エキシルバニア軍の奇襲から二ヶ月後、フロンティア軍とツンドラ軍は、とある砂の大地へと戦線を移していた。
「ネロサイト?」
「えぇ、エキシルバニア軍の兵器の燃料になるんだとか」
赤茶けた岩壁が左右から迫る渓谷を、一輛の車両が通り抜ける。重偵察車Humbag、フロンティア軍上層部が新たに配属させた車両である。火力と装甲においては軽偵察車の比ではなく、加速力についてはさすが重量の都合から劣るものの、その分高速運転での安定感は飛躍的に増した。そしてそれを運転しているのは、ビルフォード・パウエル兵長で、彼と話しているのはエドワード・ロイス准尉であった。
「つまり、このデューンシーでの作戦の結果が、後々になって影響するというわけか」
「そういう事です。奴等の兵器はツンドラ軍と同等か、それより前の年代物のが一般的らしいです」
「だが、兵器の質に惑わされてフロンティア軍は大損害を被った。敵を侮るのは破滅を招くと学んだよ」
そうですね、とパウエルは返し、左右から自分達を圧迫していた岩が後方に流れ去り、目の前に広がった光景を目にした。日干し煉瓦を積み上げて白く塗った、太陽光を弾く外装の建物があり、その周辺では見慣れたフロンティア軍の部隊が戦闘を繰り広げている。デューンシーに置かれたフロンティア軍在外基地、オマハ砦が襲われていたのだ。
先行したエキシルバニア軍のウーベルマイスター2型軽戦車が、バズーカ兵の待ち伏せに遭ってH-1ロケットランチャーから放たれる対戦車弾を叩き込まれて大破する。めくれ上がった砲塔が痛ましく見えた。
「早速、派手にやらかしてるね」
轟音が遠雷のごとく響き、群青の車体が爆炎と黒い煙を吹き上げながら擱坐する。重偵察車がオマハ砦に到着し、後部機銃席から降り立ったロイスは、H -16を構えて砦の正門から海岸に向けて踏み出した。デューンシーの、赤い砂と青い海のコントラストの中に、招かれざる客がじわじわとその色を増してゆく。砂地の所々には土嚢や有刺鉄線、MGバンカーが配置されており、迫り来るエキシルバニア軍を迎撃する準備は整いつつあった。
「すまない、待たせたな」
待機していた歩兵部隊に声をかけ、着々と配備させる。土嚢を盾に小銃を構える者、MGバンカーで機銃の狙いを定める者、砦の正門を守る者と分けた。
「よう、坊主」
威勢の良い声がロイスの後頭部にぶつかる。ウィリアム・カーター大尉の声だった。
「偵察の結果は?」
「他の砦は問題ありません。ただ……」
「ただ……何だ?」
密談に見える形で報告をしていたロイス達の会話を、輸送ヘリのけたたましいローター音がかき消した。フロンティア軍のサムソン・タイプCとは異なるシルエットは、エキシルバニア軍のGu-52型輸送ヘリだった。滑らかな曲線は、どこか前時代の飛行船を思わせる。
「連中、本腰上げてきやがったな。迎え撃て!」
海岸線を続々と、群青の装束に身を包んだ歩兵部隊が駆け上がってくる。
「あれがエキシル野郎か……どうにも、お友達になれそうなツラじゃねぇな」
カーターはマシンガンの狙いを定め、引き金を引いた。初弾は相変わらず命中せず、迫る兵の足元の砂を弾いて巻き上げる程度にしかならなかった。
「歩兵部隊、攻撃開始!」
ロイスの怒号が、フロンティア軍の歩兵を駆り立てる。土嚢に小銃を置いて固定した兵が、安定した短連射を浴びせる。すかさずエキシルバニア軍の歩兵も体勢を低くし、匍匐前身の要領で迫りながら、熟練した射撃で応戦する。だが、その攻撃も長くは続かず、MGバンカーから走る火線にその体を引き裂かれるまでだった。
「なんだ、これなら勝てるな」
一人の歩兵がそう言って土嚢から身を乗り出した、次の瞬間だった。不気味なマスクを装着した兵が、その手に持つ武器から緑色のガスを放射したのだ。歩兵は瞬く間に全身をガスに包まれ、うめき声を上げる間もなく、至る所が醜く焼けただれて息絶えた。
「強酸性のガスか!? 気を付けろ!」
突如として現れた特殊放射兵。しかもその数は一人ではなかった。敵の間合いに入っていた歩兵が数人、瞬く間に強酸性ガスの餌食となる。戦争法さえも無視した突然の攻撃に、フロンティア兵の間に動揺が走った。
「や……やばいよコイツ……」
一人のフロンティア兵が後退りした。その一人の行動が、残る兵の動きにも影響を及ぼすのは自明の事で、一気に撤退ムードが高まってしまった。
「お、おい、退くな」
ロイスが慌てて引き止めようとしたが、一度逃げ出し始めた人間を止めるのは容易ではない。まずいと思った矢先、パウエルの運転する重偵察車が歩兵部隊を掻き分けて向かって来た。右座席の機銃手が大口径の車載機銃で特殊放射兵を攻撃、先頭の一人が腹から背中にかけてを血と弾痕で染め、仰向けに倒れる。反撃のガスが襲いかかるものの、重偵察車のバンパーを多少劣化させる程度にしかならず、すぐさま鉛弾の応酬で持ち手ごと黙らされた。そして、それに再び士気を吹き込まれた歩兵部隊の援護射撃が特殊放射兵部隊にとどめを刺す。
「准尉、乗って下さい!」
パウエルの声に合わせて、ロイスは重偵察車の後部機銃席に飛び乗った。
「カーター大尉、少しの間、基地の守りを頼みます!」
そう言い残すと、彼を乗せた重偵察車は砂浜に向かって、一直線に駆け降りた。立ちはだかる歩兵達が抵抗の意を示すかのごとく、車に大して一斉に小銃の火線を走らせる。前のバンパーに弾痕こそ刻むものの、致命傷には至らない。むしろ、そうなる前に二人の機銃手が敵兵を血祭りに上げる方が早かった。
「やるな、君。名前は?」
ロイスは助手席で適格な射撃を見せる兵に声をかけた。
「今は任務中です。後でゆっくりと」
きつめの口調で返した銃撃手は、すぐに顔の向きを変えて引き金を引いた。彼は鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をしたが、視界の奥にバズーカ兵の姿を確認すると、ただちに銃撃を浴びせた。
「パウエル兵長、敵の動きはどうだ?」
「先ほどのは先発隊だったようですね。ほら、ヘリから軽戦車が出て来ましたよ」
なるほど、とロイスはうなずき、重偵察車を砦に戻すように言った。本格的な部隊の第一陣の構成は歩兵、バズーカ兵、特殊放射兵の編隊に加え、軽戦車が火力面での強化に一役買った。その間、フロンティア軍に加わった増援部隊は自走砲が二輛である。
「スミス軍曹、重偵察車で敵の位置を把握する。砲撃を頼む」
「了解」
あれから二ヶ月、生意気さは随分となりを潜め、殊の外素直な好青年に育ちつつあったスミスが、いつでも砲撃を可能にすべく準備を始める。パウエルの偵察車でエキシルバニア軍の位置を察知した彼は、ただちに無線でスミスにそれを伝えた。自走砲が重厚な音を立てながら砲身を持ち上げ、怒濤の咆哮を解き放つ。放物線を描いて空を駆けた榴弾は、先行する歩兵部隊のやや後ろ、バズーカ兵の部隊で炸裂した。音速を超える爆風が高熱を伴って人体を切り裂く。もう一発は飛び立つために、エンジンを回し始めたばかりの輸送ヘリの前部ローターを撃ち抜き、回転軸からコクピットまでを火の海にした。
「よし、後は俺達に任せな!」
カーターがはやる気持ちを押さえ切れず、マシンガンを抱えて砦から飛び出す。土嚢で構える歩兵、MGバンカーと共に火線を走らせ、向かって来るエキシルバニア兵に鉛弾の嵐を浴びせた。
「よし、状況は圧倒的にこっちが有利だ!」
大尉の言葉がフロンティア兵を奮わせた、次の瞬間だった。四基あるMGバンカーのうち一つがウーベルマイスター2型のR-55型砲を撃ち込まれ、白いドーム状の天井が爆圧で盛り上がるようにして崩壊した。ひしゃげた鉄骨があらわになり、そこに人間が入っていただろう痕跡を、跡形もなく破壊していた。
「くそっ、撃ち返せ!」
「了解!」
駆けつけたバズーカ兵が、土嚢に無反動砲を固定し、狙いを定める。炸裂音と硝煙が周囲を埋め尽くした。砲弾は砲塔の脇腹に突き刺さり、装填前の弾を誘爆させた。この急所に等しき箇所を突かれては、フロンティア軍の重戦車でもいとも簡単に破壊される。もう一輛には、カーターのマシンガンが大口径弾を左キャタピラにお見舞いし、擱坐させた。それでもなお、トーチカと化して戦い続けるその気迫に、ロイス達はどこか執念めいたものを感じたが、それも自走砲の榴弾が天井装甲を貫通するまでの事だった。残る歩兵部隊も、MGバンカーや歩兵の火線によって駆逐される。ロイスはデューンシーの初戦を、なんとか勝利で飾る事が出来る、そう思った矢先の事だった。
「この音は……」
パウエルの声が通信で耳に入る。飛行機独特の腹に響く重低音と、かすかに残響するプロペラの音。
『敵は爆撃の準備をしとるゾ!』
ハーマン将軍の怒号が聞こえ、その場の兵に二ヶ月前の記憶がよみがえる。さらに、砦のレーダー観測兵からも通信が入った。若干上ずって聞こえるのは、観測兵も爆撃を受けたからであるのだろうか。
『接近する敵機は四、いずれもエキシルバニア帝国空軍籍の爆撃機、ゴルゴサです!』
対空部隊の乏しいオマハ砦は、たちまち慌ただしい空気に包まれた。MG兵であれば、水平爆撃を行うべく低空飛行に入った機を迎撃する事も可能だが、爆撃機とて機銃くらいは装備している。爆弾を落とされる前に蜂の巣にされるのがオチであった。結果の見えている賭けに、わざわざ乗ろうとする者はいない。
『敵機は四、距離は十マイル。一番二番、発射用意』
突如として、聞き慣れない声で通信が入った。
『待たせたのう、対空戦車のお出ましぢゃ!』
対空戦車、厳密に言えば移動型対空ミサイルユニットAIM-9RR。プロメテウスの二つ名を与えられた地対空戦闘の要である。神話に伝わる、人類に火を授けた巨人の名に相応しく、地対空ミサイルを一度に八発まで連射出来るその火力は、ロイス達にとっては救世主にさえ見えた。噴射音と炸裂音を混ぜたような音が響き、八基あるミサイル発射管から次々と白煙が上がる。装填済みのIS-3ミサイルを出し尽くした所だった。
「前方よりミサイル反応! 標的は……こ、こんなに近くに……!?」
エキシルバニア軍爆撃機のパイロットは、旧式のレーダーに映ったミサイルの影に、全身の血が凍る思いをした。探知出来た次の瞬間には、標的は一気に距離を詰めて来る。ろくな回避行動すら取る事を許されず、先頭の一機が二発のミサイルによって爆炎に包まれた。残る機にも二発ずつの対空ミサイルが殺到し、たちまち主翼をもがれ、コクピットをつぶされ、尾翼を弾かれて墜落した。突撃の準備を進めていた第二陣は、オマハ砦の海岸に取り残される形となり、武器を棄て両手を上げて降伏した。
「助かったよ」
「いえいえ、こちらも間に合って良かったですよ」
その日の夜、フロンティア軍は守り切ったオマハ砦で祝勝会を上げた。ロイスは対空戦車の兵士に話しかけていた。癖っ毛の茶髪が特徴的な、スミス軍曹の同期であった。
「ナイジェル・アンバー軍曹です。噂には聞いてますよ、ロイス准尉」
「噂? 僕のかい?」
初耳の事に、ロイスは拍子抜けしたような声で、アンバーに尋ねた。
「えぇ、我らが軍きっての悪運の強さで有名です」
「あ、悪運」
そう返されて、思い当たる節がないわけでもなかった。タイラーに助けてもらったウィンドブレーク山での戦闘、エキシルバニア軍による奇襲、いつ死んでもおかしくない状況を、自分は生きてくぐり抜けて来た――
「准尉、ロイス准尉!」
うつむき、物思いにふける仕草の彼に、明るい声がぶつかった。振り向けば、そこには重偵察車に同乗していた機銃手がいる。あの時の口調からは考え付かないほど、朗らかさに満ちた声だった。
「昼間は申し訳ありませんでした。グレース・ハンター兵長です」
そう言って、ヘルメットを脱いだ。緩く波打つ金髪に青い瞳、そして健康的な程よく焼けた肌。厚手の軍服ゆえに気付かなかった存在。目鼻立ちの良い、思いのほか端整な顔立ちに、周囲の兵の目が釘付けになる。
「お……女だったの?」
ロイスは絶句した。