話を膨らませるのってむずい、むずくない?
でも一生懸命書いた、読め!!
「なんだ、お前寂しかったのか?」
娘の放ったその一言が、その憐むような眼差しが、私の心をかき乱した。
恐怖、畏怖、尊敬、憎しみ、長く生きてきた中で様々な感情を向けられてきた。
様々な感情を握り潰して生きてきた。
私に哀れみの目を向けてきたのはただ1人だけだった。
彼女だけが私を哀れんだ。
彼女以外に私を哀れんで欲しくはなかった。
その顔で、その声で…………
「私を、哀れむな!!」
怒りに任せ、大地を踏み抜く。
大地が揺り動き、亀裂が走る。
崩壊寸前の城が震え崩落が始まる。
人間でも魔族ですらなしえぬ圧倒的な力。
だが、それを前にしても娘の表情は変わらなかった。
私を恐怖すべき化け物として見はしなかった。
敵対でも拒絶でもない、同じ魔人としての対等な態度。
望んだはずのそれは、ひどく不愉快だった。
もう、いい。
目的を果たそう。
初めから私の目的は一つだったはずだ。
力でもって相手を負かし、犯す。
そうして作るのだ、私と同等な存在を。
戦闘態勢に入った私を見て、娘の側にたたずむ天使が進み出た。
「ノーラは、戦わなくていい。私が戦うの。ずっと、そうすべきだった」
向けられる敵意。
そうだ、それがいい。
だが…………
「力の差を分かっていないのか?消炭になるぞ?」
今更、そこらの天使ごときが私をどうこうできるわけがない。
そもそも、こいつのことなど戦力外すぎて私の頭になかった。
私の頭にあったのは同等の存在である娘だけだ。
それでも、問いかけたのはそれが娘の大切な存在であったからだ。
だから私は天使ではなく、娘に問いかけたのだ。
このままではこいつは骨も残らないが、いいのか?
お前は戦わないのか?と。
「私はもう戦わないよ。私が戦うと、アルマさんが悲しむみたいだから」
娘はなんの迷いもなくそう答えた。
天使を信頼し切った瞳。
その瞳に浮かぶ感情を見て、私の内に黒いどろどろとしたものが湧き上がるのを感じた。
「そう……か」
ならば壊そう、お前の全てを。
大切なものを、尊厳も…………そうしてお前を……
「でも」
動き出そうとした私を娘の一言がとめる。
「戦わない代わりに一つお願いさせて、絶対負けないで。無事に私のところに帰ってきて。アルマさんに読んで欲しい物語が、まだまだあるんだ」
娘の目が赤く輝く。
それは、お願いなどではなく命令だった。
力の奔流が娘の中で渦巻く。
洗脳、娘の能力だったそれは魔人に覚醒したことで大きく理を変えていた。
人や生き物ではなく、この世界そのものへの洗脳。
世界を掌握し、自分の思うままに操る。
娘の願いが、世界を歪めるのが見える。
それは天使のもとへ集い、天使に不滅の力を与えた。
「黒い……天使だと」
黒を纏った天使は美しかった。
何より、その身に纏う世界そのものを歪めた力。
自分と同等の、自分を超えうるかもしれない力。
面白い。
ならば、それをねじ伏せよう。
いつもやってきたように。
あの日と同じように…………
―――――――――――――――――――――――――――――――
いつのことだったか。
もう忘れた。
私は一際強い天使の出現を知って自ら出向いて組み伏せることにした。
いつものように。
天使は強かった。
私とまともに戦える天使など今まで数えるほどしかいなかった。
油断すれば、こちらが負ける。
そう思うほど、彼女は強かった。
とはいえ、勝つのは私だ。
最終的には天使は敗北し、その身を私に曝け出した。
いつものように犯し、孕ませる。
魔人は生まれるだろうか?
まぁ、程々に期待しておく。
期待を裏切られるのは、もう慣れっこだった。
それにしても…………今回の天使は抵抗が激しいな。
四肢をもぐか?
……いや、やめておこう。
母体の寿命を縮めるのも考えものだ。
犯しながら、真実を教えてやる。
私の目的、天使などいつでも全滅させられるという真実。
この話をすると、たいていの天使は絶望に顔を染め、大人しくなる。
今回の娘も、大人しくなった。
だが、その顔に絶望は浮かんでいなかった。
哀れみが、浮かんでいた。
「可哀想に。あなた、寂しいのね」
そう言って、頭を撫でられる。
初めて向けられた、未知の感情に私は戸惑った。
なんだこれは? なんだ、その目は?
そんな目で私を見るのをやめろ。
なんだか、変な気分になる。
いつもと違った。
負かした天使相手に、私は恐怖のような激情を抱いていた。
「お前……名前は?」
「リリィナ・シルヴィナス」
その日、私は初めて天使の名前を覚えた。
リリィナはとにかく変な天使だった。
天使に敵意や恐怖以外の感情を向けられるのは貴重な体験だ。
初めて彼女が産んだのは不定形で知性のないいつもの失敗作だった。
「残念、次は成功するわよ」
あろうことか、彼女はそう言った。
なんで天使であるお前が、魔人の誕生を期待するのだ!
とツッコミたくなる。
彼女は頭を撫でるわ、励ますわで、私をなんだと思っているのだと喚きたくなった。
「なぜ敵意を捨てた。私はお前の敵だろう」
ある日私はついに耐えきれなくなって彼女にそう聞いた。
「敵じゃないわよ」
リリィナはしれっとそう答えた。
こいつ……自分が天使だということを忘れていないか?
「私が魔人を産めば、あなたはもう天使を襲う必要はなくなる、そうでしょ?」
「ん?…………ああ、まぁ……そうだ、な」
彼女に尋ねられ、私は納得しないまま頷く。
「そうすれば、天使と魔族の争いを終結させられる。世界を、平和にできるの。だから敵じゃない、むしろ味方」
無茶苦茶な話だ。
そもそも私が統率してはいるが、魔族が人を襲うのは本能だ。
私が命令したところで、止まるものじゃない。
戦争は終わらないだろう。
だが、その真実を私はリリィナに伝えない。
初めて、味方と言ってくれた女。
その言葉を撤回して欲しくなかった。
夢を見たまま、笑っていて欲しかった。
そうすれば、彼女とのこの奇妙な関係は壊れない。
私はいつの間にか彼女と日常を気に入っていた。
そんな
リリィナが魔人の子を生んだ。
初めて誕生した。
私と同種の生命体。
歓喜した、その誕生に。
リリィナも笑っていた。
それで、満足すればよかった。
だが、私はその先を夢見てしまった。
かつての人間のように、地上を埋め尽くす魔人。
その力でもって、魔族と人間を駆逐し、地上の新たな支配者となる。
1人産めたのだから、もう1人、いや、何人だってきっと産める。
リリィナなら、何度でも何人でも可能だ。
そう思ってしまった。
彼女の静止の声など、聞こえもしなかった。
必死だった。
衰弱していく彼女など見えていなかった。
堕落王になって初めのうちは天使を壊してしまうことはよくあった。
そもそも、生物としての格が違うのだ。
力も、体力も、何もかもが違う。
本気で犯せば壊れるのは必然だった。
だから、母体を死なせないように手を抜く術を学んだはずだったのに。
唐突に与えられた希望に、我を失ってしまっていた。
自分の下で冷たくなっていくリリィナを見て、ようやく正気に戻った。
全て遅すぎたが………
生まれてきた子供とリリィナ3人で平和に暮らす未来だって、あったはずだ。
魔族と天使の戦争はどうにもできないけど、彼女だって話せば分かってくれたかもしれない。
そんな未来を、私は自ら壊した。
初めてできた自分の味方、宝物を、壊してしまった。
その現実を直視できなかった。
手元に残った、魔人の娘。
私が欲しくて、欲しくてたまらなかった存在。
これが?
本当に?
欲しかったのに、嬉しくない。
私が欲しかったものはもうとっくに手元にあったんじゃないか?
なんで、彼女で満足できなかったんだろう。
わからなかった。
もうどうでもよかった。
……………………………
…………………
……
魔族たちが、いつものように天使の報告をしてくる。
魔人が生まれたのだ、もう人間を侵略する意味はない。
人間と天使を襲うなと命令してみようか…………
いや、いいな。
それを望んでいた天使はもうここにはいない。
どうでもいいんだ。
もうお前らの好きにしてくれ、私はしらない。
最近、娘がリリィナに似てきた。
見ていると、彼女を思い出す。
…………そうだ、彼女も母体にできるじゃないか。
魔人と魔人の間ならば、魔人が生まれやすいはず。
かつて思い描いた夢、私は再びそれを追い始めた。
そんなものに価値はないと分かっていた。
でも、そうやって現実から目を背けないとどうにかなってしまいそうだった。
失ったものに、押し潰されそうだった。
その日から私は自分を偽り続けた。
―――――――――――――――――――――――――――――――
どうして、あの頃を思い出したんだろう。
「カ……ふっ………」
口から、血が流れ出る。
私の胸には、大きな穴が空いていた。
勝敗なんて、初めから決まっていた。
勝つつもりなんてないのだから。
ただ、現実を直視したくなくて駄々をこねているだけ。
本当は娘を、リリィナの忘形見を犯したくなんてない。
そんな矛盾だらけの男が、勝てるわけなんてない。
それでも戦うのは、もう終わらせて欲しいから。
黒い天使に向かって漆黒の刃を放つ。
天使は、黒く輝く光弾でもってそれを相殺した。
あちらは、愛する者のお願いを叶えようと必死だ。
一方こちらは、戦う意思も薄く本当は負けたいとすら思っている。
終わりたくない…………終わりたい……許されたい…………許されるわけがないと分かっている。
意識が、戦いから逸れた。
瞬間、光弾が身体を貫き穴が増える。
「終わりだ!堕落王っ!!」
「終わらせてみろっ!」
吠える。
虚勢、表面だけの戦うポーズ。
次の瞬間、私の頭と胴体は切り離された。
終わりだ。
黒い天使が、油断なく残った胴体と頭にむけて光弾を放つのが見える。
あれが当たった瞬間堕落王だったものはこの世から消え去るだろう。
最後の瞬間、頭に思い浮かんだのは彼女の顔だった。
リリィナは今の私を見てどう思うのだろうか。
笑うだろうか……いや、怒るだろうな、彼女を殺したのは私なのだから…………
『当たり前じゃない』
声が……聞こえた。
『あの時めっちゃ痛かったんだから!』
懐かしい声だ。
『でもちゃんとあなたの言い分を聞いてあげる、怒るのはそれから。ねぇ、私の娘は元気にしてる?』
ああ、リリィナ…………お前に謝りたくて………………
…………会いたくて……………………
……………………ごめん…………
………………………
真っ暗になった。
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