約束の痕   作:のらゐぬ

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一章 前触れ

 身体が何かに揺らされる振動。

 妙な浮遊感と流れる風の感覚に貫さんは目を覚ます。

 意識の戻った彼の目に最初に飛び込んできたのは滑るように流れる地面だった。

 

「うぉおっ!??な、なな、何だなんだこれは!」

 

 何故自分が動いても居ないのに地面が流れていくのかと周りを見渡せば、周囲の景色も同じように流れていた。

 

「やっと起きたのけ。お寝坊さんやねぇ。今里の方向かいよるからジタバタせんと大人しいしときや」

 

 先程聞いたばかりの涼香の声が自分の直ぐ近くから聞こえ、貫志は自分が今どういう状態なのかを察した。

 鵺との戦いの後に意識を失った貫志を涼香が抱え、里を目指して森の中を走っている最中なのだった。

 

「……降ろせ、自分で歩ける」

 

「無理やし、遅いから嫌や。貫志はんが普通に走るよりうちが走る方がずっと速いえ。

……それともうちに両手で抱えて女の子みたいに運んで欲しいのけ?」

 

 「……(この女の言葉は悉く人の神経を逆撫でするな)いらん。このままにしておいてくれ」

 

 貫志は涼香にお姫様抱っこをされる事を想像し、そんな事になるくらいなら死んだ方がマシだと思い、言われるがままに運ばれる。

 思えば大怪我を負った今の身体では、走りの速さ以前にまともに走れるかもわからないのだと思い返す。

 涼香の言う事は至極真っ当なのだろう。

 よく見れば鵺にズタズタにされた貫志の腕には、涼香の着ている着物と同じ柄の布で止血され、簡単な応急処置がされていた。

 恐らく涼香が出血で自分が死んだりしないように手当を行ったのだろうと考えると不満を口にするのも(はばか)られた。

 貫志は大人しく抱えられて運ばれるが、思えば涼香がどうして自分の事を探しにきたのだろうとふと疑問に思う。

 

「沙天のさっきは」

 

「涼香……呼び捨てで構わへんから苗字はやめ」

 

「…………わかった。じゃあ、涼香。さっきの助太刀は助かった。正直あの時君が来ていなければ俺は死んでたと思う」

 

「命の恩人やね。存分に感謝して恩義を感じてくれてええよ」

 

 涼香から返された嫌味っぽい言葉を聞いて一瞬、涼香と話すのが嫌になり、話をやめたくなった貫志だったが思い直して再び口を開く。

 

「……ありがとう。でも、どうしてあんな所まで俺の事を探しに来たんだ?」

 

「そらぁ判の爺様が貫志はんを連れて来るよう言うたからやえ。そうでも無いのにうちがあんたはんの事探し回ってたら気味悪いやろ?」

 

 それもそうかと思いながらも、貫志の中で小さな違和感が産まれる。

 

「(さっきからこの化け物じみた速さで走っている涼香が未だ里に着いていない。でも、今涼香は判裁様からの言伝で俺を迎えに来た……それでは判裁様の足があまりにも速過ぎないか?)……今言ったこと本当なのか?」

 

「ふぅん、うちのこと疑うてるんやぁ。折角助けてあげたのに。此処で振り落としてまおっかな〜」

 

「わ、わわ、やめろ!違う!確認したかっただけだ。別にはなから疑ってたわけじゃない。だから振り落とさないでくれ。この傷で振り落とされたら死ぬ」

 

「…………わかった。許したげる」

 

 貫志の言葉を聞いた涼香は意外にあっさりと貫志を許した。

 目的地に向かって走っている間、しばらく二人の間に会話は無かったが、不意に涼香の方から貫志に独り言のような一方的な言葉が飛ぶ。

 

「ええ事教えたげる。うちは産まれてから一回も嘘なんか吐いた事ない。そやから、うちの事疑ってても何も出て来んよ」

 

「産まれて一度も?」

 

「うん、一度も」

 

 貫志はそれこそ疑わしいと思ったが、昼間にも判裁から似たような言葉を聞いた。

 涼香は嘘を吐かない……普通であればそんな事を言われても信じる気にもなれないが、貫志は判裁を信用していたのと、信条として他人を信じない者の元には嘘吐きが寄ってくる。

 そう考えていた為に貫志は涼香を嘘吐きだとは言わなかった。

 

「そうかい。それなら、これからお前が言う事を俺は信じる事にするよ」

 

「…………お前言うんやめよし」

 

 貫志は涼香の言葉に、また何かされるかと思ったが涼香はそれ以上何も言わずただ貫志を運んでいた。

 抱えられている為に貫志からは涼香の表情は伺えなかったが、その顔には穏やかで少し嬉しそうな笑みがあった。

 

 

 寺に戻る為に最短を通ろうと里へ向かっていた涼香は、そこで異常な光景を目にする。

 里の方から火の手が上がっていた。

 それも、一つや二つでは無く幾つもの家が燃えていて祭りかのように明るくなっていた。

 そんな里の惨状を目にして何かあったのだと悟るが、同時に涼香には得体の知れない不安感が襲ってくる。

 今見えているのは今日起こる不幸のほんの一端でしかないのではないか?

 もしかすると朝の夢から始まった不運は最悪な形で花を開くのでは無いかと、そんな予感がしてならなかった。

 

「貫志はんは此処の木陰とかで安静にしてた方がええかも知れんね」

 

「どうしてだ?今の俺自身、俺の身体がどうなってるのかわからんが結構腹の中が痛いんだ。

内臓が傷付いてるなら流石に医者に見せたい所だぞ」

 

「さっきの鵺みたいなんが村襲ってんのやったら、医者所の話と違うかもしれへんよ」

 

「そんな馬鹿なことがあるか。ここは伊江寺陰陽師も多く居て剣術の判裁様、術師の禅鐘様が居るんだ。妖が出たって言ったってさっきの涼香みたいに」

 

「ちゃんと前見て言いよし。あれが大丈夫に見えるん?」

 

 貫志の言葉を聞いていた涼香は足を止めて貫志にも里が見えるように抱え直す。

 貫志は涼香に見せられた光景を目にして絶句する。

 その光景は貫志には幼少期に見た地獄の光景ととてもよく似ていたのだ。

 

「もういい。降ろしてくれ」

 

「?……うん、ええよ。ほな、此処で休んどって、って何処行く気!今走ったら傷開くえ!!」

 

 貫志が木陰で休んでいる間に里の様子を見ようと思っていた彼女は、降ろした途端に走り出した貫志に呆気に取られながらも引き留めようと声をあげて追い掛ける。

 貫志は涼香が貫志の刀を持っている事も知らずに駆け出した。

 丸腰で何の役にも立てない状態でも駆け出さずにはいられなかった。

 

(俺はあんな光景をもう一度見たく無いから努力して来たんだ。あの日に何も出来なかったからさっきも鵺に立ち向かったんだ。なのに、目の前で燃えてる村が、妖に襲われてるかも知れない里があるかも知れないのに、自分は安全な所で休んでる?

冗談じゃない!!)

 

 貫志は全力で走り鵺から受けた傷の痛みに耐えて里を目指すが、人の走りで、ましてや怪我人の走りで涼香の足に敵う筈もなく貫志は涼香に捕まる。

 

「離せ!離してくれ!俺は村を守る!!誰も妖なんかに殺させたりしない」

「待ちよし!何をそないに急いでるん?!死にたいん?貫志はん何考えてるか知らへんけど余計な事せんでくれんかな。

向こう行っても妖なんかおるんかわからへんし、火事かも知れへんのやで。

それに、どっちにしても怪我人なんか行ったら邪魔やし、貫志はんに死なれたらうちが困るえ!」

「五月蝿い!俺は、俺は里へ行くんだ!里へ行ってっ!?ぐっう……ぅっ」

 

 涼香が捕まえた貫志は暴れて何とか里へ行こうともがくが、それを煩わしく思った涼香に頭を小突かれて気絶する。

 

「連れてったげるから大人しくしいや。暴れたら傷開いて血ぃ出るよ。母様から貰った着物これ以上破きた無いねん。そやから暫く寝とき」

 

 涼香は貫志を再び背負って山を降りて行った。

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