「守りを固めろ! フロンティア軍の突破を許すな!」
ツンドラ軍のバズーカ兵が叫ぶ。
ウィリアム・カーター大尉率いるフロンティア軍は、既に三つ目のレーダー基地を捉えていた。自走砲の榴弾が空を駆け、MGタワーの根元を土嚢と、それで身を守っていた兵士もろとも引き千切る。タイラーの部下、マイヤーのバズーカ砲弾がもう一つのMGタワーの機銃席を打ち砕く。四散した部品や弾薬がツンドラ兵に降りかかり、ひるんだ所にロイス達が鉛弾の嵐をお見舞いした。ツンドラ軍の防衛線はもはや崩壊、慌てて動員された戦闘ヘリが数名の歩兵部隊を屠ったが、バートンのミサイルで呆気なく叩き落とされた。揚力を失った機体が勢いよく落下し、レーダーアンテナに突き刺さる。これでこの基地は無用の長物と化し、かろうじて生き残っていたツンドラ兵は全員、両手を上げて降伏した。
「よし、これでフロンティア軍の勝利だ! やったな!」
カーターが声を大にして言う。作戦を完了させた部隊の全員が喜び、仕上げを務める爆撃機の到着を待った。
「これで、領土はフロンティア軍が占領出来るんだよな」
「そうだな、避暑地としてなら使えそうだし」
フロンティア軍の兵士達は、既に自分達が勝利したと思い込んで、そんな他愛のない話に興じていた。しばらくして、腹の底から揺さぶられるような重低音が、頭上の遥か彼方から響く。爆撃機のエンジン音であったのだが、ロイス達はその音に違和感を覚えた。いくらフロンティア軍の爆撃機でも、これほど重い音はしない。
「おい……あの機影……」
カーターが雲の切れ目から、飛来する爆撃機の姿を確認した。低空飛行をしているらしく、その姿はことのほか鮮明に捉える事が出来た。群青の翼を有する機体に、蒼い十字を切ったような紋章が光る。その紋章が意味するのは、皇帝の剣――
「エキシルバニア軍だ!」
青い機体、ずんぐりとした古めかしいデザインは、エキシルバニア帝国軍のゴルゴサ爆撃機だった。腹部のハッチが開き、爆弾が数発投下される。
「伏せろっ!」
タイラーが叫ぶ。ロイス達は慌てて身を伏せ、両手で頭を抱え込むようにして身を守った。爆弾の直撃したツンドラ軍のレーダー基地が、たちまち黒煙と灼熱の炎に包まれる。激しい爆風がフロンティア軍に襲いかかったが、地面を駆けるしかない歩兵部隊は、ひたすら自分に当たらない事を祈るしかなかった。針葉樹の森から火の手が吹き上がり、木々がなぎ倒される。大地は揺れ、空が震えた。爆風が辺りを縦横無尽に駆け回り、ひたすら耐え続ける歩兵部隊を弄んだ。そして中の一発が、フロンティア軍の真っ直中へ目掛けて、青い弾頭に黄色い先端部が突き進んだ。それは自走砲の砲身に突き刺さる。避けようなどない――
「シモンズ隊長!」
直撃させられたのは、ビクター・シモンズ少尉の乗り込む自走砲であった。真っ赤な炎が命を得たかのごとく踊り狂い、もはや残骸と化した自走砲を執拗に焼き尽くす。その一撃を最後に、彼らへの爆撃は止んだ。
「敵襲!」
後方の支援を担当していた軽戦車の車長ナッシュ・キートンは突然の怒号に身構え、愛車に乗り込んだ。遠くからは銃声と砲声、悲鳴が聞こえ、彼らの基地にもその敵が現れた。黄色く縁取られた青い軍服に、青白い肌。その手に抱えているのは対戦車ロケットランチャー。見た目から分かる精鋭の気配、ブラッド皇帝直属の親衛隊、ZZショックだ。
「バズーカ兵か!」
キートンはすかさず機銃を旋回させ、走る火線でバズーカ兵を引き裂いた。さらに、車体のほとんどがキャタピラで覆われた軽戦車が視界に入る。砲塔がこちらを向く前に攻撃を命じ、主砲の一撃で敵戦車を葬った。
「あれは……エキシルバニアか! 何故、今……?」
キートンは不可解極まりなかったが、襲って来るならば迎え撃つまで。既にほとんどのフロンティア兵が討たれ、彼の戦車しか残っていなかったが、軽戦車部隊のエースを自認するだけに、彼は襲いかかるエキシルバニア軍を相手に、戦い続けた。そんな中、キートンは不気味な光景を目にする。
「なんだあれは……」
土煙の向こうに、巨大な影がうごめいているのを確認したキートンは、それがこちらを向いたのに気付いた。
「……まるで、巨象だな」
彼が何故、このような発言をしたかは定かではなかったが、この時のキートンには、確かにそれは巨象に見えた。白銀に輝く牙が持ち上がる。砂煙の彼方から、それがほんの一瞬だけ光った、その瞬間がキートンの見た最後の光景だった。破壊的な衝撃が軽戦車をなぎ倒し、装甲をまるで紙屑のごとく引き裂く。フロンティア軍の基地はかくして、その多くがエキシルバニア軍の手によって壊滅させられ、ツンドラ軍もまた、例外ではなかった。
フロンティア軍の基地に帰還したのは、出撃した者のうちの半数に満たず、ツンドラ軍との戦闘でよりも、エキシルバニア軍の空爆による死者の方が圧倒的に多かった。ロイスの部隊は彼を残して全滅。タイラー、バートンも彼と同じ思いであった。カーターがスミスを肩に担ぎ、他の自走砲兵もMG兵に担がれていた。耳鳴りは止むことがなく、全身に痛みが走っては止まらない状態が続いた。誰もが重軽傷を負い、無傷で戻れた人間は一人としていなかった。その損害は、計算するのも恐ろしいほどの数字となってのしかかってくる。
「かなりの死傷者が出たな……」
最も軽傷で済んだ――それでも右側頭部を切って包帯を巻いている――タイラーが、治療を受けるフロンティア兵の痛ましさに声を上げた。衛生兵の忙しさは尋常ではなく、走り回って倒れる者まで出る始末。軽傷の兵も駆り出されるほどであった。無論タイラーも例外ではなく、バズーカの代わりに救急箱を持たされている。
「エディー、入るぞ」
タイラーはロイス達のいるテントに足を踏み入れた。ロイスは爆撃を受けた際、吹き飛ばされて木に叩き付けられ、頭を強く打ったため休むように言われている。バートンは左足を骨折し、当分は作戦に参加する事さえままならなくなった。診断によると、全治一ヶ月だという。
「よう、テル。大丈夫か?」
タイラーの言葉に、バートンは顔をしかめる。
「似合わないな、救急箱」
苦し紛れが分かり切っているとはいえ、口許を歪ませるタイラーに、バートン精一杯の嫌味を返す。
「本来なら後送だが、状況が状況だ。ここで治して戦線復帰だと。お前は他の兵の治療に行け」
「了解、バートン中尉」
そう答えると、タイラーはすぐ近くでうずくまる歩兵部隊の負傷兵達に寄った。肩で息をしている兵は、爆撃を受けて吹き飛んだ金属片に脇腹を斬られている。応急処置しか出来ない現状では、痛み止めを与えて包帯と止血バンドできつく傷口を押さえるしかなかった。
「いいか、死ぬなよ」
彼の呼び掛けに応じるように、負傷兵は彼の手を強く握りしめた。これなら大丈夫だ、と思ったタイラーは、その隣でうつむくミサイル兵に声をかけた。
「おい、生きてるか? 生きてたら、俺の手を握るんだ」
そう言って、彼は自分の手を差し出した。しかし、その手が握られる事はなく、タイラーがその兵の左手首に人差し指と中指を揃えて添えたが、命を伝える鼓動は感じられなかった。
「……次、お前は大丈夫か?」
既に死亡していたミサイル兵には申し訳なかったが、まだ救護を必要としている兵は何人もいる。とにかく一人でも多く、それをただひたすら念じながら、彼は負傷兵達に処置を行っていた。
「おい、しっかりしろ」
衛生兵の忙しさはツンドラ軍の陣地でも変わりがなく、応急処置をして回るルシコフは並々ならぬ数の負傷兵に声をかけて回り、励まし続けた。既にかなりの数の兵が、力尽きて息絶えている。
「エキシルバニア軍にやられるなんて……フロンティア軍の奴にやられていなければ……」
「そう言うな。あのカウボーイ達も、今頃は同じ気持ちだ」
ルシコフは兵士達と話をしながら、被害の甚大な場所を見て回った。山と積まれたスクラップを見上げ、多くの同志が命を落としたのか、と肩を落とした。
それから数日後、フロンティア軍の陣地に、ある情報が舞い込んで来た。エキシルバニア軍の攻撃を受けたウェスタンフロンティアとツンドラ両国が同盟を結ぶというものであった。フロンティア軍としてもかなりの被害を受け、ツンドラ軍も同様な今、エキシルバニア軍と全面的に戦うには頭数が心許無い。
「ツンドラ軍と手を組むのか……」
ロイスはベッドの上で上半身だけを起こし、つぶやいた。
「あちらさんもエキシルバニアにやられて弱ってんだ。俺達も奴等と戦うのはこの数だとキツい」
タイラーが返す。長年に渡り、争ってきた仇敵と手を結ぶ、すぐに割り切れと言うのも難だったが、事態が事態だけに、こだわっているわけにもいかなかった。
「坊主ども、いるか?」
威勢のいい声がテントに舞い込む。赤い十字の施された腕章を二の腕に固定した女性の衛生兵に注意されながら入って来たのは、MG部隊のカーター大尉であった。
「動けるなら外出な。頼もしい客がおいでだ」
ロイスは目を丸くしながら、衛生兵の許可を取ってテントの外に出た。すると、ツンドラ軍の兵が三人、武器も持たずにやって来ていた。捕虜ではない。中の一人、長身のミサイル兵が、バレーボール大の球体を抱えていた。
「上手いな、ロイス准尉」
大柄のミサイル兵、ルシコフが持って来たのは、革製のボールであった。かなり堅めに作ってあるため、よく跳ねる。ロイスは得意のリフティングを披露し、仕上げにはボールを高く蹴り上げて、落ちてくる球を見事にボレーシュート、タイラーに渡した。
「でもフロンティア本国では、サッカーが上手くても……ねぇ、アル」
「まあな、ベースボールかバスケの方が年棒が良い」
そう言うと、タイラーは地面に数回球を付き、近くに作ってあった即席のバスケットボールのゴールに放り込んだ。
「まあ、これからは仲間として行動するんだ。親睦の意味も込めて来てみたが、なかなか良い所だな」
「それはどうも。近いうちに、我々もそちらに行かせてもらいたいですね」
ロイスの応えに、ルシコフは酒盛りの支度をして待っていると返した。カーターは別のバズーカ兵と話を弾ませ、タイラーは火炎放射兵にパスを教えている。その日、太陽が西の彼方に沈むまで、ルシコフ達はフロンティア軍の陣地でくつろいでいた。その瞳に終始、敵意は微塵も感じられなかった。
三日後、今度はフロンティア軍の将兵がツンドラ軍の陣地へと、足を踏み入れた。出迎えたのは他でもない、先日来訪したルシコフ達であり、またこちらの代表もカーターであった。日没と共に酒盛りの音戸が取られた。
ツンドラ兵は元々、かなり度の強い酒に慣らされている分、フロンティア兵よりも上手な者が多かった。タイラーにバートン、ロビンズがツンドラ兵と肩を組み、高らかに笑い飛ばす。しかし、相変わらず下戸のロイスはその空気になじめず、片隅のテーブルに一人落ち着いた。以前はキートンが話しかけてきたが、彼が亡き今、ロイスはますます孤立しているように見えた。
「すみません、ここ良いですか?」
ふと顔を上げると、一人のツンドラ軍歩兵が、小さなグラスを片手に立っている。
「自分、弱いもので……」
恥ずかしそうな顔色の歩兵は席に座ると、グラスを少し揺らして見せた。ツンドラ国の人間で酒に弱いとは珍しい、とロイスは思ったが、あれだけ人間がいれば、一人や二人くらいおかしくないだろう、と思い直した。
「自分もです」
ロイスが返すと、その歩兵は小さな笑みで応じた。
「エドワード・ロイス准尉です」
「ミハエル・リンスキー准尉です」
互いに同階級、歩兵、そして酒に弱い。通じるものを感じた二人はすぐに意気投合し、この先の長い戦いの果て、その勝利を誓って杯を交わした。国家や民族の違いなど関係ない、個人の気の持ちようで、人はこれほど通じあえると、彼は悟った。そして、両国の命運をかけた戦いが始まるのは、そう遠い日ではなかった。
長きに渡って衝突を続けてきたウェスタンフロンティア軍とツンドラ軍。両者の血にまみれた歴史は、突然のエキシルバニア軍の介入によって幕を閉じた。圧倒的な軍事力で不意打ちをかけ、両者に大打撃を与える。ロイス達は多くの仲間を奪われ、それでも前に向かって歩き続ける。同じくしてタイラー、ロビンズ、バートン、カーター、パウエル、サンダース、スミス、ルシコフ、そしてリンスキー。共に立って進む仲間がいる。
赤茶けた砂と石の大地、青い海の中に浮かぶ美しい島々、荒廃した滅びの谷。これからも彼らの前に立ち塞がる敵の数は並大抵のものではないが、その行進が止まる事はないだろう。
リージョン1・完