約束の痕   作:のらゐぬ

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一章 理

 瑠璃と話を終えた禅鐘が、涼香を待たせていた部屋に着き、涼香に対して妖の祓う術を教えていた。

 武術に重きを置いていない禅鐘が涼香に教えていたのは、俗に陰陽師や神職を生業とする者たちが使うような方法で妖を祓う術だった。

 

「(綺麗に出来た。次は何作ろっかなぁ)……」

 

「……我は其に話があると言ってここで其の学を補おうと呼び出したな。それで、其は何をしている?」

 

「綾取りやえ」

 

 かなり長めの綾取り紐を器用に操りながら視線だけ向ける涼香に、禅鐘は額に青筋を浮かべつつも平静な声音のまま対話する。

 手にした綾紐は綺麗な四段梯子を完成させていた。

 

「何故」

 

「暇やからやえ。それより禅の爺様。うちの知らへん柔術の技教えて」

 

「却下だ。我の話を聞かぬ者に何を教えられる?少しは沙天の跡取りとして自覚を」

「話なら聞いとるえ。この前の五行循環の式もちゃんと覚えたもん。今の禅の爺様が話してたの前と被り多いから流し聞きでもわかるえ」

 

「……なら、その五行循環の説明と我が先に説明した呪術の本質を答えい。今すぐに」

 

 禅鐘は涼香を軽く睨みつつ手にしていた鉄扇を広げて目元以外の表情を隠す。

 

 五行循環の基礎は、この世の森羅万象を二分化してその二つは必ず対を成し、陰と陽に分類する考え方。

 対となる各々の概念は全て陰と陽の両面を持ち合わせている。

 陽の性質で有れば、木は薪となり火を生み、火によって燃え尽きた灰は土に成り、土は岩や金属を秘め生み出し、金属が冷えれば水を作り出し、水は木を育む。

 陰の性質で有れば、木は土の養分を奪い、土は水を汚し、水は火を消し、火は金属を溶かし、金属は武具を生み木を傷付ける。

 これらは全て世の中で廻り、この五つの全てに他の概念も内包している。

 それが五行循環の理。

 

「ほんで、禅の爺様が先に言うたのは呪術は陰の性質に則って行使できる。どない?」

 

「二割抜け……五行循環の陰と陽は相生と相克と言う。

相生、つまり陽は生かす理。

相克(陰)は壊す理。

其にわかり易く言うのなら活人剣と殺人剣と言った方が簡単に飲み込めるか。それ故に呪術とは壊す術、悪しき心情を送る術に在らず。ここまで言えたなら其を褒めてもよかったのだがな」

 

「いけず……そやけど、この前禅の爺様は呪いは負の感情で相手を陥れる事やて言うてたやないの。そやったら今言うたのと話が合わへんよ?」

 

「その思想は正しい。しかし、妖を相手にするのなら要らぬ思想だ。捨て置け。」

 

「どうして?」

 

「妖は基本的に相克の理の中に生を受ける。負の感情、憎しみや怒り、悲しみや恐怖の心中から生まれる。そんな者に原初的な呪術は通用しない。

例外も有るかも知れぬがな」

 

「ふぅん……そやったら今日話そう言うてた法術は呪術の対?」

 

「聡いな。そう、悪しき妖に有り難き説法を説き伏せ、相克を相生の循環へと形を変えるさせる。そんなものだ」

 

 復習を終えて本題に入る前に鉄扇を閉じ、それまで鉄扇で隠していた表情を露にして涼香に向き直った禅鐘は、苦々しい表情で法術の指南を少し投げやりに行う。

 

「なんで爺様そんな顔してるん。禅の爺様お坊さん嫌い?」

 

「何を言う、信奉者が嫌いで陰陽道など歩けるものか。鶴要から送られてきたクソ坊主共に判裁の殺人的に不味い渋茶を振る舞うくらいには好いている」

 

 性格の悪さが滲み出ている事と、それは好きとは言わないという言葉を呑み込んで涼香は、未だに手にしている綾取りを弄びながら禅鐘の目を覗き、話の続きを促すように視線を送る。

 

「ふん、話が逸れたな。まぁ、私情は兎も角として我は法術は得意ではない。それ故に深く突き詰めて話せはせぬ」

 

「爺様の得意は?」

「ん?呪術だ」

「あはははははっ!やんなぁ」

 

「(このクソ餓鬼)法術は誰かに教えて貰え。話す気も失せた。」

 

「はーい。そやったら今日は終わり?」

 

「まだだ。あと一つ、付術を其に教えておらん。」

 

「付術ってなんやの?さっきまでのと関係あるん」

 

「付術は先までの全てを道具に込める術だ。其にわかり易い例で言えば札や独鈷くらいか。」

 

「あぁ、爺様がいつも使うてる奴やね」

 

「そうだ。付術の成り立ちは法術を得意とする僧が産んだと言われている。しかし、付術は呪術と法術。双方の式や術を込められるが……これは見せた方が早そうだな」

 

 そう言うと懐から空の封筒を取り出して、机の上に置いてあった硯箱から徐に筆を取り、何やら文字を書き込む。

 それから、自分の爪で自分の指をほんの少し切って血を流す。

 流した血を封筒に垂らして文字に染み込むのを眺めてから、禅鐘は涼香に向き直る。

 

「これで付術による呪具の完成だ」

 

「なぁなぁなんて書いたん?」

 

「生意気な小娘に制裁あれ」

 

 そう言って、禅鐘が封筒を手にして文字を吹くと封筒の文字が焦げる。

 それと同時に封筒はひとりでに浮き上がり、涼香の額を叩いて衝撃を与えて封筒は紙吹雪のように破けて机に落ちる。

 何が起きたかわからず呆けていた涼香も、しっぺ程度の衝撃を受けて我に帰り、むくれながら禅鐘を睨む。

 

「痛いえ!」

「我を揶揄った罰だ。それとその綾取りの分も。」

「ぅ〜」

 

 抗議を訴える涼香の視線を無視して禅鐘は話を続ける。

 

「付術の手順は今見せた通りだ。付術は刻む文字に意味を乗せて思いの丈を込める。そうして、使用者の情報と身体に宿った気を血と共に流す。あとはそれに触れて合図を出すだけでいい。慣れれば其でも使うのに二日とかかるまいよ」

 

「…………」

 

「…………やってみせてみろ」

 

 涼香にじっと睨まれ少しバツが悪くなった禅鐘は硯箱と紙を置く。

 涼香は黙って硯箱の中の墨に綾取りひもを漬けて自分の唇を噛んで出た血を綾取りの紐に垂らして、綾取りの紐を握りしめて握った拳を睨み付ける。

 

「……」

 

「〜〜〜っ!」

 

少しの間念じるように強く硬く睨み付けた後に、涼香は綾取り紐両手で広げる。

しかし、何も起こらない。

 

「一朝一夕ではどうにもならんかもしれぬな。まぁ、次は手順通りに紙や札にでもやってみること…………涼香何処へ行く」

 

「出来たから今日のお勉強は終わりやえ。あと、爺様にはいつも嫌味な言い方する罰やえ」

 

 禅鐘が話している途中で綾取りの紐を禅鐘の方に放ると、涼香は部屋を出る手前で振り返って捨て台詞を吐いて襖を閉める。

 

「?……涼香まだ出来てはおらんだろう。もう一度ここに戻って来い」

 

 そう言って禅鐘は部屋に呼び戻そうと立ち上がってた時。

 涼香の放った綾取り紐が焦げ臭い匂いを発しながら蠢き、禅鐘の両足首に巻き付いて部屋の外へ歩こうとした禅鐘はすっ転んで顎を床に打ち付ける。

 

「…………確かに。今日は終わりかもしれぬな。全く、賢しい小娘め」

 

 忌々しげな台詞を吐きつつも、禅鐘は少し楽しげな表情を浮かべて綾取りの紐を切り胡座をかいた。

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