白銀が瞬く。
私の振るった剣が踊り、魔族たちを切り裂く。
あまりにもあっけなく、脆い。
忌むべき存在たちは浄化の光に焼かれ、蒸発するように消え去った。
小さく息を吐き、呼吸を整える。
前線はもう崩壊していた。
私たちの………勝ちだ。
勝利の快感が、じわじわと心を満たしていく。
堕落四将ミュケスとの戦いの勝利、それを機に私たち天使は快進撃を続けていた。
今まで人類は魔族たちに負け続け、領土を狭め続けていた。
侵略してくる魔族から自分たちを守るので精一杯だった。
それが今、人類はその領土を取り戻しつつある。
このまま………勝ち続けて………この剣で堕落王を断つ………
決意と共に剣を握りしめる。
「ミリアちゃん、もう下がりなさい〜」
そんな決意を挫くように、リエル先輩が私を呼び止める。
勝敗はもう決している。
でも、戦闘が終わったわけじゃない。
まだ………戦っている天使もいるのに。
不満げに先輩を見つめる。
「あなた連日休みもしないで戦い通しでしょ〜、休みなさい。これは命令よミリア」
呼び捨て、戦士としての命令だ。
私はすごすごと剣を鞘に戻した。
リエル先輩が頭を撫でてくる。
まったくこの人は…………
子供扱いを不満に思いつつも、安心している自分がいた。
戦場で張り詰めていた気が抜けるのを感じる。
そうして初めて、疲労を実感した。
どうやら自分で思っているより、無理をしていたみたいだ。
ほぅと息を吐いて戦場を見渡す。
魔族が地平線に向かって逃げていく姿が見える。
遠くに禍々しい城が小さく見えた。
―――――――――――――――――――――――――――――――
「ねぇ、あんた最近調子に乗ってるでしょ?」
「はい?」
その夜、私たち天使は取り戻した街に設営した仮拠点に集まっていた。
机には地図が広げられ、戦況の把握と今後の方針について話し合っていたところだ。
「いや、一応忠告しようと思って」
ベラ先輩がじとりと私を睨みつけた。
調子に乗っている?そんなつもりはない。
でも、確かにここ最近は先輩たちを差し置いてずっと前線に出ているし。
他の天使たちの戦果を奪っているように見えなくもないのかもしれない。
その点は申し訳なく思っている。
でもそれだってリエル先輩の采配なのだけど。
「ミリア、お前このまま魔族に勝てると思っているのか?」
「……?」
どういう意味だろう。
天使は今、連勝を続けている。
領土を取り戻し、今や堕落城は目と鼻の先だ。
私たちは堕落四将にも負けなかった、少しは自惚れてもいいのではないだろうか。
「このままでは、私たちは負ける」
ベラ先輩は事もなげに断言した。
天使たちに、動揺が走る。
私も含め、若手の天使たちは先輩を反抗的な目で睨んだ。
でも、ベテランの、特に私よりも年上の天使たちは苦々しい顔をして顔を伏せていた。
「そうね〜、確かにこのままでは堕落王には勝てないわね〜」
「リエル先輩!?」
予想もしていなかったリエル先輩の肯定に声を上げる。
リエル先輩はこっちの味方だと思っていたのに………
「リリィナがいた時代、私たち天使はもっと強かったわ〜、敗北で失ったのはリリィナだけじゃない、何人もの歴戦の天使たちが散ってしまったのよ〜」
かつての天使たちは、今より強かった。
私たちは、当時の戦士たちに追いつけていない、暗にそう言われているみたいで少し凹んだ。
でも…………それなら………
「でも、それなら今日までの勝利はなんなんですか?」
私の問いにリエル先輩と、ベラ先輩は顔を見合わせる。
「「う〜〜〜〜ん」」
ええ………なんですか、その反応。
「なんで勝ててるか分からないのよね〜」
「魔族たちが手を抜いているとしか………」
はぁ?
先輩2人の不可解な回答に私も困惑する。
「そもそも、ミリアちゃんみたいな強い天使がいるのに堕落王が出てこないのが不思議なのよね〜」
リエル先輩が言うには、これまで私のような突出した力を持つ天使が現れた場合、堕落王が直接堕としに来たらしい。
そのため、先輩たちは警戒していたらしいのだが、肝心の堕落王はなぜか今日まで現れていない。
それどころか、なぜか前線を指揮する堕落四将さえ姿が見えないらしい。
「それは、変ですね………」
確かに、先輩の話を聞くと魔族側が手を抜いているとしか思えない惨状がそこにはあった。
魔族側の動きが消極的すぎるのだ。
何か狙いがあるのだろうか?
「もしかしたら魔族側に何か問題が起こっているんじゃないかと思って〜堕落城に潜伏している天使にお手紙を送ったのよ〜」
「堕落城に潜伏!?そんな天使いるんですか!」
敵の本拠地である堕落城に天使がいるなんて初耳だ。
おまけに手紙を送れるルートがあるなんて、どうなっているの……
「ええ、ノーラちゃんの事も気になるし、魔族側の動向も探らなきゃと思って〜」
ノーラ、その名前に私はドキリとする。
一週間ほど私たちといた少女。
彼女は堕落四将ミュケスが街を襲撃した日、その姿を眩ませた。
それだけだったら、魔族に攫われたのだと思っただろう。
でも、彼女の消失と共にベラ先輩の記憶も消えていたのだ。
ベラ先輩は私たちの中で一番に彼女を警戒していた。
そしてなにより、もしもの時にノーラちゃんの浄化を任された天使だった。
そんな先輩が、監視対象の少女の存在を忘れる。
明らかに、異常事態だった。
ノーラちゃんの怪しい動きに気がついたベラ先輩が記憶を消された。
そう考えるのは自然な事だった。
でも………私は未だにノーラちゃんが敵だとは思えなかった。
だって彼女からは敵意は微塵も感じなかったから………
「その返事が今届いたのよ〜」
一枚の手紙が机の上に提示される。
私を含め、全員がそれを覗き込んだ。
この手紙に、私たちの疑問の答えがある。
緊張で喉が渇く。
リエル先輩はみんな固唾を飲む中手紙を開いた。
「………あら?」
魔族の内状、謎の魔族ノーラの正体、それらの報告書を私たちは期待していた。
でも、期待に反してそこには乱雑な文字でたった一文だけ書かれていた。
『天使救出作戦を決行するっす!救援求む!!』
先輩の口から大きなため息が漏れた。
「…………まったくあの子は………」
―――――――――――――――――――――――――――――――
肉の蠢く魔界の城。
そこで私とバロムは対峙していた。
バロムの鎧が軋み、剣が繰り出される。
「待て」
だが、それは私の命令により止まる。
どんなパワーだろうと洗脳の前には意味をなさない。
私は剣を中途半端に振りかぶったまま止まる黒騎士を尻目に、アルマさんを少し離れた場所に優しく下ろした。
戦闘に巻き込まれて傷付いたら大変だからね。
………?
てかアルマさん泣いているんだけど!?
誰だぁ泣かした奴はぁ!!
絶対許ざん゛(マジギレ)
お〜よしよし。
私はアルマさんの頭を撫でると、手に持った包みを彼女に渡した。
「はい、これプレゼント!」
アラクネに作らせたあのドレスだ。
本当はもっと後に渡すつもりだったんだけどね。
持ってると邪魔だし、ちょうどいいから渡しておこう。
「すぐ終わるから、ちょっと待っててね」
アルマさんと離れるのは名残惜しいけど、まずはバロムの………
息の根を止めなくちゃね❤︎
バロムの方に向き直ると黒騎士は剣を構えこちらを伺っていた。
あれ、洗脳もう解けてんじゃん。
待っててくれたの?
なに、騎士道精神ってやつ?
そういうの…………
「ウザいから!!死ね」
死を命じる、だが命令の瞬間、バロムは目を閉じた。
「!」
バロムの内部まで入り込んでいた私の洗脳、その線が、途切れる。
バロムの肉体が裂け、鎧から血が吹き出す。
だが、死とは程遠い。
こいつッ………!
「どうやら貴様の洗脳は目を合わせ、命令を下す事で完璧なものとなるようだな………ならば目を合わせなければいいだけのこと!!」
たった一度の洗脳、それだけで私の洗脳の特性を見抜いた…?
おい、お前脳筋タイプじゃねーのかよ!
頭脳プレイとか見た目詐欺やめれ。
黒騎士の斬撃が、私に迫る。
私の肉体は、見た目通りの女の子の力しかない。
私は洗脳に全ブッパの特化タイプなのだ。
当然攻撃を避けれる瞬発力も運動能力も持ち合わせてなどいない。
「アルマさんと私に、攻撃を当てないでよ」
慌てて、命令を下す。
だけど、その瞬間また目を閉じられた。
攻撃はそれた、でもそれは完全ではなく、攻撃の余波、破壊によって飛び散る瓦礫が私を襲った。
私の纏う漆黒のドレスが裂け、血が流れる。
無機物に命令はできない、これは防ぎようがない。
バロムは鎧に埋め込まれた無数の瞳を持つ魔物。
例え私と目があった目を閉じようと、他の目で私を知覚できてしまう。
私の能力と……圧倒的に相性が悪い。
この調子で攻撃され続けた先に倒れるのは……私だ。
……………作戦変更。
黒騎士を洗脳で操るのは、この際諦めよう。
「来い!!」
ありったけの声量で、命令を下す。
「なに!?」
ここは堕落城だ、魔族は掃いて捨てるほどいる。
私の命令を受けた魔族たちが続々とこの階層に駆けつける。
事前に暴れて、城の風通しをよくしたのが災いしたな。
「こいつを………殺せ!」
下級の魔族を操るのは容易い。
もはやこの城の魔族たちは私の駒だ。
数の暴力で、嬲り殺す。
魔族たちが黒騎士を取り囲む。
そして一斉に攻撃を仕掛けた。
「おおおおお゛お゛お゛!!」
雄叫びと共にバロムが剣を振るう。
その斬撃で、10の魔族が切り裂かれ、命を落とした。
だが、その隙にその倍の人数が黒騎士に群がり、得物をその鎧に突き立てた。
一人一人は堕落四将とは比べ物にならない雑魚兵士、だが物量でその力差をねじ伏せる。
消耗品のように弾け飛ぶ魔族たち、だが弱者の刃は確実に黒騎士の肉をえぐり、その命に杭を打ち込む。
ふははは!見ろ!魔族がゴミのようだ!!
勝ったッ!第3部完!(第3部ってなんだ?)
「ぐがあぁぁぁああああ゛ッッ!!」
私が調子に乗って成り行きを眺めているとバロムが雄叫びと共に自分へ群がる魔族たちを吹き飛ばした。
な、なんだ?
見るとバロムは剣を真っ直ぐ頭上へと構えていた。
剣身には膨大な力が収束している。
あれは………まずい。
何かは分からないが、あれはまずい。
とんでもない大技が……くる!
「みんな、避け………
私の命令は、間に合わなかった。
剣が黒い稲妻を纏い、圧倒的な破壊が訪れた。
「 黒 滅 雷 斬 」
振り下ろされた一撃は、大地を揺るがし、空を裂いた。
轟音が鳴り響き、堕落城が………縦に裂けた。
……………………………
…………………
……
「………うぅ……いったい何が……?」
少しの間、意識を失っていたみたいだ。
黒騎士は?魔族たちはどうなった?
痛む身体に鞭を打って顔を上げる。
黒騎士は死体の山の上に悠然と立っていた。
「………は…ぁ?」
全……滅………?
あれだけいた魔族の戦士たちは全員黒こげになり、炭化してグズグズになった身体を床に横たえていた。
黒騎士が横たわる私に鎧を軋ませ一歩一歩、歩み寄る。
「く、来るな!下がれ!」
バロムに命令する。
だが、黒騎士は止まらない。
「悪いな、さっきので鼓膜が破れたのか、貴様が何を言っているのかも分からんよ」
剣が横なぎに振るわれる。
視界が真っ赤に染まる。
え?
切られた?
なんだ?何も見えないぞ。
遅れて、激痛が私を襲う。
「ああ゛あ゛ぁぁぁあああぁあ゛あ゛あ゛ぁあ」
痛い、痛い!いたい!イタイ!
目が、切られた?
分からない、痛い、見えない。
自分の目を流れ落ちているのは血?涙?分からない、見えない、痛い、痛い。
「殺しはしない。貴様は堕落王の娘だからな、目を潰した。あとは喉を裂いて声も奪わせてもらう」
見えないけど、バロムが剣を構えるのが気配で分かる。
声を………奪う?
視力も、声も奪われたらもう私の能力は発動できない。
完全な、無力化だ。
…………ううん、そんなこと………問題じゃない。
声が奪われたら、もうアルマさんとお話ができない。
私の考えた物語をアルマさんに語る事も、一緒に笑う事も………もうできない。
ふざけるな!!そんなの……そんなの絶対!絶対!!許さない。
「終わりだ、ノーラ」
おわるのはおまえだ
「こいつを………ころせ」
私は、命令を下した。
バロムは私の集めた魔族を壊滅し、私を無力化したと思っている。
でも、バロムはここがどこだか、わかっていない。
ここは肉の蠢く城、堕落城。
壁中には肉の触手が蠢き、のたうっている。
無機物でないなら…………洗脳できる!
城を覆う肉壁が壁から分離し、黒騎士に殺到する。
「なっ!?うおおおぉ…ぉ……ぉ…………」
バロムは肉壁を切り裂こうとしたみたいだけど、その声はすぐに肉に飲まれて聞こえなくなった。
後には、肉が蠢く卑猥な音だけが残った。
地面に腕をつき、荒い呼吸をする。
疲労が、痛みが、私を蝕む。
「アルマさん………どこ?」
アルマさん、怪我をしてない?大丈夫?
ねぇ………どこ?見えないよ?
必死で腕を伸ばしてあたりを探る。
どこ………私の宝物………大切な人…………
「ノ……ラ………」
前方から小さな声が聞こえた。
アルマさん!!
私は這うように、声のした方へと進む。
「ノーラ!だめ!!」
アルマさんの叫び声が聞こえる。
?
何がだめなんだろう?
その時、私の這う床が大きな音を立てた。
私は分かってなかった。
バロムによる度重なる破壊、それに加えて私の命令で城を支えていた肉壁は剥がれていた。
その結果どうなるか、それが分かっていなかった。
堕落城が…………崩れる。
私を支えていた床が、崩壊する。
「そんな、だめ!ノーラァァ…………!」
浮遊感、腕を伸ばすけど、私の腕は何も掴むことはできなかった。
アルマさんの悲鳴を聞きながら、私は落ちていった………
そうして、深い、深い暗闇が、私を包んだ。
ノーラちゃんの無双を期待した人には申し訳ない………
洗脳も万能ではないのです。