のらゐぬ

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一章 決着

 先に動いたのは貫志だった。

 尻尾を切られ警戒心が付いた鵺に、突進するような勢いで走り出した貫志は、此方の動きよりも速い鵺が近づいた貫志に対して、獲物を抑える為に振るった前の腕を自らの左足で踏み付け、飛び上がって鞘で鵺の顔を殴り付けようと鞘を振るう。

 鵺は振るわれる鞘に噛み付き、鞘を咥えたまま頭を振って貫志を地面に振り落とす。

 

「これしきの事で……ぐぅっ!崩せると思わん事だ」

 

 振り落とそうとした貫志は鞘を掴み続け、地面に叩き付けられそうになると鵺の頭に足で器用に組み付きながらしがみつく。

 鵺は自分の頭にしがみついて離れない貫志を自分の頭ごと何度か地面に振るう。

 

「ああ……ぐっぅ!がふ、く、くくっ。

やっぱり、こいつだな土煙の中でも俺を捉えていた目は!」

 

 貫志は鵺の頭と地面とで何度も潰されながらも決して身体を離す事なくしがみつき鵺の目が蛇と、とても良く似た眼球を持っているのを確認すれば、素早く左右の目を脇差で突き刺せば、身体を離して自分から地面に落ちる。

 鵺は目を潰された痛みに悶え苦しみながら地面に転がり、辺りを無作為に荒らしながら暴れる。

 

「どうした鵺。

俺は腕を裂かれても、其の方のように無様に晒す事は無かったぞ」

 

 貫志は地面に何度も叩き付けられた事で内臓が損傷して、血を吐きながらも自らの捨てた刀を拾い、鵺の側面に回ると荒い息を整えず、息を止める。

息を整える時間を惜しんだ貫志は好機を逃さない為に刀をしっかりと両手で握り込み、上段に構えた後に大きく息を吸いながら雄叫びを上げ、全力で刀を振り下ろした。

 

「ちぇすとぉぉおおおお!!」

 

 貫志の一撃は鵺の腹を大きく斬り裂かれ、激昂した鵺は前の腕で身体を固定しながら後ろ足を両方とも使って貫志を強く蹴り上げる。

 鵺の蹴りを受けた貫志は大きく宙に投げ出され、木の上に落下する。

 運良く木の葉っぱや小枝などが衝撃を吸収したお陰で地面に落下して絶命する事は無かった。

 しかし、蹴られた時の衝撃とそれまでの傷の痛みで意識を失ってしまう。

 眼を失った鵺はしばらく悶えていたが、落ち着くと貫志を探し始める。

 太めの枝が大きめの音を立てて折れ、自分の腕を支えていた枝が折れた事により、身体の体勢がズレて貫志は意識を取り戻す。

 

「っ!…………っはぁ、はぁ……はぁ、はぁ。

なんだ……どうなって……鵺は」

 

 意識を失っていながらも刀を手放していなかった貫志は、激しく荒い呼吸を繰り返しながら周囲を見渡す。

 すると、木々の隙間から血の匂いで此方を探す鵺の姿を見つける貫志。

 鵺は腹から血を流しながら歩いていて、鵺の方も手負いである事を確認すると貫志は一度呼吸を整える為に木の上で身を隠す。

 

「はぁ。

(さっきまでのが全部幻で恐怖から気を失ったのでなくて良かったな。そんな事では判裁様に笑われてしまう。

…………さて、今も俺の事を探しているアレに……トドメを刺すとするか。これだけ、傷を負ったんだ……死んでも鵺を殺さんと気が収まらんよな)」

 

 貫志は自分の身体が戦うのには限界なのを察知していながらも、刀を強く握り込み出来るだけ小さく息を吐き鵺が自分の元まで来る事に賭ける。

 鵺は貫志の血の匂いと物音などを頼りに近づいて来る。

 

(そういえば、一つだけ絶対に死角になる場所が有ったな)

 

 貫志はぼんやりとそんな事を考えながら木から落下する。

 貫志の瞳は貫志の居た木の真下に着いた鵺の首を捉えていて、落下しながら貫志は自分の体重の乗った刀をギロチンの如く振り下ろした。

 そうして、鵺の首は断ち切れ大量の血を噴き出し、周囲を黒に塗り潰しながら宙を舞う。

 

「俺の…………勝ちだ」

 

 そう言って貫志は黒い血を浴びながら刀から手を離す。

 貫志が安堵の表情を浮かべるが、無情にも鵺は死んでいなかった

 貫志は隣でゆらりと何かが動く気配を感じる。

 首を無くし絶命した筈の鵺はその巨躯を後ろ足で持ち上げると、再び大きく腕を振り上げる。

 妖とは人の理を外れた超常の存在である。

 世の道理とはかけ離れ、決して倒れぬ強靭な意思と肉体を持つ。

 故に人の身では敵わぬ者なのだ。

 

(なるほど……これなら確かに明月様の言葉の意味もわかるというものだな)

 

 貫志は判裁と共に幼い自分を救ってくれた恩師の顔を思い浮かべて死を確信して目を閉じる。

 

 しかし、鵺の爪が貫志の身体を引き裂く事は無かった。

 ひゅうと貫志の後頭部のすぐ後ろを何かが通り過ぎる音がした。

 再び目を開けて鵺の方を見た貫志の目に飛び込んで来た光景は、振り上げていた鵺の腕がもげていて鵺が悶え苦しんでいて、鵺の背後の木には鉄下駄がめり込むように刺さっていた。

 

「も〜。やっと見つけたえ。ほんまに里のどこ探しても居らへんから、探すの苦労したんやで?」

 

 自分に声を掛けたと思われる少女のような声。

 声の方向に顔を向けると、そこには昼間に自分を道場の床に叩き付けた少女……沙天涼香の姿だった。

 彼女は裸足で貫志の方へと歩いて、片手に持った木にめり込んでいる物と恐らく同じであろう下駄を手にしながら話しかけてくる。

 

「何があったんかゆっくり聞かせて貰うから寝てたら承知せえへんよ」

 

 涼香は鵺の前に立ち手にした下駄を握り込んで振りかぶる。

 

「ほな、悪い子には痛い目に遭うて貰おかな。まさかウチの前で人を傷付けて、妖がただで帰れるなんて思ってないやんね」

 

 可愛らしい満面の笑みを浮かべながら空恐ろしい言葉を溢しながら鵺を見る。

 鵺は何を頼りにしているかももうわからないが、涼香から逃げるように背を向けた。

 その結果、鵺は尻尾の付け根から頭が有った位置まで下駄の直径と同じだけの穴を開けられて動かなくなってしまった。

 貫志には涼香が振りかぶった下駄を投げる動作は見えたが、下駄が飛ぶ様は見ることも無かった。

 彼女が投げた下駄は鵺の身体を貫いて地面に落ち、めり込んでいた。

 涼香が来てから起こった出来事。

 その全てを見て貫志は昼間に判裁から聞いた事象が、疑いようもない事実なのだろうと確信する。

 

「……そうか『これなら確かに熊なんかじゃ相手にもならないのかも知れない……』……確かに」

 

 ″人間じゃない″そんな言葉が口をついて漏れそうになるが貫志は昼間の道場での出来事から、口にした結果が予想出来た為に口を塞いだ。

 

「うん!これでええね。ほな、終わったから帰るえ。ええっと……お兄さんなんて名前やっけ?判の爺様から聞いた気がするけど忘れてもたから、悪いけどもっかい教えてくれる?」

 

 失礼極まりない物言いをしてくる上に此方も彼女の口から聞かされていないのだから先に名乗るのが道理では無いだろうか。

 そんな事を考えながらも貫志は自分の窮地を救ってくれた涼香に礼を言う為に、残った体力を振り絞り普通には立てそうに無いので刀を地面に刺し、何とか支えにしながら立ち上がる。

 

「あぁ、俺は一貫志と言う……さっきは危ないところを助けられた。沙天家の次期当主の沙天涼香……様とお見受けするがどう、がぁ!?」

 

 立ち上がって名乗りを上げて名前を言っただけで、足をかけられて転ばされる。

 

「貫志はんやね。様とかは別に付けた無かったらええよ、呼び捨てで。でもあかんなぁ、武道習っとる人が武人の魂とも言える刀を杖代わりに使うやなんて」

 

(お前も昼間には似たような事をしていただろうが!)

 

 助けられた涼香に対しての感謝の念より恨み事を言いたい気分にさせられた貫志だが、文句の一つも言う前に無理を押し続けた身体が限界を迎えて意識が途絶える。

 

「あれ?もしかして寝てもたのけ?はぁ……身体大きい割に手のかかる子やね」

 

 涼香は下駄の回収がてら鵺に近づくと、再び立ち上がる事の無い様にと下駄を履き直して、残った手足と尻尾を踏み潰す。

 

「これでよし!あとは、こん子運んでお寺帰るだけやね」

 

 常人とはかけ離れた力を持った涼香は貫志を持ち上げ、片手で担ぎ上げると踵を返し里の方へと向かいその場を後にした。

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