しかし、いつも以上に話がとっ散らかっている。
許してくれ………作者の文才ではこれが限界なのだ。
肉がのたうつ卑猥な音が響く。
魔界に鎮座する堕落王の城。
その王座の間の真下、円卓の会議室に4人の人影があった。
5つある椅子の中で一際小さい椅子に座るのは私、ノーラ・キャロルだ。
王である父親に招集され、堕落四将の座に腰掛け、足をぶらぶらとさせている。
一番豪華な席には堕落王である父親、フェリナスが座り、残った2席にも私の他の堕落四将がそれぞれ腰をかけている。
もっとも、5つある椅子のうち1つは空席なのだが。
「ミュケスがやられたか」
黒い鎧に包まれた漆黒の騎士、堕落四将バロムがそう呟く。
鎧に埋め込まれた目玉たちがギョロリと空席を睨んでいる。
「奴は堕落四将の中でも最弱………天使などにやられるとは魔族の面汚しよ……」
「ぶふッ」
そのセリフに思わず吹き出してしまった。
「……何がおかしい」
漆黒の騎士が私に向けて殺気を飛ばす。
いや、何がおかしいって……今時そんなベタなセリフ、笑っちゃうだろ。
四天王のあるあるネタだけどさぁ。
まさか堅物そうなアンタからそんなセリフが聞けるとは思わなかったよ私は。
「うふふ、確かに今のは笑ってしまいますわ。天使にやられた、ねぇ………」
私が黒騎士の問いに答える前に私の横に座るサキュバスの魔族である堕落四将イリアが口を挟む。
その唇にはニタニタと嗜虐的な笑みを浮かんでおり、私を意味ありげに見つめている。
な、なに?
「そういえばノーラ様のお気に入り、最近綺麗な首飾りを付けてますわねぇぇ……」
イリアは蠱惑的な笑みを浮かべたまま、その細い指先で自らの鎖骨をなぞる。
こ、こりは………バレてます?私がヤっちまったこと。
あっれー?おかしいなぁ、私のスニークは完璧だったはずなのに。
私が人間界にいた間、私は自室でアルマさんとハッスルしていたことになっている。
一週間ほどの外出だったが、魔族的には年単位でネチネチ調教したりする奴もいるので別におかしなところはない。
前堕落四将を殺害してまで手に入れたお気に入りの天使ということもあり、ようやく手を出したのか、というのが城の魔族たちの一般的な見解だ。
私が城を離れていると知っているのはアルマさんと食事を運ぶ下級の魔族だけだ。
下級の魔族は頭から爪先まで私の洗脳でガッチガチに縛ってあるので情報が漏れるとは思えない。
スライム核のネックレスから推測はできるだろうけど………私がヤったという証拠も、ミュケスの核だという確証もないはずなんだけどなぁ。
うん…………鎌をかけられてるんだろう、多分、きっと、メイビー。
「うん、首飾り?なんのことぉ?」
というわけで、しらばっくれる。
私しーりーまーせーんー。
「もう!とぼけちゃって、ねぇバロム」
ニヤニヤと自信ありげなイリアがバロムに目配せをする。
「首飾り?なんのことだイリア。我はミュケスの話をしているのだが」
「あ゛?」
堅物騎士さん話について来れてないじゃねぇか。
視野が狭い系ポンコツ騎士であったか。
自信満々でバロムを味方につけて私を追及しようとしていたイリアはまさかの孤立にフリーズしていた。
「「「……………」」」
おい、どうするんだこの空気。
コミュ障同士の続かない会話みたいな気まずい雰囲気になっているぞ。
エロゲのラスボスと四天王系ボスが集まってんだからもっと黒幕的な会話しろよ。
「堕落四将の席に空きができたのだ。新たなメンバーを迎えねばなるまい」
終わった空気を気にせず発言したのはやはりバロムだった。
空気を読めない系騎士ですね。
「堕落王様、新たな堕落四将はもうお決まりで?」
バロムの言葉に私たちは堕落王の顔を窺う。
堕落四将の任命権は私たちにはない。
歴代の堕落四将は堕落王フェリナスによって任命されてきた。
もちろん推薦することは可能だろうが、それは堕落王が決めかねているときだけだ。
王の決定は絶対だ、以前の私の任命も誰も文句を言わなかったのは王直々の任命だったからだ。
「次代の堕落四将は必要ない」
「「え!」」
王の言葉にバロムとイリアが戸惑ったように声を上げる。
私は、なんとなくこの展開を予想していたため、それほど驚きはしなかった。
だって、ゲーム的に考えて四天王倒したら新しい四天王は補充されないだろ。
四天王を1人ずつ倒していって、孤立したラスボスを倒す、それがゲーム的な展開だ。
もちろん闇堕ちした親友が新たな四天王として立ちはだかるなどの例外もあるが、基本的には四天王は補充されない。
闇堕ちしそうなキャラもいないし新堕落四将はなし、は妥当な展開だろう。
…………アルマさんって主人公の親友だったりしないよね?
「堕落四将が必要ないとはどういうことです?ミュケスの軍は誰が管理を?奴の隊は今も最前線で戦っています。白銀の天使の対策は?」
真面目騎士君のバロムが父親に詰め寄る。
必要ないと言うのは簡単だが、ことはそう単純ではない。
魔族は天使と戦争をしているのだ。
堕落四将は魔族の戦士たちをまとめる大事な役職だ。(私はサボって部下にやらせてるけど)
いないと、前線は崩壊してしまうだろう。
「王ッ!」
だが、父親はバロムの言葉を無視し、席を立った。
「好きにしろ」
「〜〜〜〜〜!!」
バロムとイリアは何ともいえない表情で父親が部屋を出ていく姿を見送った。
立場的に、文句を言えないのだろう。
かわいそうに、これが中間管理職の悲しい現場かぁ………(他人事)
王は好きにしろとのお達しだ。
「じゃあ、私も好きにするね!」
私はそう言うと席を立った。
アルマさんに読ませる小説の続きを書かなくっちゃ!
ばいば〜い。
私も父親に続き陽気な足取りで部屋を後にする。
背後で2人分の深いため息が聞こえたけど、気にしない気にしない。
しかし、堕落王は戦局に興味がないのか?
…………好きにしろ……か。
ゲーム的には堕落四将が補充されない展開は納得している。
でも、父親は何を思ってこんな杜撰な管理をしているんだ?
堕落王は天使を打ち負かし、人間を堕落させたいのかと思っていた。
でも、今日の対応からは天使に勝ちたいという覇気が感じられなかった。
堕落四将が1人欠けては戦力の低下は避けられないだろう。
魔族の頂点、ラスボスなのに………
父よ、お前の目的はなんなんだ?
天使も人間も堕落させ支配するんじゃないのか?
なぜ、ここまで築いてきた勝利を、自ら手放そうとする?
―――――――――――――――――――――――――――――――
扉が開く気配に、あたしは目を覚ます。
音の方に目を向けると、小鬼のような魔族が朝食の乗ったお盆を運び込むところだった。
「おはよう」
挨拶をするけど、彼からの返事はない。
いつもそうだ。
彼は感情のない目で、淡々と仕事をこなしている。
「ねぇ、今日はノーラはいないの?」
答えの返ってこない質問を投げかける。
昨晩あたしの隣で眠ったはずの少女の姿がなかった。
ノーラは時たまこうやって姿を消すことがある。
その日中に帰ってくることもあれば、一週間以上何処かへ出かけていることもある。
どこへ何をしに行ったのか、その疑問を尋ねても彼女は曖昧に微笑むだけで、決して話そうとはしなかった。
でも、帰ってくる彼女は必ずと言っていいほど、血の匂いを纏っていた。
堕落四将ノーラ、あたしはいまだに彼女のことを掴みかねていた。
好かれて……いるんだとは思う。
彼女があたしに好意や愛情のような感情を抱いているのは感じる。
夜、ふと目を覚ますと、欲情した瞳があたしを見つめていることが何度もあった。
でも、彼女はあたしを襲ってこなかった。
ノーラは……あたしの知る魔族とはかけ離れた存在だ。
魔族は色を好む。
だと言うのに、彼女はスキンシップはあれど、そこから一歩踏み込んでくることはない。
ノーラはそんなことより、彼女の書いた小説をあたしに読ませて感想を聞いたり、物語についてのお話に花を咲かせるのが好きみたいだった。
彼女の書く物語は愛と正義に溢れていて、最後は必ずハッピーエンド。
現実とはかけ離れているけど、読んでいてなんだか幸せな気分になる。
初めはこんな物語を魔族が書いているなんてとても信じられなかった。
ニコニコと小説の感想をせがむ彼女は、容姿も相まって無邪気な女の子にしか見えない。
幾晩も彼女と寝食を共にしているのに、あたしは手を出されていないのも変な気分だった。
これが他の魔族ならばあたしは触手で縛られ、凌辱の限りを尽くされていただろう。
ノーラはまるで、本当の友達のようにあたしと接したし、あたしにもそれを求めた。
それをちょっと不満に思うくらいには、あたしも彼女に絆されていた。
一度くらいは………襲ってくれてもいいのに…………
………………
うん、今のなし。
天使としてだいぶまずい考えだよ。
とにかく、ノーラはあまりにも特異すぎて敵、魔族として見ることはできなかった。
あたしの味方………ではあるんだと思う。
彼女は優しい子だ。
でも天使、人間の味方かはわからない、ノーラはあたし以外の天使を救ってはいなかった。
堕落した天使に手を伸ばすことはない。
ただ、堕落し、喘ぐ彼女たちを悲しそうな目で見るだけ………
わからない、彼女の思考が、立ち位置が。
「はぁ………」
ため息が口から漏れる。
あたしの前に配膳された朝食はもうすっかり冷え切ってしまっていた。
………食べよう。
あたしはフォークを手に取ると、食事を口に運んだ。
朝食をもそもそと咀嚼していると、扉をノックする音が室内に響いた。
とても小さな音だったが、あたしはその音を聞き逃しはしない。
ノーラも小鬼の魔族もノックをして部屋に入ることはない。
この部屋をノックするのはただ1人だけだ。
「大丈夫、魔族はいないわよ」
あたしはそう言って、入室を促す。
扉が音もなく開閉し、1人の少女が部屋に入ってくる。
目を離すと見失ってしまいそうなほど気配が薄いその少女はあたしの味方だった。
「アイリ、無事でよかったわ」
アイリ、単身で堕落城へ潜入している天使だ。
彼女はその隠密能力で、敵の本拠地であるこの城の調査を行なっていた。
魔族に捕らえられた天使たちを解放するため………
あたしが彼女と出会ったのは、ノーラがちょうど一週間ほど姿を見せなかった時だった。
魔族の毒牙にかけられず、人間的な生活を送っているあたしを見て彼女は驚愕していた。
まぁ、当然の反応よね。
あたしの待遇はちょっと特殊すぎるから……
以来彼女はノーラのいないタイミングを見計ってはあたしの元へ訪れるようになった。
囚われた天使たちの解放のために。
彼女は隠密に特化している分戦闘は得意じゃない。
天使の解放をする上での戦力をあたしに期待しているのだ。
「アルマさん、調子はどうっすか?」
「うん、もう変身はできると思うけど………」
あたしは、魔族によって身体を汚され、加護を大幅に削られていた。
一時は元堕落四将バルブブに嬲られ、変身すらできないほどに弱ってしまった。
今はノーラによって救われ平穏な生活を過ごすうちに加護は戻りつつある。
でも、もうあたしは純潔ではない。
ある程度の加護は取り戻せるだろうけど、最盛期の強さを取り戻すことはできないだろう。
でも、そんな後ろ向きな思考を、アイリに伝えてガッカリさせたくはない。
だからあたしは精一杯の笑顔を浮かべて前向きに答えた。
例え万全に力が振るえなくとも、失望はさせない。
「それで充分っす。今晩、作戦を決行します!」
そう、作戦の決行日は今日だった。
今晩、いつも天使たちを調教している上位の魔族たちがなぜかそろって不在になるらしい。
1人、2人の不在は今までもあった。
でも全員が一斉に居なくなるなんてことは一度もなかった。
千載一遇のチャンス…………もしくは罠。
でも、例え罠だとしても決行するしかない。
こんなチャンス、もう二度とないだろうから。
「でも……本当にいいんですか、アルマさん………」
アイリが心配そうにあたしを見つめる。
今回の作戦で、あたしは城に残ることになっていた。
あたしが城で暴れて魔族たちを引きつける、その隙にアイリは天使たちを連れてこっそり脱出する。
普通に考えれば、あたしの行動は自殺行為。
「大丈夫、あたしは…堕落四将の、お気に入りだから」
あたしは首にかかったネックレスを握りしめる。
このネックレスは、ノーラがあたしへと贈ったものだ。
真珠のような、綺麗な宝石があしらわれたそれは綺麗だけど、どこか魔族的な禍々しさが感じられた。
魔族が、捕食対象である天使に贈り物をすることはほとんどない。
魔族にとって天使とは、与えるものではなく奪い、凌辱するものなのだ。
過去に堕落王が執着した天使に、ウェディングドレスを贈ったことがあると聞いたことがある。
つまりこのネックレスは彼女のあたしへの執着を魔族たちへ知らしめるもの。
おそらくあたしが反抗しようと、殺されはしない、と思う。
楽観的な考えだけど。
そうなる前にノーラが助けてくれるはず……そう思うくらいには、あたしはノーラの執着を信用している。
ただ………肝心のノーラが不在なのが気がかりだ。
本当は、天使救出作戦のことを伝えるはずだった。
でも、彼女の優しさがあたし以外の天使に向けられるか分からなくて………結局言えないまま作戦当日になってしまった。
ノーラはあたしの味方、そう信じたいけれど……ノーラを信用していると言っても結局あたしは彼女を信じ切れていないんだ………
ううん、やめよう。
もう決めたことだもの。
天使たちを救出する。
あたしは、天使としての責務を果たすだけ………
―――――――――――――――――――――――――――――――
「いいねぇ、かぁいいねぇ」
私は目の前に純白のドレスがあった。
露出は控えめ、清楚さを重視したデザイン。
それでいて背中や肩口は大きく開いており色気を感じさせる。
私の愛しい人が着るための服。
真っ白なドレスなんてウェディングドレスみたい。
なんてね、うきゃぁああ!超プリティー!!
「お気に召したようで何よりです」
テンションを上げている私に対して、魔族が恭しく頭を下げる。
アラクネの魔族である彼女はこのドレスの製作者だ。
戦闘能力が低い彼女は普段、人型の魔族の衣服を製作して魔族に貢献している。
雑魚の下級魔族などと侮ってはいけない、彼女の美的感覚は素晴らしい、凄腕の職人である。
装飾品の加工もできるみたいで、このあいだはミュケスの核でネックレスを作ってもらった。
そのほかにも、何着もアルマさんの服の製作を依頼したりしている。
そんなわけで今回もこの気合いの入ったドレスを製作してもらったのだ。
「それで、約束のもののご用意は………」
アラクネはもみ手をしながら報酬を求める。
あー………
魔族には貨幣や通貨といった文化は存在しない。
魔族は欲しいものは基本奪うからだ。
もし取引をするとしたら交換条件に提示するのは貨幣ではなく天使だ。
美しい天使の奴隷は、魔族にとっての最高の宝物であり、それを餌に交渉を行うことが多い。
そんな魔族の中でもこのアラクネは異端だ。
「はい、これでいーい?」
私は約束のものを地面に放り捨てた。
ボロボロになった天使のコスチュームだ。
「あああぁ、ああぁ!素晴らしい!素晴らしいぃぃ!!このコスの持ち主はどんな風に敗北したんですか?いまどんな風に甚振られているんですか?お名前は?声色は?あぁ、いい声で鳴くんだろうなぁ」
彼女は私の放り投げたコスチュームを素早く拾い上げるとそれに顔を埋め、クンカクンカペロペロしだした。
へ、変態が…………
ドン引きである。
彼女は1人では天使を倒すことができない雑魚魔族だ。
そのため、天使の身体を味わうことができず、仕方がなく強者の魔族が天使を嬲る横で破り捨てられた天使のコスチュームで自分を慰めていたらしい。
その結果、天使のコスチュームで欲情するド変態が誕生してしまったのだ。
私が今いる彼女の自室には額縁に入れられた敗北天使のコスチュームが壁中に飾られている。
再度言う、ドン引きである。
だが、彼女は直接その手で天使を凌辱することはしない。
天使を汚す一般的な魔族とは違う。
その点は、このアラクネのことを信頼していた。
YES天使!NOタッチ!
「じゃぁ、このドレスは貰っていくね」
「あぁ、名前!せめて名前だけ教えてください!!」
知るかボケ!
私は腰にしがみつくアラクネを引き剥がした。
約束したのはコスチュームだけだ、持ち主の名前なぞ知らん。
私がアラクネと格闘していると、低い重低音と共に城が揺れた。
なんだ?
地震かな? そう思った瞬間、再度の破壊音と共に魔族の悲鳴が聞こえた。
魔族たちの慌ただしい足音が聞こえる。
天使の襲撃?
ここラストダンジョンなんだけど?
ふむ…………
今、主人公ことミリアさんは快進撃を進めている、とはいえ堕落四将の撃破数は1だ。
物語的にまだここに来る進行具合じゃないはず。
捕虜の天使たちの反乱かな?
ん〜、なんかエローゲのイベントっぽくないな。
主人公のライバルキャラクターのツンデレ娘が先走って暴走とかだろうか。
ともかく、確認しないと分からない。
堕落四将としても、天使の味方としても、現場に向かうべきだろう。
「ねぇ、さっさとドレスを梱包して」
それはそれとして、ドレスは持っていく、当然でしょ。
―――――――――――――――――――――――――――――――
「くっ!!」
轟音。
先ほどまであたしが立っていた地点が吹き飛び、土煙を上げる。
あたしは咄嵯に横へと飛ぶことで回避したが、今の一撃は直撃すればただでは済まなかっただろう。
「ねぇ!堕落城をそんなに破壊していいわけ!?」
対峙する魔族を煽る。
眼球が複数埋め込まれた黒い鎧男。
堕落四将バロム、あたしはとんでもない男と対峙していた。
本来の作戦では、あたしはひと暴れした後城内を逃げ回り、魔族を翻弄する予定だった。
しかし、突如現れたコイツにより作戦が狂った。
堕落四将、弱体化したあたしのかなう相手じゃない。
逃げるにも、隙がなさすぎる。
あたしは繰り出される嵐のような暴力を紙一重でかわすことしかできなかった。
この攻撃の連打から一瞬でも気を抜けば、即座に致命傷となるだろう。
幸いなのは、この男は城を破壊しようがお構いなしに全力で攻撃を行っているため、城内を混乱させることは成功している。
アイリたちが天使を逃がす時間稼ぎはできているはずだ。
「貴様がちょこまかと逃げなければ、我も城を壊さなくて済むのだがな」
また、剣が振るわれる。
攻撃は考えない、回避に全ての神経を集中させる。
そうやってあたしはなんとか命を繋いでいた。
それでも攻撃の余波だけでもあたしの身体に確実にダメージは蓄積されていく。
圧倒的すぎる。
例えあたしが全盛期の加護を取り戻せていたとしても勝てる気は全くしない。
あたしは震える身体を叱咤する。
大丈夫、勝つ必要はない、あたしは時間を稼ぐだけでいい。
まだ、限界じゃないはずだ。
「お、おやめくださいバロム様!」
その時、下っ端の魔族がバロムとあたしの間に割って入った。
「このままでは城が崩れてしまいます」
バロムの猛攻が止まる。
あたしは、その隙に喘ぐように息を吸った。
確かに、あたしの周りの破壊跡は凄まじく、壁が砕け夜空が覗いている箇所もある。
このままでは城は崩壊するかもしれない。
魔族が止めに入るのも納得だ。
「なんだお前、邪魔だ」
だが、バロムは味方の忠告を無視して剣を振るった。
味方を巻き込むように。
は?
魔族の男が驚愕に目を見開く。
気づくとあたしは魔族を庇うように前に出ると、その斬撃を受け止めていた。
「ああああぁぁぁッッ!!」
腕が砕けるかと思うくらいの衝撃。
でも負けない、引き下がらない。
あたしの中の加護を全て総動員して防御する。
荒れ狂う暴力を必死に押し留める。
それは一瞬の攻防だった。
でもあたしには永遠に感じられるぐらい長く苦しい攻防だった。
加護を全開にしているのに、全然攻撃の勢いが弱まらない。
何度も限界を超えて、意識を失いそうになりながらも力の全てを出し切る。
そうして、ようやくバロムの剣は止まった。
「…………ぁ」
あたしの身体がぐらりと揺れる。
膝が震えて、立っていることもままならない。
あたしは、バロムの足元に崩れ落ちた。
「ひぃぃぃ………」
視界の端であたしの庇った魔族が逃げていくのが見える。
それを見て、あたしは少しだけ安堵した。
「なんだお前、魔族を庇ったつもりか?あれは貴様の敵だろう」
敵だ。
でも…………味方に殺されるなんて、そんなの惨めすぎる。
悲しすぎる。
死ぬのなら、せめてあたしたち天使と戦って、納得して浄化されて欲しかった。
そんなのあたしのエゴだけど……
バロムの腕があたしの首に伸びてくる。
そしてそのまま、持ち上げられた。
首が絞められる。
抵抗したい、でもあたしの中に加護はもう残っていなかった。
もう指一本動かせない。
薄れいく意識の中。
あたしが助けを求めたのは仲間でも、神でもなく………
「………ノ………ラ……」
「ねぇ、何してるの?」
聞き慣れた声がした。
鈴が鳴るような綺麗で透き通った声。
安心する声。
「離せよ、その汚い手」
あたしの首を締める手が緩み、あたしは解放される。
地面に崩れ落ちる瞬間、小さな身体があたしを抱きとめた。
「死にたいの?お前」
ノーラは無邪気に笑った。
でもその内に潜む暴力的な殺気は隠せてなかった。
いつもと同じ、あたしの大好きな笑顔なのに、まるで別人みたい。
ノーラの変わりように、あたしは混乱する。
彼女が助けに来てくれて安堵したはずなのに。
なぜか、あたしの体はまだ震えていた。
「ノーラ様、その天使は我々に歯向かった、例え姫様のお気に入りであろうと見逃すことはできん」
「なんで私の宝物に傷をつけているの?ねぇ?ねぇ?」
「その天使を庇うのか?」
「この娘はお前みたいな汚物が触っていいものじゃないから」
話が噛み合っていない。
それに気づいたのかバロムは剣を構えた。
「堕落四将ノーラ、それ以上天使を庇うなら堕落王様への裏切りとみなすぞ」
「堕落王?裏切り?」
ノーラがこてんと首を傾げる。
その瞳孔は開ききり、真っ赤に染まっていた。
「王は好きにしろと言っていたよ」
「貴様は好きにした結果敵を庇い、同族に牙を剥くのか?」
バロムの剣が振られ、ノーラの首筋でピタリと止まる。
鎧にはめ込まれた眼球たちが彼女を睨む。
「同族?お前が、私と?」
ノーラの顔が歪む。
あたしの身体に震えが走った。
味方のはずなのに、あたしを守ろうとしているのに、あたしは彼女に恐怖を覚えた。
「違う、違うだろ。天使を凌辱して喜ぶような生き物と一緒にするな。お前らはクズだ…この世界の癌だ…だから………だから………
わたしがみなごろしにしてあげる
狂気に満ちた顔で笑う。
その表情は、ゾッとする程美しかった。
でもあたしはどうしようもなく悲しくなった。
どうして………あなたはいつも優しかったのに。
あんなに優しい物語を書くのに………どうしてそんなことを言うの?
あなたは本当にノーラなの?
そこには暴力に酔った私の知らない魔族がいた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「好きにしろ」
堕落王はそう言った。
その結果がこれなら
堕落王は笑っているのだろうか?
こんな邪悪な奴が主人公って、マジ?
前回のノーラちゃんの非道にドン引きしてる人が多かったから、ノーラちゃんの好感度を上げる話を書こうとしたのに、キャラが勝手に動いてとても主人公とは思えない感じの仕上がりになってしまった………なぜじゃ??