約束の痕   作:のらゐぬ

5 / 12
一章 涼香

 時を遡って昼過ぎ、道場で騒ぎを起こして判裁と貫志が居なくなってから涼香は里を歩いていた。

 貫志の言葉から来た苛立ちとそれを発散する為の行為も止められて、普段より二割り増しで機嫌が悪い涼香には普段は聞こえても無視できる言葉すら若干の苛立ちを覚えていた。

 そんな中でも、里の住人はいつも通りに彼女に接していた。

 

「こんにちは」

 

「こら!やめなさい。沙天の子に話しかけてはいけないとあれ程言ったでしょう。目を付けられたら、どうされるか判らないのよ!」

 

 道行く女性は自分が連れた子が涼香へ挨拶をしただけで、子を抱え足早にその場を後にして子を叱る。

 そんな声が聞こえたかと思えば、通りから走って来た子供の声が涼香の耳に入る。

 

「こっちで遊ぼうぜ〜」

 

「待てよ〜…………うわっ!出た、沙天の山姥(やまんば)だ!」

 

「やめろよ。聞こえるって、怒らせたら殺されるかも知れないって父ちゃん言ってたぜ」

 

 そんな言葉を残しながら、涼香とは逆の方へと走って行く。

 

「…………小腹空いたなぁ。団子でも買って、母様のお土産にでもしよか」

 

 涼香は独り言を呟きながら里の茶屋へ顔を出す。

 

「繁盛してはる〜?また、団子欲しいて来たんやけど……」

 

「らっしゃい!お姉さん、ここ来てくれたことあるんかい?そんならしっかりおもてな……。さ、沙天の猪風ッ!!ひぃっ!だ、団子なら好きなだけ持ってけよ。ぜ、銭とか要らねえから命だけはッ!」

 

 気前よく接客しようとした店主は、涼香の姿を見るなりバタバタと逃げる様に店の奥へ引っ込み、団子を大量に並べ立てた皿を縁台に置いて、再び全力で奥へ逃げる。

 

「…………。ここお代置いとくさかいなぁ。貰てく訳や無いからねぇ」

 

 涼香はそう言うと、こうなる事を知っていた様に竹の葉の包みで団子を数本包んで、白い巾着から正確な代金を置いて茶屋を出る。

 これが沙天涼香のいつも通りである。

 彼女がこんな境遇になったのは幾つか理由があった。

 一つは彼女の目。

 生まれつき目付きがキツく、物珍しい青紫色の瞳を濁らせていた。

 とても暗く淀んだ色をしたその目は、人々にはとても不吉なものに見えた。

 二つ目は彼女の家柄。

 沙天家は元々、この隠れ里に訳ありの人間を集めていた。

 妖によって家を失った者や身体の一部を失った者。

 妖の毒や呪いに罹って苦しむ者、家族を奪われた者などを匿い里で養い育て守って来た。

 それが沙天の表の顔。

 もう一方では数多の妖を封じ込められた門。

 毘鬼門と呼ばれる悪しき者達を封じ込めた扉の守り手であり、沙天の人間はその門を行き来し開く事も出来るという特異な性質を持っていた。

 故に里の人間の一部では何時、門を開け放たれるかわからないと恐れる者達も少なからず居た。

 三つ目は彼女の身体。

 沙天涼香の身体には、かつてこの伊江寺を根城にしていた鬼の力を産まれながらにして持っていた。

 彼女は齢七つで大の大人の男との力比べにも勝て、同じ歳の子に手を上げれば、軽く小突いた程度でも大怪我を負わせる様な異常な力だった。

 それ故に判裁や禅鐘から力と身の振り方について幼い頃から教えられて来た為に、荒れる事は無かった。

 しかし、彼女はある時里の方へと降りて来た熊が彼女と同じくらいの歳の子を手に掛けようとしたのを見付けて、守ろうと全力で熊と相対し……熊を素手で殴り殺してしまった。

 彼女は良かれと思って行った事だったが、その熊を殺した涼香を見て里の人間は彼女を畏怖の対象として見るようになり、忌避する様になっていった。

 そんな境遇の中でも涼香は、特に里の人間に怒りを覚える訳でも無く笑顔で日々を過ごしていた。

 だが、今日に限りすこぶる機嫌の悪い涼香は、珍しく小さく愚痴を溢す。

 

「今日はええ日になる思てたのに……朝の夢から続いてついてないなぁ。まぁ、母様へお土産も買うたし、早う戻らんと禅の爺様に小言言われるえ」

 

 誰に聞かせるでも無く自分を元気付けるように呟いた彼女は、顔を上げて足早に里を後にする。

 そうして、涼香は笑顔を絶やす事なく伊江寺の方へと急ぐ。

 時は判裁が一と稽古を始めた時と同じ頃だった。

 

 

 寺へ戻った涼香を待っていたのは仏頂面の禅鐘だった。

 

「瑠璃から聞いた約束の時間は昼だったと我は記憶しているが……とうに一刻程過ぎて来た其は我と瑠璃に何か言うべき事があるとは思わ……っんご」

 

「ごめんやえ禅の爺様。これ下で団子買うて来たから爺様も甘いもんでも食べて機嫌直しや。ほんで母様は何処におるんかなぁ?」

 

 禅鐘が予定よりも遅く到着した涼香に叱責の意を込めて口を開いたが、涼香はどこ吹く風で禅鐘の空いた口に団子を突っ込んで下駄を脱いで寺の廊下へと上がる。

 

「…………瑠璃は奥の部屋で休んでいる。其がもう少し早ければ起きていたであろうがな」

 

 禅鐘は不機嫌そうな顔で、口に放り込まれた団子を手早く咀嚼して飲み込むと涼香の母、沙天瑠璃(さてんるり)の居る部屋の方を指差す。

 しかし、禅鐘が部屋の方へ指差した直後、禅鐘の指差した奥の方へと続く廊下から涼香とよく似た白髪の女性がこちらに向けて歩いてくる。

 

「うちが来たんはそんなに悪い時間帯やなかったみたいやね禅の爺様。母様〜、おはよう今戻ったえ」

 

 禅鐘に当てつけのような言葉を投げかけながら、自分の母が起き出してこちらへやって来るのを見れば嬉しそうに自らも近付いていく涼香。

 

「おはようさん、よぉ戻りやったねぇ涼香。禅鐘はんも門の番ご苦労さま」

 

 涼香の母である瑠璃は寄ってきた涼香を軽く自分の方へ抑え、頭を撫でながら禅鐘にも労いの言葉を投げ掛ける。

 

「……瑠璃、部屋で休むと言っておらなんだか。

随分と早い寝覚めだな。未だ四半刻と経っていない筈だが?」

 

「ん〜、そやったかなぁ?まぁ、そやってもウチも元気やしええんと違う?それとも……禅鐘はんはウチの身体の心配してくれとるのけ」

 

 目を鋭く細めた禅鐘は瑠璃を睨みながら言葉を投げる。

 しかし、瑠璃は惚けた答えを返した後に禅鐘をからかうように微笑んで見せる。

 

「……阿呆が、付き合いきれんな」

 

 禅鐘は肩を竦めながら踵を返して、近くの縁側に腰掛けて柱に凭れかかり寺の外へと視線を移す。

 

「刻下、毘鬼門の守りは我が受けておく。用向きが無ければ我に対し言を発するな」

 

 外の大門に目を向けて頬杖をつく禅鐘に軽く視線を送りつつ瑠璃の袖を引く涼香。

 

「禅の爺様は番なんやね。母様行こ」

 

 袖を引く娘の髪を軽く眺めながら瑠璃は禅鐘に一言小さく呟いて、涼香の手を取り禅鐘に背を向ける。

 

「お勤め……宜しゅうお願いしますね」

 

 禅鐘はその言葉に返事もせず、振り向きもし無いままただ大門を見つめ続けていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。