禅鐘の講義を後にして部屋を出た涼香は自分の部屋へ戻ろうとしていた。
瑠璃の部屋に行きたい気持ちはあったが、瑠璃の体調を慮って、涼香は素直に自分の部屋で夕食まで大人しく過ごそうと考えたのだった。
涼香が部屋へ戻る途中の廊下で、朝とは違う珍しい羽織を着た判裁が見知らぬ男を二人連れて目の前を通り過ぎる。
判裁の連れた男は二人とも特徴的な外見をしていた。
一人は雪のように白い髪と肌を持った華奢な男、もう一人は珍しい深緑の髪の毛を後ろに透かした男で、背丈は判裁よりも高く恵まれた体躯をしていた。
「(判の爺様の用事、もう終わって寺に上がってたんや。
そやったら言うてくれたらええのに……鶴要の偉い人と一緒なんやったらうちも挨拶がてらに声かけても怒られへんやんなぁ)判の爺様〜。あん子の稽古つけ終わったのけ?終わって寺に帰るならいうてくれたらよかったのに。ほんで、其方のお兄さん二人はどなたやの?」
通り過ぎた判裁を追いかけて後ろから呼びかけて、こちらへ目を向けた三人を見ながら涼香はいつもと変わらない調子で判裁に話しかける。
しかし、声をかけられた判裁の反応は涼香の思っていたものとは大きく乖離していた。
振り返った判裁は言葉を返さずに涼香を見返す。
その目は判裁が涼香に送るいつもの眼ではなく、まるで道端の石ころでも眺めるかのような感情のない視線だった。
その視線に涼香はたじろいで判裁の目から一度視線を外して、もう一度恐る恐る表情を覗き込む。
「…………爺様?うち、なんか悪いことした?」
涼香の言葉を聞いてから判裁は少し考える仕草をしてから判裁は口を開く。
「あぁ、涼香ちゃんか一君の稽古はもう済ませたんだがのぅ。
儂は未だ少し、この二人と話があっての。
涼香ちゃんの相手はしてやれん、この二人は鶴要の知り合いじゃ。
此処でお互い紹介しておきたい気もあるのだが、一君を里で待たせておる故な。涼香ちゃんに、その迎えに行って欲しいと考えておったのじゃが頼めんかのぅ?」
先の判裁の表情と考える仕草はこの頼み事の為かと、少し安心した涼香は素直に自分の感情を口にして頼み事を渋る。
「え?一君って昼間の道場に居った子?うちがあん子のお迎え行くのけ。うちあん子あんまし好きやないさかい嫌なんやけど……」
「そこをなんとか頼めんか?一君には儂の方から後でひと言言っておくから……後生じゃ行って来てくれ」
判裁に執拗に頼み事をされた試しのなかった涼香は、目を丸くしながらも家族同然の判裁に頼まれれば断れずに首を縦に振った。
「わかった。そん代わりにうちにも明日稽古つけてな。約束やえ?」
「あぁ、約束しよう……では、頼むのぅ」
判裁の返事を聞けばそれ以上ごねるつもりのなくなった涼香は踵を返し、里へ向かう為の準備に向かった。