こことコーラルリーフのボーナスが難しかった記憶。ボーナスとは。
デューンシーの沿岸に、ダスティスプリングという町がある。ネロサイトの鉱脈に程近いだけに、エキシルバニア軍の攻略目標の一つにされていた。町の住民は当初、エキシルバニア軍を相手にネロサイトの採掘料を徴収しようとしたのだが、帝国の精鋭を直々に指揮していたブラッド皇帝自ら町に赴き、交渉を決裂させた。皇帝はただちにウーベルマイスター3型重戦車をはじめとする機甲師団の派遣を決定、慌てた町はツンドラ軍に援助を要請した。
「……何で、ツンドラ軍だったんだ?」
偵察に出たロイスの報告を聞いて、カーターは首を傾げた。
「自分の聞いたところによると、当初その周辺を担当していたのがツンドラ軍だったからのようです」
「ツンドラ軍は最初に住民の避難を実行し、全住民を輸送ヘリで運び出しました」
ハンター、パウエルが続けた。カーターはなるほど、とつぶやき、改めて広域の地図を床の上に広げた。そして、チェスの駒を所々に配置する。オマハ砦には白のキングとナイト、ダスティスプリングには黒のキングを置いた。
「幸いと言ったら失礼だが、ハーマン将軍はオマハ砦だ。だが、オースティン大佐も将軍と共に、ここにいる」
彼の幸い、と言う言葉に、その場の誰もがうなずく。ハーマンの無茶苦茶な作戦に付き合わされる事の苦しさは、誰もが共通の認識をしているようであった。
「……で、だ」
カーターは再び駒を手に取り、沿岸よりやや離れた渓谷に黒のクイーンとポーンを置いた。
「あ、駒がねぇな。じゃあ、これで……」
そう言うと、今度は将棋の駒を取り出し、読めない二字が書かれた、最も大きい駒を黒のキングの近くに置いた。
「ノバ元帥はハム少佐と共に、ここだろう」
「ハム少佐?」
ロイス達は目を丸くして、カーターに視線を向ける。彼は三人をすぐ側まで呼び、声を潜めて言った。
「ネリー少佐だよ。あの人見てると、ボンレスハムを思い出す」
それを聞いて、失笑が洩れた。もちろん、この発言は下手をすれば軍法会議モノではあったが、この殺伐とした空気の中においては、多少の粗相には目をつぶる事も、フロンティア兵の間にはある。
「ところで、大尉」
「何だ?」
ロイスが尋ねた。路傍の小石でも踏んだのか、床が大きく上下し、地図上の駒が音を立てて倒れる。
「自分達はどこに向かってるんですか?」
一同が会していたのは、輸送車両の中であった。重偵察車は砦での戦闘で損傷があったため、整備兵が修理に当たっている。カーターは地図に、まだ置いていなかった最後の駒である白のクイーンを、動かざる将棋の駒に近付けた。その瞬間、尻から響くエンジン音さえもかき消される。
「あの巨乳ちゃんのいる場所、ダスティスプリングだ」
真剣そのものの視線をカーターが飛ばす。三人は言葉を失い、互いの顔を見た。
「准尉、状況は?」
「はっ、エキシルバニア軍は渓谷側より侵入、ヘリ部隊を撃破されはしたものの、なんとか町の外に返しました」
「そうか、損害はどの程度だ?」
「戦車部隊が壊滅。輸送、戦闘ヘリもほぼ全滅に近い被害です。残りは歩兵部隊ばかり」
ダスティスプリングの町は沿岸に突き出た半島の丘陵地帯にある。ツンドラ軍の通信基地が置かれた建物の近辺には、エキシルバニア軍の猛攻を受けながらも耐えぬいた、屈強な精鋭が今も抵抗の意図を示すかのように、火線を走らせ弾幕を張っていた。ルシコフは迫り来る帝国の軍勢に、少しでも多くの損害を与える方法だけを考え、リンスキーもまたそれに倣っている。
『西側の橋の向こうに自走砲を確認!』
突然、通信が入った。何輛だ、というルシコフの問いに帰って来た答えは、二輛というものだった。
「二輛か。俺のミサイルが届けば勝てるが……」
彼は背嚢に手を伸ばし、指先に触れる感触で中身をまさぐった。ごつりとした硬質な手触りが三つ、横向きになって重なっている。携帯型対空ミサイルも、残りが少なくなっている事を実感させられた。
「ちっ、もう残りがこれだけか。准尉、現在の我が軍の弾薬数を数えろ」
「はっ」
リンスキーを走らせたルシコフは、何らかの形で援軍が来る事を望んでいたが、限り無くゼロに近い可能性に賭けるなど、自分も衰えたものだと溜め息をついた。白い日干し煉瓦を積み上げた塀の向こうに、赤い砂と双璧を成す青い海が、水平線の彼方まで広がっている。その青も西に傾き始めた太陽に照らされ、水面が淡くオレンジ色にきらめいた。まるで、この戦争さえも我関せずと言った風情である。
「少尉、弾薬はもう、残りがありません! 自分達が持っている分で最後です!」
リンスキーの声が耳に痛く、まさに自分達が孤立無縁で戦わされている事を痛感した。足下にはエキシルバニア軍のMG兵が被っていたらしいヘルメットが、打ち捨てられたかのように転がっている。
「……とにかく、耐えしのげ! ツンドラかフロンティアが援軍を向けるはずだ!」
顔を上げたルシコフは、肩で息をしながら小銃を構える歩兵達を前に、檄を飛ばして気合いを入れ直した。
「さて、ブラッド皇帝にご挨拶といきますか」
エキシルバニア軍の監視の隙間を縫うようにして、フロンティア軍の小隊がダスティスプリングに到着した。歩兵、バズーカ兵、火炎放射兵、対空戦車、そして重戦車という組み合わせである。ツンドラ軍との戦闘やエキシルバニア軍の奇襲で少なくない数を喪ったが、驚くほどの勢いで製造、配備されている。
「さすがはベティー准将。これほどの部隊を揃えていただけるとはな」
ロイスは集まった兵力の質の良さに声を上げた。
「全くだな。さすが、あの歳で准将と呼ばれるだけはある」
タイラーが相槌を打つ。普段からハーマンの編成に悩まされる身には、ベティーのやり方がありがたく思える事この上なかった。それほど、彼の部隊編成は常に後手に回り、無理のある戦いを強いるのである。
『少尉、早く出撃しましょう』
インカムに通信が入る。やや高めの声であった。発信元は重戦車、その機銃手である、クリス・ターナー曹長だった。M1A5ハーマネーター、120mm砲を二門並べた火力にセラミック・ラミネート加工の装甲という防御力。まさに世界最強クラスとも言える逸品である。
「分かってる。そんなに急くな」
タイラーは通信を返し、町の入口に繋がる門の跡らしき壁に目をやった。
「ラルフ、あの壁の向こう……伏兵がいると思うか?」
「いるかもな、市街戦では戦車は弱くなる。バズーカ兵に待ち伏せされたら、重戦車でもキツいだろう。対空戦車に至っては……言うまでもないな。ここは歩兵部隊が先行するのが得策だろう」
ロビンズが返す。タイラーはふむ、とうなずき、重戦車に攻撃の指示を飛ばした。狙いは門の壁、重戦車の主砲から二つの砲弾が吐き出され、衝撃波をまとってダスティスプリングの町を守っていた門の壁に、太陽の光を照り返す白い壁に吸い込まれていく。直撃した砲弾は揃って炸裂し、白壁を瞬く間に粉砕した。同時に、その向こうに身を潜めていたバズーカ兵にも同様の運命をたどらせる。町には悪いが、この門の建設費よりも遥かに高価な重戦車を破壊されるわけにはいかない。続いてもう一撃、また別の白壁に向けて砲声が唸りを上げた。目の前で日干し煉瓦の壁がまるで砂の城の如く、いとも簡単に瓦解する様を、ターナーは平然と見つめる。その向こうに、やはり身を引き裂かれた歩兵の残骸が一部分、残っていたからだった。
『兄の敵……』
ターナーがそう洩らしたのを、ロイスのインカムが拾ったような気がした。
ダスティスプリングに攻め込んだエキシルバニア軍は当初、ウーベルマイスターの軽、重戦車にフラッカー4型対空戦車、MG兵という大部隊であったが、ツンドラ軍の激しい抵抗に軽、対空戦車を失い、重戦車は一時退却した。しかし今度は、グロズベルザ自走砲やウルヘンヴォッカー戦闘ヘリを戦線に加え、逆らう者を徹底的に叩き潰そうと目論んでいた。
「ルシコフ少尉」
「リンスキー准尉か、どうした?」
町を見渡す丘の上、ルシコフは声を弾ませ気味のリンスキーに気が付いた。
「良い知らせです、町の北から援軍です。目印は白い星、ウェスタンフロンティア軍ですよ!」
それを聞いた途端、ルシコフの眉間に集まっていたシワが、瞬く間にして消え去った。「戦況は?」の声に、准尉は嬉しそうに答える。
「自走砲と戦闘ヘリを撃破、エキシルバニア軍を相手に善戦です」
そうか、と口許に笑みを浮かべた鉄人は、通信基地の無線機を全部隊宛てに繋いだ。
「こちら通信基地、同志達よ、朗報だ。我らが同盟軍、フロンティア軍が増援として来てくれた。彼らの行為に報いるためにも、ここを守り通すぞ! 我らの粘り、今こそここで発揮するのだ!」
鼓舞への返答は、方々で撃ち落とされる戦闘ヘリの残響音であった。ブラッド皇帝の懐刀、自慢の戦闘ヘリ部隊が対空戦車のミサイルによって、まるで蛙が蠅を捕食するかのように叩き落とされる。長年の仇敵が見せた強さは、味方に付けた時の心強さとなって、ツンドラ軍の将兵を勇気づけていた。
「見ろ、同志達よ。我々は今まで、あの鬼神のごとき強さを誇るフロンティア軍を相手に戦って来たのだ。臆する事はない、これは誇りだ! そして、フロンティア軍の勝てる相手ならば、我々でも勝てる! 同志達よ!」
ツンドラ軍の士気は一瞬にして跳ね上がり、例え退くにしても、ただでは下がるツンドラ軍ではないと、迫り来る帝国の影を振り払おうと構えた。その時だった。
『ルシコフ少尉、聞こえるか? 俺だ、フロンティア軍のタイラー少尉だ』
「タイラー……! ロイスも一緒か?」
『あぁ、そちらの最高司令部が救難信号を受信、及び輸送ヘリの到着までの間、俺達が援護する!』
声色からして、紛れもなくタイラーのものだった。程なくして戦車特有のエンジン音が響き、通信基地を震わせた。同時に、通信基地の南側入口付近に、エキシルバニア軍のGu-52型輸送ヘリが着陸を開始する。しかし、それは間もなく一筋の光に貫かれ、そのまま巨大な火球へと姿を変えた。
「対空戦車か……!」
リンスキーの言葉の通り、通信基地に対空戦車プロメテウスと重戦車ハーマネーターが到着、ツンドラ軍の兵士は一人残らず歓声を上げ、援軍の到達を心から喜んだのである。
「タイラー、よく来てくれたな」
「あんたを死なせるなと、カーター大尉から言われてんでね」
あの日以来、フロンティア軍とツンドラ軍の間でも特に親しい付き合いとなった二人が言葉を交わす。
「リンスキー、もう大丈夫だ」
「そうだな、ロイス。ツンドラとフロンティア、その強さを見せつけてやろう!」
ロイスとリンスキーは言葉を短く交わすと、右手で固く握手を結んだ。
「さて、覚悟はいいな!」
揃って小銃を構える。その目には恨みも憎しみもなく、また共通の敵がいるだけという利害の色も見当たらない。純粋に仲間と、友と呼べる男と肩を並べる喜びに、二人の気合いは最高潮に達していた。